第12話:ステータスの現実
ファン付き作業着のモーター音を止めると、ジリジリとした初夏の沈黙が畑を包み込んだ。
作業着のジッパーを下げ、首元から溜まった熱気を逃がしながら、俺と婆ちゃんは母屋の縁側に並んで腰掛けた。冷えたお茶をゴクリと喉に流し込み、深呼吸して息をつく。
汗ばんだ肌に、山肌を吹き抜ける風がひんやりと心地いい。
空にはふたつの太陽が不気味に輝いているというのに、目の前に広がる青々とした畑や、沢のせせらぎの音は、驚くほど生まれ育った田舎の原風景そのままだった。
少し、いやかなり色鮮やかな原生林の木々が視界の端に混じって見えるが、全体の景色として見れば見慣れた風景とほとんど変わりがないように思える。
縁側の脇で焚いた蚊取り線香から、紫色の煙がゆったりと渦を描いて立ち上り、どこか懐かしい夏草の匂いが漂っていた。
俺は居間から持ってきたチラシの裏紙を卓袱台に広げる。ボールペン1本を手に持ち、もう1本を婆ちゃんに渡す。その後指先で湯呑みの水滴を拭いながら、視界に浮かぶステータス画面をカリカリとメモ用紙に書き写していった。
鼻の上にかけた老眼鏡のズレを細い指先で直し、メモ用紙を覗き込むようにして、ばあちゃんが「ふむふむ」と細い目を細めている。
程なくして互いがステータスを書き終えたので先ずは、俺のステータスから確認していくことにした。
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◇ステータス個人:能力値◇
名前:最上田 義春
28歳
職業:見習い錬金術師 / 精密加工者
レベル:4
HP : 56
MP : 60
力:26
体力: 25
素早さ:25
賢さ: 29
器用さ: 40
運 : 22
攻撃力:50(+15)
防御力 : 50(+15)
武器:【E】異世界の農具(平鍬)+15(特殊効果:開墾効果+5)
防具:【E】異世界の服+10
防具:【E】異世界の靴+5
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◇ステータス:スキル/加護◇
名前:最上田 義春
28歳
戦闘スキル
【殴打】★☆☆☆(棒・杖・農具攻撃のダメージ+5%)
魔法スキル
【土魔法】Lv.1★☆☆☆
生活スキル
【検査】(水質や食材の腐敗等を簡易検査できる)
【着火】(薪などに確実に火を点ける)
職業スキル
【開拓Lv.1】(作業スピード5%UP / 疲労度5%軽減)
【精密加工Lv.5】(加工スピード50%UP / 疲労度50%軽減)
【構造把握Lv.2】(簡易的な魔道具・機械の仕組みを理解・再現)
【道具修理Lv.2】(破損部の修理や加工、部品交換ができる)
ユニークスキル
【錬金術★★★★】(特定の物質を使って道具や魔道具を作成可能)
加護:※※※※※※※※※※(不可視)
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「ほお……『開拓』があるのかい。義春がこの一年、真面目に畑仕事や山の手入れを手伝ってくれた証拠だでねぇ」
メモを指で丁寧になぞりながら、ばあちゃんが嬉しそうに目尻を下げた。
「それに『精密加工』っていうのがレベル5で、ユニークスキル『錬金術』かや?……ようわからんけど、冬の間、居間でプラスチックを弄っとった時みたいに、電気の代わりに魔法だかを使って物が作れるんでしょう? やっぱり義春には職人の才能があったんだわ。前職の社長さんはあんたの価値が分からんであかんかったけど、お空の先代の社長さんと神様は、ちゃんと見てくれとったんだて」
「そうかねぇ……まあ、樹脂加工や溶接をやっとったのが、そのまま反映されたんかね」
俺は急に照れくさくなり、湯呑みの残りを一気に飲み干して視線を庭の隅へと泳がせた。つま先でトントンと縁側の板間を小刻みに叩いて誤魔化すが、自分の手技や努力が『錬金術』や『精密加工』として数値化されているのは、職人として素直に誇らしかった。
「それだけ道具の修理や加工ができるなら、十分だわ。昔からわしらの住むような田舎じゃあ、机の上で勉強ができるモンより手先が器用なモン、発想が豊かなモンのほうがずっと重宝されたでね。それこそ……わしらが住んどるここは、昨日も今日も、変わらずの田舎だで。義春の才能の見せ場がぎょうさんあるだろうで」
人生の荒波を幾度も乗り越えてきたばあちゃんにそう言われると、胸の奥にすっと深い説得力が染み込んでくる。
