阿子の章「お泊まり女子会〜朝〜」
「ふにゅ?」
自分の出した変な寝言で起きてしまった。あ、そうだった。昨日みんなでウチに泊まったんだった。どおりでいつもより湿度が高いはずだ笑。カーテン越しに透ける太陽はもう今の時刻が昼近いことを知らせるように燦々と輝いていた。
「ふぁぁぁぁぁ、おはようございます阿子しゃん」
乃蒼の寝ぐせがヒドい笑。寝起きの喋りが舌ったらずだ。
「おはよう…こざいます」
乃蒼に負けず劣らず寝ぐせがヒドい。彩綾は朝が弱いようだ。目に見えて機嫌が悪い。
「おはよう乃蒼。おはよう彩綾。寝れた?」
聞かなくてもわかる笑。でなけりゃこの2人の寝ぐせはギャグだ。
「桜?あれ?桜は」
桜の寝ていたはずの布団は薄っぺらに潰れていた。
「はっ!まっ、まさかぁっ!」
私は慌てて部屋のドアを開けるとすでに悪魔の食卓が準備されていた。
「お〜そ〜い〜。もう10時だよぉ?」
「ちょっと!それよりもこれ何?」
元食材達の…死骸?
「何って、朝ごはん。勝手にキッチン使ったよ?あ、でも食材はスーパーで買って来た。簡単なもんしか作ってないけど昨日のピザ食べるくらいなら作ったほうがいいかな?って思って」
ピザの方が幸せな朝を迎えられたはずだった。乃蒼が遅れてリビングに顔を出す。見ないで!見ないであげて!桜のイメージが崩れちゃう!
「おはようございます桜子さ…これ、どうしたんですか?イタズラ?」
イタズラだったら…良かったなぁ…。笑ってすませられた。
「どしたの?あ、おはようございます桜子さん。って!なにこれ!どうしたのこの臓物!悪魔呼び出す生贄?」
悪魔だって寄り付きゃしない。
「やだなぁ、これからみんなで食べる朝ごはんじゃない」
桜の目が、笑ってない…。ヤバい!食わす気だ!この黒と灰色の得体の知れたい元食材で、私達の口を、舌を、犯す気だ!
「さ、座って座って。食べよ〜。私お腹空いた〜」
桜、あんたこれ食べる気なの?これはアレだよ?食糧不足で苦しむ国のお腹を空かせた子どもたちの前に出したら
「あ、大丈夫っす。俺、餓死するんで!」
って笑顔で死を決意させるシロモノだよ?
「乃蒼」
「は…はい」
「座って」
「はい…」
乃蒼が観念してテーブルについた。
「彩綾」
「…はい」
「座ろうね?」
「…はい」
彩綾も断りきれず椅子に座る。
もしもタカだったら、どうするだろうか?泣き寝入りしてこの豚の内臓みたいなものを食べるだろうか?それとも…
「桜っ!後輩にこんなもの食べさせるなんて私は、、、」
「阿子?」
「なによっ!あんたがなんと言おうと、、、」
「座れ」
「はいっ。平井阿子、座ります!」
桜の目が人を殺すアレの目だ。私はまだ死にたくない。けど、これを食べたらきっと死ぬ。行くも地獄、退くも地獄か。同義語といえば前門の虎、肛門の狼…違う、後門だ。お尻に狼がいたら嫌だな笑。ガブってされたら私のお尻に牙の跡がのこ
「阿子、現実逃避は良くないよ?」
うるさい!
