第七話 掛下へ|大河内・斯波、曳馬城で蜂起
泰以の家に入ってから、泰満の毎日は変わった。
朝、目を覚ます場所が変わった。
膳を囲む者が変わった。
父と呼ぶ者が一人増え、母と呼ぶ者も一人増えた。
そして、名も変わった。
朝比奈彌一郎泰満。
呼ばれれば、すぐに返事はできる。
だが、自分で名乗る時には、まだほんの少し間があった。
泰満。
それが自分の名になったことを、身体の方がまだ覚えきれていない。
泰以は、そんなことを気にする様子もなかった。
「そのうち慣れる」
それだけだった。
名美は違った。
衣服のことから、人への挨拶、屋敷での振る舞いまで、一つずつ泰満に教えた。
そして彌太郎は、さらに違った。
「若。こちらを」
朝から帳面を抱えてくる。
泰満は、すでに嫌な予感がしていた。
「また帳面ですか」
「またとは何でございます」
彌太郎は泰満の前へ帳面を広げた。
「若は泰以様の家を継がれるのでしょう」
「そのつもりです」
「ならば、これも戦と同じくらい大事にございます」
紙には、村の名と数字が細かく書き込まれていた。
「知行とは、米のことだけではございませぬ」
彌太郎が指で一つずつ追う。
「田を作る者がおります。水を引く者がおります。道を直す者、荷を運ぶ者、寺へ納める者、戦になれば兵として出る者もおります」
「全部、覚えるのですか」
「全部を見るのでございます」
「難しいな」
「はい」
彌太郎は真顔で頷いた。
「戦より難しそうです」
「戦も難しいのでしょうが、私はなるべく死ににくい方を選びとうございます」
泰満は笑った。
だが彌太郎は笑っていなかった。
氏親から泰以へ与えられた知行は、駿河国内五百石。
家臣も増えた。
杉山。
村越。
彌太郎。
さらに井伊の山城で働いた者たちも、泰以の被官となった。
それでも、まだ小さな家だった。
泰以は掛川朝比奈家の後見であり、泰能を支える叔父でもある。
掛川の兵と泰以の兵が、はっきり分かれているわけでもない。
泰満自身も、どこまでが自分の家で、どこからが掛川朝比奈なのか、まだよく分かっていなかった。
その境を覚え始めた頃だった。
西から、報せが入った。
曳馬城で、大河内が兵を挙げた。
それだけなら、泰満にも話は分かった。
大河内は、以前から今川に従わぬ者である。
だが、続いてもたらされた知らせに、掛川城の空気が変わった。
斯波の軍勢が、曳馬に入った。
泰以の屋敷へ使者が駆け込み、間もなく掛川城から呼び出しが来た。
泰以はすぐに立った。
「彌太郎」
「はい」
「供を」
「承知しました」
泰満も腰を上げた。
「私も参ります」
泰以は一度だけ泰満を見た。
「来い」
掛川城の広間には、すでに泰能と時茂がいた。
泰能の前には、西遠江の様子を書き留めた書付が置かれている。
「叔父上」
泰以が座ると、泰能はすぐに口を開いた。
「大河内が曳馬城に籠もりました。そこへ斯波義達の軍勢が入りました」
泰以の目が細くなった。
「斯波はどこから入った」
「詳しい道筋までは分かりませぬ」
「分からぬでも同じだ」
泰以は低い声で言った。
「斯波勢が曳馬まで来たのなら、戸田が通した」
泰満は父たちの顔を見た。
誰も否定しなかった。
時茂が口を開く。
「戸田が止めるつもりなら、斯波の軍勢があそこまで入るのは難しいでしょう」
「通しただけか」
泰以が言った。
「それとも、初めから話がついていたか」
「そこまでは」
「どちらでもよい」
泰以は泰能を見る。
「斯波を通した時点で、戸田はこちらではない」
広間が静まった。
これまで西にいた戸田は、今川に従うとも、完全に敵とも言い切れぬ存在だった。
だが、斯波の軍勢を曳馬まで通した。
それならば話は違う。
「中之郷から知らせは」
泰以が尋ねた。
「まだ確かなものは」
泰能が答えた。
「中山には、すぐ人を出した方がよい」
時茂も頷いた。
