19話 お礼です!
書院造りの家の前に倉井 最中が紙袋を持ってオドオドと立っていた。
両親から今までのお礼にと手土産を持たされ葵 月夜の実家に訪れていた。
深呼吸をして息を整えた倉井はプルプル震える指で呼び鈴のボタンを押す。
ピーンポーーーン
「なによ! こんなときに誰か来るなんて!」
中から怒りながらバタバタと音が近づく。
ガラッと玄関が開くと、ポニーテールの葵 海が出てきた。
「あれ!? 最中じゃん。どうしたの?」
「こ、こんにちは。お姉さんいますか?」
焦りながらも倉井は挨拶をする。
「あー。お姉ちゃんはバイト中だよ。お母さんもいないし…。ま、上がって!」
「い、いえ。あのこれを…」
海の誘いに紙袋を差し出す。
「なにこれ?」
「えっと、この間のお礼を兼ねて……」
「ふーん。ありがとう! お姉ちゃん宛でしょ? とりあえず上がって!」
倉井から紙袋を受け取った海は強引に中へと誘う。
月夜と海を含めた葵家宛のお礼だったが、倉井は言えずに流されてそのまま上がり込んだ。
「最中が来てくれて良かったー! ちょうど暇してたとこだったの」
居間に連れてこられた倉井にお茶を出しながら海が説明する。
「はい?」
「でね、最中はこの後、予定ある?」
「い、いえ…」
特に予定もないが、この姉妹に関わると何かありそうでドキドキしながら倉井は答える。
海は嬉しそうに最中の隣に座った。
「ホントに! じゃあ、あたしに付き合ってよ!」
「えっと…どういう?」
「そーね、まずは最中の話が聞きたいな? 地底人なんでしょ? お姉ちゃんから聞いたけど地下の生活のこととか、普段何やってるのとか知りたい!」
「そ、そうですか。では…」
よくわかないが身の上話をすればいいのかと倉井が弱気に言おうとすると、海が倉井の両肩をピシャっと持った。
「もっとシャキッとして! あまりオドオドすると自信なさげに見えるよ!」
「あ、はい!」
海に注意されて倉井は姿勢を正した。海はニコリと微笑んで頷いて先をうながす。
それから倉井は地底生活の事を語った。
幼少期から地下道を移動しながら生活する日々、地上で大雨が降ると浅い地下では洪水になっていること。地上での短期間の生活に、たまに会う他の家族との交流。こんなに詳しく人に話すのは初めての経験だった。
話しながらハッと倉井は気がついた。年下の海にリードされていたことに。
これじゃどっちが年上かわからないな…。フフッと笑みがこぼれた。
「へえ~。思ったよりも地下も大変だねー。でも面白かったよ! 話聞けて嬉しい!」
聞き終わり、キラキラと輝く笑顔で海は感想を言うと倉井は頬を染めて照れた。
「うちの家の話はお姉ちゃんから聞いてるからいいか。それじゃ、少し外に出ようよ! いいところがあるんだ!」
海は立ち上がると倉井の手を取る。
2人は葵家を出ると家屋にあるガレージへと向かう。
そこにはゴツイ4WDのオフロード車が止まっており、その横に自転車が3台並んでいた。
「チャリで行くけどいい?」
海が向かいながら倉井に聞く。
「あの…わたし乗れないんだけど…」
「そうなんだ。ごめん、徒歩だときついなー。あっ! いい機会だから練習しようよ!」
「ええ!?」
海の提案に倉井が驚く。
「いいから、いいから。転ばないように助けるから。あたしのチャリを使おう!」
「あ、あの…」
倉井が断る前に海はガレージから自分の自転車を持ってくると乗るように勧める。
それから葵家の庭で倉井の自転車練習が始まった。
夕暮れ頃になると倉井は海の手助けもあって自転車に乗れるようになっていた。
そうなるとスイスイ思い通り動く自転車に楽しくなってくる。
嬉しそうに海が声をかけてきた。
「上手じゃん! もう1人で大丈夫ね!」
「はい! 楽しい!」
庭をクルクル回りながら倉井が笑顔で答える。
結局、日も落ち暗くなるので外に出ることなく再び家の中へと戻っていった。
居間に着くと再び海がお茶を出してきて聞いてくる。
「今日、泊っていけば? いいでしょ?」
「えっと…そうする」
自転車に乗れて楽しくなった倉井は、興奮冷めやらぬまま両親に電話して再び泊まることを連絡した。
しばらく2人でテレビ番組を見ながら話していると姉の月夜が帰宅した。
海とくつろいでいる倉井を見て顔をほころばせる。
「ただいま! お! 最中君きてたんだ!」
「あ、はい。おじゃましてます」
「だめだかんね! 最中はわたしのお客だから! お姉ちゃんは向こうに行ってて!」
海が喧嘩腰に姉を追い払う。月夜は笑って、ゆっくりしていってねと言い残して自室へと向かった。
そこで倉井は首をかしげた。
今日1日、海に付き合ってて会話の半分近くは姉の話題ばかりだったから。
話からはとても嫌っているようには見えなかった。
「ねえ、海さん。月夜部長と仲悪いの?」
「は!? そ、そそそそんなことないけど……。いいの! お姉ちゃんとは複雑なの!」
不意の倉井の言葉に真っ赤な顔で動揺した海が答える。
ぷっと吹き出した倉井は笑い始めた。
すねた海が呟く。
「最中って、意外と意地悪」