「さ、食べよ。いただきま〜す」
目の前にはよくわからない黒い塊と、よくわからない灰色の塊。そして、かろうじて元ヨーグルトだとわかるよくわからない塊。桜、ヨーグルトくらい無加工で出して欲しかったよ私は。
「じゃ…、いた、だきま、す」
乃蒼が、いった。
「ぶ…ぶふぅ!」
乃蒼が、逝った。
「どうしたの乃蒼?白目向いて痙攣なんかしちゃって笑。最近それ多すぎない?マイブーム?」
桜、違うよ。いま、私達の可愛い後輩が死んだんだ。
「やぁっ!………ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
決死の気合も虚しく、彩綾が散った。
「彩綾まで笑。食事中はふざけちゃダメだよ笑。私も食〜べよっ。はむ…うん、美味しいっ!」
ちくしょう、死ねよ桜。それ食べて死ねば良かったんだ泣。
「阿子も食べなよ」
阿子も死になよ、に聞こえる。
「よっしゃ食っちゃる!食っちゃるぞ!後輩2人が食べたんだ!私が食わないでどうする!いくぞ!いくぞ、いくぞ〜、おりゃっ!………」
「美味しいかなぁ?どう?阿子」
「いゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
かろうじて意識は保てた。しかしそれが地獄だった。口の中にザラザラとしてドロドロとしてベタベタとした苦くて酸っぱくて辛くて、とにかく不快の全てが凝縮された地球上に存在してはいけないモノが私の口の中にいる。私の口は…犯されたのだ。
「どれどれ?う〜ん、こっちはちょっとスパイシーだったかな?」
スパイシーという言葉を軽々しく使うな!その形容詞は褒め言葉だ!
「阿子さん…阿子さん…タケルに…タケルに大好きだよって伝えてください…」
「待って!彩綾ダメ!それは自分で言ってよ!生きてここから帰って!」
「阿子さん、私は秋に…ありがとうって…」
「ダメ!嫌だ…やだよ乃蒼!逝かないで…1人にしないで…嫌だよおおおお!」
やだ、2人ともしっかりして。いまこの状況で桜と2人っきりにしないで!
「まだ眠いのかなぁ?阿子、2人の分残しといてね?」
4人分、いや3人分残すことは許されますか?
ピリリリリリ
私の部屋で携帯の着信音が鳴る。私かなぁ?と桜が取りに行った隙に私は2人の肩を揺する。乃蒼が白眼で泡を吹いていた。彩綾はテーブルに顔を突っ伏し涙を流していた。
「ごめん阿子!私今日病院だったのすっかり忘れてた!」
奇跡だ。奇跡が起こった!
「早く行きなっ!片付けは私たちがやっておくから!」
「そう?なんか悪いなぁ」
「いいのっ!あんた朝ごはん作ったんだから片付けは私達が!荷物も後で取りに来ればいいから!早く帰れ!じゃない、早く病院行きなっ!」
危ない、本音が漏れた。
「そう?じゃあお言葉に甘えて」
簡単な支度をした後、
「起きたら2人にも楽しかったよって伝えておいて。阿子も昨日と今日ありがとね」
と言って帰っていった。
たす…かった…。
ドカッとソファにもたれかかる。胃のあたりがムカムカする。食道はまだ熱い。舌はさっきから痺れっぱなしだ。今日で桜の作ったものを食べたのは3回目。段々と酷くなっていく。何故だろう?普通は上手くなるはずなのに。
「乃蒼?彩綾?」
揺すっても叩いても2人は意識が戻らなかった。
「いつか、人を殺すよ桜」
思わず呟く。その声は再び部屋の静寂に飲み込まれ、テーブルの上にある不快な匂いだけがあたりを包んでいた。
「いやぁっ!」
悲鳴とともに乃蒼が目を覚ました。
「良かった。このまま目覚まさないんじゃないかって心配したよ」
1時間ほど前に意識を取り戻した彩綾が優しく乃蒼の肩を撫でた。
「いま何時?」
「夜の10時ちょっと前」
乃蒼は約12時間生死を彷徨っていた。
「水飲む?」
「いらないっ!!!あ、ごめん彩綾。今は、何も口に入れたくないの」
「ううん、私こそごめん…」
2人は手を重ね謝り合う。ねぇ桜、あんたに見せてやりたいよ。あんたが軽はずみに作った朝ごはんで2人がこんなにも傷ついている姿を。だけどあんたはきっと気付かないんだろうな?
ねぇ桜、お願いだから2度と作らないで。
あなたのその右手は包丁を握るためにある訳じゃない!




