レンの章 「悲しい噂」
「おはようレンちゃん」
「おはようございます乃蒼先輩っ!」
少し前まで憧れているだけだった。
全校集会や、校庭で体育をしている時くらいしか見かけることもなく、ただただ幸運を待つだけの日々だった。
会話をするなんて1ヶ月前なら想像もできなかった。
それが今ではこうやって登校時に乃蒼先輩の方から声をかけてくれる。
俺の名を呼んでくれる。
おはようと言って、微笑んでくれる。
ただ、ひとつ残念なのは…。
「おはよう、リンちゃん」
「おはようございます、乃蒼先輩」
リンもいる…。
リンの家はお隣さんだ。
乃蒼先輩と通学途中のここで会うには同じ時間に家を出なければならない。
そのタイミングでリンも家を出る。
俺は、乃蒼先輩と2人っきりで朝の通学路を歩けない。
頼むリン!風邪を引いてくれないか?
ずっととは言わない、2ヶ月でいい。
だがそれも叶わぬ願いだ。
俺もリンも、風邪を引いたことがないのだから…。
「おはよう乃蒼、リンちゃん」
「「おはよう」ございます」
「おう、豆」
雑だ…。
俺にだけ雑だ…。
乃蒼先輩と一緒になると、必然的に七尾先輩たちと待ち合わせの公園に行き着く。
2年特進組と登校するなんて、俺もなんだかこの人達と同じ階級の生徒になった気になる。
けど現実はそんなに甘くない。
そんなものは俺の勘違いでしかない。
俺はまだただの1年生。
この人達と肩を並べるほど何も成長していない。
隣で歩く七尾先輩とは、まだ頭ひとつ分も足りない。
「お前また背縮んだんじゃないか?」
「伸〜び〜て〜る!すくすく育ってる!」
「ホントの豆みてぇだな」
「ホントの豆なら、もっと伸びてるっ!……ううっ泣」
「泣くならそんなセルフつっこみしなきゃいいのに」
なんで俺は、豆じゃないんだ!
昼ご飯を食べ終わると宗次郎に誘われ体育館の裏に行った。
今日2年の特進は昼休みに進路の事で視聴覚室に集められている。
今日のお昼、乃蒼先輩には会えないのが残念でならない。
「お前は凄ぇなぁ」
「おっ…おぇっぷ…何が…うぅえっ…だよ」
「そんなに吐きそうなら牛乳飲むなよ」
「えっ…おぇぇぇぇっ、バカヤロウ!少しでも…えっ…乃蒼先輩に…釣り合うように…おぇぇ…努力してんじゃねぇか」
「ゲロ吐きそうな奴が乃蒼先輩と釣り合うのかねぇ?」
「おえっ…よ〜し!飲み…おぇっ…飲み切った!」
「飲み切ったって、たかが60mlじゃん」
「俺の今までの1年分に相当する」
「もっと飲めよ…」
「うるせぇよ。で、なに?」
「なんかケポの話の後で言うのもアレだなぁ…」
「半端でやめるなよ。気になるだろ?」
「いやだからさ、お前は凄いなって」
隣でこうして2人で座っているにも関わらず宗次郎を若干見上げる。
宗次郎、座高高いな笑
いや、俺がチビなだけか…。
「こんなチビのどこがだよ?」
「俺はてっきりお前は七尾先輩に殺されるもんだと思ってた」
俺も思ってた。
「ところがなんか知らないうちに七尾先輩と和解するどころか跡を継いで1年にして文芸同好会会長になるなんてな。野島先輩や七尾先輩の所属してる文芸同好会なんてみんなの憧れだぞ?ラノベで言うところの生徒会みたいなもんだぞ?」
「その分、入会試験が酷いもんだったぞ…」
「どんな試験だったんだ?」
「野島先輩と鬼ごっこ」
「鬼ごっこ?」
「逃げる野島先輩を鬼の俺が捕まえるの」
なにも知らない宗次郎にめちゃめちゃ笑われた。
「なんだそれ笑。お前足早ぇし簡単じゃねぇか」
「捕まえたの、小樽でだぞ?」
「マジ…かよ…。さすが野島先輩、たかが鬼ごっこでもスケールでけぇ…」
いや、違うんだけどな。
「逃げる野島先輩もすげぇが、小樽まで追っかけて捕まえるお前も凄えよ」
「おかげで飛行機代とかで今年のお年玉使い切ったけどな。足りなくて親からお小遣い半年分前借りもしたけどな!」
どうすんだよ!
半年間なんも買えねぇよ。
「リンちゃんは?」
「あいつの場合試験なんてあってないようなもんだった。天持ってこいってだけだからな」
「だけって…。お前らは天持ちだからいいけど他の人なら遠回しに『諦めろ』って言われてるようなもんだぞ?なんだよ!文芸同好会は天じゃなきゃ入れねぇのかよ!」
「そんな事ねぇよ。佐伯先輩も彩綾先輩も天じゃないぞ?あとマカ先輩も瀬戸先輩も」
「だとしたら…その4人も天に匹敵する何かを持ってるのかもしれないな?」
天に匹敵するほどの何かって、何だろう?
