【七十二話】テディベアに甘んじるな
「そうそう。良い感じですよ」
「本当ですか?」
渡邉さんから刀の扱いを教えてもらい始めて一時間ほど経ち、初歩的な刀の握りから教えてもらって今やっと刀の振り方を教えてもらって、教えてもらった通りに刀を振るうと少し離れたところで見ていた渡辺さんはぱちぱちと手を叩いて褒めてくれた。
「体を見た時から思いましたけど、硯さん結構センスありますよ」
「そうですかね……?」
「はい!」
渡邉さんは褒めて伸ばすタイプなのか、教え始めてから何度もことあるごとに褒めてくれるのでなんだかむずがゆい。
褒められてはいるものの、今だ俺は刀の握り方すら危うい初心者なので、さんざん褒めてくれる渡邉さんに曖昧な笑みを返して、教えてもらったことを反芻しながら何度か素振りをしてみる。
「二人ともそろそろ休憩」
俺が素振りをしている間も優しい表情で子供を見守るような視線を向けてきてくれている渡邉さんに何とも言えない気恥ずかしさを感じていると、ベンチに座って俺たちの事を見ていたセツナがそう声を掛けてきた。
俺と渡邉さんが、セツナの声掛けでセツナの方へ視線を向けると、ベンチにはセツナだけではなく桜がお茶菓子とコーヒーサーバーを乗せたお盆を持って立っていた。
俺は少し呆れたような表情を俺に向けている桜を見て、刀を振るうのに熱中してしまって、そういえば後で連絡すると桜に言ったことを思い出した。
待てども待てども俺からの連絡がない事で頃合いを見計らって飲み物を持ってきてくれた桜に軽く頭を下げて、少し離れたところでどうしたものかと立ち尽くす渡邉さんを誘う。
「あぁ、今行く!渡邉さんもどうですか?桜の淹れてくれたコーヒーは美味しいですよ」
「……それじゃあお言葉に甘えさせてもらいますね」
「是非」
実際一旦初歩的な刀の振るい方も教えてもらい、キリが良いのも確かだったので俺は刀を渡邉さんに教えてもらった通りの手順で鞘に納め、桜やセツナの座るベンチに向かった。
――――――――
「……!凄くおいしいです」
「そう?えへへ、そう言ってくれると嬉しいな」
「桜はスーパーメイド兼正妻」
お茶菓子の並んだテーブルを囲んで、桜の淹れてくれたコーヒーに角砂糖とミルクを入れ、一口コーヒーを口に含んだ渡邉さんは少し驚いたように目を見開いていた。
桜も素直に褒められると嬉しいのか、少し照れたように頬をポリポリと掻いて笑う。
「どうして、セツナがドヤ顔するんだよ……」
「どうしても何も、桜は皆のお嫁さん」
「いや、俺のお嫁さんなんだけど?」
「……そう言えば硯さんってせっちゃんと桜さんと結婚しているんでしたね」
俺の家に引っ越してきてから順当に桜の家事スキルの高さによって骨抜きにされているセツナが渡邉さんに桜を自慢するものだから、呆れたように俺が言うと、コーヒーの次に桜の手作りのお茶菓子に舌鼓を打っていた渡辺さんが思い出したように言った。
「まぁ、正確にはもう一人いるんですけど……桜、そういえば鏡花さんはどうしたの?今日まだ見てないけど?」
「鏡花さんは昨日遅くまでピコピコの動画の編集してたよ?多分まだ寝てるんじゃあないかな?」
「あぁなるほど……俺編集できないからなぁ。後で起きたらお礼言っとかないと」
桜が言った通り、ARカップが終わったからと言って、鏡花さんと二人で立ち上げた空鏡のチャンネルは未だに稼働していて、二人でカジュアルに潜った時のクリップを鏡花さんが編集して上げてくれていた。
それに最近は練習の息抜きで俺と鏡花さんに加えてセツナも度々動画に出るものだから、ARカップで増えたチャンネル登録者以上に新たに俺たちのチャンネルを登録してくれる視聴者が増えていた。
