着道楽……はじめます?
「それかっ!」
「は?」
季節は再び春。
ディアスとジェーンは牛達を使って畑を耕し、シモヘイは冬の間消費した保存食の補填のため狩りの準備。ヤマカンは農具のメンテナンスを終え、今は休憩中。
仕事が一段落し、泥汚れを付けたディアス達が、
「女子だと言うにこんなみすぼらしい格好を……、もう少し稼ぎがあれば綺麗なおべべを着せてやれるものを……」
「それは言わない約束だよ、あんちゃん」
などと貧乏農民ごっこと称して小芝居をしつつ戻って来た時だった。
シモヘイがその叫び声を上げたのは。
「どうした、シモヘイ? 何か変なモンでも食ったか?」
「そうか、それだよ。道理でゲームっぽい盛り上がりに欠ける訳だ……」
ディアスの問い掛けも、シモヘイの耳には届いていない。シモヘイは1人でうんうん、と納得すると、
「お前等! その格好は何だ!」
「何だ、と言われても……、畑仕事したら泥汚れ位は仕方無いだろ。着替えも無いし」
「だから、何で着替えが無いんだよ! 何で、『初期装備』のまんまなんだよ!」
「……あ~」
シモヘイの言わんとするところを、ディアスはやっと理解した。
普通のゲームならば、ゲームを進めるにつれ装備が整い、どんどんと強そうに、カッコ良くなって行く事が一般的。廃人なんかはレア装備で身を固め、周囲から憧れの眼差しを向けられたりするのだろう。
シモヘイは一般的なMMOゲームと比較したが、開拓ゲームである『TONDEN FARMER』なら、土地の広さとか建築物、農作物や家畜こそがステータスであるべきだろう。
とは言え、シモヘイの言う事も一理ある。殆どのパラメータがマスク・データであるため、プレイヤーの凄さが解り辛い。トップ・プレイヤーならそれなりの格好をしろ、と言う意見は無い訳では無い。
「んな事言われてもなぁ、『屯田兵』プレイにはピッタリだと思うんで、割と気に入ってるんだが……」
「私も、モフれれば良いから気にしな~い」
「いや、少しは気にしろよ」
だが、ディアスと来たら昔の農民にしか見えない初期装備。これでも十勝地域のトップ・プレイヤーである。発展の遅れている地域のトップなので、全体から見れば上の下に辛うじて引っ掛かる程度だが。
シモヘイは人に言うだけあって、装備は整えている。銃は常に最新型だし、山歩きに合せた動き易い足回り。一応手足に革鎧も装備している。それら全てが頭から被った熊の毛皮とテガロン・ハットの陰になり、印象に残らないが。
一応はディアスもゲーマーだ。ここまで言われれば、良い装備に換えるのがゲーマーとしてのマナーな気がして来た。
「ふむ……、確かに未だ初期装備、と言うのも……」
ディアスは顎に手を当て、考え込む姿勢を見せる。
「基本的に農民に見えるのが良いし……、アメリカの農民っぽく、オーバーオールでも着て俺愛堕、とか?」
「私は普段着はこのままで良いから、余所行き用に1着作る?」
「お前等、本当に服に興味無いのな。特にジェーン、お前子供とは言え一応女だろ? むしろ自分からファッションの話を持ち出しても良い位だ」
「一応、って何よ。これは別にそう言うゲームじゃ無いから良いでしょ」
「畜産特化ならカウボーイの格好でもしたらどうだ? いや、この場合はカウガールか……」
「へ、変態っ!」
ジェーンはディアスの影に隠れる。
「『この雌牛が。お前の乳搾ってやろうか』って言うつもりなんでしょ!」
「どんな変態だよ! それ!」
カウガール。日本語に直訳すると、雌牛少女。とたんに変態っぽい響きになる。
「ジェーン、からかうのはその辺にしておけ。シモヘイだってエロい意味で言った訳じゃあるまい」
「あたりまえだっ!」
「う~、……分かった」
「まぁ、話を戻すとして、服と言っても、お前の言い様だとNPC売りの安物じゃ、格好が付かないんだろ?」
高レベル・プレイヤーの嗜み、と言うなら、誰でも買える装備、と言う訳には行かないだろう。
「ああ。それに考えても見ろ。新規プレイヤーを勧誘するなら、ちゃんとした格好の方が良いに決まってるだろ」
確かに、初期装備のままで、『トップ・プレイヤーです。ゲームの手解きします』と言ったところで胡散臭い物でしかない。
理想を言うなら、服飾系のトップ・プレイヤーの生産品が良いのだが、ディアス達にはその生産能力は無い。辛うじてシモヘイが【革加工】スキルを持っている位だ。この辺りのプレイヤーを見回しても、何処もそれ程大差は無い。
