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そう考えると、いろいろ合点がいった。

天乃くん達が言い争っていた内容や、昨日のクリニックでの密談も、すべてに彼ら(・・)が絡んでいたのだとしたら、納得できそうだった。


察するに、この天乃 流星は、彼ら(・・)…5人のゴースト達がこの世界にとどまることを、否と断じたいのだろう。

けれど祓い屋のトップにいる南先生が後ろ盾になってる以上、簡単に事は運べない。

だって彼ら(・・)は、この世に滞在しても良いという許可証のようなものを ”ハラさん” から与えられていると言っていた。

それがどういった形状なのかはさっぱり見当もつかないけど、天乃 流星にとっては苦々しいものなのだろう。

そしてそれをどうにかしようと、私を餌に彼ら(・・)をおびき出そうと試みた……そんなとこではないだろうか。


私はとにかく情報を得たくて、黙って二人のやり取りを注視していた。

すると扉からこちらに近付いてくる原屋敷さんが天乃 流星に言ったのだ。



「ねえ、いくらなんでも体を縛り上げるのはやりすぎじゃない?」


まだ少し距離があるので、やや張り上げたような声だった。

天乃 流星はフンッと鼻で笑う。


「なんだよ、まさか罪悪感でも芽生えたのか?」


普段の愛想の良い人気者は姿形もない。

こちらが彼の本性なのか、それともただ単に親しい間柄である原屋敷さんが相手だからのことなのか、今すぐに判断するのは困難だった。


「そんなんじゃないわよ。ただ、もしこんな床に寝転がらせてる状況を見たら、きっと()が怒り狂うと思っただけよ。流星だって、余計な手間はかけたくないでしょ?」

「まあそれもそうか」

「じゃあ解くわよ?いわね?」

「お好きにどうぞ」


天乃 流星の返答とほぼ同時に、原屋敷さんがスッと右手のひらをこちらに向けた。

かと思いきや、すぐにクイッと手首を回し、手のひらは拳に変わっていた。

そして


「―――っ?!」


私の手足を拘束していた見えない何か(・・・・・・)が、パッと消滅したのだ。



「これで自由に動けるでしょ?」


原屋敷さんは私の目を見ずに告げた。


私は手を前にまわし、両方の手首をそれぞれ擦る。

そこには縛られていた痕跡は何ひとつなかった。


「………ありがとう」


原屋敷さんは私と天乃 流星のそばまで来ると、


「ほら、早くて起き上がって。あなたを乱暴に扱ってたなんて思われたくないのよ」


こんな近くになったのに、なおも目を合わさずに促してきたのだ。

それは、さっきまでの弱弱しい態度とはちょっと違うようにも感じられた。


私は言われた通り、自由になった体で起き上がり、天乃 流星よりもまだ話の通じそうな原屋敷さんに問いかけた。


「……誰に、そう思われたくないの?」


起き上がりはしたもののまだ床に座ったままの私は、自然と原屋敷さんを見上げる姿勢になる。

彼女は私の視線に勘付いてるはずなのに、決して目を合わせようとはしないのだ。


「そんなことどうでもいいでしょ」


原屋敷さんがにべもなく言い放つと、屈みこんでいた天乃 流星は立ち上がって私を見下ろしてきた。

まるで自分の方が立場が上だと言わんばかりに。

私は彼がまた話しはじめる前にと、慌てて原屋敷さんに問いかけた。


「ねえ、あなたもやっぱり祓い屋なの?」


するとそのひと言は、ようやく彼女の視線を掴むことに成功したのである。



「……流星?」

「俺じゃない。お前じゃないのか?」


その遣り取りが、肯定の返事だ。


「私は何も言ってないわ。ただ流星に言われた通り、転移の小物(・・・・・)を置いてきただけよ」

「偉そうに言っても、その後逆に転移させられてたら世話ないな」


ハッと吐くように言った天乃 流星。

ということはつまり、原屋敷さんはやはり自発的に私の家を出ていったのではなく、意図的に退去させられたのだろう。

でもいったい誰に?

