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つきのゆめ  作者: mink
9/9

Lesson 9

おはよー!ねぇねぇ瑠那、昨日瑠那たちもあった?」

朝、教室へ着くや否や、沙羅がそう言って瑠那のもとへと駆け込んで来た。

「恒例の・・・ってやつ?」

「そう、自己紹介!」

瑠那が思い当たったことを口にすれば、それを肯定するように沙羅がこくこくと首を縦に振る。

「あったよ。で、訊いてくるってことは沙羅たちも?」

そう問えば、沙羅はまたしても縦に首を振る。

「うん、いきなり得意な踊り踊れ!とか言われてびっくりしちゃった」

「それで、沙羅は何踊ったの?」

「フロリナ王女のバリエーション。得意なものって言われると、それくらいしか思いつかなくて。瑠那は?やっぱりジゼル?」

『眠れる森の美女』第3幕よりフロリナ王女のバリエーションといえば、コンクールでもよく見かける初心者向けのバリエーションであり、そしてまた沙羅がはじめて出たコンクールで踊った踊りでもある。

だからこそ沙羅にとっては一番安心して踊れる踊りだったのだろう。

そして、『ジゼル』第1幕よりジゼルのバリエーションは、瑠那がはじめてのコンクールで踊った曲でもあり、同時にコンクールで優勝した曲でもある。

瑠那もそのことで少しだけ自信がついていることもあり、得意な踊りを訊かれれば常に『ジゼル』だと答えていたのである。

「ううん、オディール」

「え?瑠那ってオディールが得意だっけ?得意になっちゃったの?」

返ってきた予想外の答えに、沙羅は目を丸くした。

この間の卒業公演がきっかけで、得意な踊りが変わってしまったのだろうか。

そんなことを考えながら驚きをかくせずにいる沙羅に、瑠那は苦笑を浮かべつつも首を振ってみせた。

「ちょっといろいろあって、それを踊ることになっちゃったんだよね〜」

「じゃあ、龍くんは?」

「え・・・?あ、愛華、おはよ」

「おはよう、愛華」

突如聞こえてきた第三者の声に二人は驚いてそちらを見る。

すると先ほど教室へと到着したらしい愛華の姿があった。

「おはよう。で?」

とりあえず挨拶をしてきた2人に対し、愛華は簡単な挨拶を交わすと本題を瑠那に促す。

「あ、龍?龍は『海賊』だったけど・・・」

「くるみ割りじゃなくて?」

瑠那の答えに、愛華は訝しげな視線を向ける。

そんな愛華に瑠那はまたしても苦笑を漏らした。

「う、うん、それもちょっといろいろあって」

「ふーん、そう。かなり上手くなってたんでしょうね」

「うん、すごかったよ」

「そう」

愛華の言葉に、瑠那は昨日の龍を思い出しながら力強く頷いた。

それは予想通りの反応であったらしく、愛華はそれ以上は何も言わなかった。




「そういえば、昨日の愛華、すごかったんだよ」

突然沙羅からそんな言葉が出てきて、瑠那は一瞬驚く。

今までずっと一緒にいて、沙羅が愛華のことをそんな風に言うことはなかなかなかったからだ。

「すごいって?」

「実はさ、3年の先輩がね、怖いというかムカつくというか・・・結香さんが卒業した今トップは私だ!って威張ってる先輩が一人いて・・・」

「気に入らなかったから、黙らせただけよ」

「だ、黙らせた・・・?」

2人の言葉に瑠那は少々恐怖感を覚える。

だがそんな瑠那の様子に気づいていないらしい2人はさらに話を続ける。

「そう。自己紹介のときにね、誰からでもどうぞって言われたんだけど、その先輩のことがあったり、緊張したりでみんななかなか自分がやるって言えなかったの。そのとき愛華が1番に踊ってくれてね、そしたら先輩たちが口々にその威張ってる先輩よりも上手いんじゃないかって言い出して・・・」

「で、周囲にそんなことを言われたその先輩は、それ以上何も言えなくなったってわけ」

「へ、へぇ・・・」

おそらく黙っていられなくなった愛華が、バレエで黙らせてやろうと1番に名乗り出たのであろう。

そしてコンクールで入賞経験もある愛華の踊りならば、実際にそうすることも可能で、その先輩はあっさりと黙らされてしまったわけである。

話を聞くだけでも十分想像できてしまうその光景に、瑠那はちょっとだけその先輩がかわいそうになった。

「もう、あのとき愛華が踊ってくれてスカッとしちゃった!」

「ああいうのが気に入らないだけよ。たいして実力もないのに・・・」

「ホント、態度だけはものすごく大きいんだから」

(な、なんか意気投合してる・・・)

