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浮遊嬢は落ちぶれない  作者: 七色
第六章 幕間の日々は色褪せない
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第23話 あなたのことがわからない

 逃げるようにかいの下を離れ、近くのスーパーにたどりついたところで、L1NEを確認する。ホームを出る前に、御剣さんにメッセージを送っていたのだ。内容は「お買い物に行くので、今夜の献立教えてください!」 だ。

 まだそれほどの時間は経っていなかったが、御剣さんからメッセージが帰ってきていて、要約すると「焼きサバと肉じゃがとお味噌汁とご飯」らしい。こんなにすぐにメッセージを返してくれるなんて。御剣さんはけっこうマメな人みたいだ。

 そういえば、初めてひとはちゃんにご飯を作った日、私は肉じゃがを作ってあげる約束をしていたんだった。御剣さんのメッセージには、「元城ちゃんにもう一品なにがいいか聞いたら肉じゃががいいと答えられた」と書いてあったので、もしかしたらひとはちゃんも私の肉じゃがを期待してくれているのかもしれない!

 うそ。絶対そんなことない。ていうかたぶん期待するとしたら御剣さんの手腕だ。

 鮮魚コーナーとお肉コーナーに行く前にお菓子コーナーに寄り道。知育菓子やらスナック菓子やら、色々と並んでいて、ひとはちゃんはどんなのが好きかな、みんながいるタイミングで食べたいな、朝買っておけばよかったな、なんて雑多な思考が脳裏に浮かぶ。

 そういえば、小さい頃は……そうだ。小さい頃に一度、かいと一緒にお菓子を買い食いしたんだ。なけなしのお小遣いで、かいと一緒にコンビニを訪れ、さしておいしくもない、けれどかわいらしいキャラクターのチョコレートを一緒に食べたんだ。

 結局、両親にバレて心配されたり、叱られたりしたんだっけ……あの頃は優しかったなぁ。

 それにあの時のかいはよく笑い、とてもかわいかった。

 いつからだろうか。私がかいの目を見られなくなったのは。いつからだろうか。かいが笑っているところを見なくなったのは。

 思えば、面と向かって話し合うのはかなり久しぶりのことだ。それに、かいの笑顔を見ることも。

 あれは話し合いとも呼べない、口論であったかもしれないが……たった一人の、実の妹なんだ。もっと話し合わなければいけないのかもしれない。

 でも、やっぱり私が耐えられない。さっきの数分の出来事でさえ、私に多大な負荷をかけたというのに。

 私には、かいのことがわからない。なぜあんなにも出来た人間なのか。何を考えているのか。でも、だからこそ、理解する努力をしなければならないのかもしれない。

 あの時買ったチョコレート。それが二つ入ったレジ袋を提げて、スーパーを後にした。


 §


 午後二十時。すでに両親には遅くなると伝えている。お叱りもお小言も、それなりに堪えるが……ここ数日はそんな日ばっかりなのでもはや慣れてきてもいた。

 この時間、彼女はお勉強しているはずだ。手に持ったチョコレートを握りしめる。緊張感。息を大きく吸って、吐いた。

 目の前の扉をノックする。

「か……」

「お姉さま!?」

 私が名前を告げ、所在を確認する前に、部屋の主は飛び出してきた。

「う、うん。今、いい?」

「もちろんです! さあ、さあお入りください!」

 緊張していた私が滑稽に思えるほど、かいは怒るどころか、ものすごくうれしそうに私を部屋に招き入れた。

 部屋はキレイに片付いている。しかし、意外なことに、部屋の壁のいくつかの場所に写真が貼ってあるようだ。そして、勉強机の上には何やら、紙が散乱している。

「ごめん、なんか邪魔しちゃった?」

「いえ! お姉さまがわたくしの邪魔なんてことはありえません! お姉さまにはどんなことをされても、何を言われても無上の喜びなのです!」

「あっ……そう。なら、いいけど」

 本当にこの妹は何を考えているのかわからない。でも、たった一人の姉として、この子のことを理解しないと。

 握りしめたチョコレートを差し出す。あの頃の私たちに思いを馳せて。

「こ、これ。昔一緒に食べたよね……なんて、覚えてないか」

「これは……ええ、ええ! 覚えています! 忘れるはずがありません!」

 私の差し出したチョコレートに目を輝かせるかい。そうか、この子はチョコレートが好きだったのか。そんなことも、私は知らなかったのか。

「その、さ。一緒に、食べない?」

「……いいのですか? わたくしと、この思い出のチョコレートをともに食してくださるのですか?!」

「うん。そのために、買ったし」

 かいは、うれしくて仕方がないという様子で、涙を浮かべながら、チョコレートを受け取った。いや、そんな涙が出るほど好きなの? もっとたくさん入ってるチョコのほうがよかったかな……