マカ先輩と瀬戸先輩は
『勉強教えて〜』
『いいよ〜。ついでに同好会に入っちゃえば〜?』
『そ〜する〜』
的な軽いノリで入会した感じがするんだけど?
「そんなハイレベルな人たちの集まる文芸同好会会長・藤村蓮さんについて、ちょっと気になる噂を聞いたんだけど」
こいつの持ってくる噂はかなり信憑性が高い。
普通なら笑い飛ばすような七尾秋の母親は警視庁に勤めてるという話も、文化祭で暴走族の特攻隊長を追い払ったという話も結局のところ本当だった。
根も葉もない噂だったのは乃蒼先輩が文芸同好会に入るというものだけ。
まぁそれが1番真実であって欲しかったんだけど。
「それっていい噂?悪い噂?」
「お前にとってはあまり、というかかなり良くない」
マジかぁ〜…。
「なに?その嫌な噂って」
「こないだお前が最近目立ってるって話をしたろ?生意気だって言ってお前に痛い目に合わすとかいうアホな奴らの噂を聞いたよ」
あれ?おかしいなぁ?変だなぁ?ゾクゾクするなぁ?
風邪だと思いたい。
引いたことないから症状わからないけど。
「俺の平和な学園生活が…。なぁ、もしかしてそれって、中橋先輩だったりすんの?」
「あら?お前知らないの?」
「何が?」
「中橋先輩、文化祭で七尾先輩達に倒されてから2年の頭、失脚したんだぞ?」
「は?知らね。マジで?」
やっぱ七尾秋おっかねぇ…。
「おかげでそれまで中橋先輩の陰で燻ってた2年の不良達達がぶつかり合うまさに群雄割拠の時代に突入してる」
鈴蘭でやれよ。
「そういうわけだ。気を付けろよ」
「相変わらず他人事だな!」
「だって他人事だもんよ。まぁ屍は屠ってやるよ」
「死体を切り刻んでどうする。その場合は弔うが正解だ!」
「さすが国天。じゃあ屍は弔ってやるよ」
「できれば俺が殴られてる時に颯爽と現れて助けてもらいたいもんだが」
「やだよ。痛いもん」
「お前殴られたことあんの?」
「ないよ」
「ならわかんないじゃん!」
「お前考えてみろよ?愛する我が子を叩く手があれだけ痛いんだぞ?自分の私利私欲のために他人を殴る拳かどれだけ痛いか想像に難くないだろ!」
「………お前が正しい」
「だろ?」
あ〜あ、なんでこうなっちゃうかなぁ?
「嫌だなぁ。みんな仲良く学校生活を満喫しようよ…」
「お前は普段から楽しいかもしれないけど他の奴らはそうじゃないのさ」
自己実現の欲求はあくまでも自分の手の届く範囲で収めて欲しい。
人に迷惑かけんなよ。
「お前は?お前は毎日楽しいか?」
「まぁな。部活も楽しいしなんやかんやでお前ともこうやって話せるしな」
「俺がなんかお前の日常を豊かにしてんのか?」
「お前自分のことなんもわかってねぇな。お前とリンちゃんはもう1年の中ではちょっと特別な存在なんだよ。そんなお前とこうして2人で話せるっていうのは、正直に言えば自分も何だか特別なんだって勘違いできるよ。お前にはわからないかもしれないし嫌かもしれないけど」
そんなことない、わかるよ宗次郎。
俺も七尾秋や野島先輩達といるとそんな気分になる。
だけどな、俺はあの人達なんかより全然普通なんだ。
なんも特別なものがない、去年まで小学生だった普通の中学一年男子なんだよ。
お前と一緒だ。
「宗次郎…、俺と仲がいいからってもしお前が危ない目にあったら、迷わず見捨ててくれよ?」
「そうするよ」
あぁん!もうっ、早いっ!