よほどムカつく先輩だったのか、2人はまるで同盟でも組んでいるかのようである。

「でも、沙羅の一言もなかなかよかったわよ?」

「だっていつまでも黙ってるだけじゃ嫌じゃない!」

そんな会話を聞いて、瑠那は気の強い2人がそれ以上に何をしたかは、もう訊かないでおこうと強く誓った。











「ねぇねぇ、何だった?」

夏にコンクールを控えたこの時期には、よくこんな会話が飛び交う。

そして、それは瑠那たちもまた例外ではなかった。

「私?私はオーロラ姫だったよ。みんなは?」

問われたのはその年にコンクールで踊る課題曲。

この時期になると、教師たちによって一人一人課題曲が伝えられていく。

瑠那は自分に伝えられた課題曲が『眠れる森の美女』第3幕よりオーロラ姫のバリエーションであったことを告げると、その場に居た他の生徒たちにも訊ねた。

「私は、『パキータ』だったわよ」

そう答えたのは愛華である。

「私は『ジゼル』だった」

続けて美奈子がそう言った。

そう言った美奈子の表情はどことなく嬉しそうである。

「美奈子、よかったわね」

そう愛華が声をかければ、美奈子は嬉しそうに頷く。

「あのコンクールの瑠那の『ジゼル』がきっかけだもんね、美奈子がここに来たの」

「そう、だからずっと私も踊りたかったの」

「よかったね、美奈子ちゃん」

「うん、瑠那ちゃん、またいろいろアドバイスしてね」

「うん、私でよければ」

美奈子の言葉に瑠那がそう返せば、ありがとう、とまた美奈子は嬉しそうに微笑んだ。

「それで、沙羅は?」

「実は、私も『ジゼル』なんだ」

「え?沙羅も?」

「うん、実は最初は私、『ジゼル』の村人のパ・ド・ドゥのバリエーションだったの。でもね、今年はまだ自信ないからコンクールは来年にするって言ったら、1年かけるなら『ジゼル』にしようって先生が」

「そうなんだ、頑張ってね、沙羅」

「うん、瑠那みたいに上手くは踊れないかもしれないけど、私なりに頑張ってみる」

そう言って笑顔を見せる沙羅に、瑠那もまた笑い返した。

「ところで、愛華」

「なに?」

「江里子は?」

いつも愛華のそばに居る江里子の姿が見えず、瑠那は周囲を見渡しながら訊ねた。

「今、訊きに行ってるところよ。あ、ほら、帰ってきた」

「あ、ホントだ」

「江里子は何だったの?」

タイミングよく戻ってくる江里子の姿が視界に映り、戻ってくるや否や、すぐに愛華がそう訊ねた。

「私は、『白鳥の湖』第1幕より、パ・ド・トロワの第1バリエーション。今年はコンクールには出ないけど・・・」

「え?江里子も?」

そう訊ねたのは瑠那だった。

すると、江里子は瑠那を見つめて驚いたように固まる。

「え?私もって・・・まさか瑠那、出ないの?」

「瑠那が出ないわけないでしょ?出ないのは私!」

江里子の言葉に沙羅がすぐさま声をあげた。

江里子は一瞬その声に驚きつつも、出ないのが瑠那ではないことがわかると、すぐに納得したような表情を見せた。

「あぁ、沙羅か。びっくりしたぁ。ところでみんなは何だったの?」

「私は『パキータ』、瑠那がオーロラ姫、美奈子と沙羅が『ジゼル』よ」

江里子の問いに、愛華がすぐにそう答えた。

すると江里子は沙羅と美奈子をまじまじと見つめる。

「へぇ、沙羅と美奈子は一緒だったんだ」

意外だったのか、自然とそんな声が漏れた。


「ところで、結香さんは?高等部の生徒は昨日発表されたんでしょ?訊いてないの?」

愛華がそう訊ねると、瑠那はすぐさま答えを返す。

「あ、知ってるよ!結香さんは『くるみ割り人形』第3幕より金平糖の精のバリエーションだって。ちなみにパ・ド・ドゥの方は、『白鳥の湖』第3幕より、黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥにしたって!」

