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全モブヒロインに幸あれ! —脇役を愛する勇者の異世界譚—  作者: 臂りき
第4章 学院の光と、その隅にいる者たち
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第21話 祭りの熱と、デート未満の距離

 学院祭の熱は、襲撃の余波すら飲み込んで続いていた。


 もちろん、何もなかったわけではない。

 研究発表会の裏では異変が起き、生徒の一部は体調を崩し、講堂周辺ではしばらく物々しい気配が流れた。

 教師たちの顔色も、一時は明らかに硬かった。


 だが、それでも祭りは止まらない。


 むしろこういう格式高い学院ほど、行事の流れを止めることを嫌う。

 多少の不穏があったとしても、表向きは整え、礼節と秩序の名のもとに進行を維持する。

 来賓も多い。

 他校の教師も生徒もいる。

 王都の研究機関や名家の関係者まで来ているのだ。

 いまさら「やはり本日は中止に」とはなりにくい。


 そういう事情もあって、学院祭は続いた。


 そして、生徒たちもまた、慎ましく浮かれていた。


 慎ましく、というのが肝心だった。

 何しろ集っているのは良家の子息令嬢ばかりである。

 町の祭りみたいに大声で騒いだり、我先に屋台へ駆け込んだりはしない。

 だが、だからこそ逆に、普段の抑制の中に混じる『浮き足』が目につく。


 歩幅が少し広い。

 目線が忙しい。

 会話の切れ目に、次はどこを見ようかという期待が滲む。

 友人同士で集まる時の距離が、普段より少しだけ近い。


 要するに、かなり良い。


 と、アルトは思っていた。


 学院の中庭から伸びる通りには、有志による生徒主体の出店が並んでいた。

 商家の家柄の生徒たちが各地の郷土料理を売りにした店を出し、布や装飾品を扱う小さな雑貨屋まである。

 中には、本業の鍛冶師が家族総出で出している武器防具屋や、宝飾店も散見された。


 店主役の生徒たちは、だいぶ気合が入っている。

 使用人や家族も混じって、もはや学院祭というよりちょっとした市に近い。


 そして、その賑わいの中を、アルトはリュシアンと並んで歩いていた。


 並んで、というより、ほとんど引っ張っていた。

 リュシアン自身は、まだ学院襲撃の余波の中にいる。

 あれだけの戦いの中心に立たされ、いまや学院中から『英雄』みたいな目で見られているのだから、落ち着かないのも当然だった。

 いま学院内を自由に歩けているのは、アルトに早々の離脱を促されたおかげでもある。先の高位魔族との交戦についての情報を集める学院側から、質問攻めを受ける前に。


 実際、歩くだけで視線を集める。


 廊下でも。

 中庭でも。

 出店の前でも。


 リュシアン・アルヴェール。

 名門の末っ子。

 綺麗だが少し頼りない、と見られていたはずの少年。

 その認識が、襲撃を境にひっくり返りつつある。


 本人の内では返しきれていないのだが、周囲はもう容赦なく英雄扱いし始めていた。


 そこへさらに、隣にアルトがいる。


 これはもう、目立たないわけがない。


「……その」

 リュシアンは、周囲からの視線に少し肩を狭めながら言った。

「やっぱり、今日は少し落ち着けるところへ……」

「嫌?」

 アルトが聞く。

「嫌というか……」

 リュシアンは困ったように視線をさまよわせる。

「見られすぎてる気がして」

「見られてるな」

 あっさり認める。


 その返しが、だいぶどうかしている。

 もう少し気を遣え、と思わないでもない。

 だが、アルト本人は本当に事実確認として言っているだけであって、悪意はない。


「でも」

 アルトは続けた。

「せっかくの祭りなんだから、少し見た方がいい」

「……」

「あと、今の君が歩くと、色々うまく回る」

「それ、どういう意味?」


 ちょうどその時だった。


 通りの先に、妙な長蛇の列が見えた。


 飲食系の屋台の前だ。

 いや、屋台というにはかなり本格的で、簡易な釜や焼き場まで用意されている。

 だが客の流れが悪い。

 並んでいる人数は多いのに、進みが遅すぎる。


 アルトは一目で原因を察した。


 売りは、包み料理だった。

 キッシュに似ている。

 だがもっと素朴で、近隣地域の庶民が常食している類の品らしい。

 馬に似た動物の肉と芋、それから香草を薄い生地で包んで焼いたもの。

 焼き上がりの香りはかなり良い。


 しかし、それを前にして、格式高い学院生たちは困っていた。


 あれは、食べ歩き前提の料理なのだ。

 包み紙を開き、手で持ち、歩きながら齧る。

 それが正しい。


 だが、そこにいる大半の生徒にはその作法が分からない。


 食べていいのか。

 どこで食べるのか。