「結局自分達でスキル上げて自作するか……、となると『綿花』だな」
「『羊』ですね」
「いや、最終的にはそれで良いだろうが、次のDIGの販売には間に合わないだろうが」
微妙な意見の対立で睨み合うディアスとジェーンに、シモヘイはどちらにも駄目出しする。
「でも、発想の方向はそれだな。綿花や羊、とにかくそう言った物の生産地なら、仕立て屋とかの職人も育っていると思うぜ」
「はいっ! それじゃ、羊見に行きたいです! ついでに、羊買いましょう!」
ジェーンがここぞとばかりにアピールする。
確かに、現在のジェーンの【畜産】アビリティの熟練なら、幾らか家畜を増やすだけの余裕はある。以前にも約束していた事だし、羊を買う事にはディアスもシモヘイも異存は無い。
「んじゃ、それで行こう。……ところで、羊って何処で手に入るんだ?」
ちなみにここの『農教』では売っていない。野良羊も居ない。
攻略掲示板では羊飼いがどうこう、と言うスレがあったので、何処かでは手に入るのだろう。
「……困った時は、リアル道民に聞くのが手っ取り早い」
それでも駄目だったら、ネットで調べよう、と3人はヤマカンの工房へ。
「そりゃ、函館じゃろ」
話を聞いたヤマカンは、開口一番、あっさり結論を出した。
「函館か……、遠いな」
以前の温泉騒ぎの時、行くのを躊躇った登別より更に遠い。
「何で、函館?」
「そりゃ、エドウィン・ダンがそこで農場やってたからじゃろうが」
じゃろうが、と、さも当たり前の事の様に言われても、ディアス達にはさっぱりだ。
「知らんのか? エドウィン・ダンと言えば、日本に近代的な農業技術を持ち込んだ偉人じゃぞ。家畜の管理から畜産品の加工、大型農具の採用、牧場経営、その他もろもろ。調べれば幾らでも功績が出て来るわい。農業の在り方を大きく変えた、と言うか、今の農業の殆どを形作った、と言っても過言じゃあるまい。伊達に『酪農の父』と呼ばれとる訳では無いのじゃよ」
むしろ、北海道で農業、と来れば必ず聞く名であると。『TONDEN FARMER』をやる位に農に興味があるなら、一度調べてみるが良かろう。とヤマカンは言う。
「……そんだけの功績の上に二つ名持ち……、何で有名じゃないんだ?」
「有名じゃよ。……まぁ、クラーク博士に比べれば聞かん名じゃが。ワシゃ、決め台詞が無い所為なんじゃなかろうか、と思っとる」
功績を比べるなら、クラーク博士より上。とヤマカンは思っているらしい。
クラーク博士は札幌農学校の教頭だが、エドウィンはその学校の創設に係わっているし、獣医師であるので学でも負けていない。とか。
その語りから、もっと高く評価しろよ。と言う熱が感じられる。
「……いや、決め台詞はどうでも良いから。で、そのエドウィンさんの農場がある、と」
「より正確には、函館の近くの七重と札幌にある農業試験場で指導をやってたんじゃ」
と一通りの蘊蓄を語り終えるヤマカン。
「函館の方を選択したのはワシの勘じゃ。エドウィンが先に訪れたのは函館じゃし、ゲーム的に言うなら、札幌は既に道庁所在地として経済・物流方面での優遇があるからのぅ。畜産まで優遇せんじゃろ」
「理屈は解った。問題はどうやってそこまで行くか、だな……」
行くだけなら、そりゃ時間を掛ければ行く事は出来る。ただ、時間が掛かり過ぎるのは駄目だ。
1つだけ、ディアスには心当たりが有るのだが、あまりおおっぴらに使いたい手段では無い。だが……
「……釧路に行くか」
「は?」
何で釧路? と疑問を浮かべるシモヘイとジェーン。特に反応を返さないヤマカンは、事情を知っているらしい。
「釧路港から船を使う」
「釧路港……、ああ。最近じゃ、漁業が発展して来た、って掲示板で見たな」
とシモヘイは一応納得。
漁業が発展するなら、船も発展している、と言う理屈は解る。船が陸路と比べて楽なのかどうか、は分からないが。
それと、ヤマカンが釧路で色々やっちゃったので、行き辛い、と言うのも解る。
「釧路ですか。行った事無いので楽しみです!」
「あ……」
ディアス達3人だけなら『転移室』ですぐ行ける。だが、ジェーンはパスが無いのでそう言う訳には行かない。かと言って留守番させるのも問題が。彼女が畜産担当な訳だし。
散々悩んだ末、再び道産子に揺られて釧路まで行きました。
