【六十五話】ヤダ、カッコイイ……
「へぇ~やっぱり温泉街は温泉卵とか有るんだね、一葉ちゃん食べてみたら?」
「なんでさっきから私にばっかり食べさせようとするんですか!鏡花さんが食べればいいじゃないですか!」
「でも、鏡花さんの気持ちも少しわかるかも、なんか一葉ちゃんって食べさせたくなる感じあるし」
「も~桜さんもそう言って!」
今俺達は浴衣のまま、八百万温泉の商店街に繰り出していた。
普通に過ごしていれば浴衣で外に出るなんてことはすることは無いだろうし、この非現実感の所為かそれともただ女子が三人いることで姦しい故か分からないが、とにかく俺以外の三人は楽しそうに肩をぶつけあいながら商店街を練り歩いていた。
三人ということであれ一人足りないじゃないかと思うだろうが、セツナは流石にARの人に何かしらの話し合いがあるとのことで引きずられていった。
その時も俺の肩から一切手を離さず、それこそ小さい子供が買ってほしいおもちゃから離れないような鬼気迫る形相で肩を掴むセツナが斎藤さん含むARのスタッフの人に手を剥がされ、連れていかれる様子セツナの背丈のこともあり、宇宙人が連れていかれていくあの写真のようだった。
思い出し笑いを堪えながら、なぜ会話に参加せず前を歩く三人を眺めているのかと言われると、なぜかセツナ含む女子勢が妙に仲良くなっているのだ。
セツナはものおじしない性格だから省くとしても、初対面のはずの三人がここまで仲良くなっているのは、きっと俺とセツナが呼び出されていた間の話し合いの時間だろう。あの時間の間にどんなことが語られていたのかと少し怖くなってしまう。
「空さんどう思いますか!二人が私に色々食べさせようとしてくるんです!」
そんなことを三人を眺めながら思っていると、ちゃっかり温泉卵を右手に持った一葉さんがそう言って泣きついてきた。
桜と鏡花さんから逃げるように俺の背に隠れた一葉さんはちゃっかり手に持った温泉卵を食べているのが分かる。
「……二人とも、気持ちは分からなくもないけどほどほどにね」
「空さん!気持ちは分かるって何ですか!私今ダイエット中なのに」
ダイエット中ならもうすでに右手に残っていない温泉卵はなんじゃい!と言いたくなるが実際俺も前世含めてこういった温泉街で食べ歩きをしたことは無いし少し興味が出てきた。
「俺もそれ食べたいから、皆で食べない?一葉さんだけってのもあれだし」
「空君がそう言うなら食べようかな~」
「それじゃあ私も」
「それじゃあ温泉卵、三つお願いしても良いですか?」
「……私も」
「……四つで」
ダイエットはどうしたダイエットは……
俺が店員さんに追加で温泉卵を頼もうとしたら、おずおずと一葉さんも参加してきたので結局四つの温泉卵を受け取った俺たちは各々入りたい店があればそれについて言ってお土産を確保した。
俺もいつもお世話になっている等々力さんや、クラスの皆にお土産を買って、そろそろ宿に戻ろうかという時には既に全員が紙袋を両手に装備していた。
――――――――
全員がそれぞれお土産の紙袋を持ってかなりの人が居る商店街の通りを歩くのもなんだかなぁと言う話になって宿に帰ってきた俺達は一旦荷物を片して、何が琴線に触れたのか分からないが珍しく桜が一葉さんにちょっかいを掛けていることから仲良くなりたいのか二人で温泉に入りに行ってしまったので、まだセツナが部屋に戻ってきていないこともあり俺と鏡花さんが二人残された。
「ふい~疲れた」
「こういう所始めてきたけど、面白いね」
鏡花さんも同じように自分の荷物を片して、座椅子に腰を下ろして言った。
「あ、鏡花さんもこういう所初めて?」
「まぁ、あんまり外でないからね」
「俺も桜と外に出かけるとき以外は殆ど家だから同じようなもんか」
「そうだね~」
昨日初めて鏡花さんや一葉さんと会った時からずっと思っているが、VPEXを通して仲良くなった人たちとこうしてリアルで会っていると思うと少しばかり違和感を感じてしまいそうなものだが、不思議と二人にはそう言った事はなく、それが特別仲良くなれたおかげならば良いなと思った。
「ていうか、鏡花さんも一緒に行かなくてよかったの?」
「……なに?温泉?」
「そうそう」
「まぁ、僕はそんなに温泉が特別好きって訳ではないしね」
「でもここの事知ってたの鏡花さんじゃん?」
