【四十七話】俺たちの戦いはこれからだ!(嘘)
なんだかんだ遠いものに感じていたARカップの本戦ももう、後数分で開始と言うところまで来ていた。
俺達テレスコープの三人は開始時間までの待機時間は射撃訓練場で最後の調整兼試合運びの最終確認を行っている。
実は俺は本番に調子のピークを持っていけるか不安なところはあったが、さすがは神様スペックのこの体。
自分がびっくりしてしまうほどに完璧な仕上がりをこのARカップの本戦当日に持ってこれていた。
何回かミラーさんと一体一で対決したが、そのすべてのタイマン勝負をほぼ完封するほどにまでに調子がいい。
この俺の仕上がりに関しては他の二人も驚いていた。因みに他の二人のっ仕上がりに関して言えばミラーさんはそこまで緊張していないのかほとんどいつもと同じ、いや、さすがのミラーさんは大会の経験が豊富なのが関係しているのかいつもよりも調子がよさそうだ。
だが問題は明星さんだった。
緊張からか、いつもできているようなプレイが成功率が下がっていたり、一対一の勝負でもいつもの練習の時には俺やミラーさんに勝つことは難しいとは言え、そこそこのダメージを出してきてたまにヒヤッとすることはあるのだが、今日はそこそこのダメージを出すのも一苦労している様に感じた。
「来ちゃいましたね~」
「来たね~」
「……で、ですね」
今だって何となく会話が途切れたので俺が軽い調子で呟いたが、ミラーさんはいつもと同じ調子で返してくれ、明星さんは緊張しているのが丸わかりだった。
その明星さんの緊張具合は三分遅延で配信しているようつべのコメント欄の視聴者の皆にも伝わっているようで明星さんの視聴者の皆が明星さんの調子を気にして、少しでも元気付けようと明るい調子で励ましや応援のコメントを沢山寄せてくれている。
しかし、そのコメントを見る事すら今の明星さんには頭から抜け落ちているようだ。
「綺羅ちゃんほんとに大丈夫ー?」
「は、はいっ!だ、大丈夫ですよ?」
「……ならいいけど~?あんまり緊張しなくていいからね~」
「……は、はい」
ミラーさんがさすがに明星さんの緊張具合が試合に支障をきたすレベルだと思って話しかけているが、明星さんはお手本のような空元気の返事だった。
明星さんの返事を聞いてミラーさんも流石にお手上げのようで何となく俺の方に視線を送っている様に感じた。
どうやら俺に明星さんのカバーをしろと言いたいようだ
そんな視線を送られたところで、俺には緊張している人の緊張を解く方法なんぞ無いぞ……なんて思ったが、何となくこんな状況になった事が有る気がして少し考えると、このデジャヴの原因が分かった。
俺は前世で飲食業の店長をしていたこともあり、アルバイトの子のトレーニングをすることが多々あったが、今の状況は何となく初めてアルバイトの高校生の子が緊張してしまっている時と似ている気がしたのだ。
――その時は確か……
俺は少し前の事を思い出しながら、言葉をできる限り明星さんをこれ以上緊張させないように選びながら、少しでも明星さんの緊張を解けるように話しかける。
「あの、明星さん?」
「は、はいっ!な、何でしょう……?」
「ほんとに軽ーく考えて欲しいんですが、なんで緊張してるか自分で分かりますか?」
俺が明星さんにそう聞くと、明星さんは自分では上手く緊張を隠せているつもりだったのか、なんでバレた。とでも言いたいかのように少し息を吞むような音がうっすらとボイスチャット越しに聞こえた。
明星さんは観念した犯人のように少しためらいながら、ぽそっと話し始めてくれた。
「……実は、スクリムでも緊張はしていたんですが何とかなったので、本番も何とかなると思っていたんですが、視聴者のみんなの応援とか、テレスコープへの期待とか、怖くて……」
明星さんの話してくれたことは大方俺の予想通りの原因での緊張だったが、それだけでは情報が足りないのでもう少し踏み込んで聞く。
「えーっと……なんで応援やテレスコープへの期待の声が怖いんですか?」
「……もし、私が失敗したら二人に迷惑かけちゃいますし、私を応援してくれてる人、テレスコープを応援してくれてる人にも申し訳なくて……」
明星さんの思っていたことが分かって俺でもなんとかなるレベルの事で少し安心した。
これは俺の持論ではあるが、アルバイトを始めたばかりの時以外にも言えることで自分に出来ることが他の人に比べて少ないときには自分で自分を緊張させる原因を無駄に作ってしまうモノなのだ。
そういった場合はその人が緊張している原因を一つずつ聞いてそれを客観的に説明すると、「あれ?これって緊張する必要ないんじゃないか?」となることが多い。
意味もなく緊張している場合はその限りでは無いが……今回の明星さんの緊張は自分で原因が分かっているのでおそらく問題ないだろう。
「じゃあ一つずつ行きますね?まず、明星さんが失敗したら助けるのはチームとしてここまでやってきた俺たちにとって当たり前のことで、迷惑とか思ったりすることは絶対にしません」
「二つ目は明星さんを応援してくれる人は、多分ただ明星さんが自分の持てる力を出せるように。と応援しているだけです。それに、もし仮に何か失敗した時に明星さんを責めるようなコメントをする人はそもそも明星さんを応援してくれている人ではないので気にするだけ無駄です。そうだよね?皆?」
俺が確認をコメント欄のみんなにすると、コメント欄の明星さんを応援してくれている人たちは皆揃ってその通りだとコメントをしてくれた。