雪が無い分、冬に来た時より早く着いたのが幸い。
シモヘイは久々に見る釧路の町並みを見回し、
「えらく発展してるな。活気のある漁村、位を想像してた」
と、感想を述べる。
街の規模は結構大きく、しかも、ちゃんと港町と言える程の体裁が整っている。
コンクリートで固められた船着場があり、高い櫓に灯火を焚いた灯台らしき物もある。大きな建屋の中では船大工が新しい船を建造していたり。当然の様に魚市場もある。
1年ちょっと見なかっただけで、工業の分野では十勝より進んでいるだろう。と言う程の発展だ。
「でも、これだけの技術力があって何で漁業?」
「さほど不思議ではあるまい。リアルの釧路港は、昭和の頃まで水揚量日本一の漁港でもあったんじゃ」
その後急激に落ち込み、抜かれたがな。と付け加えるヤマカン。
そんな話をしつつ歩いていると、ようやく目的地に辿り着く。
「お~い。チャックいるか~?」
ディアスは数ある造船所の1つに入って行く。
「お、ディアスにヤマカンじゃねーか! 久しぶりだな!」
周りの船大工に指導をしていた男が、振り返るなりにこやかに歩み寄って来る。
その様子に、シモヘイは、あれ? と思った。
チャックは釧路のトップ・プレイヤーだ。言い換えれば、釧路の発展に最も尽力した、と言っても良い。それは、人材流出の原因となったヤマカンを最も毛嫌いしそう、と言う事でもある。
にも拘らず、対応はやたらフレンドリー。
ディアスはチャックや新米船大工達にシモヘイとジェーンを紹介すると、
「いきなりで悪いが、船を出して欲しいんだ」
「ほんと、唐突だな。まぁ、今港に入ってる蒸気船に乗れる様、話を付ける事は出来るが?」
「蒸気船!? そんな物があるのか?」
シモヘイが驚きの声を上げる。
攻略掲示板を見れば、蒸気機関のレシピが解放された。と言う話題が出ていたので、有り得ない程では無い。だが、それは札幌の様な進んだ地域での話であって、ちょっと前までむしろ遅れ気味だった釧路で、蒸気船が実用化されている、と言うのは不自然だ。
「ああ。今じゃ、12隻の蒸気船が動いてる。まだ値段が安く出来ないんで、そんなモンだが」
「結構レアなんだろ。何でそんなモンに、値段交渉も無しに二つ返事でOK出るんだよ?」
「そりゃー、こいつ等が造ったモンだからだよ」
「……は?」
要約すると、次の様になるらしい。
蒸気機関を作るヤマカンにとって、石炭は絶対に必要である。だから時々釧路に石炭掘りに行っていたのだが、ギスギスした空気は互いに良くない、と言う事で、ディアスが間に入って和解案を提示したのだ。
釧路の発展を妨げたなら、それを補えば良い。と言う訳で、蒸気機関のノウハウを開示する事に。
そして去年の秋頃、釧路の主要プレイヤーを集めて講習会。そこで実際に蒸気機関を作製して見せ、解り易い様、使用例として船に搭載し、蒸気船にしたのだった。
石炭の有用性を示した蒸気機関に皆感動。ヤマカンは和解どころかむしろヒーロー扱い。ただし、現状の技術レベルでは有り得ない物を造ってしまったので、余計なトラブルを避けるため、出所不明の裏取引と言う事に。
この時サンプルとして造った3隻を原型とし、技術を向上させて来たのだが、蒸気機関の普及、と言うより蒸気船を使った漁業が盛んになってしまったのはご愛嬌。これは蒸気機関をおおっぴらに出来ない先の事情もある。
「そん時の技術に未だ追い着けなくて、まだサンプル船の劣化コピーしか造れない、ってのが笑っちまうよな」
「何造ってんだ、お前等……」
と、一区切り付いたところで、ディアスは逸れまくった話を元に戻す。
「悪いが、出して欲しい船はプロト・タイプだ。目的地が遠くて、函館までの往復なんだ」
「函館か、……流石に遠いな。普通の蒸気船だと、片道約4時間、ってとこか……」
ディアス達が作ったサンプル船は、それより速い。おそらく3時間掛からずに着くだろう。
それらの船は、当初は技術解析のために分解されていたが、ある程度コピーの目途が付いたので、今は組み立てられ一般の船に混じって運用されている。
だが、高性能船があれば引く手数多な訳で、
「そりゃ、余計無理だ。性能が良い分、スケジュールに空きがねー」
「俺達の目的は、4番艦だ」
「……正気か? まさか、あれを使う事になろうとは……」
「4番艦、って何だよ。造ったのは3隻じゃ無かったのかよ?」
