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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
90/790

雪平の章「電柱」

俺何やってんだ?

なんで俺ここでケーキ食ってんだ?

ドイツ語の参考書買いに家を出たんじゃなかったっけ?

俺、夏休みは勉強しかしないって決めてなかったっけ?

なのにどうしてだっけ?ミシィの2階でチーズタルト食べてんのは。

小腹が空いたと感じた時か?それともこいつらとバッタリ会ったからか?

あの人の、普段着に見惚れてた時からか?

「ねぇちょっと雪平、聞いてるの?」

「へ?あ、すまん。聞いてなかった」

「なになに?さすがのあんたもこんだけ美人に囲まれると緊張とかするの?」

自分で美人て言っちゃダメな気がする。

「まぁな。学校でだってさすがにこのメンツに囲まれたら緊張するのに普段見ない私服だと特にな」

制服は制服で良さがあるけど私服は私服で良いものだと思った。



家を出てあまりの暑さに嫌気がさした。もっと涼しくなる夕方にすれば良かったと後悔し始めた頃、似たような年代の女子4人がミシィの前にいた。その中にいた1人に目を奪われる。あの人に似ていると思った。いや、激似だった。可愛いと思ってしまった。と同時にちょっとだけ罪悪感が生まれる。何言ってんだ俺は、あの人一筋だろ、と。

「あ!雪平!」

その中の1人が俺の名前を呼んだ。そいつは荒木に似ていた。というか荒木に激似だった。

「…荒木?」

荒木だった。てことは…この人もあの人か。

やっべぇぞ!惚れ直すわ。

「雪平くんどこ行くの?」

「………鈴井か?」

「そだよ。あ、わかんなかった?」

「お前ら、なんか普段と顔違うくないか?韓国帰りか?」

整形大国だと記憶している。

「いじってないよ!桜子さんに化粧してもらったの。服は阿子さんのだよ」

「4人とも、なんか普段と全然違うからちょっと戸惑いましたよ。あれですか?前に言ってたお泊まり会ですか?」

七尾の姿は見当たらない。良かった。あいつを殺さずにすむ。いや、殺すのはいいが捕まるのは嫌だ。

「そう。これから4人でミシィのケーキセット食べに行くの。雪平くんもどう?」

桜さんが俺を誘う。しかし、だ。もしその光景を野島さんや菅野に見られたら今度は俺の命が危ない。

「せっかくのお誘いですが遠慮し…おい、鈴井。シャツを掴むな」

「行こ、雪平くん」

「いや、だからせっかくだけど俺はこれから本屋に、、、」

「行こ、雪平くん」

「鈴井、人の話は最後までき、、、」

「行こ、雪平くん」

あぁ、こりゃダメな時の鈴井だ。

「雪平、わかってると思うけどそうなったら乃蒼はしつこいよ?」

うん、知ってる。けどしつこさにかけては俺だって負けてない。

「鈴井、俺はな、これから、、、」

「行こ、雪平くん」

「だから、俺はこれか、、、」

ゴッ、ゴッ、ゴッ

「行こ、雪平くん」

「さぁ行きましょう」

片手で髪の毛つかんで電柱に後頭部3回ぶつける女を俺はこの時初めて見た。というか、結局死ぬまで俺はそんな女と出会うことはなかった。

「雪平、血…」

「血なんぞ出とらん!」

やめろよ荒木。俺が出血してたら原因を作った鈴井が気にするだろ?

「あれ?雪平くん血が出てるよ?」

鈴井、お前とはいっぺん本気でやりあわなきゃならないらしいな。


「これで押さえて」

桜さんがそう言ってハンカチを差し出した。

「いえ、大丈夫ですからホントに」

「大丈夫じゃないよ?ダクダク出てるよ?」

「ならお前が率先して俺にハンカチを貸すべきだと俺は思うがな!」

叫ぶとクラクラする。

「いいから、使ってよ。やだよ、後頭部から血が出てる人とケーキ食べるの笑」

俺だって嫌ですよ。女子から電柱に頭ぶつけられて後頭部から血流しながら好きな人とケーキ食うのなんて。

「それじゃお借りします。ちゃんと洗って返しますから」

やべぇ、ハンカチからも良い匂いがする。

「何にしようかな〜」

「なぁ荒木、鈴井は天然なのか?それとも俺の事が嫌いなのか?なんで人に怪我を負わせてほのぼのケーキを選べるんだ?」

アスペルガーという説も強く推す。

「嫌いじゃないよ笑。乃蒼は対人スキルがまだ発展途上なだけ」

「人の頭電柱にぶつけていい理由にはならねぇなぁ!」

「そんな怒んないでよ〜。私は雪平くんに良かれと思って。私チョコと紅茶にする〜」

「じゃあ次からは流血しない方法で頼むな!俺チーズタルトとコーヒー」

「結局許すんだね?笑。私ショートと紅茶」

「あんた達言いたいこと言ってオーダーすんのやめてよ笑。私チョコとコーヒー」

「え?なに?そういうシステムなの?じゃあ私モンブランと紅茶」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「すいませ〜ん!オーダーいいですかあ?」

