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ある王国の物語  作者: つきあかり
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5.雷鳴の夜

愛を育むことはなかったけれども、不思議に穏やかに友情に似た感覚でフリードリヒとエリーザベトの距離は縮まっていった。

フリードリヒは以前よりもエリーザベトに話しかけるようになってきたし、エリーザベトに対してあの胡散臭い笑顔は見せなくなった。フリードリヒが好む会話のコツも分かってきた。

フリードリヒは何よりも相手が欺瞞に満ちた言葉を言うことを嫌った。相手が臆せず本心を言い、それが彼の琴線に届いたらとても喜んだ。

けれども、フリードリヒ自身はいいかげんな言葉を使うこともあったし、それが欺瞞に満ちていることも多々あった。わがままだが王太子であったし、彼本来の性格がそういう狡さを魅力的に見せることも分かってきた。


エリーザベトとフリードリヒはヴィルヘルム王の配慮でプロイセン王家に仕える貴族の別荘を借りて遊びに行くことも増えていった。

湖畔にある可愛らしい城で、様々な野鳥や花を愛でることが出来た。

軍人としてのフリードリヒの任務地にも近く、都合も良かった。

天気の良いある日のこと。使用人がエリーザベトのために仕掛けた巣箱にエナガが卵を産んでいてそれが孵っていたのだが、一羽巣から落ちてしまっていた。

毎日窓から眺めるのを楽しみにしていたので、なんとか戻せないかと考えていると、フリードリヒが帰ってきた。

「何をしているの?」

「小鳥が落ちたんです。戻してあげたくて」

言うと、フリードリヒが籠にそっと横たわって元気のなくなった雛鳥を覗き込んだ。

「育てたら良いじゃない。君ならきっと良い母親になれる」

とからかうように言う。

エリーザベトは、ただ一人の自分の夫を睨みながら、

「野生に生きるものは人の手で飼っても育ちません」

と腹立たしさを込めて子供が欲しくない夫の手をきゅっと握りしめた。

すると、フリードリヒの手の甲を包むようにエリーザベトが握っていたのを、フリードリヒは自分の手をひっくり返して手のひら同士が重なり合うように握り返してきたのでびっくりした。

目を見開いて、フリードリヒの顔を見つめると、彼はぱっと手を離してしまった。

「梯子を持って来る」

と言って、使用人を呼んで梯子を持って来させると自ら梯子を登って小さな雛を巣に戻した。梯子を降りてきながら、呟くように

「本当に君なら良い母親になれると思うんだ」

小さな声で聞こえてきた。エリーザベトはフリードリヒの横顔をじっと見つめたが、そこにどんな感情も読み取ることはできなかった。


数日後、結局雛鳥は死んでしまったようだった。

元気な兄弟達は元気なまま、母鳥に餌をねだっていたが、あの一羽がその中に顔を出すことはなかった。

そのことをフリードリヒに報告すると、

「あの時にもう弱っていたからね。仕方ない」

本を読みながら、淡々と返事をしてきた。

エリーザベトは気落ちしていた。出来れば、元気になって欲しかった。子供のように思っていたわけではなかったが、自分の中の何かと重ねていたかも知れない。

そして、ここのところ夫のことばかり考えてしまうのも悩みの種だった。あの時、どうして手を握り返してきたのか考えてしまう。彼流のおふざけだったのかも知れない。そう思うと胸が苦しくなった。

そんなエリーザベトの気持ちを知ってか知らずか、本を閉じて立ち上がると窓際に立ち、外を眺めながら言った。風が強くなってきたようだ。

「今夜は嵐がくるそうだよ。早めに寝ないとね」

そういえば、使用人が雨風で傷まないように、巣箱を動かないように固定しているのを見かけた。


そして夜、食事が済んでから風がいよいよ強くなり、雷も遠くで鳴り始めた。

早々に部屋へと引きこもっていたが眠れない。

雷鳴がどんどん近づいているようで、城のどこかに落ちはしないかとさすがに怖かった。カーテンを閉めていても、ピカッと光が忍び込んでくる。その後にドドーンと激しい音が響くのだ。

何度目かのドドーンのあと、トントンとドアをノックする音が聞こえた。

ドアを開けるとフリードリヒが立っていた。

「怖がっているのじゃないかと思って」

フリードリヒがこの部屋に来たのは初めてだった。びっくりはしたが、心配してくれているのが素直に嬉しかった。

「ありがとうございます」

謝意を示すと、うん、とフリードリヒはそっぽを向きながら頷いた。

「どうか、雷が鳴り止むまで一緒にいてください」

勇気を出して夫の手を取った。

雨の激しい音が聞こえてきた。また、稲光がしてドドーンと音がする。

「あの雷は電気というものらしいよ」

「電気?」

会話をしながら、2人はエリーザベトのベッドに横たわっていた。寝ていても良いと言うから申し訳なく思いながら横たわると、フリードリヒも隣に横になってきた。

子供が欲しくないと言いながら、この距離感はおかしいと奇妙に思いながらもフリードリヒらしいとも思った。彼は普通の男女や夫婦のように抱き合いたいのではなく、本当に私を心配して電気とやらの話で慰めようとしてくれているのだろう。

「電気とは力の流れらしい」

「力の流れ?力とは重い物を持つ力のことを言うのではないのですか?」

屈強な男が重い物を持つ姿を想像した。

「それもそうなのだけど、例えば、火に掛けた水がお湯になるのも、あの雷が近くの木に落ちてその木をなぎ倒すのも力の流れによるものだそうだよ。ねぇ、僕の奥さんワクワクしないかい?いつか人がそれらの力を制御して、自分達のために使える日が来るならば」

そうフリードリヒが言った瞬間、一際大きな雷鳴が部屋の中に響いた。エリーザベトがびっくりして身体を震わせると、

「どこかに落ちたかも知れないね」

と言いながら、そっとエリーザベトの身体を抱き寄せてきた。

頭の中が真っ白になってなんと返事をして良いのか分からなくなった。分からないままに夫の身体におずおずと腕をまわすと彼は嬉しそうに笑った。

「君は暖かいね」

エリーザベトの心臓の音が跳ね上がる気がした。ドクンドクンと波打って夫に聞こえたらどうしようと思った。夫はそんなことは望まないだろう。私と普通の夫婦のように抱き合うことは望んでいない。

息苦しくて、呼吸を整えようと少し離れようとするとより強く抱きしめてきた。

「待ってもう少し。暖かいから」

くらくらする目眩と不思議な喜びのなか、お互いの間にある暖かさはとても気持ちよくて、本当はもっとたくさんくっついていたいと思っていた。だから……

「多分、2人でいるから暖かいんです」

そう言っていた。

こういう時、いつも屁理屈と穿った見方で返事を返してくるフリードリヒだったが、今日は素直に頷いた。

「そうかも知れないね」

今まで感じたことのない暖かさの中、嵐の音はどこかにいって、そのまま2人は眠りにおちた。




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