奇妙な緊張感を醸し出している3人に、シモヘイがツッコミを入れる。
「なんか小ネタで盛り上がってるとこ悪いが、ジェーンなんて興味失って、船大工さん達の昼飯に集ってるぞ」
「ちょっ、お前何食ってんの!?」
「秋刀魚です」
「そう言う事言ってんじゃねぇぇぇぇぇぇっ!」
「でも、旬じゃ無いのであんまり美味しくないです」
「馳走になって言う事かっ! 恥ずかしいマネすんなよっ!」
ジェーンはもきゅもきゅ、と秋刀魚を頬張ったまま、膨れっ面をすると、
「話が長いんだよ。早く函館に行ってモフモフしたいんだよ」
「おーい、お前等ー。飯食い終わったんなら、4番艦だすぞー」
「あ~ぁ……。折角、秘密兵器登場! 的な演出で盛り上げよう、と思ったのに……」
「実際、秘密兵器なんじゃがのぅ……」
ある意味、このためにネタを仕込んでおいたディアスとヤマカンは、見せ場を台無しにされ不貞腐れていた。
「いじけんなよ、ディアス。……お、何か出て来たぞ……って、なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁっ!?」
姿を現した4番艦、と呼ばれた船。大きさは小型のフェリーより更に1回り小さい位だろうか。
鋭く尖った船体。船底から左右に張り出したフィン・スタビライザー。双発の戦闘機を思わせる2枚のスクリュー。おまけに、素材は多分木じゃ無い。正直言って、蒸気船には見えない。
ゲームの世界観を完全に無視し、明らかに周りから浮いている。正に場違いな工芸品と呼ぶに相応しい。
「ホントに何造ってんだお前等ぁぁぁぁぁっ!」
「造ったのはワシじゃが、設計はディアスじゃよ。……特に4番艦は」
「はいはい。付き合いで驚かなくても良いですよ……」
ディアスは不貞腐れたまま面倒臭げにそう言うと、クレーンで運ばれ、海に浮かべられたその船に乗り込んだ。
「私、【船酔い耐性】持ってないんだけど、大丈夫かな?」
「我慢せい。出来なきゃ、アイテム・バッグに吐け」
「酷っ!」
更に、そんな会話をしながら、ジェーンとヤマカンが後に続く。
「……そう言や、俺も【船酔い耐性】持ってねぇ……」
そもそも船に乗るのが始めてであるシモヘイ。
そんなシモヘイの肩をポン、と叩きつつチャックが、
「なら、1つアドバイスだ。……死ぬな」
などと言いながら先に乗り込む。
「ちょっ、冗談キツいぜ、それ」
シモヘイも多少の船酔いは覚悟し、船に乗り込んだ。
「あれ? 乗組員はチャック1人か?」
乗船のために船に渡してあった板が取り除かれるのを見、シモヘイは問い掛けた。
「ああ。この船は俺1人でも動かせる」
より正確に言うなら、船がその様に出来ているのでは無く、チャックにそれだけの能力があるのだが。
チャックは操縦席に着くと、
「シート・ベルトはちゃんと締めとけ。でないと、安全は保障出来ねーぜ」
アテンション、プリーズ。と格好つけて言う。
「さて、と……。《『統合制御機構』》」
コマンド・ワードと共にウィンドウが立ち上がり、船体のパラメータ、周辺の海図、操作スイッチ等が表示される。
「機関制御は巡航モード、操縦は手動。じゃ、機関始動」
ぽちっとな、とウィンドウにある『START』と表示されたボタンをタッチする。
「な、なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁっ!」
そこでシモヘイが叫びつつ立ち上がる。
「何だ、そのあからさまにコンピュータ制御してます。みたいな画面はっ!?」
「何、って、ただの『エクストラ・ツール』だぞ? 見た事無いのか?」
「聞いた事もねぇよ!」
「スキルとか熟練してくと、特別なスキルとかアイテムの入手フラグが立つとか、良くある事だろ。このゲームにもあった、ってだけの話じゃねーか」
要するにレア・スキルの一種なのだろうが、それをさも当然の事の様に説明するチャック。
「シモヘイ、ホントにベルト締めとけよ。この船、乗員を《死に戻り》させた曰く付きの船だから」
「死ぬな、って冗談じゃ無かったのかよ!?」
「シモヘイ君。船長の言う事を聞かない人が死ぬのは、海の掟だよ」
「ジェーンまで変なノリに!」
「『郷に入らば郷に従え』だよ」
渋々シートに腰を下ろし、シート・ベルトを締めるシモヘイ。
チャックはそれを見計らい、
「んじゃ、出発進行!」
ボー!
