エピローグ
「さ、寒っ!」
ひまりは、あまりの寒さに身体を抱き寄せる。場所は自宅近くの小さな神社の境内だ。
昼間だというのに人気はなく、遠くにある太陽を確認して帰ってきたことを理解した。防犯グッズ以外は持っていかなかったため、連絡手段がない。身体をさすりながら自宅へ向かおうと思ったひまりは、ふと思い立ち、踵を返して、あやふやな知識で二礼二拍手だっけと思い出しながら、最後に手を合わせると神社にお礼の挨拶をした。
「ひまり!」
声に反応して振り返ったひまりは、小夜の姿を見つけて一目散に駆け寄った。
「小夜!」
小さい身体の小夜を抱きしめて、その前髪にひまりの用意したクリスマスプレゼントがあるのを見て嬉しくなって笑う。
「おかえり、ひまり!」
「ただいま!」
お互いにうれしくなってぎゅうぎゅうと抱き合っていたが、さすがに寒くなってひまりがくしゃみをすると、小夜がコートを脱いでひまりに渡す。
「お、おばさんに連絡!」と言いながら慌ててスマホを取り出す姿は、以前よりずっと明るかった。
ひまりは、家族にも抱きしめられ、その後直ぐに病院に行き、最後に事情聴取を受けた。
だけれど「異世界に行ってきました」と正直に言えるわけもなく、記憶がないふりをしたことで結果的に神社で見つかったこともあり、本当に神隠し事件扱いになっていった。
「うちからもあの神社が一番近いから、ひまりが無事に戻りますようにって毎日お参りに行ってたの」
放課後の誰もいなくなった教室で、小夜があの日神社にいた理由を聞いたひまりは「この子とは一生付き合う」と決心した。こうなれば弟をけしかけようか、私と好みは似ているはずだ。いや、陽太に小夜はもったいない、と、ひまりが完璧で幸せな将来の計画を練っていると、小さなため息が聞こえた。
「幽霊が見えなくなったから。それは嬉しいんだけど。ラウラが」
「きっと守護霊になってくれてるって、信じればいいんじゃない?」
「そうかな」
寂しそうな小夜を励ますように、ヘアピンを指でつついたひまりは、にんまりとした笑みを浮かべた。
「似合ってるよ、小夜。私もありがとね」
小夜のお返しのプレゼントである手袋を、ひまりは嬉しそうに机の上に出す。
「あっ」
きちんと置いたはずの手袋が机から落ちそうになるのを、ひまりは慌ててキャッチした。
その不自然な動きに、まさか、と顔をあげる。
空中に浮いたチョークが、黒板に文字を刻む。書き慣れていない日本語には強い個性が出ていた。
「帰って来たわ!」
力強く大きい文字を見て、二人は笑った。こんなに明るくて自己主張の強い幽霊なんて、一人しかいないからだ。