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姉 × 弟  作者:
16/16

最終話  姉 × 弟

季節は3月まで飛びます。

 今にして思えば、いつも自分は後手に回っていたなと沙耶は思う。

 1ヶ月くらい前のバレンタインの前日に亜子から『チョコを渡したいので協力してくれませんか?』とメールをもらったが、沙耶は自分にも好きな人がいることを伝え、自分のことで精一杯だからもう協力はできないと正直に告白した。

 これでよかったんだと思う。これからは自分から気持ちを伝えて生きてこうと沙耶は思う。


            ▽


 春、と言ってもまだまだ寒い3月の気候の中、沙耶は生徒会のメンバーと一緒に生徒会室を掃除していた。卒業式が終わった現在、もうすぐこの部屋を後輩に託さなければならない。 ぞんざいな扱い方をしてきたが、いざ去るとなるとやはり寂しいものがある。

「なんかちょっと寂しいね」

 七海がみんなの気持ちを代弁する。吉田も頷いた。

「まーな。もうすぐ卒業なんだな」

「いろいろあったわー。まさか彼氏ができるなんて思わなかったなぁ」

 そう呟くのは七海だ。彼女はかわいいくせに彼氏がいなかったが、ようやく今年の冬に彼氏ができたらしい。それもその相手が――

「瞬君のお兄さんとつきあうことになるなんて思わなかったよ」



 今でも沙耶は意外に思う。

 七海は神木に対してあまりいい印象を持っていなかったようだが、瞬の頼みで1度だけ沙耶と瞬と七海と神木の4人でごはんを食べに行ったことがあるのだ。

 たいていの男子は七海に対して好感を持たれようと優しく接してくるのだが、神木だけはそんなことはなかった。彼は七海にもズケズケと物を言い、その1週間後になんと七海から告白をしてつきあうことになったらしい。

