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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
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タケルの章「2年生始業式」

入学してからの1年はあっという間に過ぎてしまった。それを真似るかのように桜の旬も今年は早く、道路に散った桜の花びらだけが、かろうじて桜は咲いていたのだという痕跡を残していた。秋の家までの道中、少し大きめの制服を着た新一年生とおぼしき姿を見かけると、1年前は俺らもこんなに子ども臭かったのかと少し恥ずかしくなる。それだけこの1年が充実し、俺自身も成長したのだろう。大人になった経験はないからわからないけれど、多分大人の1年と比べて俺らの1年間の方が飛躍は大きいと思う。まだ何者にもなれない俺らの方が伸び代があるから。逆に言えば俺らはまだ何者でもない。

「何者でもないから、なんにでもなれるのよ」

と花さんはよく俺らに言い聞かす。そのことがようやく最近おぼろげながら理解できるようになった。


秋の家のドア前に立ち、恒例の占いの時間になった。インターホンを押すと残念ながら今日は中吉がドアを開けた。

「だ、か、ら!お前が出るなって言ってるだろうが!何度言ったらわかるんだよ」

おはようの前に文句を言い散らかしてやる。

「お、ま、え、も!何度言ったらわかるんだよ。ここは俺ん家だから俺が出て文句言われる筋合いないんだよ!」

いや、絶対にわかっててやっていると確信している。

「朝から元気だねぇ、あんたたち。何かいいことでもあったのかい?」

俺の大吉が奥から顔をのぞかせた。

「花さんおはよ〜」

相変わらず可愛い。花さんの周りだけ時が止まっているように若々しかった。おはようというその声も綺麗だ。

「いつもより早くない?てか早過ぎない?俺まだご飯食べてないんだけど」

汚い声が俺のすぐそばで聞いてくる。そりゃそうだよ。いつもより30分も早く家出たんだから。

「今日は始業式で、クラス替えがあるんだぞ?」

「知ってるよ。お前と同じ学校だもん」

「どのクラスで誰と一緒か気になるだろ!」

むしろ気にならない中2なんでいるのか?

「だから早く来たの?お前バカなの?早く行こうが行くまいがクラスの割り振りはもう決まってるんだよ?先着順じゃないんだよ?知らなかった?」

こんのやろぉ!可愛くない!花さんと親子とは思えない。

「いいから早く食べてこいよ!」

はいはい、と2度返事をして奥へ引っ込んで行った。俺は玄関のところに腰掛け待つことにした。

「秋、あんた好きだねぇ猫まんま」

「俺はお米が好きなの。no rice no lifeなの。それに花さんの作る味噌汁も大好きなの。その2つを組み合わせたら、そりゃあ美味しいに決まってるよね。なのに猫まんまとか品のない名前で呼ばれるのは納得いかないんだよ。なんかいい名前ないかな?」

「たとえば?」

「う〜ん、花ごはんとか」

「ちょっと〜、ただの猫まんまに私の名前使うのやめてよねぇ」

いいから早く食えよっ!新婚家庭かよっ!

「ごちそうさま。あいつうるさいから早く行くね。いってきます」

「いってらっしゃい。タケルも〜!いってらっしゃ〜い!」

登校のたびに花さんからこうしていってらっしゃいと言われるのが俺は好きだった。嫌いな教科がある日なんかでもこの一言で今日も頑張ろうと思えた。叶わない初恋だったけど、それでも俺は数多いる初恋ブレイカーの中でも上位に位置する幸せ者だと思っている。


「なぁ、俺らまた同じクラスになれるかな?」

俺と秋は小学1年生からずっと同じクラスだった。今年も同じクラスになれれば来年クラス替えはないのでトータル9年間同じということになる。

「さあな?お前今日どうしたの?めんどくさいよ」

俺の1番古い友人であり、俺が密かに憧れる親友であり、初恋の人の息子が朝からとてもツレない。確かに俺も今日は少しテンションが高いのを自覚している。俺と愛しの彩綾は1年の時を経てまた同じクラスになれるかもしれない。多分。大丈夫、だよな?

