中編
支援という言葉から最初、無名の見習い画家だと思っていたが──フェリオは伯爵家の三男坊だが、同時に若い、いや、未成年なのでむしろ幼いのだが、美人画で有名で。しかも、何とアリスの通う王立学園(今の時代は平民も普通に通っている)の後輩だった。
元々、父の代から伯爵家と付き合いがあったそうだが、そんな兄にフェリオが画家を生業にしたいと相談を持ちかけたそうだ。そんなフェリオに兄は、描き出すと寝食を忘れるからと家を出ることは止めたが、画材や絵の具を惜しげもなく提供し、更にモデルも紹介した。その絵が賞を取り、その後も描く度に高値で購入され、その売り上げで画材代やモデルの紹介料は倍にして返してきたと言う。
(一応、わたしはそんな恩人の妹なんだけど……いや、怖いな?)
絵画だけでなく本人も相当な美少年だと聞いていて、その通りではあるのだがとにかく目が印象的だった。静かに、けれどただ見ると言うより『凝視』されて、別に後ろ暗いことはないが何だか落ち着かない気持ちになる。
それでも、最低限の礼儀は守ってくれたようで──身分的に上である彼の方から、アリスに挨拶してくれた。
「初めまして。画家のフェリオです」
「初めまして。アリスです」
「何だ何だ。固いぞ、お前ら」
「「お前(兄さん)が柔らかすぎる(の)んだ」」
年下だが、貴族令息相手なので敬語を使う。初対面なのだからお互い、固くなるのは当然だ。だからアリスとしては当然の主張だが、フェリオが兄に対してほぼ同じ文句をつけたことに驚いた。
アリスよりも更に年上の兄に、敬語を使わないのはまあ、貴族なら当然だと思う。もっとも、兄に文句をつけたことに驚いたのは相手も同様だったらしく、パチリと目をまん丸くしてアリスを見た。
(こういう物言いをするってことは……きっと、やり手だけど強引なところのある兄さんに、苦労してるのね)
そう思ったのは、フェリオも同じなのだろう──刹那、アリスとフェリオはフッと笑みをこぼした。そうすると、今までの近づきがたい感じが薄れたのに内心、アリスは安堵した。
そうして緊張がほぐれたところで、アリスは豪華な屋敷の中のアトリエに視線を巡らせた。
描きかけのものも含め、ほぼ美しい女性が描かれていたが、走っている子供や縫い物をする老婆が描かれたものもあった。それらも眺めて、アリスは思ったことを口にする。
「生きてるみたい……今にも、動き出しそう……一瞬を、閉じ込めたみたい。すごい……」
「っ! 本当か!?」
「えっ!? あ、はい!」
思ったままに言うと、不意にフェリオが近づいてきて──問い詰められた上、いきなり腕を掴まれて向き合う格好にされたのには驚いた。
とは言え、そう思ったのは本当なので頷くと、見上げてくる綺麗な顔が途端に笑み崩れたのにまた驚いた。
「本当、ですけど……これらの絵を見た方は皆、そう思うんじゃないですか?」
「いや、お前が二人目だ」
「……えっ?」
「一人目は、お前の兄だ。生きてるようだとまでは言う者もいたが、その後は『綺麗』や『すごい』で終わってしまう。そして、動き出しそうまではお前の兄も言ったが、お前みたいに『モデルを閉じ込めた』まで気づいたのは初めてだ! そう、私は自分の絵に『最高の一瞬』を閉じ込めたくて描いてるんだっ」
「あの、わたしもすごいって言いましたよ?」
「その前に、言ってくれた言葉が嬉しかったからいい! 今までは、勝手に話や思考を停止されたようで、モヤモヤしてたんだ」
「停止と言うより、素敵過ぎて語彙力が無くなったのか、とぉっ!?」
最後が奇声になったのは、いきなりフェリオに抱きしめられからだ。不可抗力である。アリスは悪くない。
慌てて離れようとするが、フェリオは逆に抱きしめる腕に力を込めた。そして、もがくアリスの耳元で言う。
「たくさん本を読んでいると聞いたが、だからかな? 伝えるのが上手い。そんなお前の物語を読むのが、今から楽しみだ」
「……あの、夢で見た話、で……読むだけで、書いたことなんてなくて。面白いか、どうかは」
相手の腕の中に収まっているので、顔が見えない。
けれど、声からすごく期待されていると思ったのでそう言うと──朗らかに、楽しそうにフェリオは言った。
「確かに、読んだ後の感想は読者のものだが……万人に読ませるつもりはなくても、とにかく形にしたかったんだろう? 私がこうして、絵を描くように……むしろ、私を喜ばせてくれたお前が、初めて書いた物語を読めて嬉しい」
「……ありがとう、ございます」
真っ直な言葉を聞いて、アリスの方こそ嬉しくて──嬉しすぎて胸がいっぱいになり、もがくのをやめて、それだけ言うのが精一杯だった。