38話 引越しを手伝おう!
地元の駅前に葵 月夜をはじめ、夏野 空、倉井 最中、春木 桜が岡山みどりを待っていた。
そう、彼女らはみどり先生の引越しを手伝うために約束の場所に来ていたのだ。ちなみに春木は夏野に無理矢理付き合わされていた。
4人がダラダラとたわいもない会話をしていると、みどり先生がやってきた。
「待った? あら、1人増えてるし助かるわ!」
楽しそうなみどり先生に葵はしんどいと思った。できれば家で寝ていたかった。
みどり先生の案内で四人は駅横にある広い駐車場へ行くと、大型のワンボックスカーの前で止まった。
「今日はこれをレンタルしたの。あなたたちよろしくね!」
ニッコリ、みどり先生が言うと「ウェ~イ」と葵がけだるそうに1人返した。
無言の3人を含めて車に皆が乗り込むと走り出す。
国道のバス通りを、みどり先生が運転しながら皆に説明する。
「いままでバスで学校へ通っていたんだけど、駅近で良い物件があってね。そちらに越すのよ」
「えっ! あたしの家の近く!?」
後部座席で驚いた春木が身を乗り出す。バックミラー越しにチラリと見たみどり先生は笑う。
「残念だけど、駅の反対側なの。だから春木さんや夏野さんの家とは近いようで、ちょっとあるわね」
「ホッ…」
あからさまに安堵している春木に夏野が肘でつつく。
そこに嬉しそうな葵が口を出してきた。
「それって、わたしのバイト先の喫茶店に近いじゃないか! いつでも来てくれたらサービスするよ! ミドリちゃん!」
「そ、そうね。か、考えとくわ……」
引きつった笑顔でみどり先生は答えた。
この間、部員と寄ったとき、軽い気持ちでスパゲティーを頼んだら超大盛りが出てきたのを思い出していたから。
葵の隣に座る倉井はさっそく車酔いして、窓を全開にして涼しい秋の風を顔面いっぱいに吸い込んで気分をまぎらわせていた。
そんな話しをしながら、車は順調にみどり先生の現在住んでいるアパートへとたどり着く。
2階建てでよくある軽鉄骨タイプの駐車場付アパート。
自分の車を持っていないみどり先生は、学校へ自家用車で通う先生の多い中、バスで通勤していた。
駐車場に車を停め、降りた一行は2階にあるみどり先生の自宅へと入っていく。
1DKの部屋はすっかり片付けられていて、ガランとしており、中身の無いクローゼットやローチェストが元の場所のまま置かれていた。
「ベッド以外を車に積んで欲しいんだけど、よろしくね!」
皆に軍手を配り、自身もはめながら、みどり先生が指示を出す。
不思議に思った葵が聞いてくる。
「ん? ベッドはいいのかい? 他の荷物は?」
「もう古いから捨てるのよ。新居には新しいのを買う予定なの。洋服とか小物は宅配便で先に送ってるから大丈夫」
「なるほど」
納得した葵がタンスを夏野らと共に運び始める。意外と軽く、女子だけでもいけそうだ。
車酔いから復活した倉井を含め、皆で荷物を運び、ワンボックスカーと部屋を往復する。
それほど大きなサイズではないので、クローゼットやチェストが車に綺麗に収まった。
仕事が終わるとドアに鍵をかけて、みどり先生の新居へと車に再び乗り込み移動した。
ほどなく新居へとたどり着く。
まだ新しいアパートのようで綺麗な外観から清潔さが漂う。
こちらも2階建てだが、駐車場は無く、ちょっとしたマンションのように見える。
建物の共用入口にはオートロックの数字盤が備え付けてあった。
ワンボックスカーは建物の横に着つけ停まるとハザードをチカチカと点滅させる。
「さ、急いで入れましょうー! がんばれ!」
みどり先生が気合いを入れて車を降りるとオートロックを開け、自分の部屋の鍵を開ける。
新しいみどり先生の部屋は1階にあるようだ。女性の一人暮らしで不用心な気もするが、オートロックがあるから安心なのかもしれない。
部員たちは急いでクローゼットなどを部屋へと運び込んだ。
ちょうど全てを入れ終わった頃、1人の客が尋ねてきた。
「こんにちは~! あら、もう引越は終わった?」
「あっ! 岩手先生ー!」
気がついたみどり先生が喜ぶ。岩手 紫が手土産を持ちつつやって来たのだ。
