第15話傲慢検問官の誤算 集会所での断罪と、新しい時代のうねり
◇沓掛集会所
フラフラになりながらも、今回は自力で車から降りた検問官。先に集会所に戻った小木曽たちから話を聞いていたのであろう住民たちの視線は、冷ややかそのものだった。
対して佐久間への皆の視線は柔らかく、上役の前なので口には出さないが、微笑んだり頷いたりしている。
だが車酔いが酷い検問官は、地面を見つめがちで、その空気に全く気づかない。
少し時間を置き、検問官の車酔いがある程度収まった頃、小木曽が静かに声を掛けた。
「午後の見回りの予定もあるでね、そろそろお話をさせていただいてもよろしいかね」
検問官はネクタイを締め直し、表情を取り繕う。
「……わかりました」
「いつもお電話をくださる『GAAの検問官』さんが、こんな辺鄙なところに一体何の御用だったのかね?」
「お電話でもお願いいたしました至急での農作物の納入と、その……取り扱い量の加増をお願いに上がった次第です」
「それは無理だと、電話でお断りしたはずだがね。さっき自分でも体験されたでしょうが。この辺りは魔物が跋扈する危険な魔境になってまったでよ。そちらに農作物を持って行くだけで一苦労なんだわ。農家何軒か分の作物をトラックに載せて、魔物が襲ってくるのを何台かの護衛車で守りながら阿由知支部まで持ち込むのはどえらい骨が折れるでよぅ。週に1回の納入が限界なんだわ」
「そこを何とか週2回、今までと同量お願いします。購入量を増やせば価格は抑えるのが通常ですが、今回は「国」からの要請ですので、現状価格の90パーセント厳守をお約束しますよ。魔物の襲撃があるなら他への出荷も難しいでしょう?腐らせるよりはマシというか、かなりの温情価格だと思いませんか」
自らの言葉に勢いを得たのか、検問官の慇懃無礼さが戻りつつあった。
それを静かに聞いたいた小木曽が問い始める。
「お前さんたちにとっては『栄養のない痩せた野菜』かも知れんがね、この辺りで泥まみれになって生きとる人間からしたら、それが自分たちの命を繋ぐ唯一の糧なんだわ。魔物が出だしてからというもの、あんたの言う『国』や大都市圏からの物資なんて一切届いとらんがね。自分たちは物を出しゃせんのに、ウチらだけに一方的に作物を要求するっていうのは、いったいどういうつもりなんだて?」
周りで集まって話を聞いていた、住民たちの間からも声が上がる。
「小木曽んとこの爺様の言う通りだて! 話の順番が根本から間違っとるわ」
「そうだがね。いい加減にせなあかんよ」
「たわけたことを言うのも大概にしときゃあ」
周囲からの言葉は穏やかなものから次第に語気の強い重みのある抗議に変化していった。
検問官は冷や汗を流しながら慌て始める。
「く、く、国が状況を見て、適切な援助や救済保護をさせてもらうと申しているのです!先ずは多くの国民が住む都市圏の食糧の確保が最優先なのです。国家の安定は、皆さんの生活の安定のためにも必須のはず……言わばこれは、国民としての義務なのですよ」
検問官の後ろに立つ佐久間が、思わず天を仰いだ。天を仰いだところで見えるのは、経年劣化と雨漏りで茶色く煤けた古い天井板だけなのだが……。
「……知らない天井だ」
佐久間が小さく呟く。
検問官にとっては街の外は非日常的な世界なのであろう。そこに巻き込まれてしまったという被害者意識から現実を直視できていない上役を、佐久間は憐れみの目で見つめていた。
「『国が状況を見て援助や救済保護をさせて貰う』かね。あんたらの言う『お国』ってのは、いったいどこの話をしとるの? 少なくとも、この辺りの住民は含まれとりゃあせんでしょ?金や物資、そんなものはな、人が生きてりゃあ、あっという間に消えて無くなるがね。本当に必要な物を見もしんで、上から投げ付けられる援助なんてのは、乞食への投げ銭となんら変わらへんが」
「……で、ですから!それは必要な額をこちらで算出させてもらって、きちんと金銭でお渡しします! も、もちろん私からも中央への増額の打診をしておきます。農作物の購入額も据え置くように談判もしましょう!」
笑顔を貼り付けて必死に弁解する検問官。半年前にこの場所を初めて訪れた時の余裕も、先ほどまでの能弁もすっかり消え失せ、ただただ狼狽するばかりだ。
その様子を見つめながら小木曽が静かに、しかし熱の籠もった声を掛ける。
「ふぅ……検問官さんあんた、自分で野菜を育てたことは?何でもいい、一から物を作ったことはあるかい?大事に育てた野菜や、己の腕を磨き続けて作り上げた物品が、わしらの未来そのものなんだて。それをきちんと吟味もせず、『価値は低いが保護や援助の一環として買い取ってやる』なんて寝ぼけたことを抜かす輩に、いったい誰が喜んでそれを渡すと思うかね?」
「ふざけるのも大概にせなあかんて」
「隣町のおばちゃんはウチの芋をいつも『美味しかったよ』って言って買ってくれるがね」
「準工業都市のおっさんは『この部品があって助かった、ありがとう』って頭を下げてくれるがね」
集落の住民の声を聞いて大きく頷く小木曽。
「どっちの納品を、どっちの仕事を優先させるかなんて、子供でもわかることだわ」
小木曽の言葉に一歩も聞かずに頭を振る検問官。
「それは、それでは国が成り立ちません! そうなれば諸外国の脅威が、外国の投資家の資金が流出……!」
「そう言うご大層なことは、あんたらの口にする『国』とやらの勝手に任せるがね。この国を分断させたのはあんたらだで、自分で何とかしやぁ」