「ピコピコ?」
渡邉さんは桜の言ったピコピコの意味が分からなかったのか、首を傾げる。
「あ、ゲームです。ほら、セツナともそれ関係で知り合ったので」
「うん。負けた」
「えぇ!?せっちゃんって世界で一番上手いんじゃあないですか?私もあんまりゲームは詳しくないのであれですけど……」
流石に何回も一緒にテレビに呼ばれていれば渡辺さんもセツナの凄さは理解しているのか、俺がセツナに勝ったと聞いて流石に大きい声で驚いていた。
「一応本気の大会とかではなくて、カジュアル大会だったので……」
「む、カジュアル大会でも本気」
正直あの戦いに勝てたのは運がよかったのが勝因のほとんどを占めていたと今でも俺は思っているのだが、それを正直に言うとセツナが怒るので、どう伝えたものかと少し考えて言った言葉だったが、それもセツナには引っかかったのか少しむすっとして俺の二の腕をつまんでくる。
「それでも凄いですね……そんなにゲームが得意なのに、ダンジョンにも挑戦するんですね?」
ぐいぐいとセツナに二の腕を引っ張られながら、何とかセツナをなだめていると渡邉さんはなんで俺が自他ともに認める世界最強であるセツナに勝つほどの腕前にも関わらず、ダンジョンに挑むのか分からないのか少し納得のいかない様子で聞いてきた。
「まぁ、俺は欲張りなんで、色々手を出したくて。……それに、ダンジョン探索ってロマンあるじゃないですか?」
「ふふ、確かにそうですね」
渡邉さんはっきりとしない答えにも関わらず、薄っすらと笑みを浮かべてコーヒーカップを口元に運んだ。
そうして渡邉さんは口を湿らせてから、少し申し訳なさそうに眉を下げながら口を開いた。
「実際の所そんなに、ロマンもないですけどね?モンスターを倒したところで何か宝物を落とすわけでもないので」
「確かに、そうですよね。なんで渡邉さんは危ない目にあってまで、ダンジョンに挑むんですか?」
渡邉さんの言った言葉は、案外現金な性格をしている桜も疑問に思っていたことだったのか。渡邉さんに質問を投げかける。
「そうですね……一番は、鍛えた技術を心置きなく振るえるのは、ダンジョンしかないというのが理由ですかね?」
「確かに。私もゲームで勝つと楽しい」
セツナは渡邉さんの言った「鍛えた技術を心置きなく振るえる」という点に共感しているようでこくこくと頷いて言う。
「そう聞くと、私も料理を皆に振舞う時はそんな感じかもですね」
セツナや桜が共感するように、結局誰しもが何か練習したものを誰かに見せたいだったり、練習した成果を確認したいと言ったような自己顕示欲は少なからず持ち合わせているのだろう。
「なんか早くダンジョンに潜りたくなってきました」
それは俺も例外ではなく、この世界に来た時から神様からもらったこの神スペックともいえる体を完全に使いきれておらず、この体を存分に動かすことの出来るであろうダンジョンに思いを募らせるのは当然であった。
セツナの助けもあって、世界で一番ともいえる先生に教えてもらえることだし。
「続き、しますか?」
「お願いします!」
「それじゃあ、私もセツナちゃんと一緒に見てようかな~」
「みよみよ」
俺と渡邉さんが、刀を持って立ち上がると桜はいつの間にかセツナを足の間に挟んで完全に観戦モードでひらひらと手をこちらに振っている。
俺はここに引っ越してきてから、桜だけでなく鏡花さんにも完全にお人形さん扱いをされても全く気にしていない様子で、今も桜に抱かれながらテディベア然としたセツナに呆れるべきか、誰とでも直ぐに距離を詰めれる人懐っこさに感心するべきか少し悩んでしまった。