「なんかパ・ド・ドゥは予想通りかも・・・」

瑠那の言葉を聞いて、愛華がそう呟く。

すると瑠那はその言葉に対して首を傾げた。

「え?」

「なんとなく、結香さんならそうするんじゃないかって思っただけよ」

そんな答えが返ってきても、やはり瑠那には理解ができず、瑠那は尚も首を傾げる。

そんな瑠那に今度は沙羅が問いかけた。

「パ・ド・ドゥといえば、瑠那、今年は出るんでしょ?龍くん帰ってきたし」

「うん、そのつもり」

「で、何にするか決めた?」

「うん、あのね・・・」

「『ドン・キホーテ』にしたんだ」

瑠那が答えを返す前に、頭上から声が振ってくる。

「え?龍?」

ふっと顔をあげれば龍の顔が見え、瑠那は先ほどの声が龍のものであったっことを悟る。

「『ドン・キホーテ』?どうして?」

「昨日2人で話し合って・・・」

「今度こそちゃんと!ってね」

「なるほど・・・」

2人の説明にその場に居た全ての人間が納得した。

瑠那と龍は過去に1度『ドン・キホーテ』を踊ったことがある。

瑠那がコンクールで1位を取った小学2年とき、お祝いにと定期公演で瑠那の主役が決まった。

そのときの相手として選ばれたのが、その年男性部門で入賞をしていた龍であり、決まった演目が『ドン・キホーテ』だった。

しかし、瑠那がまだ小学2年と幼かったこともあり、その演目に出場するメンバーは小学1年〜3年までの生徒とされた。

そして、その年代の生徒の中には、まだトウシューズを履いたことのない生徒もいたり、履いたことはあっても上手く踊れない生徒がほとんどだった。

そして、コンクール経験者の瑠那や愛華でさえも、全幕をトウシューズで踊るとなれば、まだ難しい状態だった。

そこで、その『ドン・キホーテ』は出演者全員がトウシューズではなく、バレエシューズで踊るという異例な形が取られたのである。

そのときから、瑠那も龍もいつかはきちんとトウシューズで、と思っていた。それもあって、今回2人は『ドン・キホーテ』を選んだのである。



「それで?瑠那の課題曲は?」

「オーロラ姫だった」

「おっ、難しそう・・・頑張れよ!」

そう言って龍はぽんっと瑠那の頭に手をのせる。

「うん、で、龍は?」

そう問えば、龍はにやりと笑った。

「俺?俺は、『ドン・キホーテ』よりバジルのバリエーション!」

「え、えぇっ!?」

パ・ド・ドゥと同じ演目に瑠那は驚きを隠せなかった。

「いやぁ、すっごい偶然だよなぁ」

「な、なんかずるい・・・」

自分達で演目を決めるパ・ド・ドゥとは違い、バリエーションは先生たちによって決められているのだ。

だから決して龍が何かをしたわけではない。

けれどもコンクールに向けて2種類の踊りを練習する瑠那に対し、龍は1種類だけとなる。

コンクールまでに差がついてしまうのではないかと、瑠那は龍とのパ・ド・ドゥに不安を隠せない。

「はは、まっ、お互いに頑張ろうぜ!じゃあな!」

不安そうな瑠那の頭を軽く撫でて、龍はそれだけ言うとさっさとどこかへ行ってしまった。

「何しに来たんだろ・・・」

「あなたの課題を訊きに来たんでしょう?」

瑠那の呟きに、愛華が間髪入れずにそう返す。

「そんなの、後でも訊けるのに・・・」

(龍くんは、今すぐに知りたかったんじゃない!)