岩手先生は独特な雰囲気を持つ美人で、学校では“深原の魔女”と囁かれていた。当然、隠れファンも多い。
「本当にご近所なんでビックリ! 部員のみんなもがんばってるわね!」
「あたしは違いマース!」
春木が1人抗議するが笑ってスルーされる。ムッとする春木に夏野が笑う。
みどり先生がレンタルしていたワンボックスカーを返しに行っている間、葵たちは新居で待つことになった。
この新しいアパートの部屋は2DKで、広いダイニングに葵たちがいても余裕があり、使い勝手も良さそうだ。引越前の1DKと比べても新しい住居として納得の場所だった。
紫先生がテキパキと葵たちを使って片付け、お茶を沸かし、持ってきたお土産を用意している頃に、みどり先生が戻ってきた。
「お疲れさま~! あなたたちのお陰で早く終わったわ! 後は、自分で整理だけど」
葵たちの労い、これからの荷物の整理にうんざりするみどり先生。
戻る途中でみどり先生が買ってきたケーキに葵たちも満足そうだ。それぞれ、おつかれーと声を掛け合いながらケーキを食べ始めた。
みなで楽しく話している途中、岩手先生は気がついた。
「あ! 岡山先生、こんなところにクリームがついてる…」
言われて顔を向けたみどり先生の顎についていた生クリームを、岩手先生が人差し指で優しくふき取る。
その人差し指をゆっくりと口に入れて味わった岩手先生が微笑む。
なんとも艶めかしい仕草に全員が注目している。
「美味しい生クリームね。岡山先生って、少しおっちょこちょいで可愛いよね…」
「い、いえ。そんなことは…」
頬を染め照れたみどり先生が眼鏡を直して誤魔化している。
「本当。この間、化粧を変えてから雰囲気が良くなった気がする」
「か、かわってないですよ…先輩」
岩手先生の言葉に、ますます照れたみどり先生が素になっていた。
親しみの笑みを向けた岩手先生が続ける。
「片付けは私も手伝うわ。ご近所だし。本当に良いところね、一緒に住みたくなっちゃうね!」
「せ、先輩、大丈夫ですから。ここにいるだけでも嬉しいのに……」
どうやら岩手先生がみどり先生を褒め倒しているようだ。お返しとばかり、みどり先生も相手を褒める。
少し離れて座っていた2人だが、いつの間にか肌がふれそうなぐらい近づいている。
その様子を唖然と葵たちが見ていた。
突然の甘い嵐が部屋を襲う。先ほどまでの和気あいあいな雰囲気が一変し、ピンク色で甘美な空間に置き換わっている。
部員の前でイチャイチャし始めた先生たち。
一体、目の前で何をやっているんだ……? 困惑した葵が叫ぼうとしたとき、急にのばされた手で口をふさがれた。
「ぶがー」
「邪魔しては駄目です」
耳元で倉井が囁く。どうやら倉井が葵の口をふさいでいるようだ。
葵は助けを求めて隣に座る夏野と春木を横目で見た。
「……」
2人は目の前で繰り広げられる甘い光景を食い入るようにガン見していて、葵たちの事にはまるで気がついていない。
まったく助けにならない2人にどうしようかと葵は考えた。力だけなら最中君はチョロイ。だが暴れていいものか……。
今にも暴れ出しそうな葵に気がついた春木が倉井と一緒に無言で抑え込み、静かに外に連れ出していく。
残った夏野はそっと葵たちの皿をかたずけ、部屋を出た。
4人は連なって駅まで歩いていく。葵の両脇には倉井と春木が腕をつかんで不測の事態に備えていた。
「一体なんだ、あれは?」
戸惑う葵の言葉に春木が笑う。
「あははは。先生たち、いい雰囲気だったでしょ。邪魔しちゃ悪いし」
「そうですよ月夜部長! 耐性なさすぎです! 人の恋路に余計なことしないでください!」
夏野も葵に釘を刺す。うろたえた葵は、やっと事態が飲み込めた。
「ま、まさか、あの2人が付き合ってたなんて……」
「いや、まだだから。見ててわかるでしょ?」
苦笑いで春木が突っ込む。そうなのかと葵は不思議がった。
「でも、ステキだったな」
倉井がはにかみながら言うと夏野と春木は笑顔で頷いて、あれこれと2人について妄想を話し合った。
一人、話題の展開についていけない葵を除いて。




