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実る

 日常は、当たり前のようにやってきた。

 朝練。

 授業。

 放課後の部活。

 部活では変わらずの十番。十二番は海野。


 一年の頃と変わらない日常だ。

 それなのに、いまいち身が入らない。


 たったひとつ変わったこと。

 ……それが、こんなに俺の中で大きかったなんて。



 夏が過ぎて、俺にチャンスは再びやってきた。

「え……」

「そんなに驚くことじゃないだろ。次の試合、お前が投げてみろ」

 事実上の三年生の引退。

 つまりは、次のエースの選考……とも考えられなくもない。

「やったじゃん!」

 海野が肩を叩いてきたが、実感が沸かないというか……自分は小心者だと思う。

「海野、お前もだ」

「はいっ!」

 ぼう然とする俺の横で、海野は監督に敬礼していた。


 一週間経って、俺は夢中で投げた。

 試合は俺たちが先制。

 ただ、同点になり、追い越され、それを俺たちが追いかけ……点差が広がることは無かったが、油断できない試合だった。

 今は、四対三。

 俺たちがリードしている。そして、回は九回の表。

 ここで押さえれば……勝てる!

 指示通りでワンナウト。

 ランナーは一塁と二塁。

 次でツーアウトを狙う作戦だ。

 走塁でも構わない。ただ、ホームランだけは避けなければ。

 ……そう、走塁でも構わないんだ。

 大丈夫、メンバーを信じろ。……俺は、一人で野球をしている訳じゃない。


 海野からの投球サイン。

 俺は頷く。まったく、思った通りだよ。


「ストラーイク!」


 普段は能天気にしている癖に、ここでの海野は別人だ。目の鋭さまで違う。


「ストラーイク!」


 海野からのサインは思った通りだ。

 鋭い眼差しで、小心者の俺が消えていく。

 ……そうだな、海野。そういかなくっちゃな。


 カキーン!






「お疲れさん!」

「お疲れ」

 試合が終わると、海野はいつもの調子にすぐ戻る。不思議な奴だ。

「いや~、あそこで勝負に乗ってくれるとは思わなかった!」

 海野の言葉に、俺は思わず笑う。

「嘘言え」

 一瞬だけきょとんとした海野は、

「だな!」

 と、俺と一緒になって笑った。



 一ヶ月後、監督から正式に『レギュラー』の発表があった。

「一番、浅河。二番、海野。三番……」

 他の試合では、他のメンバーも投げたし、俺が勝投手になったのは、あの一回だけだった。だから、俺は戸惑ったが、海野は純粋に喜んでいた。

「一番をよろしくな。新エースの『A』くん」

 これは、俺が一部で『鬼のAくん』と呼ばれていることの皮肉だ。

「先輩、俺……」

「監督は勝ち負けだけを見ているわけじゃない。……お前、もともとレフトだもんな。でも、まぁ監督が決めたんだ。気負いせずにドント行け」

 そう言って、三年生は正式に引退していった。


 それから俺の高校生活は、以前よりも野球漬けになった。

 一回でも多く、勝ちにこだわって試合を積み重ねていきたい。

 見えなくても、届かなくてもいい。でも、野球をするなら、だれもが追う幻想がある。斯く言う俺も……。




 雪が降る季節がやってきた。

 去年の事を思い出す。

 内田は隣のクラスになっていた。あれ以来、浮いた話は聞かないが、元気でやっている事は知っている。

「誰かいい人いない?」

 と、聞かれ、

「海野」

 と言ったら、何故か大ウケしていた。


 内田とは度々会うのに、会いたいと思った人には会えずにいる。

 珍しく部活が休みの今日、海野は休んだ。静かな一日が終わろうとしている。

 上履きを脱いで、下駄箱から靴を取り出す。


 近頃、嫌だと思っていたこの靴を、無意識で履く回数が増えた。


 本当は、気づいていた。

 親父の行動を。

 ただ、普段は無口で何を考えているか理解しにくい親父の想いを受け入れようとしなかっただけだ。

 親父は……わざと俺に他の子どもと違う色の物を選んでいた。

 俺が見つけやすいように。

 探しやすいように。

 目立つように。

 わかっていたのは、多分、俺が親父に似ているから。

 口下手で、愛情表現が苦手だから。

 だから、素直に受け取れなくて、反発するように親父を……。

「浅河くん!」

 ……この、声は。

「久し振りだね。その靴、やっぱりいいなと思って……なんだか探しちゃって」

「結城……さん」

 何故か、彼女は俯いて……いや、靴を見ている?

「レギュラー……おめでとう。ずっと、言いたかったんだけど……」

 なんで結城さんが知って?

「嬉しいんだけど、なんだかどんどん浅河くんが遠くに行っちゃうみたいで、ちょっと淋しかった」

 ちょっと、まって。

「えっと、もしかして、試合見て……て、くれたの?」

 俺の問いに結城さんは小さく頷く。

「もっとお話ししたいなと思ってたんだけど、ほら! クラスも離れちゃったでしょ?」

 いや、本当にちょっと待って欲しい。処理が追いつかない。

 試合を見ててくれたって言ってくれて嬉しいけど、恥ずかしくもある。俺、結構負けてるし……。

「ああ、うん……」

「それだけ! 今日は話せてうれしかった。ありがとう」

 俺が気の利くような事を言えないでいると、結城さんはくるりと背を向けた。

 そういえば、彼女の後姿を見たのは、一年近く前の事だ。

 あの誤解は、解けたんだろうか。

 いや、解けてなくてもいい! このまま、またずっと会えなくなるより……。

「待って!」

 つい、出てしまった言葉。

 時間が一瞬だけ固まったように思えた。

 それを滑らかに動かしたのは、彼女だ。結城さんは振り返ってくれた。

 でも、後に続く言葉なんて出ない。

 だって、会いたいと願っていた人に突然出会えて、何を言えばいいのかなんて、そんな事がわかるなら、きっと俺はこんな性格になってない。

「なに?」

 小さな声なのに、とても大きな存在。

 それは、長すぎるくらい味わった。だから、見失いたくないなら、言うしかない。言葉なんて選ぶんじゃなくて、思ってた事を言うしか。

「話したかったのは、俺も……」

「え?」

 このチャンスは、もう巡って来ないかもしれないんだから。

「俺も話したいと思ってた。だけど、結城さんのクラスもわからなくて……だから、今度、また話したいなって」

 ダメだ。言葉がまとまらない。

「じゃぁ……」

 彼女の声に、俺の視線は上がる。

「一緒に帰ろっか」

 思いがけない言葉。そして、柔らかい笑顔。

 彼女の言動に、顔が緩む。いや、緩みすぎる。

「行こう」

 弾むように歩き出す彼女。

 俺は靴をすっと履くと、足を踏み出す。

 歩幅が違うから、あっという間に追いついたけど、今度は歩幅を彼女に合わせるのがなんだかくすぐったかった。


さくっと終わらせる予定だった連載が、こんなに長引いてしまって申し訳ありませんでした!


多々、ざっくりとしか書いていない感がありますが、少しでもお楽しみ頂けましたら幸いです。

お読み頂き、ありがとうございました。

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