練生川三太郎の章 2
「はい、秋へのプレゼント」
カバンから取り出し花の前に小さな紙袋を置いた。
花は少し怪訝そうな顔をする。
「現金じゃないでしょうね?その大きさだと300万はあるよ?」
それでもいいならそっちの方が楽だったわ!
「スマホだよ。リンゴのマークの携帯電話!」
「え?中学生に携帯って早くない?」
「どう使うかはお前に任せる。ルールはお前ら2人で決めろ。ま、そんなのなくたって秋なら大丈夫だろ。きちんと適正に使ってくれると思う。それから月々の支払いは俺だからな。遠慮なく使え。金ならある」
本当はマンションでも買ってやりたかったが、さすがに花が怒るしな笑。
「ちょっと心配だから聞いておくけど、これGPS…」
「大丈夫。この携帯は俺しか知らない俺からのプレゼントだ。あいつは関係ない。それでももしあいつに知られたらまた買い換えてやる。今度はGPS追跡できない俺らの持ってるような三國製品のやつ。いないぞ?ただの中学生でそんなの持ってるの」
花の親バカは俺にも感染しつつある。
「良かった。けどなんで携帯電話?」
よくぞ質問してくれた。
「お前今年の春に言っただろ?誕生日プレゼントは1万までって。意外とねぇぞ?1万円以内のプレゼントって。だから『月々1万円』のプレゼントにしたんだよ。どうだ!文句ねぇだろ?」
「月々1万円払いのローンでも一緒じゃない?」
・・・・・・あっ。
「まぁ買っちゃったものはしょうがないけどね」
「バカね」の後に「ありがとね」と花は言った。だが話はまだ終わってない。
「頼みがある」
「どしたの?改まって」
携帯をプレゼントした本当の理由だ。
「電話帳に俺の携帯番号を登録しといてくれ。名前は何でもいい。サンタでもヨンタでも」
本来、俺は七尾家と交わってはいけない。それはわかっている、忘れたことはない。
「どうして?」
花の表情からは怒りとか戸惑いは感じられない。浮かんでいるのは純粋な「疑問」だ。
「ひとつは、いつか秋が自分の力ではどうにもならない時に力になりたい。例えばお前が倒れた時や今すぐどうにかしなきゃならない時、秋は誰かの力が必要になる。そんな緊急事態のとき俺なら力になれる。秋のライフラインとして登録して置いて欲しい。だからむやみにかけるような事もするなと教えといてくれ。1度だけ繋がる魔法の電話、とでも伝えて欲しい」
365日24時間受付可能だ。
「繋がって、いたいんだ。秋と。もちろん俺の方から連絡はしない。というより秋の電話番号は俺の携帯に登録はしていない。番号も覚えないように努めた。俺の方からは秋と連絡が取れないんだ。けど秋が知っていれば一方通行だけど繋がっていられる。その事実があれば、俺は少し嬉しい」
昔、俺は秋の事が憎かった。秋がいなければ俺と花はあのまま一緒にいる事が出来たのにと何度思っただろう。父親を憎むように俺は花と別れたことをいろんな人のせいにしていた。秋もその1人だ。なのにそれが今ではこんなにも愛おしい。許されるなら会ってみたい。会っていろんな話をしてやりたい。
「わかった。いいよ。秋にはキチンと言い聞かせるね」
「ホントか?本当にいいのか?」
実を言うとちょっと俺は諦めていた。花がうんと言うわけがないと思っていた。
「え?いいよ?そりゃあしょっちゅう連絡取り合うとかは困るけど、一方通行のライフラインならいつか秋のためにもなるかもしれないし」
良かった、本当良かった。これで俺と秋のつながりは、花を介さなくても繋がったことになる。一方通行だけど、直通だ。
俺はさっきと比べて少し調子が上がってきた。今風に言えば、テンアゲだった。
「月々1万円とか理由つけて、こっちが本当の理由でしょ?」
得意げな顔してるけど普通に考えりゃわかるだろそんな事。
俺はカバンの中から1枚の紙を取り出し花の前に置く。
「ナニコレ?」
「お前への誕生日プレゼント。山崎さんから。欲しがってた冷蔵庫だそうだ。それ、保証書。現物は明日宅配で届くってさ」
パッと花の顔が和らいだ。
「ザッキぃぃー!毎年ありがとう!」
「本人に言えよ」
「そうだね。今度電話してみる。あ、ザッキー頭大丈夫?」
お前その言い方は誤解を生むぞ?
