6.嵐の後に
久しぶりに人肌の温もりを感じながら眠った夜は、少年時代に、カッテと出かけた村の祭りを思い出させた。
自分が死なせた男を思い出す時、それはいつも悪夢であったが、昨夜は違っていた。始終笑顔の夢だった。
目が覚めれば、あの男を亡くした時に流した涙を鮮明に思い出し、胸の奥に疼く激しい後悔に苛まれたが、亡くしたものは二度とは帰ってこない。
隣に眠るまだあどけない表情の妻を起こさないように彼女のベッドから滑り出ると、自室に戻り着替えた。
今日も、父王自慢の軍隊の訓練を受けた後に今のこの国を取り巻く情勢についての講義がある。
現神聖ローマ皇帝カール6世の穏やかな治世のもと、ヨーロッパは平和な時代を送っていたが、問題は水面下で山積みだった。
1番の問題はカール6世に跡継ぎの男の子がいないこと。そして、どうもカール6世は自分の娘マリア・テレジアを後継者にしたいと思っている様子であること。
現状の神聖ローマ皇帝はハプスブルク家が独占しているが、資格のある家はハプスブルクだけではない。フリードリヒがプロイセン王国ホーエンツォレルン家の当主になれば皇帝の後継者になる資格があるし、他にも資格を持つ家はあるのだ。もちろん皇帝になりたいなど露ほども思わないが、前例のない女帝のためにヨーロッパが揺らぐのはごめん被る。
実はフリードリヒがカッテを亡くしたその時、腹を立てたヴィルヘルム王は王位継承権の剥奪と同時に息子の処刑を命じたが、カール6世が口利きをしたおかげで助かった経緯があった。けれども、それを恩義に感じて忠誠を誓い国を無くすのは割に合わないと思っている。
そして、自分はカール6世に救われたとも思っていない。
カッテは死に際して自身の心配などせず、命乞いもせず、ただフリードリヒの心配をしていたという。王と自分が仲良く生きていく道を探して欲しいと願っていたという。
カッテが処刑される前に会うことは許されなかった。幽閉され、淡々と死が訪れるのを待っていたのに死ぬことも禁じられ、幽閉が解かれたのちに最も大事だった友の変わり果てた姿を目にして、自分が1人地獄に取り残されたことを知った。
カッテの言葉すら呪いでしかなかった。
まだ17歳の少年だった自分は、逃げ切れると思っていた。だから、彼に一緒に逃げて欲しいと言ったのだ。
母の故郷、イギリスまで逃げれば、母の親戚に頼ればなんとかなると思っていた。
けれども、その選択は母の期待を裏切り、父の望みに背を向け、自分が将来守るべき国とそこに住む人々を捨てる行為だった。
自分に突きつけられたのは、完全な敗北。
一度捨てたものを守るなどという滑稽な行為に情熱など持てるはずもなく、敗者として何もかも失ったままで生き続けなければならない。
着替えを済ませ軽く朝食を摂ったあと、部屋から出るとドアの外にエリーザベトが立っていた。
顔を少し赤らめながら、少し伏し目がちに話しかけてくる。
「殿下はお仕事ですか……?」
「うん、今日は修練場へ行くよ」
「お気をつけてくださいませ」
エリーザベトは自分と目を合わせようとしなかった。前はもっとまっすぐにフリードリヒの顔を見ていたのに。そういえば顔も少し赤いし、具合でも悪いのかと彼女の頬に手をやると、あっと言いながらもっと顔を俯けた。
「エリーザベト?」




