温泉はじめますっ!
季節は2回目の冬を向かえ、去年は色々とトラブルの多かった越冬の準備も、最早手馴れた物。
最大の問題であった積雪による家屋の倒壊も、全体的な【大工】アビリティの向上で、十分な耐久力を持つ家を建てられる様になった事で殆ど解決済み。自分でそれだけの家を建てられないプレイヤーも、大工プレイヤーに建築依頼出来るだけの対価を、様々な手段で稼げる様になっていた。
つまり、全体的に産業が安定して機能し始め、ようやく村レベルの体裁が整った、と言える。
そうした発展の結果、
「我々の十勝地域も、『開拓案内所』が『役所』に変化しました。これを祝し、カンパーイ!」
「カンパーイ!」
と、地域の発展を祝い、ビールを煽るプレイヤー達。彼等はディアスの家に集まって宴会を開いていた。
そもそも開拓ゲームである『TONDEN FARMER』なので、開拓が進んだ事が判り易い形で示されて喜ばない訳が無い。
『開拓案内所』が『役所』に変化した理由は、なって見れば意外と当たり前な事。
『開拓案内所』で支給される物は、外部からの支援物資だと言う設定であり、逆に考えれば、支援が必要なら『開拓案内所』のままだと言う事だ。つまり、自給自足が可能なまでに発展、あるいは物資に対し十分な対価を支払える様になるのが『役所』に変化する条件だったのだ。
その条件を考えれば、2年目でも十分早い方だ。初年度で『役所』に変化させた地域は、一体どんな廃人達が居たのだろう。とディアスは思ったりした。
「かーっ! VRとは言え、やっぱビールは良いなぁ! 流石タゴサク。農に関しちゃ、頭1つ抜き出てるな!」
「いやいや! ハリマオのビア・ジョッキも見事なモンだよ! やっぱ、ピルスナーはガラスのコップで飲まなきゃ!」
「そうだ! 今度お前の【ガラス工芸】と俺の【大工】で、温室作ろう!」
「そりゃ良いな! だが、今んとこ大きく丈夫な板ガラス作るのは無理だ。スキル熟練した上で、『強化ガラス』か『合せガラス』のレシピ手に入れてからだな!」
「お前ならすぐだよ。楽しみだなぁ。温室作ったら、本来北海道じゃ育てられない作物も作れるな!」
「んじゃ、そん時ゃ俺んとこにも1つ頼む!」
和気藹々と今後の事で盛り上がる一同。だが、実際には『役所』に変わった事でそう大きな影響がある訳では無い。
一応は、段階的に開放される公共サービスが増える事は間違い無いが、ディアス達の様に自由に開拓しているプレイヤーにとってはあまり関係無い。
実を言えば、タゴサクがビールの醸造に成功したので、口実作って飲み会を開いただけなのだ。だから、ここに集まっているのは、そのビールの関係者ばかりだ。タゴサクは言うに及ばす、ディアスは醸造所を建て、ハリマオはビア・ジョッキを作った。後は彼等のパーティーが参加している位だ。
「よう。もう始めてるのか」
「おせぇぞ、シモヘイ!」
ディアスは遅ればせながらダイブ・インして来たシモヘイをテーブルまで案内すると、空いているジョッキを持たせた。
「は~い。お酌するよ~」
と、そこにジェーンが遣って来て、とぽとぽとジョッキを満たす。
「んじゃ、先ず1杯。……って、こりゃ、りんごジュースじゃねぇかっ!」
「何を当然の事を」
ディアスはキリッと表情を引き締め、
「お酒は20歳になってから!」
「そうだよ。子供は飲んだら駄目だよ」
りんごジュースを注いだジェーンもうんうん、と頷いている。
「納得行くかっ! お前だって、飲んでるだろうがっ!」
シモヘイはびしっ、とジェーンを指差す。
ジェーンは小さめのコップでだが、確かにビールを飲んでいた。
「こう見えて私は、大人の女なんだよ」
「まぁ、子供の戯言はほっといて」
「酷っ!」
「親父が晩酌してる時、『1口だけ飲ませて』とせがむのはお子様の特権だ」
「そんな理由で飲ませてくれたのっ!?」
ジェーンは、子ども扱いするなー! と喚いている。……が、それもまた子供っぽい。
「大体、FDの酒は法律上、酒類に入んねーだろ!」
