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創像師  作者: Haku
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未来の音

「以上をもちまして、本年度の照合式しょうごうしきを終了――」


蒼湖そうこ王国、連合本部。

一年に一度、候補生たちが自らの半身となる「書庫精しょこせい」を求め、人生のすべてを懸ける儀式は、重苦しい沈黙のうちに幕を閉じようとしていた。


会場を埋める約一〇〇名の顔に、選ばれた者の歓喜と、選ばれなかった者の絶望が、くっきりと分かれて張りついている。 その全員の視線が、壁際に浮かぶ銀色の光へ注がれていた。


ノア。


『選ばない書庫精』。


孤高の冷気を放つその光は、三年前から一度も人型を取っていない。 照合官が、諦めとともに式典の終了を記録帳へ書き込もうとした――その時だった。


バァァァン!!!


静寂を、衝撃音が切り裂いた。

数人がかりでなければ動かせない重厚なオークの扉が、左右の石壁へ叩きつけられる。

全力疾走のまま扉へ体当たりした少女の勢いが、その重みを無理やりこじ開けたのだ。


土埃とともに滑り込んできたのは、

ミオ・ヴェルナ。


深緑のくせ毛は跳ね、大きめの丸眼鏡は今にも落ちそうで、泥だらけのコートのポケットからは、拾い集めた石ころや枯れ葉が溢れている。

ミオは大理石の床を数メートルも滑り込み、照合官の足元で、派手な五体投地を決めた。


「遅れて……申し訳……ありませんっ!!!!!!」


会場が、凍りついた。

誰もが、彼女の人生はこの瞬間に終わったと思った。


その静寂を破ったのは、三年間沈黙していた「光」だった。


星のように静止していたノアの銀色が、ミオの乱入と同時に、脈打つように明滅する。

次の瞬間、光は流星の軌跡を描いて急加速し、床に伏したミオの真上へ、吸い寄せられるように静止した。


ミオが、恐る恐る顔を上げる。

琥珀色の瞳に映ったのは、爆発的な光の収束だった。 光は渦を巻き、輪郭を結んでいく。

白銀の長い髪。月白の装束を寸分の乱れもなく着こなした、彫刻のように端正な青年。


誰もが理解した。

照合は、成立した。


初めて床に降り立ったノアは、淡い金の瞳でミオをじっと見つめ、呆然とするその鼻先に、細い指を突きつけた。 放たれた第一声は、祝福ではなかった。


「遅刻です」





「――ってな大失態から、一週間だな。おい、ミオ・ヴェルナ。聞いてんのか」


暁星ぎょうせいの穏やかな午後の陽が、創像局の訓練広場に落ちている。 現実へ引き戻されたミオの耳に、指導担当の三級創像師、ライナス・エルドの呆れた声が届いた。


「あ、ライナスさん。すみません。また考え事しちゃって」

ミオは丸眼鏡を押し上げ、のそりと振り返る。

ライナスは眉間に皺を寄せ、手元の名簿へ鋭い視線を落とした。


新人一人につき、三級創像師が一人、専任の指導係につく。座学のない日は、指導係に付いて実技を学び、研修生として現場へ同行する。それが新人の役目だ。そして、黎都れいと創像局に配属された十二名の新人のうち、最も「予測不能」なミオの担当に選ばれたのが、誰よりも規律を重んじるこの男だった。