「今年お前が送った誕生日プレゼントで毛根が復活したって喜んでるぞ笑。確かに生えてきた。アレ凄いな!」
まだパヤパヤだけどな。
「でしょ?プーティ愛用のシャンプーだよ?」
おうっ…それは…説得力がないなぁ笑。
「三太も禿げてきたらプレゼントするね」
禿げてく者は毛根をも掴むかもしれない。その時はありがたく頂戴するとしよう。
「で、これは祝人から」
一昨日飲んだ時に預かった箱を渡す。飲んだと言っても俺ら2人とも酒が飲めない。乾杯は烏龍茶でした。
「祝人元気?ブログは見てるけど」
「ああ、相変わらずだよ。お前に会いたがってた」
赤い包装紙の中には革のパスケースが入っていた。
「ほぉ〜。祝人らしいね。革とか好きだったもんね」
「あいつは経年変化していくのに味を感じるようなやつだからな。女性の経年変化は許せないけど」
あいつはロリコンだ。
「仕方ないよ…病気ってそんな簡単には治らないもの」
そんな悲しげな顔で言うなよ。祝人が可哀想だ。
「そんで、これが俺からだ」
祝人のよりも一回り小さな箱を手渡す。
「え?吸引力のわからない掃除機じゃないの?」
吸引力がわからなければ、それはもう掃除機ではない。掃除機本体がゴミだ。
「それは明日山崎さんの冷蔵庫と一緒に届くよ。その箱は、あれだ、オマケみたいなもんだ」
花は少し前から掃除機を俺におねだりしていた。俺の誕生日に掃除嫌いな俺にロボット掃除機をプレゼントしてくれたのもその布石だったらしい。
「開けてみろよ」
花はためらいなく箱を開ける。そこには鍵と数字の書かれた紙が入っている。
「なに?三太の部屋の鍵とか?」
「欲しいのか?いらねぇだろ?」
うん、いらないと即答されてしまうと少し寂しい。
「なんの鍵?なんの数字?」
「東京PSG銀行の貸し金庫の鍵と暗証番号」
花は不思議そうな顔をした。だろうなぁ。
「あのな。これはすぐに開けちゃダメだからな」
より一層不思議な顔をする。
「じゃあいつ開けたらいいのよ?」
開ける時なんてずっと来なければいい。けどもしもそんな時が来たら、その中に入っているものが2人をいつか救ってくれるかもしれない。俺の時のように。
「秋が過去を知ったあと苦悩した時、かな?けどそれは二の次で、お前が誰かを憎んで壊れそうな時や迷って一歩も動けない時だよ」
何かを勘づいたのかギリっと花は俺を睨む。
「そんな時は三太に頼るからいいもん」
あ〜あ、嬉しいねぇ。今じゃなければ喜べたのにな。
「舐めんなよ。そんな自分で自分の事どうにも出来ねぇような女、俺はいらねぇよ」
俺にそんなセリフを言わせんなこのバカ女。
「過信するなよ?そこに入っているもので積年の怨みが晴れるとかデリケートな問題が解決するとか、そんな事は絶対にないからな。けどないよりはあった方がいい。がんじがらめになってたしがらみからお前を少しだけ楽にしてくれるかもしれない。少なくとも俺はそうだった」
俺は半年前、花が秋に父親のことを話すと決めた時からこの鍵を渡す事を考えていた。花にしてみりゃつまらなくて迷惑な今までで1番くだらない誕生日プレゼントだろう。
花は眉間に深いシワを携える。恨み辛みで身動きが取れない、といった感じだ。
「なにが入ってんのよ」
遺書だよ、とは言えないよな。誕生日プレゼントに遺書だなんて気持ち悪すぎる笑。
「秋のが魔法の電話なら、そこに入ってるのは魔法の手紙だよ」
花は突然立ち上がってドリンクバーを取りに行った。少し気持ちを落ち着かせようとしているのだろうか?
