秋の章 「先輩」
特進に進級して1番驚愕したのは最初の体育の授業だった。他のクラスは2クラス合同で体育をするが、特進はカリキュラム自体が違うので3年生と合同で行う。まぁいい。それはいい。
俺は体操着に着替え、明らかにやる気のない特進クラスの奴らの中で埋もれていた。別段やる気も見せないが他の奴らのように露骨にだらけもしない。普通の中学二年生男子だった。
「体育ぐらい喜べよ。バスケだぞ?持久走じゃねぇんだぞ?そんなにまでして勉強したいのか?」
俺が不満を口にすると、
「興味ないんだろ?テキトーにやって3でも貰えたら御の字なんじゃねぇの?受験で足引っ張らない程度に頑張れば良いと思ってんだろ?」
それが青春真っ只中の13歳の思考なのかね?と俺はやっぱり理解に苦しむ。楽しめよ、今を。
いきなり肩をガシっと両手で掴まれた。タケルは目の前にいるし乃蒼や彩綾は俺ら男子とは距離を置いた向こうの方にいる。じゃ、誰だ?この手は?
「秋〜。やっぱお前特進かぁ〜」
俺は我が目を疑った。振り返るとそこには、バカがバカ面下げて笑っていた。野島さんだった。体育でもリーゼントだった。
「な、な、なんでいるんすか?ここ、特進ですよ?」
そうか。あまりにも頭が悪くて自分のクラスの授業を抜け出して体育に来ちゃったのか。可哀想に…。後輩のよしみで保健室に連れてってあげよう。
「お、秋じゃん。なんだよ笑。特進嫌いって言いながらちゃっかり特進じゃねぇか」
ロン毛をゴムで一本に縛った羽生さんも体操着に着替えている。ま、羽生さんはいい。羽生さんなら特進もあり得る。
「羽生さん、野島さんが特進でもないのにここにいるんです。きっと勉強したくないから楽しそうなこっちに来ちゃったんですね。前頭葉が小さい野島さんが可哀想なんで俺、保健室連れて行こうと思うんですけど抵抗されそうなんで手伝って貰えませんか?」
羽生さんに腹を抱えて笑われた。失礼な、こっちは大真面目だぞ!
「お前、俺をなんだと思ってんだ!俺も特進だよ!」
「羽生さん、野島さんがついに嘘つき始めました」
羽生さんはハァ…ハァと笑いすぎて乱れた呼吸を整えてから、
「秋、あのな笑。信じられないかもしれないけど、こいつ五天なのよ笑」
え?今なんておっしゃいました?
「だから、五天。うちの代での5教科トップはこの野島なんだよ。認め難いのはわかるけど、本当なんだなコレが」
俺は野島さんをもう一度見る。野島さんは勝ち誇った表情で俺を見ている。俺はこれまでの非礼も込めて野島さんを真っ直ぐ見つめ、ため息とともに
「見損ないましたよ」
と本音をぶつけると、バカは俺の首を絞めた。
「ほら、秋、あっち見てみ」
羽生さんが女子の方を指差し、その方を俺が見ると阿子さんと桜さんもこっちに手を振っている。黒髪ばかりの女子の塊の中で阿子さんの茶髪は異様に目立つ。
「3人とも特進なんですね。なんかちょっとだけ特進も楽しそうだと思えました」
「おい、お前いま俺のこと完全に含めてなかっただろ?」
再び首を絞められそうになったのでその手をかいくぐり逆にスリーパーホールドを野島にかけた。
「よくその髪で注意されませんね?特進だとそれも免除なんですか?」
「そんなわけないだろ笑。いつも怒られてるよ吉岡に。まあそのうち切るけどな。特進ながらもこの髪でいるのが俺らのいわゆる主張でもあったんだけど、一年も経つと周りも見慣れてきちゃって面白く無くなってきたし。それより秋、泡吹いてるからその辺でやめとけ」
野島さんは口からカニのように泡を吹いて白目を向いていた。なので本当に保健室に運ぶことになってしまい、楽しみにしていたバスケを1試合分損してしまった。本当にこのバカに関わるとろくな事はない。
放課後、図書室に行くと真っ先にバカが俺に飛びかかってきた。
「お前のせいでバスケ出来なかったじゃねぇか!このアホ!」
聞くと気を失ったままさっきまで目が覚めなかったらしい。
「そのままの死ねばよかったんですよ!大体なんですか全教科学年トップって。キャラ的に言えばアンタは下から13番目くらいでしょうよ!」
「なんでそんなリアルな数字出してくんだよ!」
まぁまぁ、と桜さんが俺とバカの間に割って入って引き離してくれた。相変わらずいい匂いだ。
「それよりどうすんの?同好会」
去年色んな誤解があったけど俺が正式に文芸同好会に入会したため会員が5人になり、部に昇格出来るようになった。桜さんが言っているのは部に昇格するか同好会のまま継続するかという意味だ。
「俺はこのままでも良いよ。別に部費が欲しいわけじゃないし。本ならここにたくさんあるし」
会長の羽生さんは部への昇格反対派だ。
「そうだよね。部になったってなんのメリットないもんね」
「うん。逆に面倒臭いこと増えるよね?会議とか」
阿古さんも桜さんも反対のようだ。
「俺は…」
野島には聞いていない。
「反対だよ、やっぱり」
同じ意見なら別に言わなくたって良いじゃないか。あれか?目立ちたいのか?