実際には何も飲んでいない訳だから、アルコール分も何もあった物では無い。よって法律上は問題無いが、感覚の再現度が高いため、酒を飲む事に慣れてしまうと問題がある、と言う訳で自主規制するのが一般的になっている。この辺りはかつてのアルコール0.00%ビールと似ている。
だから、普段の言動から未成年と思われるシモヘイに飲ませないのは、おかしな事では無い。
「我慢せい。ワシとて飲ませてもらえないんじゃぞ」
ヤマカンが同じくりんごジュースを片手にシモヘイを宥める。
言動が厨二のヤマカンは、やっぱり未成年扱いされていた。ワシなんてこのために冷蔵庫作るのに協力したのに……、と愚痴っていたりする。
「まぁまぁ。折角なんだし、1杯だけなら良いだろ」
とタゴサクが取り成してくれた。
彼にしてみれば、自ら作ったビールのお披露目でもある。出来るだけ多くの人に飲んでもらいたいのは解る。そして、飲酒に慣れてしまうのが問題だ、と言うなら、1杯だけなら然程問題でも無い、とも言える。
「……タゴサクが言うなら、仕方ない」
ホントに少しだけだぞ、と言いつつ、ディアスは小さいコップにビールを注ぎ、シモヘイとヤマカンに渡してやる。
「やっぱ飲み会なら酒飲まなきゃな」
「おお。ありがたい」
2人はそのコップを受け取ると、ぐいっ、と飲み干す。
「う~む……、良く分からん」
「確かに。ちゃんとビールになってる、とは思うが……」
皆が浮かれて飲む程では無い、と思う。
「あ~。やっぱり実際にビール飲んだ事の無いヤツの反応だな」
「えっ!?」
やっぱり、お前達は未成年なんだな。とディアスは言う。
再現度が高いとは言っても、それは完全再現では無い、と言う事でもある。
酒の味は完全再現されている。が、酩酊感に関してはある程度再現されているものの、気分の良い酔いに最も重要な要素、『判断力の低下』が再現されていない。このため、気分良くぼーっとなる事が出来ない。
技術的な事を言うなら、睡眠導入ホルモンの分泌を促す、上書きによって神経信号伝達を阻害する、等の方法で実現可能らしいが、これが認可されるのは医療等一部の分野のみで、家庭用の簡易FD機器であるDIGにはそれだけの機能は無い。
後は想像で補うしか無いのだが、実際に酒を飲んだ事があるなら気分に浸れるのだが、飲んだ事が無い者にとっては、『何か苦い飲み物』でしかない。簡潔に纏めると『酒の味を解らんヤツに飲ませても無駄』と言う事になる。
反応だけ見れば、美味しそうに飲んでいるジェーンの方が、酒の味が解る様に見える。
そんな訳で、結局1杯しか飲ませてもらえない2人であった。
宴会も進み、酒も摘みも少なくなった頃、
「そう言や、今年の冬はどうするんだ?」
また何処か遠征するのか? とりんごジュースをちびちびやりながらシモヘイが問う。
少しは発展して来たとは言え、まだまだ1次産業がメインのこの地域は、冬場になるととたんに仕事が減る。かと言って去年の様な遠征は、交通網はあまり発達していないので、気軽に出来る事では無い。しかも、1度行った事のある釧路以外、となれば尚更だ。
ディアスがどうしようかと悩んでいると、
「んじゃ、ウチに石釜オーブン作ってくれ!」
とタゴサクがすかさず割り込んで来る。
「あの石釜か。……お前、図面やったろうが」
「無理だった。一応形にはなるんだけど、火入れたら石が割れるんだよ!」
お前はどうやって作ったんだぁぁぁぁぁぁっ! と喚くタゴサク。
彼の【大工】アビリティも優秀なのだが、面白半分にオリジナル図面ばかり作ってきたディアスと比べると、その間には見えない壁がある。
「作ってくれたら、クリスマスに『ケーキ』とか『ロースト・チキン』とか差し入れするから!」
「……このヤロ、嫁さん居るからって、調子に乗りやがって……。大体、自分で作ったオーブンがあるだろ」
「ここの石釜で焼いたのは一味違うんだよ。遠赤外線効果で美味しく焼けるんだよ!」
「だめだ。お前んとこにはこの前、『粉碾き風車』を建ててやったばかりだろうが」