と霧笛を鳴らし、船が港を出て行く。
乗員が《死に戻り》などと言うから、とんでもないロケット・スタートをかますのではないか、とハラハラしていたシモヘイは拍子抜けした。
「なんだ、見掛けによらず大人しいじゃないか」
揺れも殆ど感じない。伊達にフィン・スタビライザーを装備している訳では無さそうだ。そんな物が付いていても、ちゃんと制御出来なきゃ意味が無いのだが、そこはチャックの『エクストラ・ツール』、『統合制御機構』とやらの恩恵もあるのだろう。
ジェーンも当初の船酔いの心配も忘れたのか、甲板に出たい、止めとけ、とはしゃいではディアスに止められている。
おかげで、シモヘイは油断していたのだろう。よく見れば、ディアスとヤマカンが、ジェット・コースターか何か、絶叫マシンの類に乗り込む様な表情をしていたのに気が付かなかった。
「そろそろ港から大分離れたし、周りに邪魔な船もねー。……全開で行くぜ!」
ギュイィィィィィィィィィィィンッ!
何か、大きく重たい物を、無理やり高速回転させた時の様な、甲高い轟音が響く。
と同時に、弾かれた様に加速する4番艦。
「なんだぁぁぁぁぁっ!? パワー・ボートか、これっ!?」
「飛んでるっ!? この船、空に打ち上げられてる!?」
あまりの加速にシートに押さえ付けられ、まるで真上を向いているかの様な錯覚を覚える。
「ディアスぅぅぅぅぅっ! これの何処が蒸気船、だぁぁぁぁぁぁっ!」
「貫流ボイラーと超超臨界圧蒸気タービンを使ってる、って以外は普通の蒸気船だ」
「そんな蒸気船があってたまるかぁぁぁぁぁっ! 火力発電所でも積んでんのかこの船っ!」
「蒸気タービン使ってる蒸気船は実在するぞ。原子力空母だって蒸気タービンから軸動力とってるだろうが」
原子力空母を、蒸気船と言い張る、馬鹿がここに居る……
「技術格差がありすぎて、手が付けられず、サンプルにならなかった船だ。我ながら凄い物造ったよなぁ……」
「オーパーツ、って言うより、オーバー・テクノロジーじゃねぇぇぇぇかぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「そこは流石シミュレータ。現実で稼動している機械の図面を参考にしたら、動いちゃった」
「あんま喋ってると、舌咬むぜー」
と、チャックが暢気に忠告する。
船は殆ど水面を跳ねる様にしながら突き進む。当然喋るのも辛く、チャックの忠告も尤もなのだが……
「だったら、スピード落とせよぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「速度は60kt。函館まで1時間足らずで着くぜー!」
「こんなモンに、1時間近く乗ってろとぉぉぉぉぉぉっ!?」
函館港。
「う…………ぷ……、ひでぇめに、あった……」
「アイテム・バッグに『吐瀉物』×3……、乙女として大切な物を、無くした気がします……」
「やはり、何度乗っても慣れんのぅ……」
「チャックはスピード狂だから……」
だからあまり使いたくなかったんだ、とぼやくディアス。
だったら使うな、と突っ込む気力も無いシモヘイ。
【船酔い耐性】がある分、ディアスとヤマカンはダメージが少なそうだ。
何はともあれ、函館に到着。
函館も港町なので、港から中心街は近く、真っ直ぐに道が続いている。
「すげぇ。何か、近代的な建物が並んでるぞ」
煉瓦造りの建物が建ち並び、文明開化、と言う言葉を思い起こさせる。木造建築ばかりが並ぶ十勝とえらい違いだ。
いや、ログ・ハウスは良い物だ。別に負けてない。などとブツブツ言い、羨ましくなんか無いぞ、と虚勢を張るディアス。
それでも興味はあるのか、物珍しげに辺りを見回す。
「おぬし等、見てみい。ここは紡績工場の様じゃぞ」
皆して窓にへばり付き、中を覗き込む。
沢山の紡績機が並び、大量の糸が紡がれて行く。しかも、それらの動力は蒸気機関である。道理で建物に煙突が沢山出ている訳だ。
