52話 夕食万歳!
早朝の自宅にある空手道場の一角に、空手着の姿で葵 月夜が目を閉じ正座していた。
どうも最近は色恋沙汰に巻き込まれて、地底探検部としての活動が疎かになっている気がしていた。
このままだと『ラブラブ! お付き合い部』になってしまう……葵は危機感を覚えて、心身を鍛えるために空手着に袖を通したのだ。
カッと目を見開いた葵は、立ち上がると空手の型をはじめ、打撃、足技などの練習を行う。
そのとき、葵は気がついていなかった。練習を始めると頭が真っ白になることに。
結果、危機感とは裏腹に空手だけが上達していた。
最初の目的をすっかり忘れて練習を終え、シャワーを浴びてスッキリした葵はリビングでくつろぐ。
その横を鼻歌まじりで機嫌の良い妹の海が通りすぎる。
「海。お出かけかい?」
「そうだよ。邪魔しないでね!」
そのまま海はスタスタと玄関へ行ってしまった。
どうやら妹は倉井 最中と仲直りできたようですこぶる機嫌がいい。2人をよく知る葵は気まずくならずにホッと安心していた。
今日はバイトも無いし母親は出かけている。父はいつものように部屋に引きこもっていた。
珍しく暇を持て余した葵はジャージに着替えると、妹の跡を付けるべくピンクの帽子を被り、玄関へと向かう。
と、葵のスマホが鳴る。
慌ててポケットから取り出すと画面には母からと出ている。通話をタップした。
「どうしたんだいお母さま?」
『ちょうど良かった! 月夜はヒマでしょ? 買い物お願い』
「いや、忙しいぞお母さま。これから出かけるところだ」
『ウソばっかり。バイトないの知ってるから。買い物リストはメールで送るからよろしく』
「おか…」──ブチッ。
一方的に通話を切られ、同時にメールの着信音が鳴る。
どう考えても事前に準備していたに違いない。葵はしぶしぶメールの内容を確認して玄関へ行く。
外に出ると爽やかな秋晴れの空が広がっていた。
玄関を出て伸びをした葵は、首を巡らせ妹の足跡を探す。
だが、なんの痕跡も残していないようだった。さすが海、抜かりないなと葵はニヤリとした。
しかたなくスマホを再び取り出すと電話をかけた。
相手はすぐ出た。
『な、なんだ? 今日はなにかあったか?』
「雪はヒマかな?」
『はぁ!? 服はこの前買ったろ!』
「違うよー。ちょっと買い物に付き合って欲しくて。いいかな?」
『よくねーよ! 付き合わないからな!』
「雪ってば、お茶目だなぁ」
『あーくそ! バカ!』
しばらく言い合った後、待ち合わせ場所を決めて葵は向かった。
互いの家の中間地点にある田んぼに囲まれた電柱。この間、ユニ〇ロで買った服を着た冬草 雪が横に立っていた。
急いで来たようで、肩で息をしている。
葵から連絡を受けた冬草は、慌てて準備をして向かって行ったからだ。せっかく友達ができたのに悲しませたくないと考えていた。
雪を発見すると葵はゆっくり歩きながら手を大きく振る。
「おーい! 雪ーー!」
「うっせーよ! 大声だすと目立つだろ!」
むしろ雪の声が大きいなと思いながら笑う葵。ムスッとした雪が腕を組んで待っている。
「待たせたね」
「いーよ。いつも弁当を作ってもらってる礼もあるし」
「ふふ、餌付けが成功したようだ。雪は偉いなぁ」
「うっせー。今日は空はいないのか?」
「ああ。彼女の家は駅方面だからね。遠いから悪いと思ってね」
「その気遣いをあたいにもくれよ」
「ふふふ。さあ、行こうか!」
葵が冬草の腕を取って歩き始めた。
1年後輩の夏野 空は葵が連絡すればすっ飛んできそうだが、無理をさせたくなかったのかもしれない。なら、なんであたいを? いぶかし気に冬草は引っ張られながら思った。
前の服を買う時もそうだが、ひょっとして友達の少ない自分を気にかけてくれているかもしれない。
楽しそうな葵の横顔に冬草は口元を上げていた。