あのとき家にいたのは私と音弥と、そして彼ら(・・)だ。

だとしたら一番考えられるのは、5人のうちの誰か、だろう。

こんな芸当、いくらなんでも音弥には無理だから。

でも音弥は、彼らと口裏合わせをしたわけだ。

もしかしたら原屋敷さんの不穏な何かを察知して、みんなが私を守ろうとしてくれたのかもしれない。




―――――『お嬢ちゃんはひとりぼっちじゃないってことよ。アタシ達みーんな、お嬢ちゃんのことを心配してるのよ?』




ふいに、軍服マントの言葉が頭に流れてきた。




―――――『姉さんっ!!』




最後に聞こえた、音弥の悲痛な叫び声が、脳裏にジンジンと響く。


すると私は無性に気持ちが急いてきたのだ。


はやく帰らなきゃ。

はやく、みんなのところに帰らなきゃ。

こんなところで黙って囮になってるわけにはいかないんだから。


不思議と、そう思うだけで、心が強くなれる気がした。

天乃 流星が何者だろうと、怯んではいられないと思えるほどには。



「それはともかく、お前がばらしたわけじゃないなら、どうせあの人か北斗しかいな…」

「違うわ」


私はすっくと立ち上がって。



「あなたたちが祓い屋だと教えてくれたのは、南先生でも、天乃…北斗くんでもないわ。私にあなた達の正体を教えてくれたのは、あなたがさっき払うべき対象(・・・・・・)と呼んでいた、私の家にいる5人のうちのひとりよ」



はやく音弥と彼ら(・・)のもとに帰るんだと、確固とした意志を持って暴露した。

やられっぱなしではないのだと、明確に表明したかったのだ。




「へえ………。芽衣ちゃんはずいぶんその5人と仲が良いんだね」


天乃 流星は私に向き直り、大仰に、やたら感心した素振りで言った。

あからさまな皮肉を浴びても、私は負けたくなかった。


「いけない?」

「いや?ちっとも。きみが構わないならね。ただ………奴ら(・・)は人間じゃない。そのことをきみたち一般人は理解しきれていないのは、残念だけど仕方ないことだよ」


さも自分の方が彼ら(・・)についてよく知っているんだと言わんばかりの物言いだ。

実際そうなのだろう。祓い屋なんだから、そうじゃないと成り立たない。

でも、最低でもここ最近の約二か月は、天乃 流星よりも私の方が彼ら(・・)と長く接しているのも事実だ。

はじめは薄気味悪いと思っていたけど、もし彼ら(・・)と出会っていなかったら、今の私はいなかったかもしれない。

おしゃべりで、ちょっと心配性な5人のゴースト達。

彼ら(・・)の存在が天乃 流星にとって邪魔だったとしても、私にとっては意味のある存在なのだ。

なのに天乃 流星は、彼ら(・・)を蔑むような言い方をした。

それがとても腹立たしかった。



「……彼ら(・・)が人間じゃないのは、よくわかってるつもりよ。でも、祓い屋のあなたの方が私より事情に詳しいのは当たり前じゃない。だからあなたにはあなたの考えがあるのは仕方ないとも思う。でもだからといってこんな風にただの一般人である私を誘拐するような真似はどうかと思うわ。少なくともあの5人は、誰かを無断で攫って縛り上げたりなんかしないもの」


対峙する天乃 流星は祓い屋だ。

どんな能力を持っているのか想像もつかない。

もしかしたら………私なんて簡単に痛めつけられるのかもしれない。

そんな相手に、挑発するような言葉は吐くべきじゃないのだろう。

でもとにかく私は、恐怖よりも怒りの感情が優っていたのだ。


すると天乃 流星は「へえ……」と無表情に笑った。

そして


「百々子。どうやら俺達は計画変更を迫られる段階にいるようだ」


後ろに控える原屋敷さんの方を見ずに告げた。


「どういう意味よ?」

「わからないのか?彼女はすっかり同居してる奴ら(・・)(ほだ)されてる。このままじゃどんな実害が出てくるかわかったもんじゃない。今のうちに手を打っておくべきだと思わないか?」