お前ばかり優遇できん、そこを何とか、と言い合いをするディアスとタゴサク。
「ふむ。ディアスの石釜は、そんなに良い物なんかいのぅ?」
「料理の方は判らんが、ウチの工房で発注した『ガラス炉』は小樽で使ってた物より使い易いぞ」
加熱斑が無いんで歪が起こり難く、高品質なガラスが作れるんで重宝する。と絶賛するハリマオ。
「……ディアスよ、何でおぬしは『大工』に転職しとらんのじゃ?」
「あんなモン、日曜大工の範疇だろうが。それより、ハリマオ。小樽の発展具合はどんなだ?」
と、タゴサクをあしらうのも面倒臭くなって来たディアスは、無理やり話題を変える。
ハリマオは元々小樽に居たと言うが、小樽っぽいと言うだけなので確証は無い。ただ、ガラス関連のNPCが配備されていたので、小樽が管轄内に入っていたのだろう、と推測している。
「そうだなぁ……。あの辺りは一丸となって開拓、と言えば聞こえは良いが、見方を変えれば効率厨ってヤツでな。俺もガラス職人目指してたんだが、窓ガラス位しか需要が無くてな。面白く無かったんで、一段落着いたのを区切りに移住した訳だから、ここ最近の事情は掲示板に出てる事位しか知らんなぁ」
と一旦言葉を区切り、くいっ、とジョッキを空けると、少し考え込む様にして、
「まぁ、発展の遅い1次産業を早々に切り捨て、『1haボーナス』で技術関連の物が出たらそいつを全力で実用化、それで得た金で足りない資材を買い、これらをスムーズに運ぶために物流も発展、って感じだったかなぁ……」
なんせ、札幌がすぐ近くだったからなぁ、としみじみ思い出すハリマオ。
札幌は道庁所在地だけあって、プレイヤー人口も多く、物流や商業の面での優遇が在ったらしい。そこに何の因果か、廃人が集まった事で一気に発展。と言う結果になったそうな。
小樽は隣の開拓地域だが、物流の関係で色々影響を受け、巻き込まれたらしい。
「発展、発展って、ゲームの中でまで無理に働かなくても良いじゃない」
と、ジェーンはエゾオコジョに鹿肉の燻製を与えながら、『かむぞうものんびりしたいよね~』と話し掛けている。このままだと、モフモフとは程遠い方向に発展しそうだから話を遮った、と言うのが本音だが。
エゾオコジョに付けた『かむぞう』と言う名前から、最初に咬まれた事を根に持っている事が伺える。今ではすっかり懐いており、もう咬む事は無いが。それどころか、ちゃんと訓練されたかむぞうは、倉庫のネズミ被害を防ぐのに立派に役に立っていた。
そのかむぞうもすっかり冬毛に生え変わり、尾の先以外は真っ白になっていた。つまり、ジェーンは冬ならではのモフモフを、色々楽しみにしていたりする。
「と言う訳で、私は『モフモフ体験ツアー』を提案しますっ!」
「却下」
「え~、折角考えたのに~」
酷いよね~、と、かむぞう相手に愚痴るジェーン。
そのためにジェーンは、冬に見られる動物の生態等を調べたりしていた。その結果作られたスケジュールは、気合を入れなければ遭難必至、と言うのんびりとは程遠い物だった。ゲームなんだから、とリアルじゃ出来そうもない事を無理やり詰め込んだ所為である。
その中で、何とか実行に移せそうな物と言えば……
「野生動物と一緒に露天風呂、とかやってみたかったなぁ……」
「露天風呂……、かぁ……」
ディアスが思案顔になる。
冬の過ごし方として、温泉でのんびり、と言うのは確かに魅力的だ。
「あ~。確かに、登別辺りじゃ、マジで温泉出たらしいからな」
と、ハリマオも頷く。
登別は日本有数の温泉地だ。ゲーム内とは言え、そこが登別だ、と確信出来たなら、意地でも温泉を掘ろう、と言うヤツが居ても不思議では無い。
「ディアス君! 私達も温泉行きたいです!」
「つっても、流石に登別は遠いぞ……」
かつて行った釧路より更に遠い。しかも、山越えをするか、それを迂回するなら更に遠回りとなる。
しかし、それを踏まえた上でも『登別温泉』のネーム・バリューは抗い難い。リアルで行く機会もそうそう無い、となると、多少無理をしてでも1度位は、と言う気になってしまう。
