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42話 温泉だよ!

 丸のみ温泉──

 深原(ふかばら)市にあるファミリータイプの温泉施設。

 全国的には有名ではないが、深原市には源泉がいくつかあり、ちょっとした温泉地として知られていた。

 その中で丸のみ温泉は露天の大浴場を筆頭にいくつかの湯船を持ち、家族や団体でも来る人気のスポットだ。

 路線バスから降りた一行は施設の前に並ぶ。

 嬉しそうにおめかしした夏野 空(なつの そら)がジャージ姿の葵 月夜(あおい つきよ)に声をかける。

「月夜部長! 着きましたね!」

「うむ。長い旅路であったがとうとう目的地についたな!」

「大げさねぇ…」

 葵の返しに岡山(おかやま)みどりが笑う。

「ここは初めて。今日は誘ってくれてありがとう、岡山先生」

 岩手 紫(いわて むらさき)先生が隣に来て微笑むと、照れたみどり先生がアタフタと言い訳する。

「い、いえ。部員たちが勝手に決めてしまったんで、わ、私も来てもらえて嬉しいけど、なんと言いますか…」

「フフ。とても良い子ばかりで羨ましいわ。顧問のことを考えてくれるなんて」


 そんな2人の会話を黒いジャケット、黒く長いスカートをはいた冬草 雪(ふゆくさ ゆき)(あき)れて見ていた。

 転校してまだ日が浅いが、この先生たちの関係が普通ではないことぐらいは分かった。

 冬草はどこで聞いたかわからないが、早朝に葵が家へと押しかけてきて無理矢理連れてこられたのだ。

 葵を見た母親は、転校してすぐに友達ができるなんてよかったね、と笑って言っていたが違う。前の学校で荒れていた冬草は転校先でも同じように不良の頭を潰せば思い通りになると考えていたが甘かった。

 むしろ逆に、ボロボロになるまで稽古をつけられたのだ。ケンカしに行って稽古をさせられる意味がわからないが、人前で大泣きしたのが猛烈に恥ずかしい。しかもその後、かいがいしく葵に世話をされていた自分がいたたまれない。冬草は思い出すと羞恥で顔が赤くなった。

