第七話 配達区域
午後。
牧田の物流倉庫には、配達を終えたトラックが次々と戻ってきていた。
荷物を降ろす作業員たちの声や、フォークリフトの走行音が響いている。
その一角で、圭司と美咲は牧田と一緒に、ある男が来るのを待っていた。
「その人が、江津さんの家の配達を担当していた人?」
美咲が牧田に尋ねた。
「ああ。益田翔太。三十五歳。この辺りの配達区域を長く担当している。事件当日も、あの周辺を回っていたらしい」
「何か知っているといいけどね」
圭司がそう言ったとき、作業着姿の男がこちらに歩いてきた。
「牧田さん、お呼びですか?」
「ああ、益田。ちょっと聞きたいことがあってな」
牧田が圭司と美咲を紹介する。
「こちらは野上圭司さんと娘さんの美咲さん。少し前に江津さんの家の火事があっただろ。その件で話を聞きたいそうだ」
益田は二人に軽く頭を下げた。
「益田です。よろしくお願いします」
圭司も頭を下げた。
「突然すみません。少しお聞きしたいことがありまして」
「江津さんのお宅のことですか?」
「そうです。事件当日のことや、あの辺りの様子で何か気づいたことはありませんか?」
益田は少し考えてから答えた。
「そうですね。あの辺りなら、普段から配達で回っています。事件当日も、確かにあの近くを走っていましたよ」
「何か変わったことはありませんでしたか?」
「当日のことは、配達先も多かったので、細かいところまでは覚えていません。ただ……」
益田は言葉を止めた。
「ただ?」
「最近、あの辺りは少し騒がしかったんですよ」
圭司と美咲が顔を見合わせた。
「騒がしいって、どういうことだ?」
圭司が尋ねた。
「この辺りに、大きなマンションが建つらしいって噂があったんです」
「マンション?」
美咲が聞き返した。
「ええ。誰が言い出したのかは分かりませんけど、近所ではそんな話が出ていました。それで、不動産会社の人間がよく周辺を歩いていたんですよ」
「不動産会社が?」
「はい。スーツを着た人が何人かで歩いていたり、車で周辺を回っていたり。何度も見かけました」
圭司は少し身を乗り出した。
「それは、いつ頃から?」
「はっきりとは覚えていませんけど、ここ最近ですね。少なくとも、火事が起きる前からです」
「江津さんの家の周辺にも来ていたのか?」
「ええ、あの辺りでよく見かけました」
益田は少し苦笑いした。
「正直、配達する側としては迷惑なこともありましたよ」
「迷惑?」
「変な場所に車を止めるんです。道幅が狭いところなのに、路上に駐車したりして。荷物を届けようとしてもトラックが入れないことがあって」
「それは困るな」
「そうなんですよ。こっちは時間との勝負ですからね。お客さんを待たせるわけにもいかないし」
圭司はその言葉に小さくうなずいた。
「時間は待ってくれないからな」
牧田が横から口を挟んだ。
「お前の場合は、それが口癖だからな」
「事実だろ」
圭司は軽く笑った。
美咲は話を戻すように益田に尋ねた。
「その不動産会社の人たちって、どこの会社か分かりますか?」
「いや、そこまでは。会社名までは見ていませんでした」
「車に会社名が書いてあったりは?」
「覚えていないですね。何台か見ましたけど、特に気にしていなかったので」
「そうですか……」
美咲は少し残念そうに答えた。
圭司は腕を組んだ。
「マンションが建つって話は、近所の人たちも知っていたのか?」
「ええ。配達先のお客さんからも聞きましたよ。『この辺りも変わるらしいね』なんて話をされたこともあります」
「なるほどな」
益田は続けた。
「でも、具体的にどこに建つのか、いつ工事が始まるのかまでは分かりません。噂だけだったのかもしれませんし」
「いや、十分参考になりました。ありがとうございます」
圭司が礼を言うと、益田は軽く頭を下げた。
「いえ。何か思い出したら、牧田さんに伝えておきます」
「ああ、頼む」
益田はそう言って、倉庫の奥へ戻っていった。
益田の姿が見えなくなると、牧田が圭司に声をかけた。
「どうだ? 何か手掛かりになりそうか?」
「まだ何とも言えないな。ただ、不動産会社が頻繁に出入りしていたというのは気になる」
美咲も頷いた。
「大きなマンションが建つって噂もあったんだよね。もしかして、土地の買収とか?」
「可能性はあるな」
圭司はそう答えた。
「江津家の土地も関係しているのかな?」
「それはまだ分からない。マンションの話と江津さんの家が直接つながっているとは限らないからな」
牧田が腕を組んだ。
「しかし、あの辺りで不動産会社が動いていたのは確かなんだな」
「益田の話ではそうらしい」
圭司は倉庫の外に目を向けた。
火事の現場から逃げた男。
江津家に頻繁に出入りしていた大山。
そして、周辺をうろついていた不動産会社の人間。
一見すると、それぞれ別の話のようにも思える。
しかし、圭司には何かがつながっているような気がしていた。
「牧田、あの辺りの不動産会社について、何か分かることはないか?」
「会社名も分からないんじゃ、調べようがないな。もう少し情報が必要だ」
「そうだよな」
美咲が二人の顔を見比べた。
「でも、これで少し見えてきた気がする」
「何が?」
「火事が起きる前から、江津家の周辺で何かが動いていたってこと」
圭司は小さくうなずいた。
「そうだな。もう少し調べてみるか」
牧田が二人を見送るように言った。
「おい圭司。あまり首を突っ込みすぎるなよ」
「分かってるって」
「その返事が一番信用できないんだよ」
美咲が笑った。
「牧田さん、圭司は言っても聞かないから」
「お前までそんなこと言うなよ」
倉庫を出る二人の背中を、牧田は苦笑しながら見送った。
帰りの車の中。
美咲は助手席で、益田から聞いた話を整理していた。
「不動産会社が何度も来ていたんだよね」
「ああ」
「でも、火事の現場から逃げた男とは関係あるのかな?」
「今のところ分からない。ただ、土地の話が出てきた以上、無関係とも言い切れない」
圭司は前を見たまま答えた。
「大山さんも、江津家に頻繁に出入りしていた。孝雄さんも帰ってきていた。そこに不動産会社……」
美咲は指を折りながら数えていく。
「何だか、いろんな人が江津家に関わっているね」
「ああ。だからこそ、一つずつ確かめるしかない」
車は夕暮れの街を走っていった。
江津家の火事をめぐる謎は、少しずつ別の方向へ広がり始めていた。