「良いね。温泉。ジャンヌ、今度俺達も行くか」
「そうですね。噂だと、熟練の大工が立派な温泉宿を建てているとか。その分、お値段も張るそうですけど」
「うぐ……」
タゴサクとジャンヌも温泉の話題に加わるが、金銭の話になると言葉が詰まる。
ディアス達も同様だが、最近ではこの辺りのプレイヤーは物々交換がメインで、現金収入が少ない者が殆どだからだ。とは言え、温泉宿に泊まる程度の金ならある筈だが、しみったれたケチ癖が付いてしまっている。
「あ~あ……、せめて近くに気軽に入れる温泉があれば良いのに」
「掘れば良かろうが」
「いや、掘ったら出るってモンでもないだろ。それとも、【井戸掘り】スキルで温泉も探し当てられる、とでも言うのか?」
「探すも何も……」
ヤマカンは知らんのか? と言いたげに眉を顰めると、
「十勝にも温泉地はあるぞい。例えば、帯広郊外にある、十勝川温泉とか」
「マジかっ!? 流石リアル道民!」
「……ワシ、リアル道民じゃと、言ったかのぅ?」
「何言ってやがる! リアル道民でもなけりゃ、ゲームの初っ端に鴻之舞鉱山を専有する、なんてプレイが出来る訳無いだろ!」
「……それも、そうかも」
何の目印も無い状況で、地形照合だけで鉱山の位置を特定出来るなら、それはそれだけその地形を見慣れている地元の人間だ、と言う証である。何せ『開拓案内所』には、その土地の名前すら出ていないのだ。
「とにかく、ヤマカンのお墨付きが出たぞ! 掘れば温泉が出る!」
おぉーっ! と皆の声が唱和する。
この冬は掘った温泉に入ってのんびりする、と決まった瞬間だった。
「問題は、リアルの温泉の位置が、ゲーム内だと『計画誘致予定地』になる事かのぅ」
「…………」
ヤマカンが地図を取り出し確認すると、皆のテンションは急降下。
『計画誘致予定地』は、都市計画のために使用目的が決まっている土地である。温泉宿を建てる許可なら取れる筈だが、問題はその土地を買わねばならない、と言う事にある。そして、彼等にそんな金は無い。
「ディアス、ここは有志を募って融資を受けるんだ。お前の名なら十勝地域のプレイヤーなら殆ど集まる!」
「……俺、何時の間にそんな扱いに?」
タゴサクの言う事は、要は『株式会社を創れ』と言う事になる。そして、ディアスに社長になれと。
買い被りだ、とディアスは思うのだが、この辺りのプレイヤーは、多かれ少なかれディアスに恩義があったりする。
ディアスは去年の冬、家が倒壊した人達を助け、家を建て直す、と言う漫画に出て来る大工みたいな真似をしていた事があった。本人にしてみれば、『転移室の図面』を得るのに【大工】を熟練する必要があったので、丁度良い練習台、位のつもりだったが。
つまり、ディアスが温泉を掘ろう、と音頭を取れば、タゴサクの言う通り、本当に実現出来てしまうだろう。
だが、ディアスは捻くれているのだ。多数派になりたくないのだ。その中心人物など以っての外。
長い間パーティー組んでやって来ただけあって、その内心を察したシモヘイがヤマカンを肘で突付く。
ヤマカンはやれやれといった趣で肩を竦めると、改めて地図を開いた。
「有名、無名を問わないんじゃったら、他にも候補地はあるんじゃが……」
「何処だっ!?」
ヤマカンも幾らリアル道民とは言え、北海道の全てを網羅している訳では無い。地元以外の情報は、やはり有名所位しかパッと出て来ない。本当ならネットかなんかで検索した方が良いのだろう。
「例えば、十勝岳温泉、と言うのがある」
「十勝岳……、って言うと、北の山の方か?」
「そうじゃ。リアルじゃと山を越えた先になるんじゃが、上手く水脈を当てればこっち側、以前ワシ等の建てた山小屋の辺りでも出るんじゃないか、と思うんじゃが……」
ヤマカンがやや言い澱んだ。実際にその辺りに温泉地が無いので、出るかも、と言うのはヤマカンの憶測に過ぎない。かと言って、リアルに温泉地がある場所まで行くと、『転移室』のある山小屋からかなり移動しなければならない。
「山小屋って言うと、狩りの拠点にするために建てた、ってヤツか?」
