50話 けんか
放課後の地底探検部に、真っ青な倉井 最中が音も立てずに入ってきた。
中にいた葵 月夜、夏野 空、冬草 雪はいつもと違う様子に目を見張った。
「ど、どうしたんだ最中君!」
驚いた葵が倉井に駆け寄り、肩を抱いてイスに座らせる。
「大丈夫かい? 顔が白いよ」
「……ちょっとあって」
顔を伏せた倉井がボソッと呟く。
夏野は隣に座って倉井の手を握る。
「みんな心配しているよ最中ちゃん。無理には聞かないけど、話してくれたら嬉しいな」
倉井はちらりと葵を見る。何か最中君にしたっけ? 理由のわからない葵は、片方の眉を上げた。
「昨日……海さんとケンカしちゃって。それで、どうしたらいいのか……」
「どうしてケンカになったの? あんなに仲良かったのに」
夏野が聞くと倉井は言い辛そうにモジモジしている。
そこに冬草が葵にそっと聞く。
「なあ? 海って誰?」
「わたしのかわいい妹だよ。そういえば、朝会ったときはプリプリしていたな…」
思案げに返す葵に、冬草は妹がいたことに驚いていた。どう見ても姉っぽさがなかったから。
再びちらりと葵を見た倉井が意を決して、夏野に話し始めた。
「その…昨日、一緒に下校しているとき、海さんがいつも以上にお姉さんのダメ出しをしていたんで、本当は好きなのに言い過ぎだよって注意したら怒ってしまって……。そしたら言い合いになっちゃって、わたしも言い過ぎたかもしれなくて……」
「そうなんだ」
夏野の手を握り返し、顔を上げた倉井の目には涙がたまっていた。
「わ、わたし…嫌われちゃったかな? どうしたらいい? 海さんがいないとわたし……」
「最中ちゃんは気にしすぎだよ! お互いの悪口を言い合ってたわけじゃないでしょ? 要するに月夜部長がポンコツだから問題だったわけで。だったら先に謝りなよ! 海ちゃんだってわかってるよ!」
「…そうかな? ホントに?」
「絶対そうだよ! きっと海ちゃんも意地になっているだけ。先に謝った方が勝ちね!」
笑顔の夏野が答えると、気持ちが固まった倉井は、目元を袖でぬぐって立ち上がった。
「ありがとう空ちゃん! わたし行ってくる!」
「がんばって!」
元気を取り戻した倉井がカバンを持って、部室からダッシュで出て行く。
夏野は手を振って見送った。
そんなやりとりを横に、葵はダメージを受けてグッタリしていた。
心配した冬草が聞いてくる。
「お、おい!? 今度は月夜が変だぞ!?」
「雪……。なんで妹と最中君のケンカ話を聞いて、わたしに被害が及ぶんだ……」
「んー、わかんね?」
腕を組んだ冬草が理解できないと首を振って答える。
両手を床についてガッカリしている葵に夏野が近づき、腰を降ろした。
「あの……月夜部長は悪くないと思いますよ。ちょっと海ちゃんの理想が高いだけで…。今の月夜部長は十分素敵ですよ? ほら、すねてないで元気だしてください!」
「う、うむ。そうだな……いや、でも、海は照れ屋だからかもしれないし、それに……」
うだうだしながら葵がグチグチ言うのを無視して夏野が腕を取り立ち上がらせる。
「もう、いい加減にして! 元に戻れ!」
「あ、はい!」
夏野が怒鳴ると、背筋を伸ばして葵が起立した。
2人を見ていた冬草はプッと吹き出すと笑いだした。
その頃、夕日でオレンジ色に染まった廊下を倉井は一生懸命に走っていた。
決して足が速い方ではないが、とにかく想いだけが先行しすぎて足が追いつかない。
頭の中では昨日の出来事がグルグル回っていた。どうして、あの時のわたしは、あんなことを言ってしまったのだろう…。後悔しても遅かった。
とにかく謝ろう。まったく、空ちゃんの言う通りだ。空ちゃんは凄い! 自分の過ちはすぐに認めて改める。倉井は夏野のそんなところを見習おうと心に刻んだ。
中等部への渡り廊下へと差し掛かった時、向こう側からも走って来る人影が見えた。
「もなか~~!」
倉井を呼ぶ声が前方の人影から発せられて気がつく。
「う…みさん!?」
息を切らせながら倉井が立ち止まった。
夕日にポニーテールをキラキラと輝きなびかせ葵 海が現れた。
倉井の手前で立ち止まると、前で下に組んだ手はモジモジしつつ、相手を見据えてきつく結んでいた口を開く。
「も、最中、あのね……わたし」
「待って! 先に言わせて!」
海の言葉をさえぎって倉井が制した。短く深呼吸した倉井はとまどう海の目を見る。
「ごめんなさい。海さんの気持ちは知ってたのに言い過ぎてしまって」
頭を下げて謝った倉井が顔を上げると、涙目の海が両手を握ってきた。
「ずるいよ! わたしから謝るはずだったのに……」
「でも、言いたかった。海さんは大切な人だから」
「最中……」
ギュッと手を握った海が微笑む。
「一緒に帰ろ?」
「はいっ!」
笑顔の倉井が頷く。
仲直りした2人はオレンジ色の廊下に1つの長い影を躍らせて、校舎へと消えていった。
一方、地底探検部の部室では、夏野の説教に葵が泣いていた。
事情がやっとのみ込めた冬草は、腹を抱えて笑っている。
部室に遅れて入ってきた岡山みどり先生はカオスな部室を見て思った。
どうなってるの? と。




