【八十三話】遅かれ早かれ
「おえ」
「吐かないでくださいよ!?」
結局顔合わせという名の成人組の飲み会になってしまった夕飯では、ろくに迷宮についての会話なんて物はなく、大体が海山さんによる俺への質問攻めや、彼氏ができない事への不満ばかりになってしまった。
皆腹を満たし店を後にした今も直ぐそこで海山さんに肩を貸している津奈ちゃんが、自信の肩口に顔を埋めている海山さんがかなり危険な嗚咽を漏らしていることに絶叫していることに半ば他人事で戦慄してしまう。
「硯君の介抱相手が俺でよかったなあ」
「ええ……本当に」
そう言った保谷さんは隣で少しだけ頬を赤らめてはいるものの、足取りも確かで相当量の酒を煽っていたのが嘘みたいだ。
「空さぁん!ちょっと助けてくださいよぉ」
「津奈ちゃんごめん、奥さんいるから……」
「……都合の良い言い訳してからに……!」
津奈ちゃんに助けを求められるが、正直いつ海山さんのダムが決壊するかも分からないし、一応泥酔状態の未婚女性に肩を貸すのは妻帯者としていかがな物かと津奈ちゃんに言えばなんだかんだ真面目な津奈ちゃんはこれ以上俺に助けを求めることは出来ず肩を落としている。
「ま、多分迷宮では俺とよく絡むことになるだろうから、よろしくな~!俺はホテル帰って寝るわ」
「あ、はい。付いて行かなくて大丈夫ですか?」
「余裕余裕」
そう言って保谷さんはひらひらと俺達に手を振って、離れて言った。
流石にびっくりするぐらいの酒を飲んでいたので心配だったが、保谷さんの後ろ姿を見る限り大丈夫そうだ。
「津奈ちゃん頑張って!応援はしてる!」
「じゃあ手伝ってくださいよ~」
軽く保谷さんを見送ってから鍛えているとはいえ人一人分の体重が掛かっているせいか少しふらついている津奈ちゃんの傍に寄って言うと津奈ちゃんは半泣きで空いた手のひらで俺の服を引っ張る。
「……まあ、ほらそれは、ね?」
「うぅ薄情者」
「……あ、ヤバ」
ぐいぐいと服を引っ張られながら泣きついてくる津奈ちゃんを宥めていると、海山さんが小さな声で呟いた言葉は俺たちにとっては警笛でしかなかった。
「ちょっ……きゃっ、辞めてください!本当に!」
「ちょ、ちょっと海山さん不味いですって」
海山さんが体の内側から何かが漏れるのを抑えるように、津奈ちゃんの来ていた服をお腹側から手を突っ込んで口を押えるせいで、津奈ちゃんの薄っすらと割れた腹筋が露わになってしまっていた。
時間が遅いとはいえ、それなりに人通りが多い通りということもあって、容姿が整った少女である津奈ちゃんのお腹が完全に見えてしまっていることで通行人の視線を否応にも集めてしまっていた。
今ほど上着を着ていない事を悔いたことは無いが、取り敢えず通行人の目線から津奈ちゃんを隠すためにも津奈ちゃんの正面に立つ。
「……おえ――んぐ」
海山さんの嗚咽を聞いて津奈ちゃんの声にならない悲鳴が聞こえてきたが、ギリギリ海山さんも堪えてくれたようだ。
「「……セーフ?」」
「……オロロロロ」
「「ぎゃああああ」」
――――――――
「ひどい目にあいました……」
「本当だよ……」
一瞬油断させておいて結局ダムを決壊させた海山さん自体はほぼ無傷なことに文句の一つや二つどころじゃないほど言ってやりたいが、酔っ払いに何を言っても意味はないだろう。
俺と津奈ちゃんは吐しゃ物まみれの服のまま何とか海山さんをホテルの部屋に叩きこんだ後、各々の部屋で着替えと風呂を済ませてから、津奈ちゃんが話したいことが有るとのことで俺の部屋で再度合流していた。
二人して風呂上りでいるのも変な気がするが、何か起きようも無いのは戦闘力で明らかに津奈ちゃんの方が高いので分かり切っていた。
「それで?話って?」
「はい。一つだけお願いがあって、この時計塔攻略の間私を見ていてほしいんです」
「……サポーターとして津奈ちゃんの事を見なきゃいけないと思うけど?」
「違います!その、お嫁さん候補として」
津奈ちゃんの口から漏れた言葉は、俺にとって予想だにしていない言葉だった。
「えっと……」
「でも、無理強いはしません、私も空さんに迷惑をかけるつもりは無いんです。ただ……せっちゃんから話は聞いてて、知り合ってからもずっと少しずつ空さんを知ると同時に好きな所がひとつずつ増えて行ってて、その……ダメですか?」
「……」
膝の上で組んだ手のひらをぎゅっと握りしめてこちらを何処か不安げに見つめる津奈ちゃんに俺は何も返す事が出来なかった。
「……候補、で良いんです。ただせっちゃんの友人の渡邉津奈じゃなくてただの空さんの事を気になっている渡邉津奈として見て欲しんです。桜さんにも許可は貰ってます」
「……えと、うん分かった。ちょっと急すぎて直ぐには難しいかもだけど」
「それで大丈夫です。私もせっちゃんみたいには出来そうにないので、ゆっくりで」
ほっと肩をなでおろした津奈ちゃんはふわりと笑みを浮かべた。
「明日からもよろしくお願いしますね」
「うん。時計塔攻略頑張ろうね」
「はい!頑張ります」
津奈ちゃんはそう言って俺の部屋を後にした。
津奈ちゃんの告白は俺にとってかなりの衝撃であったが、鏡花さんやセツナの時とはまだゆっくりで良いと津奈ちゃん自身が言ってくれたので、言われた通りこれからはセツナの友人でダンジョンの師匠としての津奈ちゃんではなく、一人の女の子として接していこうと思う。
まあ自身の理性の糞雑魚具合は自覚しているし、津奈ちゃんが四人目になるのは遅かれ早かれじゃない?と日本で待ってくれている桜が言っているような気がした。




