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さまよえる聖エルフ  作者: ハイエルフスキー
第四章 聖樹の化身
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90 聖エルフ、日常を生きる

 揺らぐ枝葉の隙間から舞い降りる日射しと、見渡す限り続く木々と緑。


 目覚めたときに見た懐かしい光景を思い出し、感嘆の息が思わずもれる。


「へー、すごいね、パウラって。それで、あそこで目覚めたんだ」


 わたしがもらした息に同調するように、女の子も、ふーっと息をこぼした。


「すごいのはあんたよ。そのあと、ボロボロのままパウラを封じ込めて、それ以来、あんたがそのからだを使ってんのよ」


「あー、……そうなんだ。……それって、みんな怒ってるよね? ぜんぶ無茶苦茶になったんじゃないの?」


「そりゃあ、そうね。パウラぐらいじゃない? 怒ってなかったのって。パウラはもともと二番手だったからね。あんたがソールをボロボロにしてくれたのはラッキーだった。そのおかげで、ウルズ村に戻れたし、家族のケガも治せたし、今もこうしてウルズ村で暮らせてる。もちろん、自分がずっと主導権を握っていられればもっと良かったけど、それでも、スヴァルトヘイムなんて知りもしない土地でソールのおまけとして過ごすこととくらべたら、あんたのおかげでずいぶんましになったって言えるわね」


「そうなんだ。よかった。えーっと、あと聖樹様とソールはどうなの?」


「そこはアオのおかげで解決ね。あんた、アオに感謝しなさいよ。もっと、もっと、大事にしてあげなよ」


「えーっと、アオには感謝してるけど、どういう関係があるの?」


「そうね、あんたのせいで聖樹はマティアスにドラゴンの魂まで組み込んで、迎えに来させなければならなくなったわけだけど、それが逆に、いい結果を生み出したってわけ。あんたも知ってると思うけど、スヴァルトヘイムには天馬がいなかったじゃない。ドワーフとの戦いを思い返してみなさいよ。もし、アオがいなかったら、天馬がいなかったら、果たして勝てたと思う? たしかに、あんたの持ってるちからは聖樹のちからそのものよ。でもね、聖樹は根を張ってるから無限と言っていいほどの燃料を持ってんの。でも、あんたはちがう。結界がいくら強くっても燃料がなくなれば終わりよ。実際、いちどは死にかけた。もし、ソールが天馬なしで戦ったとしたら、たとえ勝てたとしても、もっと、もっと長い戦いになったはずよ。聖樹だってそれに気が付いたんじゃない。だから、癒やしの聖エルフが十一人も遣わされて、しかもあんたはお母様呼ばわりされて、アオはアオ様って呼ばれてるでしょ。結果としてうまくいったもんだから、聖樹も満足なんでしょうよ」


 そう言ったあと、女の子は顔をゆがめて、聖樹の奴はどうにも信用ならないけどねと、軽く舌打ちをはさんだ。


「あと、ソールはね、シェーナがいちばん大切なの。あんたはそのシェーナを助けた。さっきも言ったように、ソールが天馬なしで戦った場合、シェーナが助かったかどうかあやしいわ。欲を言い出したらきりがないし、今は幸せそうなシェーナを毎日見られるからね。あんたに思うところがないわけじゃないけど、もう怒ってはないわ。ただ、あんたに会うのはちょっとね。わたしだって初めて会うときは恐かったわよ。あのときはそのまま放っておけば、みんなまとめて消えちゃう可能性があったからね。一か八かで会ってみたけど、ふたりは無理だわ。絶対にあんたはふたりを消しにかかる。まちがいなくね」


 どうしてなの、と首をかしげたわたしに、女の子はゆがんだ笑いを浮かべた。


「そのからだを独占するために決まってんでしょ。防衛本能っていうやつじゃない? 頭痛だってそう。要するに、あんたはソールとパウラの記憶を徹底的に排除してんのよ。寝てる時だってソールとパウラに主導権を渡さないために、見つけたら即、攻撃するでしょうね。おかしな話だね。ぜんぶ壊そうとしたあんたが、結局そのからだを手に入れて、ふたりを押し込めてるって」


 ――あー、そうなのか。


 そうか、もともと三番目の魂だもんね。そういうことなのか。


「うーん、そうだね。言うとおりかもしれないね。会わないほうがいいね」


 女の子は、うん、うんと軽くうなずいた。


「まあ、エルフよりも人間のほうがはるかに欲が深いってことかな」


 ――にんげん? わたしが?