「ちょっとは否定してくれよ!笑」
「だって痛いの嫌いだもん笑」
素直な愛い奴じゃ。
「なぁ、ずっと気になってたんだが…お前なんでそんなウチの学校の噂話に強いの?」
宗次郎はちょっとだけ照れ笑いをした。
「お前俺が何部か知ってる?」
「バスケ部」
「もうひとつは?」
「もうひとつ!?」
「ウチの学校、運動部と文化部それぞれ1つずつ入れるの知らないの?」
「いや、知ってはいるけど。お前がまさか文化部に入ってるなんて思わなかったから」
「そこにはウチの学校の噂が集まる…っていうか集めてるんだよね」
怪しい部活だなオイ。
「いったい何部なんだよ」
「新聞部」
………似合わねぇ笑。
「あ、お前バカにしてんだろ?ウチの学校は今年『中学総合文化大会新聞部コンクール』で銀賞なんだからな!」
なんか全然ピンとこねぇし。
「俺実は昔からカメラ撮るのが好きでさ。新聞部ではカメラマンとして活躍しているのだよ」
「知らなかった」
「だろ?笑」
「先輩達は自分で情報を集めてくるからそれを俺が教えてもらってるだけ。新聞として記事にはできない誰々が誰々に告った、とかいうゴシップも多々あるけどな。てか7割がそんなんだけどな」
そういうのばっかり載ったゲスい新聞の方が読んでみたい。
「なんかまた面白い噂話でも仕入れたら教えてくれよ」
「おぉ、いいぞ。そんなんばっかだからな笑」
宗次郎とは身長はまるで違うが感覚というか間というか役割分担ができているというか、とにかく一緒にいて気が楽だ。
一言で言うならいい奴だ。
リンも七尾秋なんかじゃなく宗次郎なんかを気に入ればいいのにと思うが、さすがにそれは余計なお世話だ。
まぁリンの場合、七尾秋に対する気持ちは恋ではないのだろうけど。
あいつ自身がそう言うからおそらく恋とは違うのだろう。
ただリンがいうのなら、きっと違うのだと思う。
俺が乃蒼先輩を見つけたように、あいつも誰か恋する相手を見つけて欲しいと思った。
恋は毎日を豊かにする。
会えた時は幸せな気分になれる。
声をかけられたら飛び上がるほど嬉しい。
あいつの日常がそんな毎日だったらいいなと、乃蒼先輩に恋をした時からいつも思ってしまう。
もしリンに好きな人が出来たら俺に教えてくれるだろうか?
付き合ったら紹介してくれるだろうか?
俺が乃蒼先輩を好きになった時、真っ先に教えたのはリンだった。
そうすることがこの世の理だと言えるほどの正解だと思ったから。
「わかる。素敵だもんね乃蒼先輩」
リンはそう言って何度も共感の言葉を口にした。
難しい問題を解いて褒められる感覚に近い気持ちになった。
あの時リンは寂しかっただろうか?
姉弟のように育ってきて、俺の方が先に好きな人を見つけた事をあいつはどう思っているのだろう?
喜んでくれていた。
だけどどこか寂しい気持ちだったんじゃないか?
もしもリンの方が先に恋をしていたら、きっと俺はその相手に嫉妬してしまうと思っていたから。
もう1人の俺を取られてしまった気分になると思ってたから。
追記
「あとこれも先輩から聞いた話なんだけど、知りたい?」
「いや、いい…。これ以上ネガティヴになりたくない」
「乃蒼先輩の話だけど?」
「ポジティヴシンキ〜ング!!!なに?なになに?」
「乃蒼先輩、去年の冬くらいから今年の春先まで金髪にしてたの知ってる?」
「宗次郎…バカもホリデーホリデー言えよ。乃蒼先輩が、あの純情可憐黄昏乙女の乃蒼先輩が髪染めるわけねぇだろ!」
「これでもか?(チラッ)」
「あ?お前学校に携帯持って来ちゃ…ダ…メ…乃蒼先輩っっっ!!!」
「俺の先輩の、盗撮の賜物だ」
「ホントに…金髪と…茶髪…」
「可愛いよな?」
「宗次郎…所詮俺と乃蒼先輩が結ばれるなんて、初めから無理な話だったかも知れないな…」
「どうしたんだよ急に」
「この携帯の写真見て確信したよ。乃蒼先輩、人間じゃない。天使だ」
「お前こそバカもホリデーホリデーにしろよ?」
「だってこの世界にこんなに可愛い金髪美人がいると思うか?きっと乃蒼先輩の背中には羽根が生えてるんだ!」
「羽なんてねぇだろ」
「いや、制服の下にはきっとたたまれた白い小さな羽根が…おいやめろっ!今お前、乃蒼先輩のハダカ想像しただろ?頭の中で乃蒼先輩を、いや大天使長・乃蒼様を汚すのはやめていただこうかぁぁぁ!!!」
「お前テンション高ぇなぁ」
「宗次郎、その写真俺にくれ」
「送るのはいいけどさぁ、お前携帯持ってんの?」
「ありますん」
「あ?」
「ありますん!」
「どっちだよ?」
「あるけど家族用のです。ちなみに家からの持ち出し厳禁です。家族法違反したら父ちゃんにタイガードライバーかけられます。ちなみに小樽から帰ってきた時はタイガードライバーじゃなくてドラゴンスープレックスでした。」
「どっちも素人がかけられたら死んじゃうよ。ところで家族法てなんだよ?」
「父ちゃんという絶対君主が作った我が家の平穏な生活を守るための私法です」
「なんだよソレ!興味出てきた!どんなのがあるんだ?」
「味噌汁・豚汁・カレーにジャガイモを入れることを禁ず」
「あ、ごめん。もういいや」




