前編
その絵には白銀の髪の女性が、一輪の薔薇に唇を寄せている姿が描かれていた。
彼女が、悲劇の王妃・アデライトがモデルだとは言っていない。しかし世間一般的なイメージだと、北の空のように美しかったという蒼の瞳や、慈愛に満ちていたという微笑みがまず描かれるだろう。
だが、その絵に描かれている女性は目を伏せているし、笑みもない。
けれど彼女の表情や薔薇に触れている唇、そして指先からは祈りや慈しみが──紫の薔薇への、惜しみない愛情を感じさせた。
「どうだ? アリスの、イメージ通りか?」
息を呑み、絵を見つめるアリスに背後から声がかかる。
それに首を横に振り、長い黒髪を翻して振り返り──アリスは眼鏡の奥の目を輝かせ、満面の笑みで声の主からの問いかけに答えた。
「いいえ、イメージ以上です! 直接会って、描いたみたい! フェリオ様って、本当にすごいんですね!」
「本当か? イメージ以上? ちゃんと、生きてるか?」
「ええ!」
心からの賛辞に、アリスより二歳下の、それこそ絵の中から抜け出したような美少年が尋ねてくる。本当に綺麗な少年だが、普段は無表情かつ不愛想なものだから、怖がられたり、観賞用なんて揶揄されたりするのだが──アリスが褒めると、その緑の瞳や白い頬をふにゃっと嬉しそうに緩めた。
その顔を見て、アリスは思ったままに褒めて良かった、としみじみした。
※
アリスは、夢で見た悪女・アデライトの物語を一気に書き綴った。
もっとも元々の、学校の課題は無難なものを別に書き上げた。伝記の感想文としては尖っているので、下手をすると親を呼ばれてしまうと思ったのだ。
そう、とにかく夢を形にしたくて書き上げたのだが、アリスはその物語をどうこうするつもりはなかった。
……それが、物語を書き上げて二週間ほど経った後の兄からの言葉により、思わぬ展開を見せた。
「俺が支援している画家が、新作のネタを探していたんだが……アリスの物語を、読んでみたいそうだ。少し借りていいか?」
「は?」
「俺が支援している画家が」
「聞こえてるわよ! そうじゃなくて、何でっ」
「何でって、お前を起こしに来た時に少し読んだ。面白かったぞ? だから教えたら、随分と食いつかれてな」
「……全く、悪びれてないのが腹立つ!」
アリスと同じ黒髪の兄が全く悪びれずに言うのに、アリスはたまらず声を上げた。
けれど兄はやはり動じず、アリスと画家であるフェリオと引き合わせたのだった。




