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――――――え?
私は反射的に耳を疑った。
音弥の名前が聞こえた気がしたけど、まさかそんなわけない。
だけどここで天乃 流星が冗談なんか口にするはずもない。
それじゃあ、やっぱり、彼は自分の目的は音弥だと、そう言ったの?
「音、弥………って、今、音弥って言った?」
「そうだよ?芽衣ちゃんの弟の西島 音弥くん。彼を呼び出したくて、きみにこんな少々手荒な真似をしてしまったんだよ。ごめんね」
「どうして?どうして音弥を?」
間髪いれずに問い詰めていた。
「んー、ちょっと、俺の役に立ってもらいたくてね」
「役に立つって………それって、あの子もゴーストが見えるとか、そういう普通じゃない力のことを言ってるの?」
「え?まあ、そうだね。彼はかなり強い力を持っているようだから。言葉は悪いけど、それを利用させてもらわない手はない」
「利用って、あなたがさっき言ってた、当主の南先生を引きずり下ろすとかっていう、そのために?」
「さすが芽衣ちゃん、理解が早い。その通りだよ。俺達の目的は、天乃 南を当主と総帥の座から引きずり下ろすこと。俺は祓い屋の威厳を取り戻すために。こいつは北斗を当主にさせるために。偶然にもそれぞれの目的が一致したんだよ」
偶然………本当にそうだろうか?
だって、天乃 流星は私の前ではっきり言っていたもの。
―――――『俺は認めないからな。お前達兄弟の甘さは、絶対に認めない!』
彼は、天乃くんと南先生の両方に対して否定的だった。
それなのに、南先生を引きずり下ろしたあとにその天乃くんを認めるのだろうか?
「とにかくそういうわけだから、芽衣ちゃんには弟くんが来るまで、ここでちょっと待っててもらうよ?」
いいね?
有無を言わさない天乃 流星は、私が口を開く前に、一方的にこの話題を終わらせようとしてるようにも見えた。
ひょっとして、私が何か言うと都合悪いことでもあるのだろうか?
でも原屋敷さんの方は、天乃 流星をずいぶん意識はしているけれど、私の家に来たときのようにおどおどした様子はない。
むしろ彼が一緒にいることで頼れる相手を得たような安心感さえ見受けられる。
この二人の力関係が把握できない以上、無闇に判断するのは危険だけど、天乃 流星の言葉をそのまま信じるのも危険だ。
それにもし彼が原屋敷さんを騙したり唆しているのだとしても、そんなの私にとってはどうでもいい。
ただひとつ確かなことは…………ここに音弥を来させてはいけない。
そう確信したときには、原屋敷さんが入ってきた扉目がけて駆け出してた。
「あ、西島さんっ!」
「芽衣ちゃん?だめだよ、ここにいてもらわないと困るって言ったばかりじゃないか」
焦った声と、のんびりした声が、ひどくミスマッチに響く。
でもそんなことに構ってらんない。
足がもつれそうになりながらも、私は全速力で走った。
ここは私が通ってる大学の中なんだから立地もよく知ってるし、外に出たら誰かいるはずだ。
午後からは雨漏りの補修工事で学生はいないかもしれないけど、職員や工事関係者は残っているはずだし。
さすがに人目のある所では天乃 流星も手出ししてこないだろう。
そんな算段が、私の足をはやめさせた。
ところが、もうあと5メートルで出口というところで、ッド――――――ンッ!!という雷の音と地響きが襲いかかってきたのである。
「―――つ!」
思わずビクリとしてしまうと、反動で足は止まり、両手は耳を塞いでいた。
そしてあっという間に、天乃 流星に捕まってしまうのだった。
「困るよ、芽衣ちゃん。そりゃたいしたおもてなしはできないけどさ、おとなしくここで弟くんを待っててよ」
天乃 流星はス―――と、まるで床を滑るように私の隣までやって来る。
「それに、外に出たって、構内には芽衣ちゃんを助けてくれる人は誰もいないよ?」
「……どうして?」
なんとも言えない嫌な予感が、背筋を下っていく。
「だって、今日の午後、雨漏りの補修工事なんてないからね」
「……え?」
「きみをここに呼ぶためには、午後の講義を休講にさせた方が都合よかったからね。邪魔が入ってほしくなかったし。だから俺が、そうなるように指示したんだよ」
「なに、言ってるの……?指示って、そんなこと……」
「なのに当の芽衣ちゃんが講義を欠席するなんて、まったく弟くんもやってくれるよね。まあ、細かいことは今となればどうでもいいけど。それよりも、今は芽衣ちゃんがここにいることの方が重要だからね」
天乃 流星はクスクス笑ったかと思えば、突然手のひらをこちら向けて、それからクイッと手首をひねった。
けれどその直前、嫌な予感を爆発させた私は勢いよく体をよじり、天乃 流星からは一歩半ほど遠ざかった。
おかげで、例え彼が何かしようとしたのだとしても、私の身体はその影響を受けることはなかった。
「あれ?芽衣ちゃん、そんな器用な真似ができたりしたんだ?へえ、すごいね」
にこにこ顔のまま言う天乃 流星。
それが褒めてるわけじゃないのは明らかで、まるで感情が塗り潰されているようでむしろ不気味だ。
「でもね、知ってるかな?俺はね、きみなんかよりもっと器用なんだよ?」
言うなり、バッと私に腕を伸ばしてきた天乃 流星。
物理的じゃない力に片手を握られ、ああ、また捕まる!そう覚悟した瞬間だった。
―――――――グオォォォォォォッッッッッ!!!!
さっきの雷鳴よりももっと大きな、地震のような揺れと音と衝撃が、このアリーナを襲ったのだ。
しかもその揺れは一瞬ではおさまらなかった。
グオングオングオンと、大きな鐘を被せられて打ち続けられたような、世界がひび割れするような、そんな激しい地鳴りに覆われたのである。
私は立っていられなくて、床に手をついてしまう。
でも一刻も早くここから脱出しなきゃと、屈んだままどうにか扉を目指そうとした。
天乃 流星も原屋敷さんも想定外の出来事だったらしく、両足を踏ん張り、右、左とあたりを見回し警戒していて、私の動きを即座に追う余裕はなさそうだ。
逃げるなら今しかない。
私は震動に負けまいと必死で立ち上がり、よろよろした足取りで出口に向かう。
「あ、芽衣ちゃん!くそっ、いくらなんでも早すぎるだろ!」
「いったいどうなってんのよ?まさか北斗がやったの?」
「あいつなわけないだろ。お前だって知ってるじゃないか。力の大きさは俺の方があの兄弟よりも上なんだ」
「だったらなんでここがこんなに早く攻撃を受けるのよ?ちゃんと準備したんでしょ?」
「知るかよそんなこと!とにかく今はあの子を逃がすな!」
揺れ続ける中、二人の口論を背中で聞きながら、私は一歩、また一歩と扉に近付いていく。
けれど、脱出がすぐ目の前まで来たところで、天乃 流星の不気味な気配がするや否や、今度は物理的な力で腕を引っ張られてしまった。
「芽衣ちゃん。おとなしく言うこと聞いてくれるかな」
今度こそ、捕まった………!
それでも最後まで足掻こうと全身で反抗する私の耳に、信じられない声が届いたのだった。
「その手を離せ」
それは地を這うように低く、ドスの効いた、それだけで人を殺せそうな声だった。