 しかも、なぜか変な部に入部させられ、今、こうして一緒にいる……。全部お前のせいだと冬草は葵を睨んでいた。

 冬草の視線に気がついた葵が笑顔を向ける。

「どうした雪? しかし、雪はもっとオシャレしたほうがいいぞ。全身黒ずくめすぎる」

「うるせー! ジャージのやつに言われたくねーよ! なんで最初から名前呼びなんだよ! なれなれしい!」

 むかついた冬草が笑う葵の足にキックをくらわすが平然としている。むしろ蹴った自分の足が痛い…冬草は意地で痛くない振りをした。

「先輩、そんな事しても無駄だよー。少しは空気を読もうよ」

 その様子を見ていた普段着の春木 桜(はるき さくら)がツッコミを入れると、冬草がギロリと目を向ける。

「誰だお前は? この間、部室にはいなかったろ?」

「あたしは空の友達の春木桜。部は違うけど面白そうだからついてきたの」

 ニシシと冬草のガン飛ばしをかわして笑う春木。……こいつら、なんであたいにビビらないんだ? 冬草は困惑していた。

 倉井 最中(くらい もなか)がトコトコと葵の元へ行くとジャージの袖を引っ張る。

「月夜部長、早く行こうよ」

「ああ、そうだな。ここで話していると日が暮れそうだ」

 あはははと笑う葵に、倉井は冗談じゃなくて本当にそうなりそうだなと思った。


 こうして一行は『丸のみ湯』へ入館して、さっそく温泉へと向かった。

 脱衣所でそれぞれが服を脱いでいると、葵は粘りつくような視線を感じ横に目を向ける。そこには夏野が微動だにせず、鼻息荒くガン見していた。

 下着姿の葵は急に恥ずかしくなり、バスタオルで身を隠す。

「な、ななな何かな空君? そんなに見つめられていると恥ずかしくなるんだが……」

「はっ! いえ、いえ。つ、月夜部長のスタイルが良いので見とれてましたー。アハハハハハー」

 笑って誤魔化す夏野になんとなく身の危険を感じる葵。

 葵は夏野が服を脱ぎ始めるのを見計らって全裸になると、ピューーっと湯船に直行する。

 その後ろ姿の裸体を目に焼き付けていた夏野は、せめてスマホの動画で撮りたかったと後悔していた。


 休みの日にあって、温泉は賑わっている。

 みどり先生は岩手先生と一緒にどこか別の湯に入っているようだ。倉井と春木は館内にある大浴場で体を洗っていた。

 葵は露天風呂へと足を運ぶと、そこに冬草が一人いるのを認めて足を向けた。

 湯船に入った葵が近づいていくのに気がついた冬草がわめいた。

「なんだよ! こっちに来るなー!」

「いいじゃないか。仲を深めるには裸の付き合いが一番だし! わはははは」

 おっさんくさい笑いをしながら隣に座ると、冬草は葵からの匂いに気がついた。なにかとても心地よい香りが漂う。そして胸に目が留まった。

「なに言ってんだよ!? だいたい乳がでかいんだよ! くそっ! お前自身からかよ! 良い匂いさせやがって!」

「そう?」

 言われた葵は自分の腕の匂いを嗅いだが、わからない。冬草は自分でわかるわけないだろ! とツッコミを心の中で入れていた。

 目のやり場に困った冬草は遠くの色づく山を見ている。フフと微笑んだ葵が聞く。

「どうだい? 学校にはなれたかい?」

「ふん! だれかさんが休み時間になると来るからサボれなくて困ってるよ。おまけに放課後まで付き合わされるし」

「はははは。とんだ災難だね。雪とこうしていると(あかね)先輩たちを思い出すよ。1年上なんだが、休み時間毎に様子を見に行ったり、部活へ連れて行ったり、何かと世話を焼いたな…」

 懐かしそうに空を見上げながら葵がしみじみと話す。

 顔をしかめた冬草は自分が初めてではないことに衝撃を受けていた。前例があるのか……もはや逃げられないと冬草は悟った。と、そこにある人物がいないことに気がついた。

「だいたい、いつもくっついてる空はどうしたんだよ?」

「うむ。空君はこの温泉に来てから人が変わったように、イヤラシイ視線をわたしに向けるんだよ。それで怖くなって逃げてきたんだ」

「ぷっ、アハハハハ! あんな1年が怖いんだ? なさけねぇ~~」

「そうは言うが、本当に怖いんだぞ? 雪だって、空君にタジタジだったじゃないかー」

「ふん!」

 痛いところを指摘され、ふてくされた冬草はそっぽを向いた。


「月夜部長~! 探しましたよ~~!」

 嬉しそうな夏野が葵たちの元へとやってきた。驚いた葵は顔を青くした。

「げ!?」

「なんですか! それ! 何で逃けたんですかー! もー!」

 プンプン怒る夏野にいつもの調子に戻っていると葵は安堵した。

「す、すまない空君。だって、なんだか様子が違っていたから怖くなってね……」

「それはテンションが上がってからです! だ、だって初めてじゃないですかー。みんなで温泉に来たのって」

「まあ、そうだが……」

 疑わしそうな葵にエへへと笑って誤魔化す夏野。

 だが実際は、胸が激しくドッドッドッと高鳴っていた。目の前にいる葵の裸体に対する興奮を理性でなんとか抑えている状態。

 頑張れわたし! 全身を見ちゃ駄目! 特に首から下は絶対にダメ! そう自分に言い聞かせながら夏野は葵の顔を見つめる。

 ニコリとする葵の頬に、湯気で濡れた水玉が顎へと転がり湯船に落ちる。キラキラと輝く葵に圧倒されていた。

 女神! 美しすぎる!!

 自分の邪心を洗い流すかのような葵の無垢な笑みに、眩しくて夏野は目を細めた。

 ……もうムリ! このままいたら興奮して何かしてしまいそうだ……。

 がばっと湯船から立ち上がると夏野は滑らないよう早足で逃げ出した。

「無理! もう~~限界! ごめんなさ~~~~~い!!」

 葵と冬草は、そんな夏野の後姿をポカンと見つめていた。


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