「だって優しいだけじゃやだから・・・ちゃんと怒ってほしい」

 神木はそういうことができそうだ――というのが七海が彼を好きになった理由らしい。



 しかし、もっと意外だったのは、吉田が彼女と別れたことだ。

「それは私も意外だったー!2股してたのバレてフラれたとか?」

「違うよ。俺が別れようって言ったの。やっぱこんな中途半端な気持ちでつきあってちゃいけないと思ったから」

 吉田はそう言って沙耶をちらっと見た。時々意味深な目つきで見られる理由を沙耶は知らなかった。

「俺も真剣に誰かを好きになってみたくて。大学で出会えるといいんだけど」

 女癖の悪い吉田は、放っておいても女から好かれるだろうが、今の様子を見ているともう好きな人ができるまでは誰ともつきあわないんじゃないかと思う。

「どういう風の吹き回し?」

 七海が率直に意見を言う。

「うるさいなー。友人の門出をもっと祝福しろよ」

「それはいいんだけど、吉田って工学部に行くじゃない?理系って研究とかばっかで時間がないって聞いたよ?そもそも女の子も少なかったりして」

 その事実に今気づいた吉田の顔が硬直したのを沙耶は見逃さなかった。



「で?いつだっけ?沙耶が京都に行くのって」

「1週間後にはもう行こうと思ってる。部屋の整理とかしなきゃだし」

「そっかぁ・・・もう行っちゃうんだ」

 寂しそうにうなだれる七海。

 そう――沙耶は今年の春から京都の大学に通うことになっている。当然下宿をするため、しばらく2人とは会えなくなるだろう。それが寂しかった。

「夏には帰ってくるよ!そしたらまた一緒に遊んでよ」

「もちろん!」

 にーっと3人で笑い合う。


 その日は3人で遅くまでごはんを食べて別れた。それぞれの新しい生活に期待を寄せながら―――


            ▽


 こんな日だからだろうか。胸がきゅーっと締め付けられるような感覚に寂しさや何かをしたい衝動感にかられ、沙耶は携帯である人物に電話をかけた。

 5コール目にして相手が電話に出る。

『もしもーし』

「瞬君?今大丈夫?」

『大丈夫だよ。ごはん食べに行くのもう終わったの?』

「そう。これから帰るとこ――」

 そういえば瞬と電話で会話するのは初めてだなと沙耶は思った。

 時刻は10時過ぎ。まだ寒いこの季節は、吐く息を暗い闇を白くさせる。沙耶は1つ深呼吸をして冷たい空気を肺に入れた。

『どうした?』

 瞬の声は心配しているのではなく、楽しんでいる様子だ。

「ううん。なんか急に瞬君の声が聞きたくなって」

『なに?姉ちゃん・・・俺が恋しくなったの?』

「そうかも。あのね、私今すっごく伝えたいことがあって」

 沙耶は大きく息を吸った。


「私瞬君が大好き」


 自分の気持ちは驚くほど簡単に口から出た。それと同時に、心臓がどきどきと高鳴ってくる。

「好き・・・好きなの。大好き!」

「―――っ」

 瞬が何か言おうとしていることがわかった。

『今どこ!?』



 数分後、慌てて身支度を整えたと思われる瞬が自転車をこいで走ってきた。沙耶はわかりやすいように公園のベンチに座っていると、遠くに瞬の姿を見つけて立ち上がる。

 瞬の息は荒い。よっぽど急いでいたのだろう。

「お、俺も・・・!」

「え?」

「俺も今すっごく会いたくなったから走ってきた・・・!」

 汗をかいた顔で瞬は顔をくしゃっとさせて笑う。

 この笑顔だ。沙耶は瞬のこの笑顔が大好きで、いとおしくなって、胸が再びきゅーっと締め付けられる。それは苦しみではなく、言いようのない感情から生じるものだった。

 沙耶もつられて笑顔になった。



 と、そのときだった。

 突然沙耶の後頭部に手を回した瞬は、そのまま自分のほうへ引き寄せて沙耶の額にキスをする。

「!」

 驚く暇もなく、沙耶はそれから何度も頬や額にキスをされる。耳にされたときはさすがにどきどきしてしまった。

 それから長いキスをした。ずいぶん長いおあずけだった。

「寂しいな」

「え?」

「姉ちゃんが京都行っちゃったら、もう今日みたいに会いたいときに会えなくなる」

 京都の大学に行きたいという願望は、瞬と姉弟になる前から抱いていたものだった。それを譲ることができなかった。初めてそれを知った瞬は最初は嫌がった。しかし、沙耶がどうしても行きたがっていることを知ると素直に認めてくれた。

「京都なんてすぐ近くだよ」

 沙耶は笑う。

「まぁ・・・離れてる間にちゃんと男として成長するから」

「瞬君、私がいない間に浮気とかしちゃだめだからね」

「俺がそんなんするわけないじゃん。姉ちゃんこそ合コンとか誘われても行くなよ」

「行かないよ」

 今日の沙耶のテンションはおかしいのかもしれない。自分から瞬の首に腕を回し、顔を近づけキスをする。

「あ」

 何が「あ」なのだろうか。瞬は少しだけ顔を赤くさせてじっと沙耶を見てくる。さすがに緊張した。

「な、なに・・・?」

「姉ちゃん、俺『深ちゅー』したい」

「ふかちゅう?なにそれ?」

 沙耶の中で変換されなかった言葉。それを理解したとき、沙耶は冬なのに顔から火が出るほど赤くなりながら、瞬に唇を塞がれていた。


            ▽


 沙耶が京都へ引っ越したその夜。秋本家の食卓は3人で囲まれていた。やはり1人いなくなった穴を大きく感じながら瞬はごはんを食べる。

「やっぱり寂しいわね。沙耶ちゃんがいなくなると」

 母がため息をつくと、父も頷いた。

「これで瞬君も出ることになっちゃったらもっと寂しくなるなぁ」

「え?」

 大学は沙耶と同じところへ行きたいと瞬は考えていたが、なぜそれを両親が知っているのか不思議に思っていると、

「え?だって2人はつきあってるんでしょ~?」


 ぶっ!


 食べていたごはん粒を豪快に噴き出してしまった。瞬は何も言えずに口をぱくぱくとさせていると、母がおかしそうに笑う。

「汚いわね~」

「なっななななんで!なんで知って・・・!」

「あら~結構前から知ってたわよ?ねー?」

「そうだね。2人が上手くいってほしくて部屋にドアをつけたんだしね」

 父も笑う。この口ぶりからするに、ずいぶん前から瞬たちのことに気づいていたらしい。

 瞬は言いようのない感情を覚えた。

「・・・ごめん。姉ちゃんなのに好きになっちゃって」

「謝ることじゃないよ。正直僕も安心してるんだ。あの子には昔から苦労させちゃったから・・・この1年すごく幸せそうに笑っていたのは瞬君のおかげなんだと思う」

 父は昔を懐かしむように微笑む。

「何か言いたいことがったら、2人で来なさい。父さんたちはいつでもいいから」

 にこっと笑う両親。瞬は自分の理想の家族像をこの2人から得たような気がした。

「うん!」

 瞬は満面の笑みで頷いた。

いかがだったでしょうか。

恋愛色の濃いものを書きたくて書いたものになっています。

面倒でなかったら感想など頂けると励みになります。


では。

ここまで読んでくださってありがとうございました。


―廉―

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