「そうなんだが……」
その山小屋は緊急時の避難場所としても想定しているので、入場制限は掛けていない。もちろん、『転移室』の使用制限もだ。だが、実際にそこに行った事が無いとパスが無いので、ここに居るメンバーで《転移》出来るのは、ディアス、シモヘイ、ヤマカンの3人だけとなる。
こんな時、パスが個別認証だと不便だ。まさかこの話の流れで、3人だけで温泉掘って独占する訳にはいかない。
山狩りに行っていた猟師連中なら、シモヘイの案内で1度は訪れ、パスを持っている者の方が多い位なのだが、殆どの農民プレイヤーは、あまり動き回らない事が多いので、パスは自分の家と『役所』位、と言うのが普通だったりする。ディアス達のパーティー所属ではあるが、ジェーンですらそうなのだ。
「とりあえず、最寄の場所まで《転移》して、そこから未開の山道……か」
「それでも、登別まで行くよりは楽ではありませんか」
とジャンヌが諭す。
「それにこの地形は1/6スケール。現実に2千mと少しの十勝岳なら、この中では350m位の物ですよ」
「……だな。難しい事は抜きだ。とりあえず、掘ろう!」
ディアスは1度決断すると動きが早い。
「先ずは俺達だけで行って温泉掘っとく。お前達は何とかして辿り着いてくれ。それと、タゴサクはなるべく早く来い。宿も建てたいんで、お前の【大工】は戦力として期待している」
「おう。予備の畳が何枚かあるから、そいつも提供しよう」
「んじゃ、俺も窓ガラスを」
「まぁ、どの道すぐに何とかなるモンでも無いんだ。とりあえず、1度到達してパスを通しておく事。あとはそうだな……、正月までを目標に作業を進めるか」
翌日。
ディアス達3人は身支度を整え、『転移室』を利用し山小屋まで遣って来た。アイテム・バッグの容量制限で入らないため、ヤマカンは井戸掘り用のドリルを肩に担いでいる。ディアスも蒸気駆動鋸である『森林喰らい』を装備していた。
「それで、何処を掘るんだ? それに合せてこっちの建設予定も変わるんだが?」
「そうじゃのぅ……、もう少し山頂に近い方が出易いと思うんじゃが」
「その辺はヤマカンに任せる。お前しか【井戸掘り】スキルは持っていないからな」
現在地、山小屋の場所は、十勝川の上流、リアルだと十勝ダムによって形成された人造湖、東大雪湖の辺りになる。ここからだと、言う程十勝岳の山頂は近い訳では無い。
「昨日、ダイブ・アウトした後で調べたんじゃが、もう少しお手頃な場所もあったんじゃのぅ……」
「でも、それと比較すると、十勝岳温泉の方が有名なんだろ?」
「まぁ、のぅ。北海道で1番高所にある温泉地で、その眺めも絶景かな、との事じゃが。ただ、十勝岳を越えた向こう側、になるのじゃが」
「……なぁ、昨日も気になってたんだが、なんでそんなに十勝岳越え、を気にしてるんだ?」
「これは勘なんじゃが……、『役所』の管轄地域、と言うのは、リアルの振興局に対応しとるんじゃないか、と思うてのぅ」
「あ~、なるほど。山が境になってる、ってのは良くある事だしな」
ディアスも納得。ヤマカンの推測が当たっていた場合、十勝岳を越えたら他所の管轄地域になる。つまり、『転移室』を建てた場合、管轄地域を越えた《転移》になるため、莫大な料金が発生する、と言う事だ。
「一応、ここから川をちょいと下った所にも、リアルの温泉宿がある様じゃが、無難にそっちにしとくかのぅ?」
「……候補には入れて置こう。その絶景の温泉、ってのも楽しみではあるし、リアルには無い場所に温泉を掘って見るのも一興だろう」
「酔狂じゃのぅ……」
「それが何時ものディアスだろ」
シモヘイが銃を用意し、辺りを警戒しつつ言う。
この辺りは山狩りが行われた範囲だし、熊も大体冬眠に入っているのでそれ程警戒する事は無いのだが、これから普段は殆ど入らない山奥へと向かうのだ。油断しないに越した事は無い。
「とりあえず、十勝川沿いに上ってくか。川沿いなら歩き易そうだし」
「十勝川の上流、と言えば、トムラウシ温泉、と言うのもあったのぅ」