「戸田が動いたのであれば、中之郷は最前になります」
「それだけではない」
泰以は言った。
「斯波が曳馬にいる間に、戸田がさらに東へ出てくることも考えねばならぬ」
泰満は西の地図へ目を落とした。
曳馬。
浜名湖。
その西。
中之郷。
さらに向こうには、戸田の勢力がある。
これまで地図の上の名でしかなかった場所が、一つずつ敵と味方に分かれていく。
泰能が書状を一通、泰以へ差し出した。
「氏親様からの御沙汰です」
泰以が受け取る。
「叔父上は先行し、大河内を押さえよ、と。私は掛川の兵をまとめ、後詰めとして入ります」
「承知」
泰以はすぐに頭を下げた。
「どこへ入られます」
時茂が尋ねる。
「掛下だ」
泰以は迷わなかった。
泰満には、その名にも聞き覚えがあった。
だが、なぜ曳馬へ直接向かわぬのかまでは分からない。
「叔父上」
「何だ」
「曳馬へ行くのではないのですか」
「行く」
「では、なぜ掛下へ」
泰以は書付の上へ指を置いた。
「曳馬へ兵を入れるには、まずその北を押さえる」
指が掛川から西へ進む。
「掛下を足場にすれば、後から来る兵も荷も入れられる。いきなり曳馬へ取りついて、背後の道を荒らされてみろ」
「兵糧が届かなくなる」
泰満が答えた。
「そういうことだ」
泰以は頷いた。
「城だけを見ていては駄目だ」
その言葉に、泰満は井伊の山城を思い出した。
――敵ばかり見るな。
あの時と同じだった。
城を攻める前から、泰以は道を見ている。
「彌太郎」
「はい」
「支度せい。すぐ出る」
「兵糧は」
「五日分」
彌太郎の眉がわずかに動いた。
「五日分となりますと、荷駄が増えます」
「増やせ」
「人足も要ります」
「集めろ」
「すぐ出るのでございますよね」
「そう言った」
「五日分を用意し、人足を集め、荷駄を整えて、すぐ出ろと」
「そうだ」
彌太郎は小さく息を吐いた。
「無理を申されるのが殿の御役目、何とかするのが私の御役目にございますな」
「分かっておるではないか」
「分かりたくはございませんでした」
泰満は二人のやり取りを聞きながら、胸の奥が熱くなるのを感じていた。
出陣。
元服してから初めての大きな戦だった。
今度こそ、自分も行ける。
そう思った。
「叔父上」
泰満が一歩出る。
だが泰以は先に言った。
「彌一郎」
「はい」
「お前は残れ」
一瞬、意味が分からなかった。
「……残る?」
「時茂についておれ」
泰以は平然としている。
「掛川がどうやって軍を送り出すか見ておけ」
「ですが」
「何だ」
ついて行きたい。
言葉は、喉まで出た。
泰満は飲み込んだ。
泰以の家へ入った。
元服もした。
だが、それだけで戦場へ出られるわけではない。
まだ兵を預けられてもいない。
「……承知しました」
泰満は頭を下げた。
「ご武運を」
泰以は少しだけ口元を緩めた。
「山ではないのでな。行ってくる」
柱際で彌太郎が顔を上げた。
「平地なら楽だとでも思っておられるので」
「山よりはよい」
「覚えておきます」
掛川城は、その日のうちに姿を変えた。
蔵が開く。
米が運び出される。
塩が量られる。
馬が集められる。
槍が並べられ、矢が束ねられる。
近隣へ使者が走り、寄り子たちに出陣の命が伝えられた。
泰満は時茂について、そのすべてを見て回った。
「よく見ておけ」
時茂が言った。
「戦は、城門を出てから始まるのではない」
「はい」
「兵を集めれば飯が要る。馬を集めれば草が要る。荷を運ぶなら人足が要る。道が崩れていれば直さねばならぬ」
時茂は、米俵を積む人夫たちを見る。
「千人の兵を動かすなら、千人だけ見ていては足りぬ」
泰満も人夫たちを見た。
兵ではない。
だが、この者たちがいなければ兵は動けない。
夕刻前。
泰以の先発隊が掛川を出た。
すぐに動かせる兵を先に出し、残る寄り子は泰能がまとめて後を追う。