天乃 流星は私を見据えたまま原屋敷さんに意見を求めた。


「……どうするつもり?」

「そうだな、俺達共通のターゲットはあいつ(・・・)だけだったが、こうなった以上はもう全員でいいんじゃないか?」

「全員って………だめよ、当主に無断でそれはできないわ。ねえ、そんなことしたらどうなるかわかってるの?」


原屋敷さんがはじめて天乃 流星に食ってかかった。

自分より背の高い彼の腕を掴み、ぐっと引っ張る。

思いの外取り乱した様子に、そんなに彼らの当主…つまり南先生の存在は畏怖なのだろうかと驚く。


けれど天乃 流星は原屋敷さんの腕を強く振り払った。


「お前だって、あの人を当主の座から引きずり下ろしたいんじゃなかったのか?」


一瞥と、激しい非難が降ってくると、原屋敷さんは所在を失った両手を握りしめて顔を逸らした。


「そうだけど……、でも無茶なやり方をしたら、北斗にも迷惑がかかるじゃない」


それでもどうにかしたいのだと訴える原屋敷さんに、天乃 流星はハァ…と大げさなため息を吐いてみせた。


「お前は北斗、北斗、北斗ばっかだな。言っておくが、北斗が兄貴の方針を踏襲するつもりならまた同じことの繰り返しだぞ?俺はいくら北斗でも許さないからな」

「……わかってるわよ。北斗にはそんなことさせない」

「お前にあの北斗を説得できるのかね」

「できるわよ!そんなことより、今は西島さんでしょ?」


原屋敷さんはバッと顔を上げて私を指差した。



どうやらこの二人は自分たちの当主を南先生から天乃 北斗に交替させるべく、共闘を組んでいるようだ。

そしておそらく、そのために私や彼ら(・・)を利用するつもりなのだろう。

でも、天乃 流星は ”ターゲットはあいつ(・・・)だけ” と言っていた。

それを ”全員” に変更すると言って、原屋敷さんから制止されたのだ。

だったら、この二人のターゲットは彼ら(・・)のうちの誰かひとり(・・・・・)



「そうだな、芽衣ちゃんは奴ら(・・)に近づき過ぎた」

「でもあの人達(・・・・)に手を出すのはご法度よ」

「わかってるさ。当主のお墨付きなんだからな。だが…………こちらに危害を加えようとした場合は、この限りではないはずだ」

「まさか、ここで……?」

奴ら(・・)が芽衣ちゃんを追ってここに来るのは想定済みだったろう?」

「でも、目的を果たしたらあの人達(・・・・)は放っておくって言ってたじゃない」

「予定変更だ。簡単なことだろう?ターゲットを捕獲したあと撤退じゃなく全滅させるだけだ。俺達を攻撃してきたから、仕方なく(・・・・)俺達は反撃するんだ」

「―――っ!」




「全、滅………?」



それまで二人の会話を黙って聞いていた私は、あまりに物騒な言葉の登場に、我を忘れて呟いていた。


二人が揃って私を見る。


いやでも待って………その言葉も衝撃だけど、他にも聞き逃せなかったことがあるじゃない。

今の話から読み解けるのは………彼ら5人(・・・・)は、最初からターゲットじゃなかった………の?



「ああ、怖がらせちゃったらごめんね。でもこれは芽衣ちゃんのためでもあるんだよ?」


飄々と言ってのける天乃 流星の適当な言い訳なんか、どうでもいい。


「ねえ……教えて」

「うん?」

「あなた達の目的は、私を囮にしてあの5人(・・・・)をおびき出すことじゃないの?」


ターゲットはあいつだけ、そう言っていた。

なら、あいつって誰?天乃くん?南先生?それとも他の誰か?



天乃 流星は一瞬え?ときょとんとしてから、盛大に笑い出した。


「違う違う、あんな奴らなんか、わざわざおびき出す必要ないよ。ま、2人ほど厄介そうな奴はいるみたいだけど、いざとなったらどうにでもできそうだからね」

「じゃあ………」


天乃くんと南先生、どっちなのだと追及しようとした私に、信じられない回答が打ち付けられたのだった。




「俺達の狙いはたったひとり。西島 音弥――――――――きみの弟だよ」















誤字をお知らせいただき、ありがとうございました。

訂正させていただきました。

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