恥ずかしさを紛らわすように、俺はばあちゃんのメモ書きへと視線を促した。
「それより、ばあちゃんのほうのステータスはどうだったの?」
「はいはい、これだわ」
と渡されたメモ書きに、俺は目を落とした。
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◇ステータス個人:能力値◇
名前:最上田 くに
85歳
職業:熟練農家 / 辺境の家主
レベル:4
HP : 30
MP : 55
力:14
体力 : 14
素早さ:13
器用さ : 35
賢さ:25
運 : 29
攻撃力:27(+15)
防御力 : 27(+15)
武器:【E】異世界の農具(備中鍬)+15
防具:【E】異世界の服+10
防具:【E】異世界の靴+5
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◇ステータス:スキル/加護◇
名前:最上田 くに
85 歳
戦闘スキル
発現なし
魔法スキル
発現なし
生活スキル
【クリーン】(衣服や食器、身の回りの洗浄。※食中毒防止効果あり)
【着火】(薪などに確実に火を点ける)
【微風】(作業用や送風のための微弱な風を起こせる)
職業スキル
【開拓Lv.EX】(作業スピード100%UP / 疲労度90%軽減)
【農耕熟練 Lv.5】(開拓や農作業により、作物の成長速度50%アップ/強度50%アップ)
【害虫駆除 Lv.4】(害虫への攻撃力40%アップ/害虫からのダメージ40%ダウン/害虫の発見速度40%アップ)
【薬草知識 Lv.3】(傷薬、毒消し、麻痺解消他、一般薬草の知識を得る)
【直感Lv.3】(危険察知/索敵の効果と範囲が30%アップ)
ユニークスキル
★★★★辺境の家主……許可のない者が屋内へ入るのを防ぐことができる。
家内での休養によるHPとMPの回復量が30%アップ。
自身のレベルに連動した家屋の強度アップが可能。
加護:※※※※※※※※※※(不可視)
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メモに書かれたスキル名を追ううちに、俺は思わずブッと吹き出しそうになった。
(『開拓Lv.EX』って何だよ!? 俺がレベル1なのに、ばあちゃん限界突破しとるじゃん……! 七十年以上山を開墾し続けてきた歴史は伊達じゃないな……)
(それに……【害虫駆除 Lv.4】って……やっぱり害虫撃退の執念がそのままスキルになってるじゃないか……)
必死に笑いを噛み殺そうと口元を膨らませていたが、隣からビシッと鋭い声が届く。
「義春。あんた、今なんか笑ったね? なにィ?」
「な、何がぁ? なんでもないでね!」
慌てて真顔に戻して湯呑みを弄る。
(……『直感Lv.3』、察しが良すぎて怖すぎるだろ……)
あけすけな俺の誤魔化しを気にも留めず、ばあちゃんは膝の上で骨ばった手を組み、真面目な顔で聞いてきた。
「よく分からん数字だけど、とりあえずこの『レベル』っちゅうのが上がると元気になるんかね?」
「うん、身体の疲れがちょっと楽になったりはすると思うよ。元々は強さを測るための数字だで、詳しくは分からんけどね」
「そうかねぇ! なら都合がええわ。残りの『すらいむ』を、とっとと駆除して、レベルを上げて畑を元通りに直さんといかんでね!」
突如として世界が変貌し、未知の生物や謎のステータス画面が出現してもなお、婆ちゃんの関心はどこまでも「作物と畑の保護」にしか向いていなかった。
(ばあちゃんは、昔から穏やかで優しいけど……作物を荒らす害虫の駆除だけは、本当に容赦ないからな……)
俺は少し思案して、抱いていた提案を口にしてみた。
「ばあちゃん、まずはこのステータスで色々検証したほうが、後々魔物を討伐する時に便利だがね」
すると、ばあちゃんは背すじをスッと伸ばし、諭すような真剣な眼差しで俺を見つめた。
「強かろうが弱かろうが、まずは食べ物だがね。……昔から、飢えた兵隊が戦争に勝った試しはないだでね」
「……っ」
その含蓄深い一言に、俺はぐうの音も出ず黙り込んだ。
そうだ。どんなに素晴らしい能力や魔法があろうと、今日食べる食料と明日を生きる土台がなければ、人間は生きていけない。
たくましい祖母の横顔を見つめながら、俺は「ばあちゃんと一緒なら、この狂った世界でも絶対にやっていける」と、胸の奥で確かな手応えを感じていたのだった。




