【六十二話】一番が無いとしても一番になりたいのです
いや、いい加減に待たせすぎだろと言う皆さんの言いたいことは分かります、私が全面的に悪いのです。
異次元の不定期更新になってしまっているのにも関わらず本小説及び私を応援してくださっている皆様に感謝を。
「遅かったね、何かあった?」
ARの社長さんとの話が終わって俺とセツナが部屋に戻ると、さっきまで一葉さんを慰めていたはずの桜が俺たちに気が付いたようでそう声を掛けてきた。
「あれ?一葉さんと鏡花さんは?」
「一葉さんはもう寝ちゃったよ?鏡花さんもお酒飲んで寝てる」
どうやら桜以外の二人は一足先に寝てしまったようで、桜が目線を向けた方を見てみれば確かに二人はもうすでに畳の上に引かれている布団の中で気持ちよさそうに寝ていた。
「なるほどね、急にセツナのマネージャーさんに声掛けられてセツナの会社の社長さんと話すことになって大変だったよ……」
「ね、私たち悪いことしてないのに」
俺が桜に事情を説明していると、少し眠そうなセツナがあくびをかみ殺してそう言った。
「いや、セツナは悪いことしてるだろ……」
「……寝る」
「ちょ、セツナはこの部屋じゃないだろ!ってもう布団に入ってるし」
流石にセツナも多少は自分に分がないことは分かっていたのか俺の言った事が聞こえないふりをして四枚しかない布団の一つに潜り込んでしまった。
「あはは、セツナちゃんは自由だね~」
「はぁ、笑い事じゃないって、急に社長さんとか広報担当の人に囲まれて疲れた」
桜は笑いながらそう言って机に置かれている湯飲みに口を付けてぼんやりと寝ている三人を眺めていた。
俺は何となく桜の三人を眺める横顔が寂し気に見えて桜の隣に腰を下ろした。
「どうしたの?」
「んーどうしたんだろうね」
桜は薄っすらと笑って俺の肩に頭を乗せて目をつむった。
流石に桜と知り合ってからそれなりの期間が立つし、こうやって桜が言葉を濁すときは大体本当に思っていることは教えてくれない事は分かる。
「ま、言いたくなったら教えてよ」
「そうだね、いつか」
「起きてるの私たちだけだね?」
二人で身を寄せ合ってカチカチと壁に掛かった時計の針が刻む音だけが部屋の中に流れていると不意に桜が悪戯でも思いついたように少し意地の悪い笑顔を浮かべて顔を覗き込んでくる。
「まぁそうだね、三人とも寝ちゃったし」
「布団もあと一枚しかないしね」
「あーそう言えばそうだった」
すやすやと寝てるセツナに一枚布団を取られていることを思い出す。
「一緒の布団で寝ようか」
「……いいけど、起きた時なんか言われるよ?」
「良いの!私だけの空君なんだから……今は」
自分で言って少し恥ずかしかったのか、桜は耳まで真っ赤にして俺の浴衣の裾を掴んで最後の布団の上に倒れ込む。
裾を掴まれたままの俺も勿論布団に倒れ込んだ桜に引っ張られて布団に倒れ込んだ。
「温泉から帰ったら私だけの空君じゃないんだね」
二人で布団に入り込んで掛布団から少しだけ顔をのぞかせた桜は少し潤んだ瞳でぽそりと呟いた。
「まぁ直ぐに二人と籍を入れるわけでもないけどね」
「意外と乗り気だね?やっぱり二人とも可愛いもんね、セツナちゃんは小さくてお人形さんみたいで鏡花さんは大人のお姉さんみたいで」
「急にどうしたのさ、桜だって可愛いでしょ」
ぽそぽそと二人で掛布団の中で手を繋ぎながら話していると、桜が妙に弱気な様子で額を俺の胸に押し付けながらそう言った。
「別に桜が嫌なら……」
「ダメだよ」
珍しく少し語気の強い桜に俺は途中で言葉が止まってしまった。
「だって私可愛くないもん」
「……なんで?桜は可愛いでしょ、そもそも可愛かったから初対面で話しかけんたんだし」
「あのね、本当はね、ちょっと寂しい」
「でも、空君がかっこいいのは知ってるし、セツナちゃんも鏡花さんも今日会ったのが初めてだけどいい子ってすぐわかるの」
何となく桜が話しているのを邪魔してはいけないような気がして、ぽつぽつと桜が話してくれる本心を零してしまわぬよう無言で桜の話を聞いていた。
「セツナちゃんはポチポチで世界大会?とか出てるんでしょ?鏡花さんも空君と一緒に出来るぐらいポチポチがうまくて法律にも詳しくて」
俺とセツナが社長と話しているうちに鏡花さんからでもセツナについて話しを聞いていたのだろう。
「一番でも一番普通だなぁって、嫌な子」
そう言って桜はへへと乾いた笑いをこぼしていて少し泣きそうで
「……桜は、いつまでも俺の一番だよ、それに普通だなんて思ったことないし」
「家事が上手で、気遣い上手で、笑顔が可愛くて、コーヒーを淹れるのが上手で、俺の特別な女の子」
流石に少し臭い事を言ったような気がして、引いては居ないだろうかと少し心配になって月明かりだけが照らす薄暗い中桜の顔を覗き込むと桜は少しポカンとした表情をしていた。
「……寝る」
「えぇ~なんで?空君は特別な女の子を置いて先に寝ちゃうんだ~」
桜のポカンとした表情を見て俺は少し失敗したかと思って恥ずかしくなって桜と逆の方に寝返りを打つと、桜は俺の言った事をやっと飲み込んだのかいつものように明るくからかうように俺の背中を引っ張ってくる。
「あーあー聞こえない桜も寝なよ」
「なんだよ~いけず」
答えを外した気がして、恥ずかしくて寝たふりをかましている俺の背中に顔を埋めて、今起きてるの何て俺と桜二人だけなのに、誰にも聞こえないぐらい小さな声で桜が呟いた
「空君も私の特別な男の子だよ」
何て言葉は俺は寝ているので聞こえるわけもないのだった。