明星さんにもそのコメントたちを見たのか、極々小さい俺やミラーさんにしか聞こえないぐらいに「皆……」と呟いていた。
ここまでくれば後はもう一押しで行けそうだ。
「最後に。テレスコープを応援してくれている人たちは少し言い方はきついですが、明星さんだけを見に来ているわけではないです。俺たち三人を見に来てます。これがどういう事か分かりますか?」
俺が明星さんにそう聞くが明星さんは分からないようで沈黙が帰ってくる。
少し待ってみるが、明星さんからの返答はなかったので答えを言うことにする。
「明星さんが何か失敗をした時に、テレスコープを応援してくれている人ががっかりするのは、明星さんに対してではないです。きっと明星さんのフォローも出来ない俺達二人にがっかりするんですよ。「なんだ、空鏡の二人は明星さんのフォローも出来ないのか」ってね?」
「それに、俺たちは明星さんと一緒にARカップに出たかったから、君を誘ったんだ。誰でもよかったんじゃないよ?」
「君が良かったんだ。……ね?ミラーさん」
最後は少し気恥ずかしくなってしまってミラーさんにも同意を求めるという逃げ方をしてしまったが、おおむね俺が言いたかったことを言えたと思う。
「……まぁ、今だから言うけど綺羅ちゃんの持ってる数字も当時の僕たちには魅力的だったけどね~勿論今は綺羅ちゃんを選んでよかったと思ってるけどね」
ミラーさんに同意を求めた俺が言うのもなんだけど、まさかのミラーさんが事実とは言え今言うべきではないような余計な事を言った。
「ちょ、ちょっとミラーさん!それ今は言うべきじゃないでしょ!?」
「え~、なんかSKY君がカッコつけてたからイラっとして~。それに今になって隠すのもあれじゃん?」
「完璧なとばっちり!?にしたって今言わなくてもいいじゃないですか!」
「いや~言うべきは今でしょ?」
「絶対違いますよ!」
「……っあはははは!……確かに、今いう事じゃないですよ……っぷあはははは!あーお腹痛い……っ」
俺がまさかミラーさんほどに空気の読める人が今そんなことを言うか?と問い詰めているとそれまで沈黙していた明星さんが噴き出して、そのままずっと笑いが堪えられないようで笑い始めたので俺はミラーさんに詰め寄るのも忘れてポカンとしてしまった。
「だって……っく、んふ……せっかくかっこいい感じにSKYさんが言ってくれたのにミラーさんが普通に現金な理由もあったって言うから……ふふふ」
「いくらか緊張もほぐれたでしょ~?」
「……んぐっ……ふー。ま、まあさすがにもうあんまり緊張してないですよ」
「でしょ?でも本当に僕たちは明星綺羅を選んでよかったと思ってるからね」
「もうっ分かってますよ!私もお二人と一緒にやってきて良かったと思ってるんですからね?」
俺が未だに呆然としていると、なんだかミラーさんと明星さんが二人で通じ合っていてなんだか疎外感を感じてしまった。
どうやら明星さんの緊張が笑ったせいか和らいだようで何よりではあるが、なんだか納得いかない。
「お二人にも、視聴者の皆にも心配かけてしまってすいませんでした!もう大丈夫です!」
「う、うん。まぁ、なんだ?緊張もほぐれたようだし本番も頑張ろうね……」
「ほら、SKY君?言うタイミング今だったでしょ?」
「いや、まぁそうですけど」
完全に明星さんはもう心配いらないとばかりに明るく言ったので逆に俺が少し気圧されてしまったし、ミラーさんの事を少しでも疑っていたことが少し申し訳なく思ってしまった。
ミラーさんなりの緊張のほぐし方の術中に完全に俺は利用されていたようだ。
俺が何となくため息をつきたくなっていると、大会の運営の方から、そろそろ開始するとアナウンスが入ったので俺たちは最後に気合を入れるための掛け声を上げることになった。
最初の掛け声担当は例のごとくリーダーの俺が。と言うことになったが簡潔にメインの目標を掛け声にする。
俺は掛け声をかけるタイミングを見計らいながら、何となく今までARカップに向けて色々とやっていたことを思い出す。
最初はミラーさん計画でようつべの登録者を増やすために動画を取り始めたこと
最初は明星さんのプレイが不安だったこと
明星さんの成長速度を見てミラーさんと二人で驚いたこと
チーム名を視聴者のみんなと決めたこと
何回も何回も練習配信をしたこと
スクリムで総合優勝した時は滅茶苦茶嬉しかったこと
そして今この瞬間に、テレスコープとして今まで以上に団結出来ている事
今まで培ってきたすべての事が、ただ今日の試合の為にあるのだとまだ試合が始まっても居ないのに何となく感慨深くなってきた。
そう言えば、桜や夏は見ながら応援するとと言っていたな……黒木は多分見てないんだろうな……。なんてさっきまで意識できていなかったことが浮かび上がってくる。
自分でも分からないぐらいに俺も本当は緊張していたのだろう。そんな事を考える余裕が出来たのもさっきもやり取りのおかげだろうか?
ミラーさんが緊張をほぐそうとしていたのは明星さんだけではなく俺もだったようだ。
どんどんいろなことが浮かんでくるが、今はただ一つの目標の為に全力を出そう。
三人が今思ってることはただ一つなはずだ。『優勝する』と
俺は自分で出せる限り声を張り上げてその一言を掛け声とした。
「絶対優勝するぞー!」
「「「おーーーーー!!!」」」