しばらく行った先は駅近のスーパーマーケット。
駅の看板を見つけ冬草が葵を睨む。
「さっき、空は駅方面だからとか言わなかったか?」
「そうだよ」
「だったら駅前で待ち合わせすればいいじゃんか!」
「ははは。雪はまだ未練があるのかな? 空君が気になるのかい?」
「ち、ちげーし!」
頬を染めた冬草が手をバタバタしている。葵は笑いながら店内へと入って行った。
買い物カゴを手に持ち、スマホ片手に母からのメールをチェックしていく。
後からついてきた冬草が覗き見る。
「……普通に買い物だな」
「そうだよ。今日は付き合ってくれたお礼に雪の家で夕食を作るよ」
「マジで!? 最高じゃんか……」
感激した冬草はガッツポーズを決める。すっかり葵の弁当の虜になった冬草は、いつしかお昼が待ち遠しくなっていた。
俄然張り切り出した冬草は、メールに書いてあるリストの品物を次々に持ってきた。
これは楽だなと葵はほくそ笑んだ。
しかし、なんの目利きもない冬草の適当な選び方に、葵は苦笑いで野菜の選び方などを教えていった。
買い物が終わり、いっぱいになったビニール袋を提げた葵たちは自宅へと向かう。
歩く道が知っている通りと違うことに気がついた冬草が葵に聞いた。
「どこに行くんだよ? こっちは道が違うぞ!」
「ははは、まずはわたしの家に寄っていくよ。それから雪の家だな」
「ええっ! つ、月夜の家!」
驚いた冬草が葵をマジマジと見た。まさか月夜のお宅訪問なんて予想してなかったから、緊張して胸がドキドキしている。
葵は笑って先を案内した。
ちょっとした丘の上に立つ堂々とした書院造りの家に冬草はビビる。
お金持ち? 違うドキドキが冬草を襲う。まさか月夜がお嬢様だとは思わなかったと、冬草は勝手に勘違いしていた。
葵は玄関の鍵を開け中へと入っていく。
「雪も上がって。必要な物を冷蔵庫に入れたらすぐに出るけど」
「家族はいないのかよ?」
「今は出払ってるよ。だから2人きりだな。ははは」
笑う葵が廊下を歩いて台所へと向かうが、すっかり父の説明を忘れている。存在感の薄い父親……。
最後の言葉に冬草はドキリとした。マジかよ……冬草はこっそりブラとパンツが綺麗かどうかを確認して、もっと可愛いのをはいてくれば良かったと後悔していた。
心臓をドキドキさせながら、落ち着きもなく冬草は玄関口でそわそわして待っていた。
しかし、冬草の思ったようなイベントも起きず、すぐに2人は葵の家を後にして向かう。
内心ガッカリした冬草は、何にも考えてなさそうな葵にガンを飛ばしていた。が、葵はスルーして涼しい顔のままだった。
冬草の家に来た葵たちは母親に歓迎され中へと通された。
「嬉しいね~! 月夜ちゃんが料理してくれるの! 雪ちゃんから、それはもうお弁当が美味しいって聞いてたから気になってて! いつか私も食べたいと思ってたけど、こんなに早くチャンスが訪れるなんて~! サイコーーー!!」
さっそく冬草の母が楽しそうにまくし立てる。
恥ずかしそうに雪が慌てて止めた。
「ママ! いいから! もう少し口を閉じて!」
「ははは、愉快なお母さんだね。では、台所を借りていいかな?」
笑いながら葵が買い物袋を上げる。
「ええどうぞ。私も手伝うから、いいでしょ?」
「はい。喜んで」
葵は冬草の母に笑顔で応えると、2人はキッチンへと消える。
リビングでは雪が自宅なのに所在なさげにウロウロと待っていた。ときおりキッチンから聞こえる楽しそうな声に悶々としながら。
しかし、料理が出てくると、雪の思いとは裏腹に葵は家族の夕食のために自宅へと戻って行ってしまった。
一緒に食べると思ってガッカリしている雪に母はとても美味しいわねと、楽しそうにいつまでも話しながら食事をしていた。
そんな明るい母にふっと笑い、雪は話に加わった。