そんな愛華の心の声は龍に届くことはなく。

他の誰の課題も訊くことなく去っていった龍が、どれほど瑠那のことが気になっていたのか、瑠那はまだ知らないままである。




「ねぇねぇ、美奈子、高等科のレッスンももう終わってる頃だよね?」

「うん、そうだと思うけど・・・」

「よしっ!じゃあこれから瑠那のとこに行かない?」

「うん、行こう!」

そんな会話を交わした沙羅と美奈子は瑠那がいるであろう高等科のレッスン場の方へと足を向けた。




「あれ?いない・・・もう、帰っちゃったのかな?」

レッスン室を覗いても、そこに生徒の姿は一人も見えない。

そんなとき、ふと二人の耳に小さな声が聞こえてくる。

「どこからかな?」

「隣じゃないかな?」

2人はレッスン室を後にし、今度はその隣の部屋へと向かった。




「111、112、113・・・」

部屋へと近づけば、聞こえてくる声はクリアになる。

「これ龍くんの声じゃない?」

はっきりと聞こえたことでその声が龍のものだと気がついた二人は、瑠那もいるかもしれないと部屋の中を覗き、それからそのまましばし時が止まったように固まっていた。


「116、117、118、11・・・」

119と言いかけたところで、ずってーんと鈍い音が響く。

「いったーい!」

鈍い音と同時にそんな声をあげたのは瑠那だった。

「残念、118回だな」

「う〜、120回まであと2回だったのに・・・」

「まぁ、118回でも十分すごいんだし、それだけ回れれば十分だろ。ほら、手」

「あ、うん」

豪快に尻餅をついてしまった瑠那の手を取り、龍は瑠那を立たせてやる。

「大丈夫か?」

「ちょっと痛いけど、へーき」

「んじゃ、フェッテはここまでな」

「・・・・うん」

「なんか言いたそうだな」

「せっかくだから120回、まわりたかったかなって思って・・・」

「それはまた今度、他にもいろいろ練習することあるだろ?」

「はーい・・・」

2人はそんな会話を交わすと、今度はパ・ド・ドゥの練習へと入る。



「なんか声かけられる雰囲気じゃないね」

沙羅がそう声をかければ、美奈子は静かにこくりと頷く。

「今のってさ、瑠那が118回フェッテを回ったってことだよね」

「うん。卒業公演のオディールの32回転もすごいと思ったけど、本当にすごいね」

美奈子はそう言うと練習している瑠那をしばし見つめる。

「沙羅ちゃん、ごめん。私、ちょっと用事を思い出しちゃった。先に帰ってて!」

美奈子はそう言うとレッスン室の方へと駆け出した。

「え?美奈子!?」

沙羅は駆け出してしまった美奈子を呆然と見送り、それからまた瑠那を見た。

「天才だから何でもできたわけじゃないんだ。瑠那も、いっぱいいっぱい努力したんだね」

2人のパ・ド・ドゥを見つめながら、沙羅は小さな声でそう呟いた。




「本当に100回以上回れるようになったんだな、フェッテ」

練習を終えて帰る帰り道、龍は感心したように瑠那にそう言った。

「何よ、龍が言ったんでしょ?黒鳥を踊りたいならそれくらい回れなきゃダメだって」

「は?ちょっと待て!俺は100回も回れなんて言ってないだろ?」

返ってきた瑠那の言葉に、龍は目を丸くする。

確かに自分は過去瑠那に対して、オデットとオディールを踊りたいのならば、やはり一番の難関となるのはフェッテだろう、というようなことは言ったことがある。

当然そのことに対しては瑠那も同じ考えを持っていたのだけれど。

そして、たくさん回れた方がよいというようなことを言った覚えもある。

しかし、龍の中に100回まわれと言った記憶はない。

「俺が言ったのは『本番でいつも通りの力が出せるとは限らないから、余裕を持たせるためにも倍の64回くらい回れた方がいい』だっただろ!そしたらおまえが勝手に『じゃあ100回まわる!』とか言い出したんじゃないか」