 立ったまま齧るのは、はしたないのではないか。

 手で食べるなら、手袋はどうするのか。

 中には使用人に、ナイフとフォークを持ってこさせようとする者までいる。


 その結果、みな飲食スペースが空くのを待ち、そこへ収まり、わざわざ『正しく食べよう』としているのだ。

 そりゃ列も詰まる。


 店主に扮した女生徒は、だいぶ困り果てていた。


 年は同じくらいだろう。

 顔立ちは控えめに整っている。

 派手ではない。

 だが、忙しさで少し髪が乱れ、頬にうっすら熱が上がり、注文を受けるたびに「はい、ええと、少々お待ちください」と懸命に捌こうとしている。


 かなり良い。


 アルトの中の平助が、当然のように反応する。


 この手の『本来はもっとスッと回るはずの庶民的な場で、良家の祭り仕様の客足に翻弄されている、頑張り屋の店主の少女』というのは、かなり刺さる。

 無論、本人はそれを『非常に実務的に困っている様子が気になる』くらいに処理していた。

 だいぶ無理がある。


「ちょっと待って」

 アルトはそう言って、リュシアンの腕を取った。

「え、あ、アルト?」

「いいから」


 店の前まで行く。


 店主の少女が、噂の二人を見て一瞬だけ息を呑む。

 いま学院で最も視線を集めているアルトとリュシアンが、自分の店の前に立ったのだから当然だった。


「これ、ひとつ」

 アルトが言う。

「は、はい……!」

 少女が慌てて一つ包み料理を渡す。


 次の瞬間、アルトはそれをリュシアンに持たせた。


「食べて」

「……は?」

「こうやって持って」

 包み紙の端を折り返し、手の汚れを避ける持ち方をさらっと作る。

「そのまま」

「……」

「齧る」

「……今ここで?」

「今ここで」


 リュシアンが、周囲の視線を一気に集める。


 本人は半ば固まっていた。

 だが、アルトの目が妙に真剣なので、拒否しきれない。


「……こう?」

「うん」

「……」

「食べて」

「……わかったよ」


 そして、リュシアンが、包み料理へおそるおそる齧りついた。


 それを、周囲の生徒たちが見た。


 英雄が。

 いま一番学院で話題の少年が。

 そんなふうに、包み紙を手に持ち、そのままかぶりつく。


 それだけで、空気が変わった。


「ああ。ああやっていいのか」

「なるほど」

「そのままいただいて構わないのね」

「手が汚れないように包みを……」

「美しいわ……」


 最後の一言はたぶん余計である。


 だが実際、リュシアンはそういう所作すら妙に絵になってしまう。

 困ったような顔で包み料理を持ち、それでも品を失いきらずに齧りつく。

 その姿を見て、真似を始める者が続出した。


 結果、飲食スペースを求めてできていた長蛇の列はあっさり解消される。

 されるのだが、今度は逆に料理そのものを求めて並ぶ人数が爆発的に増えた。


 来賓の貴族。

 教師。

 隣国から来た関係者。

 皆、興味津々だ。


 少女はさらに困り果てた。


「え、あ、ちょ、ちょっと待ってください……!」

 頑張っている。

 かなり頑張っている。

 その後ろで、両親らしき大人や使用人もてんてこ舞いになっている。


 アルトはその様子を見て、やはり放っておけなかった。


 もちろん、店の運営的な意味で。

 たぶん。


「行くぞ」

 今度はもう少し自然に、リュシアンの袖を引く。

「え」

「次」

「次って」

「客足を散らす」

「……何でそんなことを」

「困ってるだろ」

 アルトは、実に当然みたいに言う。

「いや、うん……そうだけど」


 そこから先のアルトは、だいぶひどかった。


 他の出店を練り歩く。

 飲食だけではない。

 服飾。

 雑貨。

 小物。

 宝飾。

 少し変わった地方の民芸品。

 その一つ一つを見て、リュシアンを『噂の主役』として連れ回し、客足の分散を図る。


 しかも、ただ歩かせるだけではない。


「これ」

 アルトが、ある店の飾り紐を手に取る。

「似合う」

「え?」

「持って」

「いや、持ってって……」

「いいから」


 また別の店。


「これも」

「今度は何?」

「小物入れ」

「僕、そんな、小物なんて」

「似合う」

「……」

「ほら」

「……はい」


 リュシアンは、半ば押しつけられる形で品物を受け取っていく。


 しかしアルトが選ぶものは、無駄ではなかった。


 中性的で美しいリュシアンに似合うもの。

 しかも、ただ綺麗なだけでなく、造りの良いもの。

 素材が堅実で、性能に伸びしろがあるもの。

 そういうものばかりを選んでいる。


 そして悪いことに、アルトはそれらへ、怪しまれない程度にこっそり強化付与魔法を練り込んでいた。


 永続的なもの。

 隠蔽付き。

 ただの装飾品や小物にしか見えないようにしながら、リュシアン本人を守り、支え、底上げする術式。