「おお。蒸気機関が普及しとるのぅ。やはり産業の発展には欠かせない様じゃのぅ」
「あの糸は羊ですか? 綿ですか? それとも蚕?」
「それより、紡績機が欲しいな。図面売ってるかな?」
「機織機も忘れんなよ」
やはり、新しい土地に行くと、発展の方向性が地元とは違い、色々と刺激になって面白い。
その中で、取り入れられる物は取り入れよう、と他にも何か良い物が無いか、とキョロキョロしていると、
ぷっ。
と吹き出すのが聞こえた。
「オメェ等、何処の田舎モンだよ」
「何をっ!?」
振り返ってみると、そこには仕立ての良い背広が似合っていない、ヤリ手の商社マンのコスプレにしか見えない男が立っていた。強いて特徴を上げるなら、オールバックの髪型と銀縁の丸眼鏡。
粗野な口調と整った見た目が合っておらず、印象はインテリ・ヤ○ザ。
「蒸気機関がそんなに珍しいか。主要都市なら、大概普及してる筈だぜ」
別に珍しくて覗いていた訳じゃ無いディアス達は、言い掛かりを付けられた気分になって少しムッとする。
「いや、拙いながらも、ちゃんと頑張ってるな、と思っただけだ」
実際にヤマカンの作る蒸気機関の方が、より高性能だ。ただし、実用性を無視した遊びにしか使ってないが。
ここの様に、ちゃんと産業に活用する事など滅多にない。例えば、製粉機だって蒸気機関で動かしても良いだろうに、水車とか風車を使っている位だ。
そのディアスの言い様に、眼鏡ヤローはぴくり、と僅かに眉を動かすと、
「拙い、とは言ってくれるじゃねぇか。札幌で買った、最新の蒸気機関だぜ。……まぁ、田舎モンは、そんな技術情報なんか知らないだろうが」
「え? 最新の蒸気機関て、こんなモンが?」
シモヘイが嫌味でも何でもなく、思わず素でぽろっ、と疑問が口を突いて出る。
あんな馬鹿げた蒸気船に振り回された直後とあって、このレベルの蒸気機関が動いている様子は、良く出来た子供の工作程度の印象でしかない。
「ほぉ。こんなモン、かよ。そこまで言うなら、もっと凄いモン見た事あんだろうな?」
NPC売りの『蒸気機関の図面』は、札幌で売っている物が現在の最高レベルである。これは都市の発展と、『石狩炭田』が近いと言う立地条件による物である。つまり、この眼鏡ヤローは、そんなモンある訳ねぇ! と言いたいのだ。
「ワシの出番の様じゃのぅ」
ずいっ、とヤマカンが1歩前へ出る。
「行け、ヤマカン! 十勝の技術レベルを知らしめるのだっ!」
「任しとけいっ! こんな事もあろうかと、新作があるんじゃっ!」
「……え!?」
『森林喰らい』あたりを見せびらかすんだろう、と思っていた一同は、顔を引き攣らせる。
ヤマカンの試作品が、まともであった例は無い。
そして、ヤマカンが意気揚々とアイテム・バッグから取り出したそれ。以外にも、見ただけで何がやりたいか、その機能が解る形をしていた。
いわゆる、ロケット・マン……である。もしくは、スチーム・○ーイと呼ぶべきか。
「う……わ…ぁ……」
明らかにやっちゃった、代物である。
当然、ディアス達は実物を見た事無い。だが、昔の記録映像、特にオリンピックの開会式でこんな物が飛んでいた映像、は結構有名な物であり、それを見た事はある。
それを見た時、『昔の人は馬鹿な事考えるなぁ』とか暢気に思っていたものだったが……、目の前にその同類があると、笑えねぇ……
「これぞ蒸気圧ロケット推進機、『天空にある希望』じゃっ!」
「…………」
相変わらずコメントし辛い物だ。眼鏡ヤローも、眼鏡がずり落ち、オールバックの髪からぴょこっとアホ毛が飛び出している。やはり予想もしなかった物が出て来て反応に困っている様だ。
「ふっふっふ。肝心の性能じゃが、ジェーン! おぬしに任せたっ!」
「……え? …えぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
急に話を振られ、ジェーンが悲鳴を上げる。
「やだよぉぉぉぉぉぉぉっ! なんで私なのよぉぉぉぉぉぉっ!?」