「……今更、あまり言うな。迷うから……」
3時間後……
「……もう、真夜中なんだが……、この辺りで良いか?」
かなり高い所まで登って来た。リアルなら街の夜景を楽しめるのかも知れないが、まだ大して人の住んで居ない十勝平野は、殆ど真っ暗。ただし上を見上げれば、汚れていない綺麗な空気のため、リアルより美しい星空を堪能出来る。
「にしても、ヤマカンの『方位磁石』と、ディアスの【測量】、俺の【目印】が無かったら、絶対迷ってるぞ……」
「道なき道を来たからのぅ。このゲームの遊び方として、おかしな方向に突っ走っとるんじゃなかろうか、と時々疑問になるわい」
「まぁ、これで温泉がちゃんと出れば、冒険家冥利に尽きるんだが……、あ、何時の間にか【移動】アビリティに【登山】スキルがある……」
「『転移室』から大分離れたな。……ここまで来なくても、程々の場所に温泉出るとこあったんじゃないか?」
「そりゃ、そうじゃが、ディアスが、絶景温泉楽しみ、とかハードル上げるもんじゃから……」
「人の所為にすんなよ。ヤマカンだって色々ゴネたじゃないか」
「もうここまで来ちまったんだから、今更だろ、そんな事は。それより、さっさと温泉掘ろうぜ!」
シモヘイの言う通り、今更言っても仕方が無い。山小屋からここまで、山道も無い所を曲がりくねって進んで来た距離は長く、おそらく10km以上あるだろう。これを無かった事には出来ない。問題があるとすれば、タゴサク達の苦労が更に増える、と言うだけの事だ。
「……それは、そうだな。先ずは『転移室』を作るか」
「んじゃ、ワシは適当に当たりを付けて温泉掘っとるよ」
「シモヘイは周囲の警戒を。それと、焚き火でも焚いといてくれ」
「了解」
ディアスは『森林喰らい』のボイラーに火を入れる。
【伐採】スキルが熟練されている今現在、正直言って、チェーン・ソーの類の自動鋸はあまり意味が無い。樵プレイヤーなら、場合によっては1撃で切り倒せるのだ。ディアスもそこまでは行かなくとも、5回も斧を振るえば大概の木は切り倒せる。
ディアスはボイラーが温まり、十分に蒸気が供給されている事を確認すると、蒸気弁の操作レバーを引く。
重ね合わされた2枚の鋸状の刃が互い違いに稼動し、その擦り合わされる刃の摩擦熱を抑えるため、間に冷却水が流し込まれる。従来型で判明した問題点を改良した結果だが、冷却水の残量で稼働時間が制限される点はまだ未解決だ。
ディアスがそれを地面に向けて振るうと、
ドバァッ!
と異音がして、まるで泥沼を掻くかの如く土の中を潜り抜けると、木々が言葉通り根こそぎ薙ぎ払われた。【伐採】と【機械運用】のスキルの合せ技で、それこそ『森林喰らい』の名に違わぬ威力を発揮する。
「派手にやるのぅ。どれ、ワシも『大地を穿つ者』の力を見せるとするか」
ヤマカンはドリルを運用する台座となる櫓を建て終えると、意気揚々と掘削準備に入る。
相変わらずの厨二ネームを付けられた井戸掘り用のドリルは、蒸気圧ジェット噴射の反動で、パイプ先端の掘削バイト部が高速回転する、と言う大雑把な思い付きを形にした物だ。まだ2~3回しか使った事が無く、試作品の域を出ない。だが、ヤマカンは相変わらず根拠の無い自信満々。
ガガガガガガガガガッ!
と掘り進むドリルを、早く出て来い温泉! と言いながら見守っている。
焚き火を興しつつ、その様子を尻目に見ていたシモヘイは、野生動物が真っ当な感覚を持ち合わせているなら、絶対こんなヤツ等には近づかないだろうな、と思っていた。
見る見る内に地面に沈んでいくドリル。その度にパイプを継ぎ足すヤマカン。
掘る速度が異様に速い気がするのは、ゲーム内では現実より強度が脆く設定されている事が原因だ。
このゲームに限らず、ちょっと鶴嘴を振るえば簡単に鉱石が掘れたり、その鶴嘴自体も簡単に壊れたり。等と言うのは珍しくも無い。
この調子なら、水脈にさえ当たっていれば、ドリルが壊れさえしなければ、意外と早く出るんじゃないか、と思うシモヘイだったが、
ブシャァァァァァァッ!
