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第十三話 おんぶのプロ

 エルラが背中に乗った瞬間こそ、「うっ」という声を上げたが、『おんぶのプロ』を自称するリュウの足取りは確かに、中々に軽快なものだった。


 エルラの指示に従って、彼らはすぐに爆発現場を離れ、入り組んだ路地の中を何度も曲がりながら進んで行った。

 ナレは、ハンクの襲撃の際の、初めての『走り』をサポートした時と同じように、彼の耳元で『イチ、ニ!イチ、ニ!』とリズムを刻み続けており、今のところ、リュウの両足は、そのテンポに従ってしっかりと動き続けている。


 (3,000年間眠ってたって割に、結構ちゃんと動けるんじゃない……)


 リュウの背中の上で、エルラは少し驚きながら考えていた。

 無論、一般的な人間の体力よりは劣っているだろうし、そもそも彼の筋肉を、一人の人間をおぶって走ることが出来る程度にはキープ出来ていたのは、コールドスリープ用のマシンのメンテナンスが良かったからであり、ひいてはそれを作り上げ管理していたAIの技術力だ。


 今は頼りなさげなお節介やきにしか見えないナレも、地球崩壊の前には結構ちゃんとしたAIだったんだろうなと、エルラはこの後の動きを、頭の中で整理しながら考えていた。


 まずは、即刻団員たちに連絡を取りたいところだったが、厄介なことに、彼女の通信機は先程の爆発でイカレてしまっていた。

 ナレにも聞いてみたが、彼女はまだ、ファイツァー達と通信コードの交換を行っていなかった。

 その職業柄、彼らのやり取りには、治安維持連合庁に傍受されない特殊回線を使用する。そしてその回線は、お互いにコードを知らないと接続出来ないようになっていた。


 (本当に、今はただの間抜けなAIね……)


 通信コードの交換くらいは、船から降りて彼らと分かれた時にやっておくものだろう。

 ハンクの襲撃から、この一団が『緊急事態』の多い生活を送っているのは分かっていたはずだし、そういうところに気が付かないというのは、アシスタントAIとしては致命的だ。


 そう思ってから、そういう緊急事態にまみれた暮らしを何年も続けてきているくせに、その場でナレに対して指示を出さなかった自分も同じく間抜けだ、とエルラは自分自身を責めて情けなくなった。

 何年たっても、自分は一人前の『ならず者』にはなれそうもない。

 ナレと同じように、大事なところがいつも抜けていた。


 「ねぇ、あんたならさ。見ず知らずの路地に入った私が、そこに並ぶいくつかの店から、どれを選ぶか推測出来たりする?」


 「い……いやぁ……どうだろう……」

 

 イチ、ニ、のリズムの合間に言葉を発して返答してきたリュウを、「ナレに聞いてんのよ」と冷たくあしらって、エルラはナレの回答を待つ。

 

 「そうですね……」


 ナレは少し考える様子。こういう時、即答するタイプと、一旦考えるプロセスを挟むタイプの人工知能がいる。どちらが技術的に優秀なのかエルラは知らない。一見前者の方がハイテクにも思えるが、ファイツァーだって後者のタイプだ。


 「エルラさんについての学習データを、十分に持っていれば可能だと思います。例えば、これまではどんなタイプの店に入ったかとか、そもそもどういう雰囲気の店を好むのか。あるいは、エルラさん自身も気付いていないような無意識の趣向などを十分に理解出来ていれば、幾つかの選択肢の中から確率の高いものを選ぶことは出来ます」


 ナレの回答は、ある程度エルラが予期していた通りのものだった。

 そしてそれは、人工知能でなくとも、十分なデータさえ持っていれば、おそらくは人間にも近しいことが出来るはずだ。

 問題はその思考プロセス自体ではなく、『十分なデータを持っていれば』という点だ。


 あのイルミスの男は、エルラが店に入るよりも先に、カウンターの端に座っていた。

 それはつまり、今ナレが解説したような推測を以って、先回りしてエルラを待ち受けていたということだ。

 そうすると、少なくともあの男は、その推測を行うのに十分なだけのデータを持ち合わせていたことになる。

 

 直近のデータ、つまり、彼女が『エルラ』という名前になってからの行動についてのデータ。それを、元の名前の彼女を追う男が手にしていた。


 男が単独で動いていたかどうかは、今のところ判断が難しかった。

 イルミスの残党組織が存在すると考えるのが自然のようにも思えたが、そうすると男の自害後に、それに続くメンバー達からの攻撃がないことが不自然だった。

 あえて自分達を泳がして備考を付けている可能性も考えたが、歩行仮免許中のリュウをわざわざ何度も蛇行させて確認したところでは、後をつけてくる人間の気配はなかった。


 気がかりはもう一つ。


 イルミスが、エルラになってからの彼女の足取りを追っていたのだとしたら、そのデータには当然、一つ星盗賊団の面々も含まれていることになる。

 あっちは3人一緒に行動しているはずだから、そう簡単にやられることはなさそうだが、イルミスの連中からすると、あの『事件』の当事者ではないエルラ以外のメンバーは、生かしておいて話を聞く必要もない。

 いきなり不意打ちを仕掛けられると、いかに百戦錬磨の彼らとて危ないかもしれない。


 「リュウ……」


 エルラの腹は決まった。


 といっても、作戦と言えるようなものではない。

 とにかく一旦船に戻る。そこにファイツァー達が戻っていれば直ちに出航すれば良いし、戻っていなくても、船の通信機を使って連絡が取れる。


 「そこの角を曲がれば大通りに出るわ。そこで一旦私を降ろしててからホバーキャブを拾って」


 リュウは「分かった!」と元気な返事を寄こした。まるで状況に合わない快活な様子に、エルラは思わず吹き出してしまう。

 ずっと眠っていたせいで、世間的な常識がないというか、こんな状況でも危機感が感じられない。

 殴られたり恫喝されたり、瞬間的な恐怖に対しては敏感なようだったが、状況については、それがどれだけ厄介で暗い状態でも、あまり影響を受けないようだ。


 それは、肝っ玉が据わっているとかそういうものではなくて、単に経験不足からくる鈍感さだったが、エルラにとってはありがたい誤算だった。変に臆病になって固まられても困る。


 「と……ところでホバーキャブって……」


 大通りに出たところでエルラを背中から降ろしながら、今更ながらにリュウが尋ねた。


 「大丈夫……乗ればわかるから……」


 エルラは、痛む身体を引きずりながら数歩進んだ所で片手を上げて、ちょうど向こうからやって来た赤いホバーキャブを止めた。

第十三話も、お読みいただきありがとうございます。


これまでの各話を少し修正し、あとがきも追加しました。


ブックマーク、ポイント、評価などいただけると嬉しいです。


引き続き、お付き合いの程よろしくお願い致します。


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