37_[“自主練”]と[お互いの呼び名]
結局、食事会だとか言いつつもカオルの言葉通り。電子存在が一瞬で“食事”を終わらせ、遅れてカオルがカップ麺をすするのを眺めた後。
最近いつも取り組んでいる“自主練”の時間です。
……詳細に言えば、『当プログラムを「アバター」・カオルを「中の人」とした実質的な二人羽織』の練習ですね。なるべく滑稽に見せる普通の二人羽織とは逆で、カオルとの配信では滑稽さどころか違和感も醸し出してはいけないのですが。
つまり、当プログラムがカオルの顔の動きに合わせて表情を正確に動かし、カオルは当プログラムの動きに合わせて“あたかも自分で動かしているように”実況する。我々はそういう訓練に自分から日々取り組んでいたのでした。
「はいはーいみんな! ご き げ ん よう‼︎ JSB四期生の祓戸シシィだよー!」
[…………]
当プログラムは常に無言で、なるべく詳細にカオルの表情を再現していきます。
なるべく無感情に、あれこれ考えるよりも先に顔が動作するように。
でも表情を真似するだけの現段階だと、カオルは喋るだけであって当プログラム片方が苦労することになります。……それはちょっと気に食わない。
イタズラ心も手伝って、当プログラムはワザと眉をちょっとひそめて怪訝な顔を作ったのでした。
[…………]
「……っ、おっと! ゴメンよみんな、椅子の車輪のところに足の指こすっちゃった……てかリューナ? 相変わらず変なとこでアドリブ入れてこないでったら!」
[どうせ3Dアバターを配信で登場させたら、もっと手に負えない状況になるかも知れませんよ? 練習ですよ、練習]
こういう部分は自分たちで工夫するより他ない、なんて理論で言い訳をしながら今夜も遅くまで過ごしていたのでした。
それで翌日、昼前というにはまだ少し早い午前中の本社ビルにて。
いつも教室として使われている小会議室には今日も集められた四期生の四人の姿。それからいつもの講師の方々の代わりに四期生統括マネージャーのケーコさんと助手の量さんが入ってきます。どうやら時期的なタイミングから見ても、今日から四期生が『講習第二段階』に入るのは確定事項のようです。
「はーい、四人全員いんね? お知らせってかみんな分かってるとは思うけど、デビューまでの講習期間、今日から後半に入っちゃってんのね。つまり泣いても笑っても準備期間は残り半分! 今までの一ヶ月半いろいろ頭に詰め込んで来たっしょ? 今日からやんのはその知識の実践編ってこと。……てかま、ここまで事前に説明してたカリキュラム通りなんだけどさー」
相変わらずケーコさんはどこか呑気な、いわゆるギャルっぽい口調でざっくりと説明していきました。まだ本格的なマネジメント業務が始まっていないせいなのか、以前見たような常時敬語の“仕事モード”ではまだないようですが。
「で、そも実践編って何すんのかって話なんだけど。色々あっけどまずは手始めに、みんなの呼び名変えるとこから始めよっか」
む? 『呼び名を工夫する』というのはどこかで聞いた覚えが……。
「まず当たり前だけど、デビュー後に本名バレたらマズいじゃん? でも人間って不器用だから、必要な時だけ『役名』を使い分けるってことは出来ない。ううん、もっと正確に言うなら“今はまだ出来るだろうけど、いつか絶対にボロが出る”。だから普段からお互いのことを『役名』で呼んで未然に呼び間違いを防いじゃおう、ってワケ」
会議室のテーブルの上に置かれたスマートフォンから四人を眺めていて、カオルとめぐみさんが一瞬の目配せで確かに顔を見合わせたのを当プログラムは見逃しませんでした。やはり、これは二人が知り合ったときに話していた内容そのままです。つまりあの着眼点は間違っていなかったのでしょう。
一方のケーコさんはさらに言葉を続けます。
「それに、普段から呼び名を固定しとけば良いこともある。たとえば寝起きとか、勘違いとかでそもそも会話が配信に乗ってるって思ってないときとかね。特に裏だと思ってたら余計に色々言っちゃうモンでしょ? でも普段からずーっと『役名』で呼んどけば、少なくとも実名でうっかり呼ぶなんてことは無くなんの」
「あのー、質問いいですか? その呼び名を配信でのものと一緒にすることで逆に正体バレとかしないでしょうか。……そんな上手く隠せます?」
そこで手を挙げたのはサーナさんでした。よく見るとめぐみさんも小さく手を挙げようとしてから素早く下げたのが見えます。恐らく全く同じ質問をしようとしたのでしょう。しかしそんな二人の様子を見てもケーコさんは毅然と言葉を返します。それと、四人の中でも一番配信者としてキャリアのある(らしい)アメリさんは全く動じていませんでしたが。
「……四人とも身バレ対策講習、もう受けてんでしょ? “なるべく声は曇らせたりなんだりして配信の声を出さないように”。そりゃ最低限これには気をつけないとだけど、逆に言えばこの部分さえどうにか出来ればほぼ疑われずに済むってワケ。だって呼び名なんて誰がどう呼ぼうと自由だし、てか知らない他人のあだ名なんて誰もわざわざ気にしないってハナシね、そういうモンよ。気をつけてれば意外と何てことない」
いえ、むー……これは本当にそういうものなのでしょうか? 人間の事情はこの会議室にいる中で最も疎い“存在”であろう当プログラムからしましても、正直都合が良すぎる考えにも聞こえます。とはいえいくら呼び名が全く同じだろうと、名前を呼ぶ声自体が配信の声でないなら実際に問題無さそうにも思えますし……。
カオルはそんな話を聞きつつもバックパックの奥底のクリアファイルから、以前貰っていた同期たちのキャラクターデータの印刷された紙を取り出していました。データとしては当プログラムの内部にも記憶されています。
めぐみさんの設定が『ミヤビ・テレプシコラー』、サーナさんの設定が『歌楼羅』、アメリさんの設定が『夜差紗夜』。あと、カオルで言えば『祓戸シシィ』という名前も。
お互いがお互いを、これらの名前に基づいたあだ名で呼べということのようです。
「ま、呼び名なんて急に全とっかえしようと思っても出来るモンでもないから、そこはゆっくりやってくとして……今日の本題。こほん。恐らくコレからの活動で皆さんが一番やっていくのは“ゲーム実況”だと思います。それに、ゲーム作ってる会社・クリエイターさんたちもウチらの業界に注目してるのも当然ご存知かと思います。最近ではCMや雑誌の記事よりもVライバーに実際に遊んでもらう方が宣伝になるんですから」
いつかと同じく、また軽い咳払いをした後でケーコさんの口調はいつもの陽気な若年女性っぽい口調から社会人らしい敬語口調に変わっています。そして敬語に切り替わったままで今の配信業界・ゲーム業界について解説していくのでした。
まぁもちろん、これは業界人のケーコさん自身としてフィルターを通した言葉なワケで、この視点自体も彼女個人の考えが入っているのでしょうが……。
「それで、プロデュースしていくJSBとしては皆さんの好きなゲームの傾向やジャンルを把握しておきたいのです。もちろん無ければ無いで構いませんし、プレイが上手くなくてもいいです。このあたりは配信者の性別でも若干変わって来ますが……。とはいえどちらにしても、苦手なものや嫌いなものを無理やりやらされたところで宣伝になんてなりませんよね? だからまず、“そこ”から教えて欲しいんです」
そのような流れで、今日の講習もまた始まったのでした。




