30章・前衛の戦い−1
特に急いだ様子もなく、加藤が正拳突きを繰り出した右腕が掴まれた。
それは直撃の手応えに相反して、相手が吹き飛ぶわけでもなく、ダメージを受けた様子がないことに加藤が疑問を抱いたのとほぼ同時だった。
「は?」
惚けた声を上げながら、理解は出来なくとも、とにかく離れようとした加藤だったが自身の右腕はピクリとも動かなかった。
「コイツッ……。」
今度は左の拳をムゥの顔面に叩き込み、先程と同様に直撃の感触を得た。
だが、ムゥは当然のように動かない。
そして加藤はムウにダメージがない理由に気づいた。
彼の拳とムゥの顔の間に空間があったのだ。
(魔法で、防いでやがったのか……?)
バチバチと放電のような現象が加藤の拳と、ムウが掴んでいる鉄甲部分で起きている。
「ほぅ。」
受けた攻撃は気にもかけず、ムゥの興味はその現象にあるようだった。
興味すら持たれないことは加藤にとって屈辱的だったが、鉄甲が軋む音はそれどころではない危機を加藤に告げていた。
それを感じた加藤はムゥの手を必死に振り解こうとするが、やはりピクリとも動かず鉄甲の軋む音が大きくなっていく。
「う、うわぁぁぁぁ!」
鉄甲が完全に握り潰される音と加藤の悲鳴が響いたがクラスメイトは誰も動けなかった。
「ほぅ。」
ムゥの口からは再び同じ言葉が溢れた。
(留め具が壊れて抜け出せたか。)
ムゥの左手にはひしゃげた鉄甲が握られているが、先ほどまで生じていた放電のような現象は収まっている。
「特攻は、あるようだな。」
視線を移した先では荒い息の加藤が右腕の存在を確かめてのろのろと立ち上がるところだった。
「と、特攻?魔族特攻か?当たり前だろ。勇者なんだから。」
答えながらムゥを睨み付けてはいるが、息が乱れているせいで先ほどまでの余裕は感じられない。
加藤の答えを聞いたムゥは鼻を鳴らした。
「テ、テメェ。いつまでも余裕でいられると思うなよ?」
明らかに見下された加藤はそう言ったものの、たった一度の接触で優劣は決したようだった。
彼が立ち上がる間に攻撃しなかった事もムゥが明らかに手を抜いているからなのだが、加藤にはそこまで考えている余裕はない。
「オイ!強化くれ!」
加藤が上げた怒号に反応したクラスメイトは慌てて強化魔法を使用した。
(岡本か?クソ、やっぱり森下には全然遠い。)
たった今刻まれた腕を握り潰されそうな恐怖と、クラスメイトの前で恥をかきたくない自尊心が加藤の冷静さを削り取る。
「まだやるのか。」
呆れたムゥの声も拍車をかける。
「まだ何も終わってねぇだろうがっ!」
加藤は再び立ち向かい、連打を放つ。
速度を意識した動きに変わったが、一撃の重さは並の人間が耐えられるものではない。
両腕で防御の姿勢を取ったムゥからも反撃はなく、攻防は一方的なものになっていく。
クラスメイトの脳裏には苦戦する加藤の姿が思い浮かんでいた。
単純に最強のメンバーでチームを組んだと言っても常に圧倒的であったわけではない。
特に結成直後は頃は騎士団員達のチームワークや技に、経験の差から遅れをとることばかりだった。
実戦で練習通りの動きができず、戦闘能力において彼らより劣る騎士団のフォローでギリギリ命を救われた事もある。
最初こそ慢心で危機に陥ったが、たった今、眼前ではいつも通りの圧倒的な戦闘が行われている。
加藤が腕を掴まれたのと同様に、ムゥも一度の優勢に油断したのに違いない。
一人が加藤を応援する声を上げると、それは一気に伝播した。
の流れは幼い頃から植え付けられた魔人への恐怖を抱く王国兵達も取り込み、全員が加藤を応援する声を上げ始めた。
「ヘッ、うるせぇよ。」
嬉しさの裏返しの言葉が漏れる。
彼らと同じく勝利を疑わない加藤は勝負を決めにかかった。
攻撃の勢いを利用して左脚を軸に一回転し、後ろ回し蹴りを放つ。
「崩界」
最後に口から出た言葉は、井上がこの技に付けた名前だった。
発動イメージが湧きやすい方が威力が上がると言い続ける井上は、攻撃魔法以外でも発動時に言葉を結びつけさせていた。
その成果は分からないが直撃を受けたムゥは今度こそ宙を舞い、クラスメイト達から歓声が上がった。




