第十二話 誰かの役に立ちたい
手榴弾の炸裂と、それによる爆風は、店の半分以上を破壊した。
巻き込まれた者たちが、突然の痛みに呻き声をあげ、一帯はさながら小さな地獄のようなテイをなしていた。
「大丈夫ですか!?エルラさん……!?」
灰燼が立ち込める白煙に向かってナレが叫んだ。
リュウの身体の無事は、既にスキャンをかけて確認済みだった。カウンターが盾になって、爆発は直接彼らを巻き込まなかった。背後の壁に並べられた瓶が落ちてきて、そのいくつかが彼の身体を直撃したが、幸い軽い打撲程度のもので、命に関わるようなダメージはなかった。
しかし、エルラさんは……
かなりの近距離で爆発に巻き込まれたはずだ。きっと軽傷では済まない。最悪の場合……
「リュウさん!ちょっと目を借りますよ!カウンターから顔を出してください!」
ナレにそう指示されたリュウは呻き声を上げながら、カウンターに手をついて身体を上げ、その先が見通せるように首を伸ばした。
ナレは、素早くリュウの視神経を自分にリンクさせ、まだ白煙が立ち込める中を、サーマルアイを駆使してエルラの姿を探した。
「大丈夫……このくらい……なんてことないわよ」
ナレが見つけるよりも先に、彼らの方に歩いてきたエルラが、身体を投げ出すように、カウンターに肘を突きながら話しかけた。
強がってはいるが、息も上がって絶え絶えという様子で、顔色も青く力がなかった。
それでも彼女は、ニヤリと笑って、良くあることだと示して見せた。
「エルラ……!?」
彼女の姿を見たリュウが声を上げた。
両腕両足は火傷と擦り傷で赤くただれており、顔には頬に一筋の裂傷があるだけでなく、口からも血が流れていた。
大したことはないと装う彼女の態度とは違い、その身体は、まさに満身創痍という状態だった。
「あばらが二本、それに左腕にもひびが入っています……」
そんなことは、エルラには、ナレに診察してもらうまでもなく分かっていた。
自分の身体だ。今までこの身体一つで生き抜いてきたのだ。
この程度の傷であれば、少し休めば治るだろう。まだ若い時分の回復力には自信があったし、外科的な手術はファイツァーがやってくれる。
きっと色々と小言を言われるだろうけど、アイツの技術は信頼出来る。
今考えないといけないことは、この場からどうやって離れるかということだ。
これだけの爆発。いかに、連中にとって『優先度の低い』掃き溜めの路地裏での事件だと言っても、直ぐに治安維持連合庁の隊員たちがやってくるだろう。
今頃、通報を受けた隊員が、彼らの出世にはおおよそ影響しなさそうなエリアへの出動要請に、苛立ちをこぼしながらエア・カーに乗り込んでいるに違いない。
爆発事件の当事者として身柄を捉えられると、ちょっと厄介なことになる。
既に戸籍を捨てた彼女は、行方不明者扱いになっているはずだったが、DNAを確認されてしまうと、元々の名前に行きつくだろう。
そして、その名前の上には、良くて彼女の寿命の20回分くらいの刑期が、悪ければ、あるいは自然に裁判が進めば、すぐに死刑とになるだけの様々な罪状が塗りたくられている。
そもそも、銀河政府のお偉方が彼女の生存に気付いたとしたら、絶対にそれを許さないだろう。
超法規的にプロセスが進められ、即日処刑なんてことも、十分にあり得る筋書きだった。
「さっさと……ここから離れるわよ……あんた、歩ける?」
息を吐くたびに、折れたあばらが痛む。
その痛みから、エルラは自分の骨がどういう風に折れているかを判断した。
幸い、肺や心臓を傷付けてはいないらしい。しかし、大きく動けば、それらを突き刺してしまって大量の血を吐いたりすることにもなりそうだ。
そうなってしまえば一巻の終わり。死刑執行を待たず、彼女はここで野垂れ死ぬことになる。
「だ、大丈夫……色んなところが痛いけど、一応身体は動かせそうだ……」
そう言いながら立ち上がるリュウ。確かに、所々に擦り傷は見えるものの、どれも大したことはない。
こいつまで大怪我を追っていたら、もうゲームオーバーだった。これは、この災難な一日の中での唯一のラッキーかもしれない、とエルラは思った。
何度も繰り返すが、彼女は自分の所有物を決して諦めはしない。
だから、リュウをこの場において自分だけが逃げ延びるという選択肢は、そもそも彼女の中にはなかった。
この近辺には、当然監視カメラの類はない。犯罪多発地域にそんなものを設置していては、治安維持連合庁が始終出てこなければならなくなるからだ。