店側に伝わらなきゃ意味ないだろ!なんなんだよこの集まりはよぉ!誰が仕切るんだよ!あんた偉いよ野島さん。俺には無理だ…。



「ねぇちょっと雪平、聞いてるの?」

「へ?あ、すまん。聞いてなかった」

嘆いていたんだよ。なんでこんな事になっちゃったのかって。

「だからぁ、こん中で誰が1番可愛い?」

「それは悪魔の質問だな。どの答えでも俺は損しかしない」

それにすっぴんだとしても俺の答えは1つしかない。

「そこを!あえて!」

荒木が食い下がる。

「一般論で言えば4人とも可愛いと思うよ。それを1人に絞れというのはそりゃもう個人の好みになる」

だとしたら俺の答えは1つしかない。それはたとえお前らがいかに可愛いくても揺るがない。揺らいだら俺じゃない。

「じゃあちゅーしたいのは?」

コーヒーを口に含んでなくて良かったと心底思った。向かいに座る桜さんにぶちまけるわけにはいかない。

「桜さん、その質問は健全な思春期の男子中学生には刺激が強すぎます」

あはは、と見た目とはちょっとだけギャップのあるサバサバした笑い方をした。

「じゃあ、学校と印象が1番違うのは?」

阿子さんが上手い質問をする。それなら答えられなくはない。

「う〜ん…迷いますね。クラスで知っている分、鈴井か荒木なんだけど…。じゃあさっきの電柱の件も含めて鈴井で」

よしっ、と鈴井が拳を握る。なにがだ?なにが「よしっ」なんだ?

「じゃあ1番大人に見えるのは?」

「そうなると先輩2人のどちらかです。ん〜…服の感じがそうだからかもしれないですけど阿子さんですね」

へへ〜、と照れて笑う。野島さん、あんたも幸せ者ですね。阿子さん可愛いですもんね。

「じゃあ〜、『綺麗』なのは?」

「綺麗…か。荒木、その称号をお前にくれてやろう」

「なんで上からなのよ!別に嬉しくないわよ」

顔真っ赤にしてそう言われてもなぁ。

「私…選ばれない…」

「あ!桜さん!決してそういうわけではないんです!」

くそっ!これも最後に残った人が嫌な思いする悪魔の質問だった!

「じゃさ、桜はどんなジャンルだと1番?例えば…お姉さんにしたい人とか」

「桜さんは…」

俺は本当に夕方に出かけるべきだった。

「去り際にまた会いたいと思う人」

空気の流れが止まった。あれ?スベった?いや、笑い取ろうとしたわけじゃないけど。

そして再び流れ出す。

「ちょっと、雪平くん!それステキ!」

あ、どうもです阿子さん。

「詩人だね笑。さすが三天」

国天とれないけどな。

「私もそういうの欲しい」

電柱にケンカ売る人、とかどうだ?

「ありがとう雪平くん。みんなよりちょっと得した気分」

「いえ、お気に召してくれたなら何よりです」

上手く乗り切れたみたいだ。心底ホッとする。

「なぁお前ら、あの2人にも聞いてたりしないよな?佐伯はいいや、あいつはどうせ荒木って答えるだろうから。けど七尾にまで写真メールして『誰がいちばん可愛い?』なんて聞いてたりしないだろな?」

「ま、まさかぁ。そんなことするわけないじゃん。ねぇ?」

「そ…そうよ。秋が困っちゃうじゃない」

「可愛い後輩を困らせるなんて私達しないよねぇ?」

「そ、そうだよ」

4人のカップを持つ手がカタカタと震えてる。こいつら、やりやがったな?今回ばかりは同情するぞ七尾。上手く乗り切れよ。

「そういえば雪平くん、携帯持ってないの?」

桜さんが話題をすり替えた。なかなか巧妙な手口だ。

「一応は持ってますけど。予備校終わりに親に迎えに来てもらう時くらいしか使い道ないですけどね。こないだ壊れたから新しくしたんですけど使い方がさっぱりわかりません笑」

ズボンのポケットから薄い板状の精密機械を取り出すとパッと桜さんに奪われた。

「よしiPhoneだ。ちょっとみんな携帯出して」

目にも留まらぬ速さで指を動かす。

「雪平くん、IDは?」

「それは人に教えちゃダメなやつですよね?」

「いいから!」

いいから!という単語は明確な理由を持たない状況において無理矢理押し切る時に使う単語と記憶している。

「じゃあ俺入れますから。貸してください」

そもそも教えられませんよ。好きな人の名前をアナグラムしたIDなんですから。

「はい、どうぞ」

またスパーっと奪い取られる。この人、足は遅いけど手は早い。

「送って送って!」

4人は俺にはよくわからない操作で俺の携帯をいじりまくる。

「これかな?」

「これじゃない?」

「これもいいですよね?」

「私これが好き」

「よし出来た、はいお返しします」

ようやく精密機械は俺の手に戻って来た。

「何を、したんですか?」

「電話帳見てみて」

人の影のようなマークを押す。

あ!