「いいか、俺は局の命令で、お前が一人前になるまで手綱を握らなきゃならねえ。ノアに免じて引き受けたが、俺は手順を無視する奴が一番嫌いなんだ」


ライナスは、ミオの着崩した制服と、「何か」の重みで歪んだ右ポケットを一瞥し、深く息を吐いた。


「史上最悪の遅刻で上位書庫精を射止めた強運を、少しは実務に回すんだな。……今日はこの一週間の締めくくりだ。『小規模創刻しょうきぼそうこく』の基礎をやる」


契約を経て、ノアのマスターとなってから、ミオはこの日を待っていた。


初めて、本格的に創刻を行うのだ。


「通常、創刻は、白源はくげんに未来を刻む行為なんですよね」

「ああ。だが、研修生が初っ端から白源に直接刻んだりしねぇ。危険だからな。まずはデモンストレーションだ。白源の創素を使わずに作れる、小さな物から始める」


ライナスは、広場の隅へ視線を向けた。


「そうだな。ここに、寂れた路地があるとする。誰にも見向きされず、忘れられた空間が、白源に還ろうとしている。お前ならそこに、何を残す」

「何を……残す?」

「そうだ。創刻ってのは、技術の試験じゃねぇ。俺が見たいのは、お前が何を思いつくかだ。正解はねぇ。その場所の未来に、お前ならどう答える」


「未来に対する、答え……」


ミオは細く息を吐き、目を閉じて、ライナスの言う「忘れられそうな路地」を頭に描いた。


石畳の隙間から冷たい風が抜け、足音の途絶えた、静かすぎる場所。 放っておけば、この空間は意味を失い、世界の「余白」である白源へ、ゆっくり還っていく。


(……寂しいのは、きっと「音」がないからだ)


ポケットの中の、綺麗な音を紡ぐ石ころを、無意識に指先で転がす。


人は、誰もいない。 それでも風だけは、そこを通り過ぎていた。


(誰もいなくても、風はここを忘れていない。誰にも見られなくても、毎日ここを通る。だったら――)


(だったら、風に歌ってもらえばいい)


ミオは、ゆっくりと目を開いた。

琥珀色の瞳の奥で、小さな光が弾ける。


「……決めました」


ノアが、微かに目を細めた。

その曖昧な「意志」を、瞬時に読み取る。


「ミオ、あなたの意志を受け取りました。創刻を開始します」


声と同時に、ミオの右手の甲へ、星の形の光が灯った。目の前のキャンバスに筆を躍らせるように、その手を動かした。


星屑の光とともに虚空に舞う無数の粒子が、二人の結びつきを核として、次第に形を得ていく。


カチ、と硝子の触れ合う音が鳴った。


掌の上に現れたのは、少し歪で、けれど透き通るように美しい、素朴な硝子細工の風鈴だった。

それを手にした瞬間、ミオの中で、何かが弾けた。

胸の奥の、ずっと名前のなかった場所が、初めて息をしたような。


ミオは、微かに震える指先で風鈴を目の前に翳した。 管理された広場にあって、その小さな硝子細工だけが、どこか別の場所から来たように見えた。


「……風鈴?」


ライナスは覗き込み、しばらく黙った。


「そう来たか」

「……だめ、でしたか?」

「いや」

掌に収まるほどの、小さな風鈴を指先で軽くつついてみる。


「発想は悪くねぇ。忘れられた場所に必要なのは、目を引くものじゃなく、“気配”だと考えたんだな」


ミオの表情が、ぱっと明るくなる。


「ただし、創刻としちゃまだ甘い。構造も脆いし、共鳴も弱い。風向きが変われば、音は途切れる。誰も足を止めなくなる。これじゃ、また忘れられるかもしれねぇ」


ライナスは指導係としての客観的な評価を下す。けれどミオは、愛おしそうに風鈴を掲げると、もう一度鳴らした。


「でも、ライナスさん。私……この音を、ずっと聞いていたくなります」


無邪気に笑うミオに、ライナスは苦笑した。


「ま、初めてにしちゃ上出来じゃねぇか。創刻したもんに、そんだけ愛着持てりゃ、素質は十分だろうよ」


ミオは、きょとんと瞬きをした。 広場を風が吹き抜ける。


チリン――。


隣で見守っていたノアが、静かに目を閉じた。

白銀の髪が、風に揺れる。 ゆっくりと、瞼を開く。 淡い金の瞳が、ミオを見つめた。


「少しだけ、未来の音がします」

「未来の……音?」


ミオには、よく分からなかった。

それでも、さっき胸の奥で目覚めた何かが、その言葉に深く共鳴するのを感じていた。


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