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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
220/801

秋の章 「秋、マカ、永澄…マサ」

放課後の図書室は本来静かな空間のはずだ。

だって本来図書室は本を読む場所であるし、放課後は帰るか部活動に励む時間なのだから。

だが駿河二中の放課後の図書室はここ最近騒がしかった。

「ちょっとなんでココonなのよ!onは上に設置してる時の前置詞じゃないのっ?なんで下にあるのにonなワケ?理由を言いなさいよ!」

マカがonに対してご立腹であらせられる。

「別に上にあるからonなわけじゃないよ。マカ自分で今言ったじゃん。onは設置している時の前置詞なんだよ。『上に』に限定されてるわけじゃない」

たしかに英語の教科書の例文は悪いと思う。

on the tabeleとか『上に設置』されてる例文ばかりだから勘違いしやすい。

けどあくまでonは設置しているときの前置詞であって横でも底でも裏でもとにかく設置さえしていればonを使うのだ!

そういうものなのだ!

「だからそうやって覚えろ!」

「そうなると今度和訳がわけわかんなくなるっ!」

それは日常会話程度の英語を話せるようになって俺も思ったよ。

日本人は英語を和訳で理解しようとする。

英単語を日本語に変換し置き換えて日本語の意味として捉えようとする。

だけどthis is a penなど「これはペンです」などといちいち頭の中で変換しなくたって頭には映像としてイメージが出来るだろ?

要はその練習の繰り返しなんだ。

だから同じ英文でも翻訳家によって別の日本語の文章になるのだ。

それでいいのだ!

this is a penはあくまでもthis is a penなのであって「これはペンです」などではない!

この固定概念から脱却しなければヒヤリングなど出来はしない。

ただ、あまり英語慣れしてしまうと言ってる意味がわかっても話すというoutputが不得手なままなんだけどね。

目下いまの俺のスランプはそこなのである。

「ぶっちゃけさぁ、日本における英語のテストで良い成績取るための勉強と日常的な会話をマスターする勉強ってまるで違うんだよ。日本の英語を勉強すればするほど意味わかんなくて理解が難しくなる。外人の中にどれだけs v o cを意識して喋ってるヤツがいるんだよって話。俺らだって別に普段から主語、述語、形容詞、形容動詞、副詞、助詞、助動詞なんて意識して喋ってるわけじゃないだろ?」

「そんな話は聞いてないのっ!手っ取り早く英語の成績が上がる勉強のやり方を教えなさいって言ってるんですよ!!!」

「それがわかってたら俺が英天取ってるわ」

「乃蒼〜!乃蒼助けて〜!私の英語の先生がバカだ〜〜〜!」

「そんなに乃蒼に教えてもらいたかったら音楽室にでも行けっ!もれなく邪魔だっつって追い出されるのが関の山だ!」

教えてくれっていうから教えてやってんじゃねぇかよっ!

「いまの私に対して英語で一言」

「You are stupid, so give up.」

「悪口〜!!!!!」

「ひとつだけ良いことを教えてやろう。英語の試験問題を作ってる関口先生は毎年ほとんどパターンが同じだ。英訳なんかは記号で文章を組み立てるのがほとんどだ。つまりある程度の文法と単語の意味さえ理解してたらそんなに難しくない。けど和訳はけっこうな長文を訳させる。だから英訳の勉強は単語くらいにして和訳に力を入れて勉強しろ。そしたらエネルギーの節約にもなるし効率がいい」

ほぉ〜と永澄が感心している。

「天ともなるとそういう傾向対策までしてるの?」

「今のは乃蒼が気付いて俺に教えてくれた事の受け売りだよ。野島さんからも先生の特徴とか傾向を分析して対策を練れば8割は簡単って言われてるし」

ほぉ〜と今度はマカが感心した。

感心したのち憤怒した。

「特進てズルいっ!そういうの私達教えてくれないもんっ!」

「特進関係ねぇよ。だからうちのクラスの他の奴らはあんなにカリカリ勉強してんのに乃蒼やゆきりんはもちろんのこと永澄にも勝てないだろ?マジメなのも悪くないけど結果を出さなきゃならない時はいかに効率を良くするかも考えなきゃ。せっかく勉強したのにテストに出ないんじゃなんか勿体ないだろ?」

普通科組の2人はうんうんと感心している。

「やっぱ七尾くんに勉強教えてもらって良かったね」

「うん。まぁ私、勉強教えてもらわなくても七尾くんよりは成績良かったんだけどね笑」

「………ここから出てけよ永澄」

「いやん、あましゅ(※)」

「ん?あましゅってなに?」

「教えないっ」

悪口だな。

響きは可愛いけど十中八九悪口だな。

「ところで秋は進路志望調査もう出した?」

勘付いたと気付いたのか永澄は話題を変えた。

「ああ。今日出した」

俺は吉岡先生の家に行った日から自分の2年後の事を初めて真剣に考えた。

千石…、か。

俺は進路のことを花さんに相談した。

2人で何日かかけて話し合い、俺は進路志望調書をようやく今日担任に提出した。

「どこ希望したの?」

「八九寺」

「え〜!千石じゃないの!?」

「現実的に考えて今の成績じゃ千石は無理だよ」

行きたいで〜す、と手を挙げてそれで入学できるのであれば俺だってみんなが行く千石がいい。

きっとそれなら阿子さんも千石に行くだろうし、またみんなで今年の続きが出来るだろう。

だけどそんなわけにはいかない。

千石に行くということはほぼ国立大学または一流私大に進学を希望するということだ。

千石に入学するために青春と時間と命を削って勉学に励み入試に挑む人がほとんどなのである。

そして何故か花さんも俺の千石行きにはあまり賛成をしていない。


「なにも無理してまで千石にこだわる必要はないんだよ?八九寺だって国立大学は狙えるし。まだ時間はあるんだからもう少しゆっくり考えたら良いよ。でも、最低八九寺に行けるだけの学力はキープしとかなきゃダメよ?」


中学までは自分の意思とは関係なく決められたところへ行く。

高校からは自分の意思による選択をしなければならない。

その決断はもう少し先にして、俺は少し自分の将来のことをゆっくり考えたかった。

18歳の誕生日のことも踏まえて。

「ねぇ秋、古典ってどうやったら慣れる?」

英語に飽きたのだろうか?

