2話
日差しを額に受け、片足重心で立っていた。歩行者は少なく、歩行者の進路を妨害することなく信号を見つめていた。昨晩の決断に少し後悔しつつ、10万円というワードを頭に思い浮かべ、後悔の気持ちを晴らそうとする。人生は成り行きだ。自分が今立っている場所、待っている人、通り過ぎる通行人には、それぞれ意味があって、知らず知らずのうちにどこかへ導かれているような気になる。まるで、あるべき場所に余技なく進まされているような。
歩行者信号の赤青が何回入れ替わっただろうか。目の前から、神楽坂には似つかわしくない、派手な衣装の歩行者が自分の方向に向かってきた。自分が首を伸ばして待っていたなどと思われたくないから待っている信号から目を離さずに、思案しているふりをしていた。
「ねえ。昨日のあなたですわよね。」
目の前にいた人物は昨日のマダムだった。あらためて、日のしたで見ると、目のしわやホウレイ線が目立つ。化粧で取り繕っているようだが、年齢は50代に見えた。
「早速昨日の約束通りなんだけど、猫ちゃんを探してほしいのよ。サファイヤブルーで目が青くてかわいい子なの。名前はマロンっていって、マロンちゃんって呼ぶと、尻尾を振ってこっちに来てくれるの。歩いてる姿がとても可愛くて」
「あの、どこら辺にいるか、予測はついているんですか」
話が脱線しそうだったので、割り込んで質問した。この手の人間は話し始めると止まらない。他人の興味のない話を延々と話し続け、本人は自分の話に陶酔しているのだから手の付けようがない。話が終わるのを待つのではなく、口を挟む方が得策に思えた。
「パークハウス神楽っていうマンションに住んでるの。他の神楽坂のマンションと違ってペットは禁止じゃなかったから、そこに決めたの。近くには自然豊かな公園もあって住んでて、不便のなお良いとこなのよ。それにね、」
「どこに逃げたんでしょうかね。」
「うーん。どこににげたんでしょうね。近くの公園は探したんだけれども、いなかったわ。」
「そもそもどうやって逃げ出したんでしょう」
マダムは、空を見上げ思案した。
「私は出かけているときは、いつも窓のカギと家の鍵は施錠しているから、出ていくことはないなと思ってたの。でも、昨日の晩帰ってきたら、窓が開いてて、そこから逃げ出したんじゃないかしら
」
「猫が自分で開けて出ていったんですか?」
いささか信じられない話だった。猫が起用に窓のカギを開けるなんて。しかし、神楽坂のマンションのセキュリティが低いとは思えない。
「とりあえず、奥さまの家の近くに行ってみましょう。」