「で、出たぞぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「マジでっ!?」
予想よりずっと早かった。
「よくよく考えりゃ、1/6なんじゃった。掘る深さも1/6で良いなら、こんなもんじゃろ。……おお。ちゃんと温泉じゃ! 熱いぞい!」
噴出したお湯を浴びながら浮かれるヤマカン。
「こら! 遊んでないで、次の作業に移れ」
と、ディアスがぶっとい鉄パイプを運んで来る。
こっちは一足先に『転移室』を完成させ、新たな資材を家から運んできたところだ。
ヤマカンがドリルをひっこ抜くと、その穴にディアスが鉄パイプをガンガンガン! と打ち込み、最後にバルブを取り付けて完成。
その間にも、ヤマカンはディアスから渡された図面に合わせ、ザックザックと地面を掘り始める。
それが適当な広さになると、岩を上手く組み合わせつつ並べれば、すでに見た目は露天風呂らしくなっていた。
「んじゃ、お湯入れてみるか」
と、ディアスがバルブを捻ると、岩の陰に隠されたパイプからお湯が流れ出し、徐々に溜まって行く。
それを待っている間にも、次は脱衣所、とか言ってトンテンカンと予め作って置いたパーツを組み立て始める。
「シモヘイは《転移》で戻って他の奴等と合流してくれ。んで、ここまで案内よろしく」
とディアスはこれが地図、と言って【製図】スキルで作成した地図を手渡す。
シモヘイは良く山に入るので、【地形把握】スキルによるオート・マッピングの精度は高い。しかし、【測量】スキルを使った地図は更にそれ以上の精度で、取り込めば明らかに詳しい情報に更新される。【測量】も【製図】も拙かった昔と比べると偉い進歩だ。
「そっちが戻って来るまでに、温泉宿の体裁はある程度整えておく」
「もう殆ど出来てる気がするが……解った。……《通信:タゴサク》俺だ。シモヘイだ。今何処だ?」
シモヘイは《通信》でタゴサク達の現在位置を確認する。
この通信機能、何故か『転移室』が中継基地扱いになっているため、お互いが『転移室』の半径500m以内に居ないと通信出来ない、と言う良く解らん設定になっている。そもそも『転移室』自体があまり普及していないので、《通信》を利用している人も少なく、微妙に役に立っていない機能だ。
確認を終えたシモヘイは《通信》を切ると、
「今日はもう遅いから、明日ダイブ・インした時になりそうだ。しかも、【登山】スキルを持ってないヤツが殆どだから、かなり遅くなると思う」
「こっちものんびりやっとくから、気にするな」
「おう」
シモヘイはそう返事すると、『転移室』へと消える。
ディアス達はそれを見送ると、作業に戻る。2人掛りなので作業の進みは速かったが、それでも脱衣所が完成する頃には東の空は明るくなり始めていた。
「結構時間使ったな。そろそろリアルに寝るべきじゃないか?」
「……ああ。言われてみれば、確かにそんな時間かもしれん。明日は日曜で時間も取れる事じゃし、程々にしとくかのぅ」
とヤマカンも『転移室』で帰る。ここにはまだ拠点設定が出来る建物が無いので、安全なダイブ・アウトには1度帰還する必要がある。
「……宿の図面位は描いておくか」
ヤマカンを見送ったあと、ディアスはぼそっと独り言を洩らすと、
「《『高機能製図台』》」
設計支援機能を持つ製図ツール、CADD(Computer Aided Design and Drafting)ツールをウィンドウに呼び出したのだった。
次の日は日曜日、と言う事もあり、日中からダイブ・インしては作業を進め、タゴサク達も思ったより早く合流し、作業は更に加速。
『転移室』を利用し、持ち運び出来る程度のパーツは工房で作って持ち込む、と言う事で、建物本体と内装等に使う小物の製作を分業に。
リアル丸1日を費やす事になったが、それでも予定よりは早く、温泉宿はついに完成した。
相変わらず外見はディアスの趣味でログ・ハウス風。しかし中身は温泉宿らしく和風。
整地の手間を省くためか、山の傾斜をそのまま利用し、2段に分かれた建物には、それぞれに8畳間が3つずつあり、そこそこの広さの食堂と、それに見合う設備の整った厨房も備えている。
肝心の温泉は露天風呂だけでは無く、建物の中にも用意され、こちらは総檜風呂となっている。本土から輸入した建築資材、と言う設定で檜材が売っていたので、なけなしの金を叩いて買ってしまった。
