【十八話】うわ、俺すっごい嫌な奴?
桜さんのあの一言のせいで俺はその後の車の中では常に挙動不審にになってしまっていた。
桜さんに話しかけられればテンパってしまって碌な会話にならなかった。
桜さんはそんな俺の様子を見てクスクスと笑い、等々力さんにルームミラー越しに不思議そうに見られたが、前世の俺はうだつの上がらない男だったこともあり、桜さんほどの美少女にあんなことを言われた経験もなかったので、混乱八割、期待二割で桜さんの目を見て話すことが出来なくなってしまった。
そうして車の中は基本的に桜さんと等々力さんの会話ばかりになっていき、たまに桜さんや等々力さんに話しかけられてもどこか上の空で返しては微妙な空気になってしまった。
俺の唯一の相棒は自動的に口元に運ばれるポッキーだけだった。
「着いたっスよ~」
俺は等々力さんにそう言われるまで目的の自然公園に到着していたことに気が付かなかった。辺りを見渡すと駐車場と言うこともあり、そこまで目新しいものは無かったが、よく見ると俺が今住んでいる地域では見れないほどに草木の緑と花壇に咲いている花が、ここを自然公園だということを教えてくれた。
「運転有難うございました~」
「……ありがとう、助かった。」
「いえいえ~。私は車で待っているので、二人で楽しんできてほしいっス」
俺が再起動する前に桜さんは礼儀正しく、運転手である等々力さんにお礼をしていたので、俺も桜さんに続いて等々力さんに感謝の気持ちを伝えた。
すると等々力さんは全然気にしていない様で、右手をひらひらと振り少しシートを倒し寝転がる体制に入っていた。
「え、等々力さん一緒に来ないんですか?お弁当も作ってきたのに…」
「いや、馬に蹴飛ばされたくないんで、お弁当貰えれば一人で食べるっス」
桜さんが等々力さんの返事を聞いてそう返すと、等々力さんは間髪入れずに無表情でそう言った。
流石にあれほど小声で話していたとは言え桜さんが何か言った後に車の中で俺が挙動不審になったりすればバレてしまうのも少し考えれば分かることだった。
「…あはは、なんかすいません、気を遣わせちゃって…私は全然大丈夫ですよ?むしろ響さんと空君と一緒に遊びたいです」
「いや、ほんとに大丈夫っス!そこまで言うなら、硯さんとドライバーの仕事を調整して今度は桜と二人で遊びたいっスね。」
桜さんが続けてそう言ったが等々力さんの意志は固いようで、同じように断っていた。
「…ま、まあ、等々力さんがそう言うなら、良いんじゃない?」
「うーん、本当にごめんなさい!…じゃあ、お弁当渡しておきますね。」
「わ、可愛いっスね!この風呂敷」
俺が桜さんにそう言うと桜さんも少し考えた後納得してくれたようで可愛い風呂敷に包まれたお弁当箱を等々力さんに手渡していた。
俺は平常に戻ってきた脳みそでふと今の状況を俺が等々力さんだと仮定してみると、等々力さんが僕たちに付いてきたくないのも分かる気がした。
仕事とはいえ、車を運転しているときに、後ろの席で男女二人が小声でいちゃいちゃしていて、当の本人達は気付かれていないと思っている。
――うわ。俺すっごい嫌な奴じゃん。
俺はそのことに気が付くと途端に等々力さんに申し訳なくなってしまった。ボーナスでも出そうかしら。
「じゃ、あとは若いので、どうぞっス」
等々力さんは桜さんから受け取った弁当を大事そうに膝の上に置いてそう言った。
俺と桜さんは等々力さんの返事を聞いて目を見合わせ頷き合った。
「ごめん等々力さん、戻るときLINEするからドライブとか他のところで時間潰すとかしててもいいよ?」
「響さん、すいません。気を遣わせちゃったみたいで…」
結局二人でアイコンタクトを交わした結果、俺と桜さんは等々力さんに挨拶をして車を降りることにした。桜さんは最後まで等々力さんに対して申し訳なさそうにしていた。
「それで、どこに行くの?」
「取り敢えず、芝桜が満開の丘があるらしいから、ほかにも行きたい所はあるけど…まずはそこに行きたくて…いい?」
俺と桜さんは車から降り等々力さんに手を振られながら自然公園の入り口まで歩いてきたので、今回の予定を桜さんに確認した。
桜さんにピクニックに行きたいと聞いてはいたが詳細は秘密だと言って教えてくれなかったのだ。それが今ようやく判明した。どうやら桜さんは現在自然公園で咲き誇っているらしい芝桜がお目当てだったようだ。
俺は当然否定の意見は無かった。
「勿論!とりあえずそこに行こうか。」
「ありがと!場所はリサーチ済みだから、他のところも歩きながら見て行こ!」
桜さんはふわりと笑ってそう言った。どうやらこの自然公園にある芝桜の丘に行くまでの途中にも見どころがあるらしい。
「じゃあ、手、繋いでもいい?」
俺が少し車の中での意趣返しをするためにもそう言うと、桜さんは俺が差し出した手のひらを見つめて固まった。
「…手繋ぎたいんだ?」
「うん」
「………ッ。…えいっ!」
直ぐに再起動した桜さんににやにやしながらそう聞かれたので、俺は素直に返事をした。すると桜さんは
今日の俺から反撃を食らうとは思ってはいなかったようで直ぐに顔を赤らめたがここまで来たからには引けないとでも言うように俺の手のひらをその小さい手で包み込んでくれた。
「勘違いしてもいいよ?」
俺は桜さんの手のひらに包み込まれた手を見ながら、反撃のタイミングはここしかないと思い、さっき桜さんに言われた事をそのまま返した。
「~~~くぅ」
桜さんは俺のあからさまな焼き直しの言葉を聞いて顔を赤くして、強く、強く手のひらを握りしめるのを答えとしてずんずんと前に進んでいってしまう。
俺はそれに引きずられるようにして自然公園の中へと足を踏み入れた。