さらに駿河から送られる兵も、掛川を経て西へ入るという。
城門の前で、泰満は泰以を見送った。
泰以は振り返らなかった。
彌太郎だけが、後ろの荷駄が遅れていないか何度も確かめている。
軍勢が見えなくなっても、掛川の仕事は終わらなかった。
むしろ、そこからだった。
翌日にも人が来た。
その次の日にも馬が来た。
駿河からの兵が掛川へ入り、飯を食い、休み、再び西へ向かう。
曳馬から使者が戻れば、別の使者が出ていく。
兵糧が足りなければ村へ触れが出され、雨で道が崩れれば人足が集められた。
戦場にいないのに、掛川もまた戦の中にあった。
泰満は初めて、それを知った。
やがて、掛下を押さえたとの報せが届いた。
続いて、今川勢が曳馬を囲んだとの知らせも来た。
泰満は、それで間もなく終わるものだと思った。
だが、曳馬は落ちなかった。
十日が過ぎた。
さらに日が過ぎた。
秋が深まり、朝の空気が冷たくなった。
それでも、西へ送る米は止まらない。
兵も行く。
傷を負った者が戻ってくる。
代わりの兵がまた西へ向かう。
泰満は毎日のように帳面を見た。
以前なら、数字にしか見えなかった。
今は違う。
一俵の米が、何人を何日食わせるのか。
一頭の馬に、どれだけ草が要るのか。
一人傷を負えば、その者を運ぶ者まで必要になる。
彌太郎が言っていた意味が、少しずつ分かってきた。
知行とは、人である。
戦もまた、人でできている。
やがて冬が来た。
掛川の西を吹く風が冷たくなった頃にも、まだ曳馬城は落ちていなかった。
ある夕暮れ。
泰満は西の土塁に立った。
第一に井伊の山を見ていた頃とは違う。
今、その向こうでは泰以が戦っている。
さらにその西には、曳馬がある。
その向こうには浜名湖があり、中之郷があり、そして戸田がいる。
敵は一つの城だけではない。
泰以が出陣前に口にした言葉が、泰満の中に残っていた。
斯波を通した時点で、戸田はこちらではない。
曳馬は、まだ落ちない。
そして西には、もう一つの敵がいた。
### 史料・創作メモ
本作では、史料で確認できる事実、後世の記録、作者の考察、物語上の創作を組み合わせて描いています。
**史料・伝承から**
永正年間、曳馬城では大河内氏が今川氏に対して兵を挙げ、これに遠江守護・斯波氏の軍勢が加わったとされています。
今川氏親はこれに対して軍勢を送り、曳馬城をめぐる戦いは短期間では終わらず、翌年まで続くことになります。
**本作での考察**
斯波勢が西方から曳馬まで進出したことから、本作では浜名湖周辺を勢力下に置いていた戸田氏が、その通過を事実上認めたものと考えています。
そのため泰以は、
「斯波を通した時点で、戸田はこちらではない」
と判断します。
これは後に起こる戸田氏との戦いへつなげるための、本作での解釈です。
また、曳馬城攻略では城そのものだけでなく、掛川から西へ続く兵站路の確保が必要だったと考え、泰以がまず掛下方面へ進出し、その後に泰能率いる掛川勢、さらに駿河からの今川勢が逐次加わる形で描いています。
**創作部分**
泰以が先発隊を率いて掛下へ向かうこと、泰能が後詰めとして兵をまとめること、駿河からの軍勢が掛川を経由して順次西へ送られるという具体的な軍勢の動きは、小説上の設定です。
泰満が掛川に残され、兵糧・荷駄・人足・馬などの軍勢を支える仕組みを学ぶ場面も創作です。
史料からは、曳馬城をめぐる戦いの細かな作戦、各武将の出陣順序、兵站の実態までは分かりません。本作では、長期戦となったことを踏まえ、掛川城が今川軍の西進を支える兵站拠点として機能したものとして物語を構成しています。
今川クロニクル『宇津山朝比奈記』
史料・創作メモは上記参照。
関連史跡・考察は作者noteに掲載しています。
本作『宇津山朝比奈記』は、noteのほか、小説家になろう・カクヨムでも連載しています。