臭いものには蓋を、どうなったところで構わない最貧層のゴロツキどもには無視を、が連中の考え方だ。
つまり、なんとか今ここを離れてしまえば、この事件のために隊員たちから追われる可能性は限りなく低くできる。
イルミスの男がエルラの名を呼んだ声も、恐らく店主にしか聞こえていなかったはず。
その店主の亡骸は、ついさっき自分の店が半壊したこともつゆ知らず、今もカウンターの中に転がっている。本人には申し訳ないが、彼女にとっては好都合な『死人に口なし』だった。
問題は、このボロボロの身体を引き摺って、どうやってここから離れるかだ。
妙案はないが、とにかく歩き出すしかない。
「良かったわ……とにかく、さっさとここから離れるわよ……」
そう言いながら身体を起こそうとしたエルラを、鋭い痛みが襲った。
喉元まで競り上がった悲鳴を押し殺しながら、「ちっ……」と舌打ちを一発。
どうやら、このまま、腰をかがめて歩いていくしかないようだ。
「エルラさん……無理です……そんな状態で歩くなんて……」
ナレが忠告するが、それはもし、エルラがリュウと、つまり今、不格好にカウンターの上に腹這いになりながらこちら側にやってこようとする男と、同じような身体しか持っていなかったらの話だと、エルラは顔を顰めながらも自分を鼓舞した。
彼女の身体は、この程度の損傷や痛みには慣れているし、そもそも普段であれば、そんなカウンターくらい軽くひとっ飛び出来るくらいに鍛えてあるのだ。
「うるさいわね……あんたらは黙って……」
と言ったエルラの足元に、予想だにしなかった光景が広がっていた。
リュウが、彼女の目下で、こちらに背を向けて身体を丸くさせている。
そして、ぎょっとした彼女の表情には気付かずに、さも当然のように、「さぁ!」と叫んだ。
エルラにはリュウが何をしようとしているのかが分からなかった。
地面から十センチ程度のところで浮かしてある尻を蹴り上げてやりたいところだったが、今のボロボロの身体では、体力を少しでも使うことが惜しかった。
「あのねぇ……一体……」
「大丈夫!僕はおんぶのプロだよ!?」
数秒の沈黙……
エルラにも、徐々にこの、『過去からやってきた男』が一体何を考えているのか分かって来た。
つまり、このガリガリの男が、エルラをおぶってここから離れようという申し出だ。
確かに、エルラの身体は余分な脂肪が一切ないために軽い方ではあったが、それでも、今日生まれて初めて実際に身体を動かしたという男が、自分よりも小さな人間とはいえおぶったまま動けるのか?
いや、それ以前に、さっきから喚いたり叫んだりしてばかりのこんな男に、自分の命を託して大丈夫なのか……?
「一部の地球人には奇妙な本能がありまして……利他主義とか呼ばれるのですが、誰かの役に立つことで喜びを感じるのです……リュウさんには特にその傾向が強く、よく『良いことばかりをするための仮想世界』で、色んな人をおぶって走り回ったりしていました……だから、おんぶのシミュレーション自体は完璧なはずです……」
エルラの疑念を察したナレが説明したが、それを聞いたところで、人をおぶることの何が楽しいのかエルラには理解できず、むしろ変態性欲に近いものを感じて顔を顰めた。
しかし……
彼女は、一旦落ち着いて周囲を見渡し、今はこれしか方法がないことを認めざるを得なかった。
恐らくは、彼女自身が、身体の内部を傷付けないように、一歩一歩気を使いながら進むよりも、この『おんぶのプロ』とやらのスピードの方がまだ速いだろう。
誰かの背中に身体を預けるなんて、本来は彼女のプライドが許さない。
これは、エルラにとっては苦渋の決断だった。
こうしている間にも、治安維持連合庁の隊員たちは刻一刻とこちらに向かって来ているに違いない。
「さぁ!!」
おんぶ受け入れ姿勢で待機中のリュウが、もう一度促す。こちらを向いた目は、何故かキラキラと輝いている。
3,000年前の人間の思考回路や趣向というのは、きっと自分には理解できないのだろうと、エルラは考えることを諦めた。
「このクソ変態……」と呟きながら、彼女はリュウの両肩に手を伸ばした。
第十二話も、お読みいただきありがとうございます。
ナレの一部の機能は、リュウの身体を媒介にすることで使用できます。
彼女自身が『リュウと寄り添うAI』として、小型軽量化しつつ、最低限の機能は残すために、
自分自身を改良した結果、そういう仕組みになりました。
ブックマーク、評価、ポイントなどいただけると嬉しいです。
引き続き、お付き合いの程よろしくお願い致します。