「俺らは今年で引退だ。そうなると秋1人の部活になってまた同好会に格下げされるだろ?こいつはなんだかんだ言って責任感も強いし、俺らのいた同好会が消滅しないよう尽力しちゃうんじゃないかって思うんだ。そんなの背負わしたくないよ俺は。俺個人の意見としては俺らの引退とともに廃部がいいな。先輩との思い出もある大切な部活だけど、先輩との思い出よりも俺はこいつのこと大事にしてやりたいよ」
阿子さんはテクテクと野島さんのそばまで行ってムギュっとした。
「秋、お前はどう思う?」
どうって言われても…。
「ね〜秋。今だから言えること教えてあげよっか?」
今日は珍しく桜さんがたくさん喋る日だった。
「本当はね、決まってたんだよ。今年で廃部にするの」
え?
「1年の時、私達はここでで知り合ったの。その時は付き合ってなかったからしばらくは秋みたいに時々図書館に顔を出す程度だったんだよ。けど段々みんな仲良くなってさ、色々あって、付き合う事になって、晴れて文芸部に入ることができたの。先輩たちはクセが強かったけど優しくてね〜、楽しかった。その分、卒業したあとポッカリ穴が開いちゃって。寂しかったんだね。どうせ4人しかいないし新入部員を入れないでこのまま廃部にしようって話し合いで決まった直後、図書室に来たら秋がここにいたの」
初めて聞く先輩たちの昔話。
「俺はさ、会長になって思ったのは先輩たちとの大切な部を他の人が来て変な色に染まっていくくらいなら綺麗さっぱり終わらせたいと思ったんだ。 ま、それに来るはずないって思ってたんだよ、文芸同好会なんて。そしたら来やがったのな笑。ブカブカの制服着た小学生みたいな1年生が笑」
あの日のことは今も覚えている。俺はこの人達のせいで文芸部は同好会に格下げされたのだと思い込んでいたっけ。
会長の後バカが続けた。
「俺は最後までお前を入会させるのは反対だったんだよ。けど阿子や桜にどうしてもって押し切られたんだ。なぁ、ひとつ教えてくれよ。お前はこの同好会入ってよかったと思ってるか?それともあのまま同好会に入らずに気楽に遊びに来る程度が良かったか?」
「俺は…やっぱり入って良かったです」
頭の中に他の答えは見つからない。
「俺らが抜けた時、俺らみたいに寂しくならないか?」
バカのくせに人の気持ち考えるなよ。バカはお気楽にマヌケな事だけ考えてりゃいい。
「なりますよそりゃ。でもその時になってもこの同好会入ったこと後悔はしないです」
変化は世の常。嘆こうが何しようが世の中のあらゆる物事は刻一刻と変化していく。文芸部が同好会になることも、先輩たちが卒業していくのも、俺が1人になるのも、それは世の常なのだと思う。仕方のないことなら、この先後悔しないようにしなければならない。後のことは、その時考えればいい。
「決まりだな。今から会長は秋に決定。後のことは秋に全部任せる」
羽生さん、それは丸投げというやつです。
「よ〜し、決定。おめでとう秋」
女子の先輩2人から祝福され、男子の先輩2人はそれを少し離れたところから眺めていた。
やっぱり、楽しいな。先輩達が廃部にしようという気持ちは俺にはわかる。この楽しい色のまま、何かに染められるのは出来れば避けたい。例えば後輩がやってきて、その後輩と新しい色に染めるのも悪くない。けどこの文芸同好会を俺の代で終わりにしよう。この選択は間違っているかもしれない。そう思ったりもするけれど、このまま幕を閉じるのも、それはそれで悪くないと思った。1年前の4人の気持ちがとてもわかる。この色を誰にも染めて欲しくない。
「じゃあ秋、お前にカギをやるよ」
俺は図書室のカギを羽生さんから受け取る。
「あ、それみんなも持ってる合鍵だから別に毎日図書室来なくていいぞ。むしろ来んな。今まで通りでいいぞ」
あれ?会長なのにないがしろにされてる気がする。
「もう1つのカギはタカが教えてやれよ」
羽生さんはバカの顔を見ると野島のバカはあからさまに喜んだ。
「カギを、教える?」
俺の疑問をバカが答える。
「屋上だよ」
屋上?屋上に行けるの?マジで?