マカが英語辞典や参考書をカバンの中にしまい始めた。

「口語訳のある古典の本でも読めよ。3冊も読めばなんとなくつかめてくるぞ。漢文はひたすら訳すのみ!」

「ん〜、そう言われても…本屋に行ってもどれを買って良いかわかんないよ」

そういや最近本屋に行ってなかったな。

「本買うの付き合ってやろうか?良いの見繕ってやるぞ?」

「え!いいの?あ、ちょっと待って。家に帰って財布取りに行かなきゃ」

「永澄は?」

「予備校もないし私も行こうかな?お邪魔じゃない?」

「マカに聞いて」

「邪魔じゃないよ!失礼ねっ。ミナトならともかく」

軽く傷付く…。

「じゃあ私家に寄ってから行くから先に行ってて」

「あぁわかった。永澄も一回帰る?」

「私の家、本屋の向こう側だからまた戻ってくるのもめんどくさい。そのまま行くよ」

「じゃあ俺も。マカ、2人でドーナツ屋で待ってるわ」

「おっけ〜。じゃあまた後でね〜」

マカは1人先に図書室を出て行った。

「さ、ウチらもじゃあ行くかぁ」

カウンターに置いてあったカバンを掴み声をかけると永澄はこちらを見ていたがまだテーブルから離れようとはしなかった。

「秋…」

なに?告白?

ここは旧校舎前でも屋上でもないぞ?

「何か隠してない?」

隠す?

何を?

「なにも?笑」

「言い方が悪かったかな?なにか、悩みがある?」

「別にないよ?」

「辛いこととかない?私で良かったら相談乗るよ?」

「あ、うん、ありがとう。その時は永澄に相談させてもらうよ」

「そう……」

永澄は黙りこくりしばらく考え込む表情をした。

「うんっ!ならいいやっ!行こうっ!ドーナツ奢って!」

いきなりのタカリ…。

「1個だけな?」

「じゃあ私コーヒー奢ってあげよう」

「それじゃ永澄の方が金額デカいじゃん!逆にしよう。俺がコーヒー奢るから永澄ドーナツ奢って!俺チョコドーナツ!」

「一番安いやつじゃん笑。オッケー、さぁ行こう行こう!」

少しだけさっきの永澄のことが気になった。

けれど言えるわけない。

タケルや彩綾、乃蒼にさえ言っていない俺の父親のこと。

俺は父親のことを知らない。

花さんが18歳の誕生日に教えてくれるまで、俺は何もわからない。


(※)愚か者、の意。東北の方言





追記

「マサさんその話、ホントですかっ!」

「えぇ…本当です」

「じゃあ…秋って…」

「すいやせん、私が言えるのはここまでです。いくら永澄さんと言えども、これ以上の事は話せません」

「ですよね…すみません。こんなふうになるなんて思わなかったから、軽い気持ちで聞いてしまいました」

「いえ、永澄さんは知らなかったから仕方ありやせん」

「そうですか…。練生川さんと…」

「…………。永澄さん、触れちゃあいけませんよ?」

「やっぱり…そうですよね?」

「はい。花も三太もその時は色々あったんです。それを経て今そうしているのならあいつらなりに考えた結果なんだと思いやす」

「秋は知らないんでしょうね…」

「どこまで花が話しているかにもよりますが、永澄さんの話を聞く限りでは、おそらく父親のことは知らないでしょう」

「私、秋に何か出来ることないでしょうか?

「永澄さん?」

「私は…今の秋がもし悩んでいるのなら力になってあげたいって思うんです!」

「それは、永澄さんからではなく向こうから話してきた時に考えてあげてください」

「…はい」

「永澄さん、一応聞いておきやすが、まさか花の息子のこと…」

「違います!ウチはマサさん一筋です!だからこうやってマサさんが一人前になるまで会うのを我慢して離れて暮らしてるんじゃないですか!」

「すいやせん。永澄さんも親元離れて寂しい思いしてるってぇのに情けねぇ。あと2年以内には必ず組長に認められるようになりやすから、どうかもう少しお待ちください。2年ていやぁ永澄さんも16歳だ。そしたら、、、」

「あと4年でいいですよ?」

「え?永澄さん?」

「高校まではこっちにいたいんです」

「永澄さん?」

「だから急がなくても全然大丈夫ですからね?」

「永澄さん?」

「あ、もうこんな時間だ!そろそろ寝ますね?」

「永澄さん?」

「また時間のある時電話下さい。今日話せてとても嬉しかったです。それじゃあ体に気をつけて下さいね。おやすみなさいマサさん。愛しています」

「そりゃあ…私もです」

「良かった笑。じゃあ…おやすみなさい。バイバイ」

プッ…

「…………………………永澄さん?」

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