ちなみに、露天風呂は混浴、室内風呂は男湯と女湯に分かれている。
「ぷはぁ~! やっぱ仕事の後の風呂は最高だな!」
やっとの事でありついた露天風呂。全員で入る事に。全員と言っても9人しかおらず、広めに作った事もあり、狭い感じは無い。
とにかく、抜け駆けしないよう、完成まで皆温泉に入るのを我慢していたのだ。
倫理規定のため裸にはなれず、下着だか水着だかそれっぽい服が残るが、濡れても肌に纏わり付く様な感じは無く、快適さを損ねはしない。それに、色気も皆無なので、混浴でも全く問題無し。
「それで、この宿は人を呼んで金取るのか?」
「どうしようかなぁ……、檜買うのに結構掛かったからなぁ……」
温泉と言ったら『露天風呂』な気がするので、『総檜』位の付加価値を付けないと、誰も室内風呂使わないんじゃないか、と思って設計したディアスであったが、冷静に考えれば要らなかった気がする。
「……どうでも良いや、今はのんびり疲れを取ろう……」
VRなので、疲れている訳でも、疲れが取れる訳でも無いが、そこは言わぬが華、である。
「どう言う事!? 野生動物が居ないんだよ!」
と、ジェーンがお湯をバシャバシャと跳ね上げながら騒ぎ立てる。
問われてディアスは、ちらりとジェーンの方に視線を向けた。
今、この温泉に女性キャラはジェーンとジャンヌの2人だけだ。
ジェーンは背が低く、胸も小さいものの、括れたウエストから肉付きの良い腰周り(ただし主に筋肉)にかけてのラインはなかなか見事で、お子様体型と言う訳では無く、意外と観賞に堪え得る。
ジャンヌの方は、計算し尽くされたプロポーション(データなので当たり前)で、一部の隙も無い。ただ、それが故に逆に色気を感じず、芸術作品でも見ているかの様だ。正に、観賞と言うより鑑賞と言うべきであろう。眼福である事には違い無いが。
「ねぇ、聞いてるの!?」
ぐきっ!
「ぐはっ!?」
ディアスはジャンヌの方を見ていたのを、無理やりジェーンの方に向き直された。
「いや、無理だろそれは」
ディアスが首を捻られ、うぐぐぐぐ、と呻いていると、代わりにシモヘイが横からツッコミを入れる。
シモヘイは風呂の中でも熊の毛皮を被ったまま。マナー違反ではあるが、ゲームなんで毛が落ちる心配は無く、黙認されている。
尤も、シモヘイの素顔なんぞ見た事無いので、毛皮を被ってないと誰だか判らなかったろうが。
「野生動物は人の入ってる温泉なんて、警戒して近づかないって」
「そんなっ!」
そんなも何も、ちょっと考えれば判りそうな事である。
野生動物が温泉に入る事は稀にあるが、それは自然に温泉が湧いて、動物達が馴れている、と言うのが前提となる。温泉を見た事が無いなら、そんな得体の知れない物に近づく訳が無い。そこに人間が居るなら尚更である。
「かむぞうはこんなに寛いでるのに~」
かむぞうは桶に張ったお湯に浸かり、前足と頭を桶の縁にちょこんと乗せ、まったりしている。
「みんなぁ~。来~い。温泉は良いとこだぞ~」
「いや、だから無理だって」
ジェーンは立ち上がってカム・ヒア・モフモフ! とか言い出す。
ディアスは付き合いきれず、その場を離れる。
「まぁ、何にせよ、ヤマカンのお手柄だな。良くぞ、温泉を掘り当ててくれた」
「大した事無いわい」
ヤマカンは一応は謙遜しているものの、その表情は自慢気である。
「何せ、十勝岳は火山じゃからのぅ。水脈さえ探り当てればこんなもんじゃ」
「火山……、まぁ、そうだな。温泉が出るなら、火山地帯だよな、そりゃ」
今まで失念していた事に気付くディアス。だが、リアルに温泉地があるなら危険は無い。とは思うものの、
「……そうそう噴火したりしない、よな?」
「いんや。割と良く噴火しとるぞい。確か、大正や昭和頃にあったな。特に大正のは100人以上死んどるのぅ」
と不吉な事をのたまうヤマカン。
「この地球環境シミュレータ、とやらが明治頃を想定しとるとすると、もしかしたらヤバいかも知れんのぅ」
と、更に不吉な事を言っては、かっかっか。と笑い出す。
「ヤバ過ぎるわっ! 糞ジジイ!」
とは言え、折角建てた温泉宿。放棄する訳にも行かないので、結局『転移室』を増やし、『非常口』の案内を徹底する事で対応しました。
ホント、『非常口』は大事です。
皆さんも、宿に泊まる際は、『避難経路』はきちんと確認しておきましょう。