「けど屋上に行くドアにはナンバー式の鍵がありますよ?合鍵とか作れないじゃないですか?」
俺は1度屋上へ続く階段、「立ち入り禁止」の立札の奥へ行って見たことがある。そこには6桁のナンバー式の鍵がかかっていて、しばらく適当にダイヤルを周りで見たけれど開きそうになかったので途中で諦めてしまった。
「俺らも先輩から教えてもらったんだ。多分生徒でその番号知ってるのは俺らだけだと思う」
と羽生さん。
「教えてもらう時にその先輩が言ってたセリフがカッコ良かったんだ。後輩なんて出来ないと思ってたからまさかこれを言える日が来るなんてな。感無量ってこういうことなのかな?」
バカが興奮していた。
「あの日の再現だね。これは見ものだよ笑」
桜さん達は俺とバカから少し離れ、ソファーに移動した。
「はやく、はやく」
周りからは急かされたバカは2、3度咳払いをし、そしてキラリと目を光らせた。
「番号は114106。昔ポケベルが流行った時の暗号みたいなもんだ。意味は愛してる。秋、俺らはお前のこと、愛してるぜ」
俺はこと時リアルでジョジョ立ちする人を初めて見た。空気が止まった気がした。ああなるほど!これが【The World】か!たっぷり10秒待ち、動ける様になってから
「…羽生さん、それ誰かに教えるとき俺も言わなきゃダメですかね?」
極めて冷静に俺はそう言ってやった。本当なら野島をオラオラしたかった。
「おいテメェ!カッコいいだろうが!お前はダサいからこのセリフの奥深さがわからないだけだ!」
DIOが横から口を挟む。
「いや、秋は悪くない。むしろそれをカッコ良いと思った木佐先輩と真似したいと思ったお前のセンスが絶望的に悪いんだと思う」
羽生さんの言葉に女子の2人もうんうんとうなづく。正直俺もそう思う。
「おいお前も言えよ!お前も誰かに教えるとき絶対言えよ。あとちゃんと愛してる奴に教えろよ!」
「バカ、じゃない野島先輩…いや、野島。もしその時が来たとしてもその伝統、俺で止めてみせます」
断固拒否した。阿子さん俺の左隣に来て「別に愛してなくてもいいけどさ」と話し始める。ふわっといい匂いがした。
「でも教える時は信用できる人、それと絶対に自殺しない人にしてね」
確かに大事なことだ。誰も行くことができない屋上へ自由に出入りできる権利はとても魅力的だけど、一歩間違えたら恐ろしい使い方もできてしまう。それは俺にとっても嫌な事だ。
「わかりました。絶対約束します」
「あとさぁ」桜さんも俺の右隣に立つ。甘い花に似たニオイ。
「あんな気持ち悪い言い方だから多分伝わってないと思うけど、私達は秋を可愛い後輩だって思ってるのは本当だよ。こんなダメな私達を慕ってくれてありがとね」
と、吸い込まれそうなほど大きな目で見つめられ、目が離せなかった。
「お前は、誰と屋上に行くんだろうな?」
羽生さんが少し寂しそうにそう言ったのがとても印象的だった。
「誰かと言ったら教えてね」という阿子さんをバカは「そんなのいいよ」と制した。
「教えなくていいから大事な場所にしてくれよ。俺ら4人が付き合ったのは旧校舎前じゃなく、屋上なんだ。俺らにとって大事な場所なんだよあそこは」
そうなんだ。先輩たちにとっての大事な場所のカギを俺は譲り受けたんだ、となんだかとても感動した。
「センスないくせに最後においしいとこだけ持っていくのは木佐先輩譲りだな」
羽生さんが言うと阿子さんも桜さんも、野島さんも笑っていた。
今年で文芸同好会の歴史は閉じるだろう。屋上へ続く扉の鍵も、俺で途切れる。
たぶんきっとそうなる。
それはとても儚げで、美しいと俺は思った。
追記
「ねぇ阿子さん」
「なに?」
「2人のどっちから告白したんですか?」
阿子さんはたっぷり10秒動かなかった。
「………私…」
野島ぁぁぁぁぁぁ!
「あの、一応確認したいんですけど、アレのどこが良いんですか?」
阿子さんは今度はたっぷり20秒動かなかった。
「………全部…」
のぉぉぉぉぉぉぉじまぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!




