4-1 昼の街を暴走する集団
某市駅前の昼は、いつも人で溢れている。
だが、その日の街はどこか“ざわついて”いた。
理由はすぐにわかった。
遠くから、金属が擦れるような連続音。
チェーンの回転音が重なり、まるで群れの羽音のように近づいてくる。
次の瞬間――
十数台の自転車が、駅前ロータリーへ雪崩れ込んできた。
ヘルメットもつけず、サングラスとマスクで顔を隠し、
車道と歩道の境界を無視して蛇行する。
前輪が歩行者の足元をかすめ、後輪が車の進路を塞ぐ。
「どけよー!ナイトライドじゃなくてデイライドだろ今日は!」
「車は止まっとけよ、俺らが通るんだからさぁ!」
「撮ってる?撮ってる?これバズるぞ!」
スマホを自撮り棒に固定し、走りながら配信している者もいる。
画面には、彼らのSNSアカウント名が踊っていた。
《RIDE OR DIE Crew》
《ナイトライド》
《昼も夜も俺らの道》
投稿内容は、承認欲求の塊だった。
「車に煽られたから仕返ししてやったw」
「歩行者がビビってて草」
「俺らが街の主役。車は脇役」
その“主役気取り”の集団が、駅前の道路を完全に塞いだ。
その道路を通ろうとしていた一台の車があった。
運転席の男性――佐伯は、ハンドルを握りながら焦っていた。
「やばい……間に合わない……」
今日は重要な会議の日。
遅刻すれば、会社での立場が危うい。
それでも、駅前を抜ければギリギリ間に合うはずだった。
だが――
自転車集団が車の前に横一列で広がり、佐伯の進路を完全に塞いだ。
「すみません、通してもらえませんか……!」
佐伯が窓越しに声をかけると、一人が振り返り、ニヤッと笑った。
「は?今撮影中なんだけど。邪魔なんだけど?」
「車は止まっとけよ。俺らの“画”が崩れるだろ」
別の男がスマホを向けてくる。
「おっ、なんか焦ってる車いるぞw
これ動画に使えるじゃんw」
佐伯は必死だった。
「本当に急いでるんです……通してください……!」
しかし、返ってきたのは嘲笑だった。
「急いでるならもっと早く出ろよw」
「社会人なら時間管理しろよw」
「車乗ってるくせに余裕ねぇの草」
自転車集団はわざとゆっくりと動き、佐伯の車の前を蛇行し続けた。
信号が青になっても、彼らは動かない。
佐伯の車は、ただそこに“閉じ込められた”。
そして――
時計の針は、会議開始時刻を過ぎた。
佐伯の胸が冷たく沈んだ。
ようやく自転車集団が散り、佐伯は車を走らせた。
だが、会社に着いた時には、会議は終わっていた。
上司が冷たい目で佐伯を見た。
「……佐伯くん。今日の会議は重要だったんだよ、おかげでご破算だ。」
「すみません……駅前で……」
「言い訳はいい。君に任せたのが間違いだった。もう会社に来なくていいから。」
その言葉は、刃物のように胸へ突き刺さった。
佐伯は何も言えなかった。
ただ、静かに頭を下げるしかなかった。
家に帰った佐伯は、震える手でスマホを開いた。
自転車集団の暴走を撮影した動画が残っていた。
彼らが道を塞ぎ、嘲笑し、撮影していた瞬間がすべて映っている。
(……これを……公開すれば……)
せめてもの抵抗だった。
自分が失ったものは戻らない。
だが、彼らの横暴を世に晒すことはできる。
佐伯は動画をSNSに投稿した。
タイトルは短い。
「自転車集団に道を塞がれ、会社をクビになりました」
投稿ボタンを押した瞬間、胸の奥にわずかな“正義感”が灯った。
しかし――
その灯りはすぐに踏み潰されることになる。
動画公開から数時間後。
佐伯のスマホが鳴り続けた。
通知は止まらない。
DMは次々と届く。
内容は――
想像を超えていた。
「お前が勝手に遅刻しただけだろw」
「社会人失格w」
「車乗ってイキってんじゃねぇよ」
「俺らの顔映してんじゃねぇよ、訴えるぞ」
「お前の会社特定した」
「クビになったのは自業自得w」
「お前の家も探すからな」
「動画消せ。消さないなら“仲間”が動くぞ」
コメント欄も荒れた。
「この人、逆に迷惑かけてる側じゃね?」
「自転車の方が正義」
「車のやつってすぐ被害者ヅラするよな」
「こいつの会社どこ?晒していい?」
「クビになって当然」
佐伯はスマホを握りしめ、
呼吸が乱れた。
「……なんで……俺が……」
動画は“仕返し”のつもりだった。
しかし、返ってきたのはさらに深い絶望と憎しみだった。
そんな中、佐伯は偶然にもあるサイトを見つける。
ダメ元でアズラへ依頼を送った。
闇夜のおしごとは、ここから始まる。