「それは、1番体重の軽いおぬしに合せて設計したからじゃ」
推力不足の懸念があるしのぅ、と言うヤマカン。
「……ヤマカンよ。不安がある物を、人にテストさせようとするんじゃねぇよ」
「そうだぞ。男なら自分でやれ」
「失敗したら、後始末位はしてやる」
ディアス、チャック、シモヘイに、口々に言われ、ヤマカンは逃げ場を失った。
特に、何度も試作船で海に出ては沈没し、挙句の果てに【機械運用】スキルの『エクストラ・ツール』を手に入れたチャックの言葉は、実感が篭っていて重い。
「ぬぅ……、ならば見ておれ。ワシの散り様をっ!」
散る自覚があったんかい! とツッコミたいところだが、折角のやる気に水を挿すまい、と自重するディアス達。
ヤマカンは『天空にある希望』を背負い込むと、手元にある操縦桿をコキコキ動かし、ノズルの動きを確かめる。
そして、ボイラーの蒸気圧が高まったところで、
「テイク・オフ!」
と、レバーを握り込むと、
フゴォォォォォォォォォォォォッ!
ノズルから勢い良く蒸気が噴出し、ヤマカンを少しずつ浮かび上がらせる。
最初の内は恐る恐る、しかしバランスを取る事に熟れて来たのか、段々と推力を上げ、かなりの高度まで上昇していった。
「おお! 見ろ! ワシは今、雲になった!」
調子に乗るヤマカン。
「おーい。もう十分だから、降りて来ーい!」
「わははははっ! ワシの実力、思い知ったか! ……熱っ!?」
「あ!?」
高温・高圧の蒸気に触れてしまい、操作ミスをするヤマカン。当然そのままバランスを失い、暴走する。
宙を縦横無尽に駆け回り、高度を上げたり下げたりしながら、
「……ヤベェっ! あのままじゃ、倉庫街の方に落ちるぞ!」
その行く末を眺めていた眼鏡ヤローが警告する。
「……シモヘイ、やれ」
「……イエッサー」
シモヘイが無骨なライフルを持ち出す。強度と精度のみを追求した無骨な銃身を持つそれは、普段の狩りでは使わないネタライフルだ。
かつてヤマカンが作った『死を撒く霧』がお蔵入りしたので、その砲身を使い易い長さに切断して流用し、トリプルベース火薬の使用を前提とした、火力重視のゲテモノである。
ドンッ!
という銃声と共に放たれた弾丸は、『天空にある希望』のノズルの片方を吹き飛ばす。
「うぬひゃぁぁいゃゃゃぁぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
ヤマカンは奇声を上げつつ、ネズミ花火の如く回転し、大きく弧を描きながら海の方へ。
立ち上がる水柱。1拍遅れて、
ズドォォォォォォォォン…………
と腹に響く轟音が届く。
《ヤマカンの『生命力』が0になりました。拠点へ転送します》
「…………」
ディアスは、パーティー内に送られたシステム・メッセージを、そっと閉じた。
「……なんか、スゲェな、オメェ等」
普通に開拓していたのでは絶対に見られない光景を見、眼鏡ヤローは驚嘆とも呆れとも採れる言葉を漏らしたのだった。
態度の悪さが鼻に付くものの、話してみればこの眼鏡ヤローは意外と話の解るヤツだった。
ジェーンが『羊見に来ました!』と言うと、『んじゃ、ウチ来いよ』と言う。彼は牧場から紡績、機織までを手掛けているらしい。
で、今一緒に馬車に揺られている。馬車と言っても十勝でも良く見掛ける荷馬車では無い。中世の貴族が移動に使っていそうなヤツである。
「俺はディアス。一応パーティー・リーダーだ。で、こっちのまたぎがシモヘイ。紅一点のジェーン。船を出してくれたチャック。そして、さっき海の藻屑になったのがヤマカンだ」
「オメェはもうちっとパーティー・メンバー労われよ」
眼鏡ヤローは自分で撃たせといて何言ってんだ、と笑う。
「俺はエチゴヤだ。主にウールとシルクの生地を取り扱っている」
「おぬしもワルなのか?」
「そう言うネタじゃねぇよ。本名だ」
「てぇ事は、本物のワルなのか?」
「チゲェよ! 越後屋ディスってんのか!?」
「ちりめん問屋じゃ無いんですか?」