思わず声が出た。

「私達の連絡先が入ってるよ笑。それから写真も見て」

なんだかよくわからないマークを押す。

なっ!

思わず声が出た。

437枚…だと?

「さっき阿子んちで撮ったやつの一部送っちゃった笑」

これで…一部…。

「それからラインも入れといたよ。あとで秋達の友達登録してね」

友達…登録…。

「極め付けは…、はい!」

画面が…待ち受け画面がこの人達だ…。

「そのまましばらく待ち受けはソレの刑だからね笑」

俺は刑を受けるようなこと何もしていない。

「ははっ笑。俺は使い方がわからないから変え方もわかりませんよ。わかっても、しばらくこのままにしておきます笑」

いやむしろこの携帯が壊れるまで絶対に変えない。


俺、なんでここにいるんだ?

なんでここでケーキ食べてんだ?

なんであの人の連絡先ゲットしてんだ?

どうしてあの人の写真が俺の携帯にこんな大量に入ってんだ?

そうか、鈴井か。

あいつに電柱に後頭部ぶつけられて血流したからか。

ならあいつのおかげだな。

失った血の代わりに俺が望むのも躊躇われたものを手に入れることができた。

素直にあいつに感謝しなけりゃならないな。


「じゃ、俺はそろそろ」

そう言って席を立つ。

「え〜、もう行くの?」

やめろよ鈴井。その綺麗な顔で上目遣いとか俺でもクラクラするだろ。

あ、違うコレ貧血だ。

「あんまり女子会の邪魔しちゃ悪いから。それにこんなとこ野島さんや七尾に見つかったら何されるかわかったもんじゃない」

後藤ならいい。過剰防衛でそのまま殺してやる。

「それじゃみなさん、女子会楽しんでください。それから桜さん、2学期にハンカチ返しに行きますね」

「うん、わかった。じゃね雪平くん」

軽く手を挙げたあと、振り返りもせず階段を降りる。


去り際にまた会いたいと思う人


あの状況下で俺はよくまぁこれほどまでに的確な言葉が出てきたものだ。

戻りたい。戻ってあの人の前の席に座ってずっと眺めてたい。会話なんて出来なくてもいい。そんなのここ数年ずっとそうだった。いつも20m先にあの人がいた。けど今はたった60cm。体育祭以来あの人との距離の単位はmからcmに変わった。それだけでも心臓に羽根が生えて口から飛び出て旅立ってしまうほどだというのに、今日はあの人の連絡先と写真を貰えた。きっと俺はあの人に電話などしない。出来るわけがない。けどこれは今まで俺が想い焦がれていた気持ちのような一方通行じゃない。ちゃんとお互いが往き来できる許可証のようなものだ。その証がこの精密機械に入っているという事実だけで、俺はこんなにも足取りが軽い。

店を出ると電信柱に血が付いていた。血の跡に手のひらを乗せる。

あの時鈴井が強引に誘ってくれなかったら。

俺は本屋にどんな気持ちでいたのだろう?

なんだかんだであいつは俺に気を遣ってくれたんだな。

ただ方法が間違っていただけで。

方法は大事だ、と吉岡先生も言ってたっけ?

なぁ鈴井。頼むから方法も覚えてくれ。

こっちの身がもたない!


ふと見上げると4人が2階からこっちを見ていた。すごく楽しそうに俺に手を振る3人と、顔の前で手のひらを合わせ、ごめんと片目を瞑る鈴井の姿がそこにあった。

お前らみんな、綺麗だよ。

もし俺があの人に特別な感情がなかったら、それこそ誰を選んでいいかわからないくらい4人とも綺麗だった。

そうか、外見で選んでたわけじゃないんだな俺は。

俺の恋は、記憶によって成り立っている。

ブランコや「しんふるいまわかしゅう」や園庭、水道に冷たい手、ウサギ小屋と雑草、そして黒い髪が揺れる後ろ姿が俺の恋を彩っている。

「帰るか…」

誰に伝えるわけでもない独り言を呟いて俺は元来た道を戻って行く。

参考書?どうだっていいよそんなの。

今はただ、早く帰って437枚の写真を眺めていたい。

あの人の顔にただずっと見惚れていたかった。

後頭部…痛いなぁ。


あっ!


ポケットにはあの人のハンカチが入っている。ポケットの中で強く握る。いずれ返さなきゃならないものだけど、それまでは俺が持っててもいいものだ。

ホントに10分後の未来はどうなるかわからない。家を出た瞬間、まさかこんなことになるなんて予想もしてなかった。予想しようとしたってこんなこと思いつきもしない。都合の良い妄想なんかよりも俺にとって都合の良い現実だった。 一寸先は闇、しかし一寸先は光でもある。

あ〜っ!俺は幸せだぁ〜っ!

後頭部、痛ぇなあ…

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