ここにきて検問官の笑顔の仮面は跡形もなく消え去った。
「お、お前達は『国』を、この私を一体何だと思っているんだ……! これは明確な国への反逆行為だぞ! 私が話を上層部に上げれば、こんな辺鄙な集落など、一網打尽にされてひとたまりもないんだからな!」
聞き捨てならないとその場に踏み出そうとした佐久間を、小木曽が静かに手で制した。
「やってみりゃあええがや。それこそ今のこのご時世にそんな真似してみやぁ、『諸外国』とやらの思う壺だわ。国連も巻き込んだ大スキャンダルだで、こんな小国なんて格好の餌食になるがや。何十年と海外と真っ向から闘ってこなかった『国』とやらに、そんな気概が本当にあるんかて! お前にその覚悟があるんかて!」
小さく萎んだ老人の、どこにこれだけの声量と怒りが収まっていたのかと佐久間は驚いた。小木曽の独白は尚も続く。
「これまでわしらは反抗することも意見することもなかった。それをあんたらの先代や先々代の連中は上手く利用して世間を誤魔化しとったわ。『皆がやっとる』『外国のどこでもこうだ』ってな、都合のいい同調圧力ってやつだわな。その同調圧力が、この何十年も見当違いな援助とは名ばかりの投げ銭をしていた『お国』に、都合の良い方に、永遠に働くと、まだ本気で思っとれるのかや?今のこの会話を聞いたこの辺りの集落の人間があんたに付いていくと思っとるのかて?」
「……そ、それは」
言葉に詰まる検問官の耳に、突如として壁際から無数の声が響いた。
「俺たちは小木曽んところの爺様の言うことに付いていくでね」
「ウチも異議なしだて」
「うちの集落もだて」
検問官が声の主を探して右往左往するのを横目に見ながら佐久間は壁掛けのスピーカーを見つめていた。
「……この声は一体どこから……?」
「あぁ、言っとらんかったかね?今日はこの辺りの全集落と、この異常な天変地異への対応策を協議するために、ウチの若者が改造したネット回線網が全開放してあったんだわ。多分、このエリアの住民1000人くらいは、今のあんたの言動をリアルタイムで聞いとるでね。話が早くて良かったがね、検問官さん」
「なっ!……何だと……っ!」
たじろぐ検問官の、肩を押さえながら佐久間が宣言する。
「貴方のその身勝手な言動は、一検問官の権限を完全に逸脱しています。速やかにGAA本部に出頭されるべきでしょうね。これだけの数の人間が聴取し、記録しているのです。言い逃れはできませんよ」
佐久間の冷徹な宣告に、検問官はガックリと両膝を突き、その場で完全に項垂れた。周りを見渡しながら、佐久間は静かに、そして穏やかに微笑んでいた。
◇◆
しばらくして、脇腹に大きな風穴のあいた黒塗りの高級セダンが、悲鳴のようなエンジン音を響かせながら去っていく。
集会所の縁側で、小木曽がふうっと大きな息を吐き出した。
「お疲れさま、小木曽さん」
「まったくだて、ヤッちゃん。わしゃ今回の件で寿命が30年は縮んだわ」
「なにィ、あんたまだあと30年も生きるつもりだったの?」
「違うわぁ、40年だて! 今回のせいで、あと10年しか生きられんがね」
「ふふふ、馬鹿なことを言っとるね。でも、最高にスカッとしたね。くにさんとこの義ちゃんにも、後できちんと御礼を言わんとね」
「そうだて。あの坊がネット回線を魔石で動くように改造してくれたで、この辺りの住民は全員いつでも連絡が取れて機敏に動けるようになったからな。おかげで、『孤立した限界集落』どころか、とんでもない組織力を持つようになったわな」
「『能動的広域集落』だがね。色んなアイデアを貸してくれた中伊達さんにも感謝せんとねぇ」
「あぁ、あんな人の良いインテリさんがいるもんなんだな。くにちゃんのご近所に来てくれて、どえらい助かったわ」
「ご本人やご家族は、色んな意味で大変でしょうけどね。「生活に疲れて気分転換にキャンプに来た」だけなのに、今回の謎の天変地異に巻き込まれて、私らの揉め事にも巻き込まれて」
「そうだな。でも、ここまで来たんだ、仕方ないがね。これから忙しくなるでね、ヤッちゃん。病気なんてしとれんよ」
「沓掛の三羽烏の完全復活だて!!」
「「おぉーーっ!!」」
スピーカーの向こうから盛り上がる爺、婆の 声が聞こえる。
「あんまり期待せんといてよ。もう3人とも、すっかりお爺ちゃんとおばあちゃんなんだからね」
ネットの回線の向こうからも、住民たちの晴れやかな笑い声がスピーカー越しに響いてくる。
誰もが、かつて義春が言っていた言葉を心の中で反芻していた。
――「技術は、人を生かしてこそ技術だからさ」
その時――ピコーン、新たなネット接続を知らせる 音が鳴る。
「……遅くなってごめんね。『こぼると』とかいう変な魔物の駆除に手間取ってまったわ。中伊達さんとこの若い子にも手伝ってもらって、やっとこさ今帰ってきたところだわ」
通信機の向こうから、いつもの聞き慣れた、けれど力強い声――最上田くにの元気な声が聞こえてきた。
「くにちゃん、遅いてぇ! こっちは今ちょうど、最高にスカッとしたことが終わったとこだて。まぁ録音したバッチリのがあるで、息子に送らせるで今夜ゆっくり聞いってちょうよ」
かつては忘れ去られ、見捨てられるはずだった荒涼たる地方の山奥。
しかしそこには、最上田家の驚異的な生活力と、ハイテクを自給自足する知恵が結びつき、確実に「新しい時代のうねり」が力強く動き出そうとしていたのだった。