「あの、お昼は、ごめん」

「どうして、お姉さまが謝るのですか?」

 かいは本当に不思議そうに私の顔を覗き込んだ。漆黒の瞳は情けない私の姿を映し出している。

「いや……嘘ついちゃったし、それに……ひどいこと、言ったよね」

「つい先ほど言ったではありませんか。わたくしは、お姉さまになら、何を言われてもうれしいのです」

「……そう、なら、いいんだけど」

 いや、よくない。これで終わらせたら、きっと。このままずっと、嫌ってしまう(・・・・・・)。嫌っていたくない。たった一人の妹なんだから。

「そうですね。では、こうしましょう」

 私が悩んでいる様をみて、かいは私に笑顔を向けた。

「もう、あのアパートには行かないと約束してください」

「……は?」

「わたくし、これでも怒っているんですよ」

 かいは、呟き、私の目を覗き込む。その瞳はどこか虚ろで、底知れなさを感じさせた。

「お姉さまに、お友達のほうが大事だと言われたこと」

 はて、そんなこと言っただろうか。いや、言ったのかもしれない。半ば口論と化した邂逅のことを、あまり思い出せない。様々な感情が入り交じり、追い詰められていて、なんにも覚えていない。

「実の妹である、わたくしよりも優先されるお友達だなんて」

「別に、かいのことが大事じゃないって言ったわけじゃない」

 違う。その時の状況は覚えていないが、たぶん私は、勢い任せに言ってしまったんだ。

「それでも、お姉さまには、わたくしのことを優先していただきたいのです」

 私の両手を握り、懇願するかい。こんなかいは見たことがない。それとも、見ようとしていなかっただけだろうか。

「……ごめん。約束できない」

「どうして」

「あの子たちには……ううん。私には(・・・)あの子たちが(・・・・・・)必要だから(・・・・・)

 私を必要とする人たちが、私には必要なんだ。もっともっと、空を飛びたいんだ。

 ホームに行かないということは、ひとはちゃんの晩御飯を作りに行けなくなる。みんなとお話しできなくなる。

 今日みたいに、楽しくご飯を食べることも、できなくなる。

「やっとできた、私の居場所(・・・・・)なの」

「……そう、ですか」

 かいは力なく呟く。私は、実の妹に追い打ちをかけるように言葉を発した。

「……この家は、私には息苦しいから」

「……そう、ですね」

 握った手を下ろし、俯くかい。見たことない悲しそうな様子に、心が苦しくなる。私には、妹一人喜ばせることさえできないのだろうか。

「そうだ。代わりと言ってはなんだけど、なにかお願い、叶えてあげようか?」

 私にできることは少ないけれど、たった一人の妹を悲しませ続けるのは嫌だ。

「……えっ。それは、どんなお願いでもですか?」

「ちょっと、無理言わないでよ。私はかいよりも出来が悪いんだから」

「そんなこと!」

 かいは不出来だと自嘲する私を慰めようとする。この子はやっぱり優しい、いい子だ。

「あはは、いいんだって。もう、わかってるから」

 また、かいは悲しそうな顔をした。そんな気がする。

「それよりさ、何か、私にしかできないようなお願い事ないわけ?」

 我ながら無茶な質問だ。かいにできなくて、私にしかできないことなんて、あるわけがないのに。

「……それなら、毎日、今日のようにお話し、してほしいです」

「え? そんなことでいいの?」

 かいからの要求は意外なものだった。ついさっきまでの私なら、秒で拒否していただろうが、今の私はやさしいいい子なかいと毎晩話せるような気がしている。

「はい……お姉さまがよろしければ……ですけど」

「お姉ちゃんのこと舐めすぎ。いいに決まってるでしょ」

 私の言葉に、かいはぱっと笑顔になった。その表情はまるで救われたかのようで、こちらまで笑顔になってしまう。

「私だって、かいのこともっとわかりたいから」

 小声で放った言葉は、かいに届いたかどうかわからない。おやすみ。そう告げて私は自身の部屋へと戻っていった。


 §


 チョコレートのゴミを片付けます。私が食べた分はゴミ箱へ。お姉さまが食べた分は密閉封入して"コレクション"へ。

 机の上の計画書を整理整頓します。明日シュレッダーへかけるため。

 五時間十七分かけて考えた、アパートで火災を起こす計画も、見かけた少女を亡き者にする計画も、お姉さまを監禁する計画も、すべて白紙に。それよりも価値のあるお願いを聞いていただけたのだから。

 飾り付けたお姉さまの写真を見つめます。何度見ても脳が甘く蕩けるほどに愛おしい。

 お姉さまが幼き日のデートを覚えていてくださったなんて。わたくしのことをもっとわかりたいだなんて。

 思い出しただけで頭の中をイケナイ快楽物質が支配します。

 明日からの夜が、楽しみで楽しみで、仕方がありません。

 かいと、久しぶりに話せたな……

 それに、なんだか懐かしいことを思い出しちゃった。

 次回はみんなのお話しがみえるみたい!

 次回、浮遊嬢は落ちぶれない、第24話!

『幕間の日々は色褪せない』

 お楽しみに!

 あなたは!? あなたはどうなるの?!

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