第1話「証拠は、三つございますのね?」
※自作短編「その断罪、証拠が三つとも嘘ですけれど――王太子殿下、最後まで証言なさいます?」 (https://ncode.syosetu.com/n3251mn/)の連載版です。第1〜3話は、加筆・再構成した内容です。第4話から、王宮での正式審問を描く新規展開となります。
「エリカ・ヴァルトシュタイン。貴様が聖女ミリアを毒殺しようとした罪を、この場で明らかにする」
王立学院の卒業記念舞踏会。その音楽が、唐突に止まった。
大広間の中央で、王太子アルベルト殿下がわたくしを指さしている。殿下の隣には、胸元で両手を組んだ聖女ミリア。少し離れて、殿下の学友である男爵令息ヨハン・ベルツが立っていた。
王太子。怯える聖女。そして、二人の仲を妬んだ公爵令嬢。
なるほど。よくできた構図だった。
「証拠もある」
従者が赤い布を掛けた台を運んでくる。
小さな青いガラス瓶。
わたくしが書いたという脅迫状。
そして、昨夜のわたくしを見たという証人。
「以上三つの証拠により、貴様との婚約を破棄する」
驚きより先に、胸の奥へ痛みが走った。
六歳で婚約者に定められてから十二年。王妃となるために費やした歳月を、殿下は一夜で犯罪者の過去へ塗り替えようとしている。
けれど、泣くのは後でいい。
王族が公式行事で臣下の犯罪を告発した以上、これは婚約者同士の喧嘩では済まない。
「殿下。ひとつ、確認してもよろしいでしょうか」
「なんだ」
「これは、王太子の権限に基づく正式な犯罪告発でございますのね?」
「当然だ」
殿下が右手を上げると、王宮警護官が大広間の扉を閉ざした。
「告発が終わるまで、誰も退室させるな。王太子印による封鎖命令だ」
扉の前に警護官が立つ。
「では、レイモンド宮廷書記官に記録をお願いいたします」
壁際に控えていた書記官が、無言で記録机へ着いた。
わたくしは殿下を見つめたまま続ける。
「正式に告発なさる方は、証拠が真正であること、証人へ圧力をかけていないこと、虚偽が判明した場合はご自身も審問を受けることを宣誓なさらなければなりません」
殿下の眉がわずかに動く。
それでも、わたくしが怯えて時間を稼いでいると考えたのだろう。
「構わない。私の名において誓おう」
羊皮紙の上を、ペン先が走り始めた。
「証拠は、三つございますのね?」
「くどいぞ」
「大切なことですので」
わたくしは一礼し、台の上の小瓶へ目を向けた。
その向こう、広間の入口には、学院へ寄贈された歴代貴族家の印章が展示されている。わが家の旧印章もその一つだ。先月の展示替えで落下し、鷲の右目が欠けたままになっている。
展示室の鍵は学院事務室が保管し、借りた者の名はすべて貸出簿へ記される。実行委員長であるわたくしは、その記録を毎日確認していた。
「では、最初の証拠から確認いたしましょう」
わたくしは小瓶を示した。
「これが、わたくしの所有物だとする根拠は?」
「封蝋を見れば分かる。ヴァルトシュタイン家の鷲だ」
「現在のわが家の紋章で、鷲の翼を飾る羽根は何枚かご存じですか?」
「……六枚だ」
「ええ。ですが、こちらは五枚です」
黒い封蝋に刻まれているのは、三年前に廃止された旧意匠だった。
「さらに、鷲の右目が潰れております。入口に展示されている旧印章と同じ欠け方ですわ」
何人もの視線が、瓶と展示ケースの間を往復した。
だが、殿下の声に動揺はない。
「古い印章を貴様が隠し持っていたのだろう。右目の傷にしても、別の印章へ同じ傷をつければ偽装できる」
もっともな反論だった。列席者の中から、低い同意の声が漏れる。
「おっしゃるとおりです」
わたくしが認めると、今度は殿下が目を細めた。
「ですから、傷だけで展示品だと決めつけるつもりはございません。学院長先生、展示室の鍵の貸出簿をご確認いただけますか」
待機していた職員が記録簿を運び、オルガ学院長が該当する頁を開いた。
「昨日の午後、最後に鍵を借りた生徒は――ヨハン・ベルツ」
ヨハンの肩が跳ねる。
「俺は展示品の一覧を確認しただけだ!」
「ええ。旧印章を使ったと断定はいたしません。ただし、ヨハン様には触れる機会があった。そして封蝋は、現在わが家が使っている印章のものではない」
わたくしは小瓶から手を離した。
「『家紋があるから、わたくしの所有物に違いない』という殿下の主張は、これで成り立たなくなりました」
大広間の視線が、わたくし一人ではなく、証拠を載せた台へ向き始める。
「鍵を借りた者がいた。それだけだ」
殿下は即座に押し返した。
「小瓶だけで罪を立証できないとしても、脅迫状と目撃証言は残っている」
「そのとおりですわ。次を確認いたしましょう」
わたくしは二つ目の証拠を手に取った。
「ミリア。この手紙を受け取ったのは、いつですか?」
「ろ、六日前です。部屋の扉の下に差し込まれていて……怖くなって、その日のうちに殿下へご相談しました」
「殿下も、その日に相談を受けたと?」
「ああ。ミリアは六日前の夜、震えながら私のもとへ来た」
ペンが二人の証言を書き留める。
わたくしは脅迫状を、そばの燭台へ近づけた。
黒かった文字が、蝋燭の熱を受けてゆっくりと紫へ変わった。




