Vol.2
中学校へ入学したとき、摩子は静香のもう一つの教室の学習塾に入塾した。他の生徒たちとトラブルを起こすこともなく、静香は摩子のことを普通の子として見ていた。
摩子が中学2年の終わりになった時、突然静香の前から姿を消し、母親からは塾をやめるという連絡もないままに時が過ぎていった。
しばらくして、静香は摩子のことが気掛かりで、彼女の家に電話をしてみた。
「先生、お話したいことがあるんですが、時間をとっていただけませんか」
電話口の母親の声は疲れ切っているように思えた。
静香は車で摩子の家の近くにある喫茶店に出向いて、摩子の母親と面談した。
「実は、摩子は塾へ行かなくなった頃から、学校へ行ってないんです。あの子に暴力を振るわれて、わたしはもうくたくたなんです」
思いがけない話の内容だったので、静香はどう対応していいのかわからず、母親が身につけている赤い珊瑚のネックレスに目を遣った。
母親は静香の視線に気付いたのか、
「これうちの母がくれたお金で買ったんですよ。母が摩子のことよりわたしのほうが心配だと、お金をくれたんです。わたしは家にいるとやりきれず、毎日あさ早くに家を出て、街を歩き回って美味しいものを食べて、夕方家に帰ります」
摩子の母親はそう言って、テーブルに肘をつき、両手で顔を覆った。
「あの子、夜になると暴力が激しくなるんです。この間も、気に入らないと言って、わたしの足を青あざができるほど叩きました」
「そんなにひどいんですか!で、その時ご主人はどうされているのですか」
「主人は黙って見てます。横から口を出すとよけいひどくなりますから……」
静香はとりあえず、市の児童相談所に行くことを勧めて、母親と別れた。静香も以前、子供の相談でそこに通っていたことがあった。
*****
その後静香は、ときどき摩子の母親と喫茶店で落ち合い、摩子の状態を聴いていた。
「せんせ、この辛さは、そうなった者でないとわかりませんね」
摩子の母はいつもそう言った。
中学三年になった摩子は、引き続き家に籠り、母親への暴力はエスカレートしているらしかった。
3学期がくる前に学校から連絡があったと、母親が電話してきた。
最後の3学期を登校すれば卒業証書を出すと、学校から通達があり、摩子は頑張って登校しているということだった。三月に入って、摩子が毎日死ぬほど辛い思いをして学校へ通った甲斐あって、中学校の卒業証書がもらえたと、母親はほっとした声で静香に報告してきた。
その年の春、摩子が高校へ入学できたと、はずんだ声で母親から電話があった。
「もうこれで安心です……」
と最後に、母親は言った。
静香が勧めていた先祖供養も、もう必要ないからと断ってきた。
ときどき街で出会ったとき、母親は悠々とした顔つきをしていた。静香はよかったですね、と声を掛けただけで通り過ぎた。