「そうだっけ?だって、ほら64回ってキリが悪いじゃない?」

瑠那は龍に言われて過去を思い返す。

そして、そういえば100という数字を出したのは自分だったかもしれないなどと思いつつ、そんな返事を返した。

「じゃあ60回とか70回でもいいじゃねーか」

「それより100回の方がキリがいいもの。50回でもよかったんだけどそれじゃあ64回より少ないじゃない?」

「それで、100回になったと。当時のおまえが考えそうなことだよな・・・いや、今でも同じか」

当時幼かった瑠那ならそう考えそうだ、龍はそう思ってふと考える。

それから今の瑠那を見つめ、根本的には昔と変わっていないので、今でも同じことを言いそうだと思い、すぐに訂正した。

「な、なによ、たくさんまわれるのは、別に悪いことじゃないでしょ?」

なんだかちょっとバカにされているような気分になりつつも、瑠那はそう言い返す。

するとなぜか龍はくすっと笑った。

「まぁ、な。フェッテ32回転は『ドン・キホーテ』にもあるしな。瑠那、覚えてるよな?」

「ん?」

にっと笑ってみせる龍に、瑠那はこてんと首を傾げる。

「俺、花音さんにコンクールで1位取るって宣言してんだ。バリエーションとパ・ド・ドゥ両方で」

「げっ、そういえば・・・」

瑠那は思い出し、同時に青ざめる。

あの場面では気づかなかったが、よくよく考えればパ・ド・ドゥのパートナーは自分なのだ。

つまり、となれば瑠那もパ・ド・ドゥで1位を取らなければならないということになる。

「パ・ド・ドゥも!だからな」

「へ、変なプレッシャー今からかけないでよ!」

「いや、別にプレッシャーかけてるわけじゃないぜ。ただ覚えてるかどうか確認しただけだ」

(同じことじゃない!)

結局は1位を取るつもりなのだから、おまえもそのつもりでいろと言っているのである。

それは瑠那にとっては十分プレッシャーとなりうることだった。

「って言っても、瑠那のことだからどうせコンクールの舞台を楽しむってのが精一杯だろうな。それにその方が瑠那らしいし、きっといい結果が出るさ」

「うん!」

ただ楽しんでくればいいと、そう言ってくれているのだと思い、瑠那は龍の言葉に笑顔で頷いた。

だがその笑顔はすぐに崩されることとなる。

「あ、でも・・・」

「なぁに?」

「俺が1位取ってパートナーのおまえが入賞もしないってのはよくないよな。だから・・・」

「だ、だから・・・?」

ものすごく嫌な予感を感じつつも、瑠那は先を訊ねてしまった。

そして、それをすぐに後悔することとなる。

「おまえも1位取れよ。バリエーションとパ・ド・ドゥ両方で!」

「え、えぇ〜!?ねぇ、知ってる、私中学1年生なんだよ!」

続いた言葉は予想通りといえば予想通りなのだが、だからといって簡単に受け入れられるような言葉でもなく、瑠那の声は自然と大きくなる。

だが返って来た龍の言葉は間延びしたような、のんびりとした声だった。

「知ってるよそんなことくらい」

「中学生の部ははじめて出るんだよ?」

「あたりまえだろ、中学生になったばっかりなんだから」

必死な瑠那の言葉に対し、龍は軽くあしらうように返答を返していく。

「しかもコンクール自体久しぶりなんだよ?」

「だろうな、初出場でさっさと1位取っちまったんだから」

「う、うぅ・・・コンクールには上手なお兄さんお姉さんがいっぱい出るんだよ」

「そうだな・・・でも、とりあえずお兄さんはどうでもいいんじゃないか?男女分かれてんだし」

少なくともどんなに上手であろうとそれが男である以上、コンクールで瑠那のライバルとなりうることは決してない。

龍のライバルにはなってしまうだろうが。

「と、とにかく、いっぱい上手な人が出るの!それに愛華もいるんだよ!」

「あ〜、愛華ちゃん、上手くなってたもんなぁ」

龍は卒業公演を思い出しながらそう呟く。

今までと少しだけ違うその反応に、瑠那は少しだけ瞳を輝かせた。

「そうそう、だから・・・」

「絶対負けんなよ!」

「〜〜〜〜〜〜〜っ」

無理だと自分が言う前に、しっかりと龍に釘を刺され、瑠那は見事に退路を失った。

「ほら、何止まってんだ?行くぞ」

「バ、バレエは勝ち負けじゃないでしょ?そりゃコンクールでは順位がついちゃうけど・・・それだけじゃないもの。野球とかサッカーとかみたいな、勝負するスポーツとは違うじゃない・・・」