待ち合わせの学校手前にある公園。今日はさすがに早く来すぎて愛しの彩綾の姿はまだなかった。

「ほら。まだ来てないじゃんか。もうちょっとゆっくり出来たのに」

眠そうにあくびをしながら秋は不満そうにしている。

「俺、先に行ってクラス割りの表見てこようかな?」

はやる気持ちが抑えられない。

「待てない性格は伝染するのか?大丈夫だって。特進コース希望したんだろ?お前の成績だったらご希望通り1組になれるよ」

俺らの中学は進学校への合格者排出のため特進コースなるクラスが2年生から設けられ、他のクラスとは異なる授業内容で教科担任も特進専門の先生が受け持っていた。1年の終わりに成績上位者を対象に特進コースへの希望を取り、その中で先生達が成績や内申点、素行などを評価し選ばれた30人のみが特進コースとなる2年1組に選ばれる。

「そりゃ俺は大丈夫だろうよ。問題はお前と彩綾だよ」

学年トップ10には常に入っているから俺の心配はしていない。むしろ後半驚異的な上昇をみせたがギリギリの彩綾と、国語と英語以外からっきしダメな秋が心配なのだ。

「お前昔から国語は無双してたけど後半突然英語伸びたな。その2つでギリ30位。どうだろな?」

「俺は別にどうでもいいよ。お前らがうるさいから希望しただけだし。そもそも俺は特進が嫌いなんだよ。」

と秋は公園の入り口にある車止めに腰掛けた。ここはうちの中学の生徒が待ち合わせ場所によく使っている場所で、公園の中には何人かの生徒がチラホラと誰かを待っている姿がある。

「そんなこと言ってんのお前くらいじゃないか?他の奴は特進って言ったら羨望の的だろう」

「それがだよ。そういうの鼻にかけてんのが嫌味くさいんだって。なに?生徒会免除、体育祭希望者のみ、文化祭自由参加。勉強だけして貴重な青春時代を無駄に過ごしてるじゃん。学生ならもっと遊べよ。頭良いからなんだってんだよ」

1組のことをここまでコケ下ろしている人は初めて見た。誰かがもし聞いてたら、きっと1組になれなかった奴の負け惜しみにしか聞こえないだろう。

「朝からなにブーブー文句垂れてんの?」

耳が心地いいこの声は俺の愛しの彩綾だ。今日はコンタクトが入らなかったのかメガネっ娘で登場だ。

「おはようタケル。秋もおはよう。今日はどうしたの?早くない?」

「おはよう彩綾。メガネ姿も可愛いねぇ」

「そういうの聞かれたら私が恥ずかしいからやめてって言ってるでしょ。何度言ったらわかるの?アホなの?死ななきゃ治らないの?それなら今すぐ死んで。そしてすぐ蘇って私を抱きしめて」

いや〜んもう人目がなければ今すぐにでも抱きしめたい!

「朝からうるせぇよバカップル」

恋人達の朝の戯れを心底嫌そうに秋がため息をつく。彼女がいない秋にはきっとこの戯れの楽しさがわからないのだろう。そうか、嫉妬か?嫉妬だな秋。俺と彩綾が羨ましいんだろ?

