【十九話】臆病な心、燃え上がる恋
芝桜と桜は深い関係があります。
自然公園の中に桜さんと手を繋ぎながら、歩いているとなんだかもう付き合っているかのような錯覚に陥ってしまうが、残念ながら俺も桜さんもその革新的な一言を言うことが出来ずにいた。
桜さんはどう思っているのかは分からないけれど前の世界の記憶がまだ新しい俺には、その一言がひどく重く思えた。
「私ここ結構好きなんだ」
丘の上に所狭しと咲き誇っている芝桜の前で桜さんが俺の方を向いてそう言った。
「うん。俺はこの自然公園の事知らなかったけど、なんか素敵だよね」
「ね。なんかたまに疲れたりすると、無性にここに来たくなっては、一人で来てるんだ」
桜さんは俺の方を見るのをやめ、芝桜を見ているような、どこか違う所を見ているかのように視線をどこかにやってそう言った。
俺はその横顔を無言で見ながら今になって桜さんのことを何も知らないのだと分からされた。
勿論知り合いになってから日は浅いと言ってしまえばそうだが、それでももっと桜さんのことが知りたいと思ってしまうぐらいには、今の桜さんは酷く儚く見えた。
「なんか、暗くなっちゃったね……気にしないで!」
「もし、何かあったら相談して?俺の出来る事なら手助けするから」
次の瞬間にはそんな表情は直ぐにどこかへ行ってしまったかのように、桜さんはいつものようににこやかな表情に戻っていた。
「あはは、ありがとう。確かに空君は何とかしてくれそう!」
「でしょ?俺も自分で言うのはあれだけど大抵のことは何とかできると思う」
それは間違いなく俺の本心だった。神様からもらった新しい人生で、なんの苦労もせず人生を楽しんではいる。それこそ最初は何となくそのことに引け目を感じていたが、正直悩んだところでどうにもならないと思い今の俺には神様からもらった物すべてを使うのに遠慮はして居ない。
桜さんはいつもの表情で俺に話しかけてきた。
「お弁当食べよっか?お腹すいてる?」
桜さんは唐突にそう言った。確かにお腹はすいていたので俺はただ頷いて返事をした。
――なんで急に?って聞くのはのは野暮なんだろうな
――――――――
俺たちは近くにある屋根付きのベンチに座り桜さんが取り出したお弁当の包みを開いた。
俺の膝の上に開かれた宝石箱みたいに色とりどりなおかずを見て舌の付け根からよだれが出るのを感じていた。
「結構自信作なんだけど……どう?」
俺がそのお弁当を見て黙りこくっていると桜さんが少し照れたよう様子で聞いてきた。
「すごくおいしそう!」
「あはは、お世辞でもうれしいな。」
「お世辞じゃないって!本当に美味しそうだから!」
俺は本当にお世辞抜きでおいしそうだと思った。卵焼き、タコさんウインナー、ミニハンバーグ、ポテトサラダ、ミニトマト。
そのお弁当の中身はいろどりもよく、おかず自体は言葉は悪いが有り触れてはいるが、桜さんの手作り補正もあり、高級レストランの料理よりも美味しそうに見えた。
「食べていい?」
「うん。どうぞ?」
「いただきます!」
俺がそう言うと桜さんは直ぐに頷いてくれたので、逸る気持ちを抑えながらも箸で卵焼きを口元に入れた。
その卵焼きは甘い卵焼きで俺はこの世界は勿論、元の世界でもここまで美味しい卵焼きを食べたことは無ったと言い切れるほどおいしかった。
「美味しい!!ほんとに美味しいよ!これ!」
俺があまりの美味しさに驚きながらパクパクと他のおかずを食べていく様子を桜さんは自分のお弁当には手を付けず、ただ俺がうまい、うまいといいながらお弁当を食べる様子をとても嬉しそうに見ていた。
「食べないの?」
「食べるよ?……ただ、空君本当に美味しそうに食べてくれるなって思って」
おれがミニハンバーグを飲み込んでそう言うと桜さんもお弁当の包みを開きながらそう言って、じぶんのお弁当を開いて箸をつけ始めた。
それから俺と桜さんは他愛もないことを話して、笑いながらお弁当を食べ進めていった。
どんな色が好きかとか、誕生日を二人で当て合ったり、桜さんの学校の話を聞いて同じ学校の男に嫉妬したり、とても楽しい時間を過ごした。
「「ごちそうさまでした」」
俺が途中でペースを落としたこともありほぼ同時にお弁当を食べ終えた。
「もうちょっと話そっか?」
「いいよ?」
お弁当を食べ終えた桜さんがそう言った。特に急いでいるわけでもないので俺もそれに乗ることにした。
そうして話し始めたことはほとんどお弁当を食べているときの続きばかりだったが桜さんの一つの質問に俺は直ぐに答えることが出来なかった。
「そういえば、空君の両親は何してる人なの?」
俺はその質問をどう返すべきかと、固まってしまう。