それでもなんとか、とそう言えば、途端に龍の顔が急に真剣なものとなり、瑠那は少しだけ驚く。

「確かにそうかもな」

「じゃあ・・・」

肯定してくれたことに、またも瑠那は瞳を輝かせた。

しかしそれもまた一瞬で終わる。

「でも、どうしても勝たなきゃならないときもあるんだよ、瑠那」

「そんなの・・・」

「今はわからないかもな。でもいずれ分かるときが来るさ」

「・・・・・・」

瑠那は戸惑いを隠せずに立ち尽くす。

龍はそんな瑠那の頭を軽く撫でてやると、そのまま先に歩き出した。



「安心しろよ、瑠那。おまえの夢はちゃんと俺が叶えてやる」



ポソリと小さな声で呟かれたそんな囁きは、少し距離の生まれてしまっていた瑠那のところまで届くことはなかった。

「ん?なんか言った?」

「いーや、何も・・・」

瑠那が問えば、龍はくるりと瑠那の方を振り返り、左右に首を振る。それからまたくるりと翻して歩きはじめた。

(瑠那が俺をパートナーとして選んでくれるなら、俺が必ず勝たせてやる。いつか、トップに立てるように・・・)

「変な龍・・・」

(バレエが好きで、バレエに関わる全てが好きで、ただ踊ることが楽しくて・・・それだけじゃ、ダメなのかな・・・)

