第20話
「ふぅ、まぁこんなもんかな、」
血の匂いが充満する部屋の中1人でそう呟く
部屋の隅に転がる数本の指と足首を血だまりの中につま先で押し込んでやると吸い込まれるようにして消えていった
壁に刺さった短剣を一本抜き取るとそれを持って糸で身動きの取れなくなっている少女に近づき一息のうちに糸を両断してしまう
少しの間切れずに余った糸の細い繊維のぶちぶちと千切れることがした後
白い少女の身体はばたりとうつ伏せに血だまりの中に落ちた
「私の箱のことをよろしく頼むぞ、ゴーレムの娘」
囁く様に静かな一言だった、だが意識の無い彼女の耳にそれが届くことはあり得なかった
「さてと、私がこれ以上現界していては箱も持つまいて、」
少し残念そうな表情をわざとらしく作るとスグルの身体は糸の切られた傀儡の様に力なくその場に倒れこんでしまった
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「発見しました!新入りの特攻隊員と特攻隊長の2人の姿を確認!」
その知らせがルグドの耳に届くのにそう時間はかからなかった
広場の真ん中で瓦礫の上から腰を上げて知らせのあった場所へ向かう
ゆっくりとした足取りではあるが、それ故に側にいた兵達は場の空気が凍りつき、肌をチクチクと刺激されるのを感じていた
「場所は医務室で間違い無いのだな?」
「はい!間違いありません!なんでも、辺り一面血の海とのことで、発見された2人が医務室に居合わせた患者と兵士達と交戦したものと思われます! やはり魔族、一刻も早く処分しておくべきだったのです。今回の王族種の新入も奴らの手引きがあってのことで間違い無いかと思われま…」
「そうか…」
たった一言で興奮気味に魔族への鬱憤を吐露していた兵士を黙らせる
圧倒的な剣気に押されてしまったのだ、それを浴びせられた男の額には大量の冷や汗が光っていた
部屋の前にはザッと5、6人ほどの兵士がルグドが来るのを待っていた
「ここまで酷い状況は久しぶりです、今回の王族種の襲撃の補助といい、やったのはこの2人で間違い無いでしょう。」
1人の中年兵士はそう言った
「そうだな、きっと逃げようとしてここに居合わせた者達と戦闘の末、この様な結果に…」
同調する者も
「だが、この新入りが入ってきてからこの様なことがあったのだ、042はそそのかされただけなのでは?」
「いやいや、もしかしたら042が以前から画策していて、人手を求めてずっともう1人が加わるのを待っていたのでは」
各々の意見は次第に議論へと発展していき、熱を帯びていく
だが、その全ての意見は今回の事件を特攻隊の仕業であると決定付けた中で行われており
話し合いを見ているルグドからは不毛にしか映らなかった
「おい貴様ら、そこから先は議会が決めることだ、ここでこれ以上貴様らが論じるのは時間の無駄でしかない、必要な者だけここに残り後は施設内の設備及び建物の復旧と怪我人の第3から第7医務室への誘導、そして戦死者の火葬及び埋葬の準備をしろ、その際、各部隊長の指示に従って行動せよ、何か緊急の知らせがある場合は私の秘書に伝えるように」
その言葉で一瞬にして場が静まる
論を交わしていた兵たちは皆一斉にルグドに頭を下げてかしこまり医務室の入り口まで道が出来上がり
命令に格闘した動ける兵達はその場を後にした
コツコツと靴底の硬い音がなる
「現場にはまだいっさい触れておりません」
マスクを付けた軍服の男が静かにルグドに話しかける
声の聞こえる方に少し視線を合わせるのを合図に
マスクの男はコクリと頷き後ろに下がる
倒れる042を見て何食わぬ顔でその横を通り抜けるとその隣で向かい合うようにして血だまりに横になる少年の前に立ち止まると
そのまましゃがんだ
「…」
冷たい目で少年の横顔を眺めると
再び立ち上がりゆっくりと元来た道を辿って部屋を後にする
廊下に出たところでルグドは立ち止まると
廊下の向こうから1人の青髪でショートヘアの軍服姿の綺麗な女性が駆け寄って来るのが見えた
「ルグドさん、第2支部の方から使いの方が来ておられます」
少しの間がありそれに応える声が聞こえた
「早いな…そうか、俺の部屋に通しておけ」
その声はどこかため息混じりだったように聞こえたというが、その時の彼の表情は帽子と暗い廊下のせいで誰も見ることができなかった
「いんやいや、こぉ〜んな綺麗なおねぇさんが第六支部にもいるなんざぁオレっちは感激だぜぇ」
青髪の女性の後ろからオレンジ色の髪をボサボサにした白く首まで覆う軍服を身につけた男がニカニカと歯を出して立っているのに気づいた
「あの、ついて来られました…」
「…」
「ルグドさ〜ん、無視はつらいっち言っとるがなぁ、頼むからさぁあ?無視はよくないでぇ?」
訛った口調で囃し立てるように言葉を吐いて来る
周りにいた兵たちもその態度に不快感を抱いたのか眉間に皺をよせる
「貴様、第2支部だからと俺たちを舐めているのか!」
1人の兵が怒りを露わにするが、それをルグドが片手で制すと
クルリと反転し、男の方に振り向く
「黙れヴォルフ、まさか貴様が来るとは思っていなかったが…貴様がいるということはあいつもいるのだろう?奴はどこだ」
「あいつ?あぁ、エヴっちはあんたの部屋に先に上がっちまったぜ?」
「まったく勝手なことを…」
「いいじゃねぇかよぉ!客人は丁寧に扱ってくれよな!」
ニカニカと相変わらずの様子で悪ガキのように笑うその男は目の前の青髪の女(ルグドの秘書)に興味津々の様子だった
が、突然何か思い出したのかこちらに視線を向ける
「そうそう!今日はな、今回のアラクネ襲撃について聞きに来たんだ!今後の処分とかもいろいろあるしよ!どーせ犯人とかいるんだろ?そいつ捕まえて会議が第2支部であるからよろしくな!」
文脈を無視した箇条書きのような話し方である
きっと第2支部の上司から言われた事を要領を得ないまま言葉にしているのだろう
「そうか…」
呆れた、という顔をする周りの兵と、苦笑いするルグドの秘書その中でルグドは1人だけ無表情のまま一言返すのだった
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本棚が部屋の壁を埋め尽くしていた
正面には刀が二本交わるようにして飾られており机の上には沢山の資料が山積みにされていた
応接用の机と向かい合わせの長椅子があり
ドア側の長椅子に座る銀髪の七三分けの男は鼻の頭まで隠れる白い軍服を着たまま器用に紅茶を冷ましながら飲んでいる
北欧系の顔立ちをしたその男は紅茶を少しすすると
その少し困ったような目を見開いて手元にある黒い長方形の筒を撫でた