「なんか、秋が御機嫌ナナメだ。なしたの?」

個人的意見になるがうちの学校で1番可愛い彩綾が俺に尋ねた。

「みんな一緒に特進になれるかな?って話をしたらこんなふうになっちゃった。1組は嫌味だから嫌なんだとさ。秋様は普通のクラスをご所望しておられるよ」

彩綾は呆れたように

「秋は国天でしょ?天が普通のクラスって、そっちの方が嫌味だよ?」

と容赦無くバッサリと切り捨てる。秋はその彩綾を無視しながらふて腐れていたが、チラッと俺の後ろを見て車止めから腰を上げ

「じゃ、揃ったし行こうか」

と歩き出した。

「あれ?今日は2人とも早いね?いつもそれくらい早く来てくれたらありがたいんだけどねぇ」

乃蒼が長くなった2色の髪を風に揺らしながら歩いてくる。

「おはよ乃蒼」

と学校1の美女が乃蒼にご挨拶し、

「おはよう彩綾。あれ?今日はメガネだね笑」

と学校2の美女が彩綾に返す。

今年も俺らは平常運行。美女に囲まれて俺はご満悦。

「おはよう。お前髪伸びたな」

秋が乃蒼に。乃蒼も

「おはよう。タモさんみたいな事言うね?」

と言葉を交わす。

「あれ?お前…、いや、なんでもない」

秋は乃蒼の瞳をしばらく見つめたあと、煮え切らない言い方をした。それでも乃蒼には伝わったのか

「買いだめしてた使い捨てがようやく無くなったの。あとはこの髪がきちんとなれば本当の私はもうちょっとで完成するよ」

そう言うと2人で並んで歩き出した。乃蒼はいつものように俺への朝の挨拶はない。

「ねぇねぇ」、と2人の様子を俺の隣で見ていた彩綾が小声で

「あの2人、なんで付き合ってないんだろ?」

と耳打ちして来た。

「うちの学校の七不思議の1つだよ」

俺は七不思議の全部を知らない。誰に聞いても7つより多かったり少なかったりする。旧校舎にまつわる2つ以外はみんなテキトーだから、秋と乃蒼の不思議を加えても俺としてはなんら差し支えない。彼女持ちの俺からしてみたら、さっさとくっつけよと思うのだが、こればかりは余計なことをせず当人達のペースに任せる他なさそうだ。俺たちの前を歩き楽しそうに話しているその2人は、はたから見ればお似合いのカップルにしか見えなかった。



「Oh hell no…fack off!you guys are all morons!」

生徒玄関前に貼られているクラス分けの一覧を見て秋は流暢な罵声英語を叫んだ。意味まではわからないけど、褒められた内容でないことはなんとなくわかる。

「やめなさいって笑」

乃蒼がそう秋を慰め…てない!笑ってる!

「どうせお前くらいしかわかんないよ。てかお前なに笑ってんだよ」

「だって!みんな一緒で嬉しいじゃん!」

そこに俺も入っていますか?

「良かったぁ!また私だけ違うクラスだったら本気で立ち直れなかったよ。頑張って勉強した甲斐があったわ。乃蒼ありがとね〜」

1年の時に1人だけクラスが違った彩綾が唯一4人が同じクラスになる可能性がある特進に賭け、俺らに執拗に特進への進級を勧めた。4人の中で俺と乃蒼は自分たちが希望すればほぼ間違いがなかったけど、問題は彩綾と秋だった。彩綾は乃蒼という学年2位の専属トレーナーを迎えた事で成績を学年30位以内にまで引き上げる事に成功した。それが2人の仲を急激に近づけ、時折俺がやきもちを焼くほど彩綾は乃蒼にベッタリだ。一方秋はというと俺が教えてやるという提案を「いらない」と無下に断った。そもそも秋は特進にこだわっていなかったから、普通のクラスでのんびり中学生ライフを過ごす事に決めたのかと思っていた矢先、突如として英語の成績が上り国語と英語その2つでギリギリ上位に食い込んできた。今では国語はおろか英語も秋には敵わなくなってしまった。それ以外は俺の圧勝だけど。

「あ〜あ。マジで特進になるとは思わなかった。国語と英語で30位って、他のやつ何やってんだよ!ちゃんと俺を抜けよな!マジで特進なんて行きたくねぇ」

そばにいた女子生徒が驚きと、そして憎しみの眼差しを秋に向ける。おい友よ。自覚なく敵を作っているぞ?特進なんてみんな行きたくてもいけないんだぞ?

「ねぇ秋、文化祭の時の約束覚えてるよね〜?」

乃蒼が肩で秋の腕をつついた。秋はしばらく考えた後、思い当たったのかみるみる血の気が引いていき真っ青な顔で

「うわぁぁぁぁ!」

と叫び出した。乃蒼はクスクスと笑っている。一体何を約束してたんだ?

「What a Day!」

やめろ秋。その英文は非常に扱いがデリケートなDVDのタイトルだ。

「ちくしょ〜。なんて日だ…」

本気の感嘆は日本語なんだな笑。2人の会話の意味を俺は知らないが秋の姿を見て思わず笑う。

今年と来年も騒がしくて退屈しない毎日になりそうだよ、花さん。

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