 本人としては『育成計画に付き合ってくれた礼の一環』くらいの感覚である。

 かなり重い。


 リュシアンは戸惑いつつも、その時間そのものが嬉しかった。


 誰かと祭りを歩く休日。

 しかも相手はアルトだ。

 店を見て、品を選ばれて、似合うと言われて、半ば強引に持たされる。


 少女じみている。

 そう思ってしまう自分に軽く衝撃を受けつつ、それでも嬉しいものは嬉しい。


 その一方で、少し離れたところから、その光景を見ている者たちがいた。


 レオノーラ。

 シャルロッテ。

 リディア。

 ルゼリア。


 そして、さらにもう少し離れたところに、セラフィナもいた。


 全員、来る理由は違う。

 いや、違うと思い込んでいる。


 レオノーラは、偶然同じ方角へ向かっていただけ。

 そういうことになっている。

 シャルロッテは、学院祭の魔法関連展示を確認しているついでだ。

 リディアは薄く微笑みながら、だいぶ全部分かっている顔をしている。

 ルゼリアは、自分でも理由を完全には説明できないまま、結局視線で追ってしまっている。

 セラフィナはというと、べつに尾けているわけではないが、なんとなく気になって見てしまっている、くらいの雑な理屈で離れた位置を保っていた。


 その全員が、同じものを見た。


 アルトがリュシアンに品物を持たせるところ。

 『似合う』と、あまりにも自然に言うところ。

 そして、受け取るリュシアンの顔が、見ていて落ち着かなくなるくらい素直に嬉しそうなところ。


 無言の圧が生まれる。


 レオノーラは一瞬、きれいに整えた表情を止めた。

 シャルロッテの眉がぴくりと動く。

 リディアだけは、少し面白そうに目を細めた。

 ルゼリアは内心で「そういうことを、平然とやるのね」と呆れている。

 セラフィナは、何とも言えない顔で腕を組み、だいぶ落ち着かない気分になっていた。


 アルトはその多方向の感情圧に、半分くらいしか気づいていない。


 だが、リュシアンだけは、何となくそれを感じていた。


「……あの」

 小声で言う。

「見られてない?」

「見られてる」

「やっぱり」

「うん」

「……」

「でも」

 アルトは本気で首を傾げた。

「似合うからしょうがないだろ」

 リュシアンは、その一言でしばらく何も言えなくなった。


 しょうがない、らしい。


 アルトの中では。

 似合うのだから。

 それを持たせるのは自然らしい。


 そういう雑で真っ直ぐなところに、リュシアンは本当に弱かった。


「……そういう言い方」

「何?」

「……」

 それ以上は言えない。


 胸の内側が少し熱い。

 それを誤魔化すように、リュシアンは手元の小物を抱え直した。


 ふと、その時。

 宝飾店の前で、アルトの足が止まった。


 小さな銀の髪飾り。


 落ち着いた意匠だ。

 派手ではない。

 だが細工が良い。

 金属の質も悪くない。


 アルトはそれを手に取った瞬間、妙に真剣な顔になった。


 リュシアンは、その横顔を見て、少しだけ息を止めた。

 また何か選んでいる。

 今度は何だろう。

 そう思ったところで、アルトは髪飾りを元に戻した。


「……?」

「あとで」

 それだけ言う。


 その『あとで』の意味を、リュシアンはまだ知らない。

 だが、その一言のせいで、胸の奥に小さな期待が生まれてしまったことだけは否定できなかった。


 その様子を、少し離れた位置から見ていたセラフィナが、また落ち着かない気持ちになる。


 何だあれは。

 何でもない感じで隣を歩いているくせに、あの二人の空気だけ妙に濃い。

 しかもアルトは、こっちが気になって仕方ないようなことを、まるで大したことではないみたいな顔でやる。


 面白くない。


 だが、その『面白くなさ』の正体を、セラフィナはまだきちんと認めたくなかった。


 一方でリディアは、そんな少女たちの揺れを見て、少しだけ内心で微笑んでいた。


 やはり、静かな熱は育っている。

 しかも、かなり順調に。


 そしてその中心にいるアルトは、相変わらずズレている。


 それがまた、どうしようもなくおかしかった。


 祭りのざわめきの中、アルトとリュシアンはさらに先へ進んでいく。


 学院祭の熱は、まだ高い。

 食べ物の匂い。

 人の声。

 少し浮ついた空気。

 その中で、二人の距離は『デート』と呼ぶにはまだ少しずれていて、しかし『ただの散策』と言い切るには、あまりにも熱を帯びていた。


 だからこそ、それはちょうどよく危うい。


 学院祭、デート未満。

 そんな距離のまま、二人は次の場所へ向かう。


 魔法の公開演習が行われる棟へ。


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