先に歩いていく龍と開いていく距離を見つめながら、瑠那は一人首を捻っていた。




「ほら、早く帰るぞ!」

「う、うん!」

龍に呼ばれて瑠那は一旦思考を止める。

そして開いてしまった距離を縮めるべく駆け出した。











「なぁなぁ、瑠那」

「なに?」

「明日さぁ、休みだろ?」

「うん、そうだね」

「で、どうせ暇だろ?」

「言い方がムカつくけど・・・そうだね」

「だったらさぁ、これ、一緒に見に行かないか?」

そう言って『眠れる森の美女』の公演のチケットを差し出されたのは、休日の前日の帰り道でのことだった。


「これ・・・」

「『白鳥の湖』じゃなくて悪いけどさ」

まじまじとチケットを見つめる瑠那に、龍は少し申し訳なさそうに声をかける。

すると瑠那はぶんぶんと首を振った。

「ううん、『眠れる森の美女』も大好きだもの。でも・・・もらっていいの?」

チケットは人気のあるバレエ団のもので、なかなか手に入りにくいものである。

龍の父親はたまに仕事の関係でそういったチケットを持っていることがあるのだが、そんなチケットを自分が貰い受けてもよいのかと、瑠那は少し不安そうに龍を見つめる。

そんな瑠那の視線を受け、龍はこくりと頷いてみせた。

「あぁ、いいよ。だから明日、行かないか?」

「うん!ありがとう」

嬉しそうにチケットを握り締める瑠那を見て、龍もまた嬉しそうな笑みを見せた。






「るーちゃん、みてみて!」

次の日、瑠那が龍の家を訊ねると最初に現れたのは龍の弟、駿だった。

『るなおねえちゃん』と呼ぶように龍に言われた駿であったが、長くて呼びにくかったのか、いつの間にか『るーちゃん』という呼び方に定着してしまった。

しかし、瑠那はそう呼ばれることに特に抵抗もなく何も気にしてはいないようであったため、龍もそれを注意することはなかった。

「どうしたの、駿くん」

そう瑠那が訊ねれば、駿は手に大事そうに持っていたサッカーボールをずいっと瑠那の方へ差し出してくる。

「これ、かってもらったんだよ!」

「サッカーボール?よかったねぇ」

瑠那はそう言うとしゃがみ込んで駿の頭を撫でてやる。

すると駿は嬉しそうに笑った。

「うん!ぼく、おおきくなったら、さっかーせんしゅになるんだ」

「サッカー選手?」

突然出て来た駿の夢に、瑠那は少し驚いたような表情を見せる。

だが、駿がそんな瑠那の様子に気づくはずもなく、ただにぱっと笑って頷くだけだった。

「そうだよ」

「そっかぁ。あ、ねぇ、駿くん、バレエはやらないの?」

「ばれえ?」

「うん、そうだよ。龍・・・駿くんのお兄ちゃんは、駿くんくらいのときには、バレエやってたんだよ」

瑠那がそう言えば駿はふるふると首を横に振った。

「ぼくはやらない」

「どうして?」

返ってきたはっきりとした否定の言葉に瑠那は戸惑いながらも理由を訊ねる。

「だって、さっかーせんしゅになるんだもん!」

「そ、そっか」

きっぱりとしたその答えに、瑠那は少なからずショックを受けていた。

「ふふ、このくらいの男の子ってね、そういうのに憧れるものなのよ」

「あ、おばさん、こんにちは」

次に現れたのは龍の母親だった。

瑠那が立ち上がって挨拶をすれば、その後ろから龍も姿を現す。

「こんにちは、瑠那ちゃん。龍は確か、野球選手だったかしら」

手を顎にあてて考えながら、後ろを振り返って同意を求める。

すると龍が苦笑を漏らしながらこくりと頷いた。

「あー言ってたなぁ、そんなこと」

「それでバットだとかグローブだとか買ってあげたんだけど・・・」

「結局ほとんど使わなかったんだよなぁ」

「バレエをはじめちゃったものね」

「え?」

和やかに行われる2人の会話を聞いて、瑠那は目を見開いて固まった。

だが、そんな瑠那の前で、龍は未だ苦笑を漏らしつつも話を続けている。

「そうそう、それで気づけば野球選手なんて夢、どっかいってたなぁ」

そう言うと龍は駿に視線を合わせるようにしゃがみ込む。

「おまえはいつまで言ってるか、楽しみだなぁ」

「ぼくはさっかーせんしゅになる!」

龍の目を見つめて、きっぱりと言った駿に龍は微笑む。

「そっか、頑張れよ!じゃあ、瑠那、行くか」

龍は軽く駿の頭を撫でると立ち上がり、瑠那の方を振り返る。

そうして瑠那を促せば、瑠那はたどたどしくもこくりと頷いてみせた。

「う、うん・・・」

「二人とも気をつけてね、いってらっしゃい」

「「行ってきます」」

龍の母に笑顔で見送られながら、瑠那と龍は龍の家を後にした。




「知らなかった・・・」

ぽつりと瑠那がそう呟いて、立ち止まる。

どこか元気がない瑠那を、龍は訝しげに見つめながら自分も立ち止まった。

「何が?」

「龍の夢が野球選手だったなんて・・・」

「昔の話だって!もう言うなよ、なんか恥ずかしいだろ」

龍は言われた言葉に、恥ずかしさのあまり少し顔を赤らめながら声を荒げた。

そんな龍とは対照的に、瑠那は俯いてただじっと地面を見つめている。

「でも・・・」

「どうした?」

龍が瑠那の顔を覗き込むように見れば、瑠那はようやくゆっくりと顔をあげる。

「私がもし、バレエに誘わなかったら、龍は今だって・・・」

「あ〜ないない。ただの憧れだったんだから、遅かれ早かれそんな夢、なくなってたさ」

ひらひらと手を左右に振って、龍は瑠那の言葉を否定した。

「でも!」

「気にすんなって!むしろ俺は感謝してるよ。瑠那が誘ってくれなかったら、俺はバレエに出会うことはなかっただろうし、出会えてよかったって思ってる」

まだ何かを言おうとする瑠那の言葉を遮って龍がそう言えば、瑠那の表情に少しだけ安堵の色が見える。

「本当?」

「ああ。ほら、それより急ぐぞ!馬鹿なことばっか言ってると遅れる!」

立ち止まっていた時間を取り戻そうと、龍は瑠那の手をぐいっと引っ張って歩きだす。

すると、瑠那は引っ張られながらも後方から龍に向けて声を発する。

「ば、馬鹿なことって!本気で気にしてたのに!」

そう叫べば、龍が立ち止まり瑠那の方を振り返る。

「それが馬鹿だって言ってるんだよ。たとえきっかけがおまえに誘われたことだとしても、やるって決めたのは俺だろ?」

びしっと指を指されて言われた台詞に、瑠那は確かにそうだと思う。

しかし、それでもやはり気になるところがあって、

「で、でも、強引に誘った記憶あるし・・・」

などと言えば、龍はにやりと笑った。

「へぇ、自覚あったんだ・・・」

「うっ」

まじまじと眺めながら言われてしまって、瑠那はそれ以上に言葉が出てこない。

すると、そんな瑠那を見つめる龍の表情がふっと柔らかくなった。

「でも、俺は嬉しかったけどな・・・」

「え?」

小さな声で呟かれた龍の言葉は瑠那には届かず、瑠那は首を傾げた。

だが、龍はくるりと反対側を向いてしまい、そのままスタスタと歩きはじめる。

「なんでもない、ほら行くぞ!」

「あ、あぁ、待って!」

後ろから慌てて追いかければ、ほんの少し龍の顔が赤くなっているような気がした。

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