ドン、とコーラの入ったグラスをテーブルに力強く置いた。目に見えてイライラしているようだった。
「いらない!」
やっぱりな。
「いいから持っておけよ。見るか見ないかはお前次第だよ。秋に渡すか渡さないかも、お前次第だ」
「いらないってば」
「いつか必要になるかもしれないだろ?」
「ならないよっ!あいつの手紙なんて、いらない!」
花は相当怒っている。
「そう言うなよ。俺はそこに書かれているのを見て少しだけ気持ちが軽くなったんだ。だからお前も、、、」
パシャ、という音とともに顔面が濡れた。コーラじゃなく水だったのは花の優しさなんだろうな。
「それでアンタはあいつの足になってんの?そう言えばそうだった。忘れてたよ。アンタはあいつのお、、、」
パシャ。花の顔が濡れた。ファンタグレープじゃないのは俺の優しさだ。
「だから舐めんなよ!俺はお前らだけのために生きてんだよ!」
1人だけ勝手気ままにキレてんじゃねぇよ。
「お前がもう俺を信用できない用済みだってんならお前のためにここで肉塊になって焼かれてやろうか?食えよ?そうなったらお前残さず全部食えよ!召し上がれ♡だコノヤロウ」
真昼間にいい大人がステーキ屋で水を掛け合うなんて安いドラマかよ。
「怒りをコントロールしろって何度も言ってるだろ?そうやってお前はあとで傷付いていくんだよ。偉そうに秋に言う前にまず自分ができるようになれよ」
「…ごめん」
濡れた前髪から滴る水を拭うこともせず、花は俺に謝罪する。店員が迷惑そうな顔をしながらオシボリを持ってきてくれる。
「ほんと、ごめんなさい」
「いいよ、別に。お前のおイタにはもう慣れた」
もう10年以上そうやって来たじゃないか。今更なに気にしてんだよ。
「出よう」
俺は伝票を持って席を立つ。花も遅れて付いてくる。鍵の入った箱は花のカバンに仕舞われた。いつものようなやり取りをして店から出た。大通りまで無言で歩く。服が濡れた花のためにタクシーを止め、運転手にタクシーをチケットを渡す。花が後ろで礼か何かを言っていたけど周りがうるさすぎて聞き取れなかった。聞き返す気も今はなかった。
「ごめん。私はまだちょっと理解できないけど、多分三太の事だから今の私じゃなく将来の私のためにしてくれたんだよね?」
タクシーに乗り込もうとした直前に言った。
「そう思ったんならわかった時に礼を言えばいいよ。今じゃなくていい。それまで待っててやるから」
「うん。言うと思った。あのさ、ずっと聞きたかったの。三太、いま幸せなの?辛くないの?」
お客さん、まだかかりますか?と遠慮ない運転手の声に花は渋々タクシーに乗り込む。
「じゃあな。山崎さんと祝人に礼しとけよ」
俺がそう言うと「うん」とうなづき、ハミルトンとともに左手を振りながら花は俺から遠ざかっていった。
幸せなの?
花の問いに答えるとするなら
わかんねぇよ
だ。今の本当の気持ちを言うならばそれしかない。手放しに幸せなんて思えない。かといって不幸のど真ん中にいるとも思えない。みんなそんなもんかもしれないな。幸福と不幸のどちらかにメーターが振り切れてる奴なんてどこにもいないのかもしれない。『せいで』と『おかげで』もメーターは振り切れないかもしれない。そんなに俺は冷酷でも強くもなかった。