この世界では両親は恐らく神様になるのだろうが、そのことを馬鹿正直に言ってもすぐに信じてもらえることではないだろうし、俺のそのあたりの事情を説明することまでは俺自身踏み切れていなかった。
「……あー。お父さんは、あったことない。お母さんももう会えない、かな。」
嘘をつくことも出来たのに俺は何となく桜さんに嘘をつくのは憚られた。確かに元の世界の父親は会ったことがないし、母親にはもう会うことも出来ないだろう。
だから、これは嘘ではない。
「あ……ごめんなさい。失礼な事聞いちゃったね」
桜さんは俺の答えを聞いて直ぐにもう両親に会えることがないと察したようで謝ってくれるが、嘘も真実も言えない俺が心配されていることに凄い罪悪感を抱いた。
「いや、もう吹っ切れてるから、全然大丈夫!」
これは真実だ。正直母親にあそこまで迷惑をかけておいてこの世界に来ても母親のことは忘れていたぐらいだ。
「それでも!……ごめん」
「逆に桜さんの両親は?」
俺は少しでも雰囲気を良くしようと思って話題を桜さんに振ったが、振ったあとに間違えてしまったかもしれない事に気が付いた。これで桜さんも俺と同じような境遇だったら目も当てられない。
「あ、うん。私の両親は今日も私に誰と何処に行くか聞いてきたよ。無視してきたけど……すっごい失礼で嫌に思うかもしれないけど、正直少し空君が羨ましいって思うこともあるよ」
途中で桜さんは憎しみさえ感じさせるほど重い口調で言った。そのまま桜さんは続けて口を開く。
「でもちゃんと両親のいる私には空君の今の気持ちは分からないから、隣の芝生は青く見えるだけだと思うけどね」
「そうかな?」
「そうだよ。」
俺の返事に桜さんは直ぐに同意してきた。
その同意が自分を納得させるために無理をしている様に思えたが俺にはそのことを桜さんに聞くことは出来なかった。
「そろそろ、いこっか?」
この話は終わりと言わんばかりに桜さんがベンチから立ち上がりそう言ってきた。
「うん。芝桜のほう行く?」
俺が桜さんにそう聞くと桜さんは無言で頷いて俺の手を繋ぎ直して一緒に芝桜の咲いている丘の方へと歩いていく。
――――――――
今日の目的地の芝桜の咲く丘に着くと俺はその壮観さに言葉を失ってしまった。一つ一つの花は小さいピンク色の花が集まり絨毯のように小高い丘一面を染めているその景色がえらく幻想的で美しい。
――これが言葉が出ないってことか。
俺たち二人はただ目の前に咲いている芝桜を見ながら何か話すでもなく、ただ無言の時間が流れて行った。
そうして二人で芝桜のことを眺めて居ると桜さんが何か決心したかのように真面目な表情で口を開いた。
「……ねぇ。目、瞑って?」
俺はその言葉を聞いて、なぜ急に?と困惑したが桜さんのあまりの真剣な様子に気圧され大人しく目を瞑った。
瞼の裏が日光を透過して視界が赤く染まっているのか何をされるのかはさすがに予想がついていた。
目を瞑ったまま少し待つと顔の前にぬるい体温を感じると同時に
――ちゅっ。っと、唇同士がくっついて離れる音がした。
この世界での初めてのキスは前の世界での初めてとは、比べ物にならないほどに甘美な感触を伝えてきた。
「……ごめん、我慢できなかった。」
俺はてっきり桜さんはまたいつものように照れてしまって喋ることが出来なくなっているのかと思ったら思いのほか普通にしていた。
俺は余りにも急な口づけに混乱してしまって条件反射のように口を開く。
「なんで?」
俺のその言葉に桜さんは少しずつ目を潤ませていき、少し申し訳なさそうな表情をしていて、余計に俺は混乱してしまった。
「あのね?本当は今日言うつもりじゃなかったんだけど……」
「……わたし、空君のこと好きだよ。」
桜さんが頬を染め絞り出すように言った。
俺は周りに人が居るのにも関わらず、その一言がとても大きく響いて聞こえた。
「私さっき嘘をついたの。……本当は空君に私のことを助けてほしいと思ってない。」
続けて桜さんはそう言った。
その突き放すような口調が、キスと言う行為とのギャップがすごく、俺は何が何だか分からなくなってしまい、まとまらない思考の中で口を開いた。
「……えと、つまり?」
「これは、私の問題だから……空君に助けて貰うつもりはないってこと。」
「……でも方が付いたら頼っても、いい?」
「勿論良いけど……本当に何か手助けしなくて大丈夫?」
「うん。……これはただ私が臆病で今の今まで先延ばしにしてきた問題だから。」
――今の俺には何が本当なのか分かないけど、多分桜さんの言った通り臆病と言うのは本当なんだろうな。
と、思った。
だって、今だって握りつぶされそうなほど強く握られた手のぷるぷるとした震えが痛いほどに伝わってきたんだから。
暗い描写は基本的にメイドさんを手に入れろ編で必要不可欠なものです。この編以外は無いはずです。多分……。