「縮緬はやってみたんだが、しぼが綺麗に出なくてな。目下研究中だ」
などと話をしている内にもう着いた。
大通りからここまでの道のりも、馬車が走り易い様に綺麗な石畳が整備されており、これも早く着いた要因だろう。
牧場の広さは結構広く、多分20ha以上。多くの羊がモコモコ犇めき合い、走り回る牧羊犬が群れを誘導している。
ディアスはふらふらと羊に寄って行きそうになるジェーンを、首根っこ捕まえて押さえていた。
エチゴヤが別に構わねぇ、と言うと、ディアスはどうなっても知らんぞ、と言って手を放す。
ジェーンは、そのまま羊の群れに突っ込むと、わきゃー、と悲鳴を上げつつ、モフモフに埋もれて見えなくなった。
「んじゃ、商談を始めるか。ぶっちゃけ、何頭、幾らで欲しいんだ?」
「とりあえず6頭。それ以上は今回乗って来た船には積めん。予算は100万円まで用意して来た」
「生まれたばかりの子羊なら7万で良いぜ。6頭で42万。端数切って40万で良いや。成体だと1頭30万だ」
ふむ、とディアスは考え込む。羊毛目当てなら、成体の方が多く採れるので都合が良い。だが、それは向こうにとっても同じ事なので、成体を持って行かれると生産量が落ちる事になる。だから成体の方が高いのだ。
だが、いずれは元が取れるだろうとは言え、羊にそこまでの予算を回せる程の蓄えがある訳でも無いし、ジェーンなら子羊から育てる方が喜びそうだ。
大体、大雑把な物々交換しか経験していないディアスは、これが初めての商取引と言って良い。はっきり言って、相場が判らない。
……判らないなら、考えない事にした。
「子羊を、オス・メス6頭ずつ、12頭だ」
船にも、子羊なら12頭乗るだろう。
「良いぜ。実を言うと、こっちも管理の限界で持て余していたんだ。どうせこのままだと潰して肉にするしかなかったんだ。12頭で70万で売ってやるよ」
「商談成立、だな」
そう言って、ディアスとエチゴヤは握手を交わす。
「んじゃ、成立祝いに飯でもどうだ?」
「飯、ってまさか……」
「当然、ジンギスカンだ」
ジェーンが喚かない内に食ってしまうか、と思い、んじゃ、馳走になる。と返答するディアス。
しかし、肉を焼いていると、その匂いを嗅ぎ付けたか、ジェーンが遣って来て、美味しそー。とか言いつつ席に着く。
「おい、ジェーンよ。何時も通り、『モフモフ食べるなー!』とか言わないのか?」
「ディアス君。嘆いても死んだ者は生き返らないんだよ?」
「そりゃ、そうだが……」
「だったら、美味しく食べてあげるのが供養なんだよ。『焼肉定食』の掟なんだよ」
「『弱肉強食』じゃ無いのかよ……」
「『肉を焼かば食う定め』なんだよ」
「なんか漢文っぽく言った!?」
何はともあれ、文句が無いなら問題無い。ジェーンが騒ぎ立て空気を悪くしないか、心配していたディアスはホッとする。
恙無く食事は終了し、子羊12頭をもらい、別れ際に、また来るよ。とか、今度はこっちが十勝に行く。とか別れの言葉を交わし、家路へ。
再び船に乗り込み、今度はシートに座れない子羊が居るため、無茶な航海はせず、のんびりと戻る事に。
帰りは十勝川を溯り、直接ディアス達の拠点で降ろす予定だ。釧路に置きっぱなしの道産子達は、また後日取りに行けば良い。
「これで目的は果たした訳だ。俺も今度牛とか買いに行こうかね。釧路も酪農には良い土地だし」
チャック自身は『船大工』なので酪農をやる訳では無いが、そう言う需要はあるだろう。と何となく思った事を口にした。
「目的……あっ!」
シモヘイが本来の目的を思い出す。
「俺達、服と服飾系アビリティ手に入れに来たんじゃねぇかっ!」
「そうだった! チャック、戻って戻って!」
「えー……」
色々脇道に逸れたため、本来の目的を忘れてました。
大事な事は忘れない様、メモをしておきましょう。必ず、メモしましょう。
大事な事なので、2度言いました。
ちなみに、海路は既に十勝に近い所まで来ていたので、後日『転移室』で函館に買い出しに行きました。