Vol.1
現在楽しかるべき学校生活に行き詰っている児童生徒はどのぐらいいるだろう。
邪心のない子供から大人へと成長していく中では、様々な葛藤がある。
静香が摩子と再会したとき、摩子はもう19歳になっていた。静香の前から姿を消したあの時の摩子は中学生で、160センチあまりの背丈、がっしりした体格の摩子は、小柄な静香にとっては威圧感のある子に思えた。
ここ数年、摩子とは疎遠になり近況は知らなかったので、静香は矢継ぎ早に質問した。
「しばらくぶりね、元気だった?お母さんは元気?」
「はい。お母さんは元気です。先生、今どこに住んでいるんですか?」
その問いには確かな返事をせず、じゃあ、ここでね、と分かれ道でさよならする静香の跡から、先生、遊びに行っていいですか?という大きな声が追ってきた。
「うん。またね……」
何となくはぐらかすような曖昧な返事をして、静香は帰宅したものの、……ところで、あの子はどうしてあの道を歩いていたんだろう?摩子が自宅から随分離れている町の路地を歩いていることに、静香は疑問を感じた。
摩子はあの頃と同じように静香のことを『先生』と呼んだ。摩子は小学生の時、静香が現在の住居に転居する前の家にピアノを習いに来ていた。
何か注意をすると反抗的な視線を向ける摩子のことを、静香は彼女に対して、素直でない生意気な子という印象を持っていた。
摩子の母親に静香は一度会っていたのだが、その母親もどこかで出会っても、静香のことを無視するような態度をとっていた。
ピアノのレッスンを終えたある日、摩子の態度があまりにも横柄で、静香の神経をとことん逆なでしたことがある。
「あんたね、それ、ものを習いに来てる態度じゃないよね。そういう子に習いに来て欲しくないの。いやだったらやめなさい……」
静香はそう言って、摩子を家に帰した。
夕方摩子の母親から電話がかかってきた。
「先生、ありがたい言葉を言ってくださって本当にありがとうございます。私が娘に言いたいことを先生が言って下さって、わたしは胸がすっとしました。娘には、あの先生は良い先生やから素直に習いに行きなさいと言っておきましたので、どうぞ見捨てないでよろしうお願いします」
摩子の母親はそういって、電話を切った。
そのことがあってから、母親は道で静香に会うと、今までとはがらりと変わった丁重な態度で、静香に挨拶をした。