そう、一番ARカップの商品のここ八百万温泉に驚愕していたのは鏡花さんなのだ。俺は言わずもがなで一葉さんは名前は知ってるぐらいだったなか、鏡花さんは特別興奮していた気がする。
「ん、まぁそれはそうだね……色々あるんだよ」
「色々ってなにさ」
「色々は色々だよ」
「ぼかされると気になるって」
「……あ~もう!」
いつも物事に対してはっきりと返す鏡花さんが珍しく口ごもったこともあって、少し興味が湧いたのもあるが問い詰めるようなテンションで、俺が隣の鏡花さんに体を寄せると鏡花さんは頬を少しずつ色付かせて俺の手をグイと引いていよいよ顔が真っ赤になった鏡花さんはジッと俺の目を見て口を開いた。
「……あんまり、揶揄わないで」
「へ?」
手を引かれ、間抜けに手を上げながらいつもは男らしい口調で、むしろ俺の事をからかってくるような鏡花さんが女性らしい口調で俺が揶揄っていると言ってきて、まさかの出来事過ぎて俺はただでさえ間抜けな体制なのに加えて間抜けな声が漏れてしまった。
「桜も気を使ってくれてるんだと思うし、分かるよね?」
俺は鏡花さんのその言葉で初めて、なぜわざとらしいぐらい桜が一葉さんを連れて温泉に入りに行ったのかを理解した。
「あの、鏡花さんって学生の時女の子のファンクラブとかあったでしょ?」
「……」
流石に俺もここまで鏡花さんに言われれば、桜が新たに関係を持つことになるであろう鏡花さんに対して気を使ってくれているのが分かるし、今関係の無い事を聞くとムード的な物が多少削がれるのも分かるが、余りに鏡花さんの姿が男の俺をもってしても男らしすぎてつい聞いてしまった。
鏡花さんは俺の問いに答えこそしなかったが、俺に聞かれたことで少し嫌なことを思い出すように渋い顔をしたと言うことは多分そういう事なんだろう。
そのまま、俺の手を上げたまま鏡花さんは残ったもう一方の手で、軽く顎に手を添えてこれ以上俺に余計なことを言わせない為にか口をふさいだ。
何というか、さすがに一連の流れがイケメン過ぎて、鏡花さんがボーイッシュなのも含めて自分が少女漫画のヒロインにでもなったのかと思った。
そんな馬鹿なことを考えながら、口を付けるだけの口付けをしたまま少し経つと、心配になってしまうほど顔を真っ赤に染めた鏡花さんはバッと顔を放した。
「……ぷはっ。これ以上は無理!」
「……てっきり、このままやるのかと……」
「っ無理に決まってるだろ!」
「あはは」
昨日のセツナとの一件もあったし、これ以上可笑しい状況になるのかと思って言ったが、鏡花さんはそんなことは無いようで、俺の手を離して自分のしたことを今になって恥ずかしがっているのか両手で顔を隠しながら言った。
「いや、ほら、セツナの件もあるし」
「皆が皆あんなふうなわけないだろ!セツナあいつ絶対むっつりだよ!」
「勝手に決めるのもどうかとは思うけどね、分からなくもない」
「だろう!?」
何処か締まらないまま、俺はてっきりミラーさんはゲームを一緒にしている時には男の人だと思っていたけれど、それが女性で尚且つこうして口付けをするような関係になるとは思っても居なかった。
よっぽど恥ずかしかったのか、未だにセツナに対してお門違いの文句をぶつぶつと呟いている鏡花さんを見るとARカップに出るために二人で試行錯誤したりしたことを思うと、一葉さんの手助けもあってARカップにも出れて、しかも優勝出来たことにどこか運命のような物を感じた。
その後は鏡花さんは恥ずかしがったが、二人で手を繋ぎながら話していると温泉に入りに行っていた桜と一葉さんも戻ってきて桜が繋いだ手を見て微笑ましく笑みを浮かべたのが妙に印象に残った。
二人が戻ってきて四人で話していると、話し合いが終わったセツナも部屋に戻ってきて、セツナは俺と鏡花さんの繋いだままの手を目ざとく見つけて無言で俺の空いた方の手を取った。
「俺どうやってご飯食べるのさ」
「知らないよ!」
「食べさせてあげようか?」
そのまま五人で話していると夕食の時間になり、机の上に並んだ料理を見ながら両手のふさがれたままの俺がそう言うと、鏡花さんは顔を赤らめてそう言ったものの繋いだ手は離さず、セツナは半笑いで俺の顔の前に箸を差し出してくる。
「行儀が悪いので、自分で食べてくださいね」
「……はい」
いよいよ気にしなくなったのか一葉さんに俺達三人に向かって諫めるようにそう言われてしまったので、大人しく俺は二人と繋いでいた手を離して料理に手を付けた。
そんな風にして、俺達の二泊三日最後の夜は過ぎて行った。