「あっ! ねえ、ひょっとして、わたしの記憶を持ってるの? こどもの頃なら分かるの?」


「持ってなくもないんだけど、それがホントにあんたのことなのか分かんないのよ。あんたがいた世界ってね、情報が多すぎんのよ。それをバラバラにぶち壊したもんだから、どれがあんたの情報でどれがいらない情報でっていう優先順位っていうか、判断ができなくなってんのよ。まあ、長い時間かけてコツコツ拾っていけば分かるかもしれないけど、気が遠くなるわ。あんたに伝えたってどうせ忘れるし、正直言ってお手上げよ。あんた自身、今生きてて経験したことは忘れないみたいだし、もうそれでいいかなって思うしね」


「あー、……そうなんだー。……うーん、もう繋がってないんだっけ、この世界と。……戻れたりもしないんだ」


「そうね、戻れないと思うわよ。それに、そんな長い耳で戻ってもね。ぷぷっ、目立ちすぎじゃない? 光ってるし、ぷぷっ。それだけ変わってんのに、戻りたいの? おかしなこと言うわね。ないものねだりって言うのよ、そういうのをね。もっと他にやることあるでしょ。アルとシェーナを見守って、アオをかわいがって、雨っちと雲っちをほめてあげて、氷っちと風の聖エルフも気になるでしょ。やることいっぱいよ」


「あっ! そういえば聖エルフがおかしいのはトールのせいって言ってなかった? どういうこと?」


「あー、それね。まあ、たぶんだけどね。あんたの魂もそうだけど、魂だってみんなそれぞれで、完全なものなんてないんじゃないのかな。トールって聖エルフを遣わして欲しいときに、エルフの記憶がないように願ってるわけでしょ。つまり、そういう魂を聖樹が選んでるんじゃないかな。記憶がない代わりに、みんなこどもみたいだし、どこかいびつで、どこか欠けててね。でも、あんたがそうだから言う訳じゃないけど、それでいいんだと思うよ。雨っちも雲っちもかわいいでしょ。氷っちも風の聖エルフも愛すべきバカじゃない。みんなおかしいけど、トールよりはるかに可愛げがあるわよ」


 トールの名前を口にするときだけ、女の子の目つきがきつくなるのを見て、わたしはおかしくて吹き出しそうになった。


「トールのこと嫌いなんだ……」


 そう言いかけたとき、女の子がワンピースの裾を手にとって立ち上がった。


「もう、あんた起きるみたいね。じゃあ、約束ね。今日言ったこと覚えておいてね。アオをかわいがるのよ」


 女の子が姿がぶれ始め、何もない空間が白く塗りつぶされていく。


「うん、ありがとう。ぜったい忘れないから、まかせといて」


 女の子を見上げながら、わたしは大きな声で言った。


 女の子は苦虫をつぶしたような表情を浮かべながらも、かろうじて笑みをつくった。


「期待しないで、ここから見てるわ」


 女の子のゆがんだ笑みがゆっくりと空間に染まり、消えていく。


「えーっとー、朝起きたらアオをかわいがって。……それから、なにをするんだっけ?」


 空間がすべてなくなって、わたしだけが世界から取り残される。


 アオのお腹がぼんやりとわたしを支えるように現われ、やさしい鼓動がトクン、トクンとリズムを刻みだす。


 わたしとアオを包む盾が、お互いが寄り添ってしっかりと結びつけられていることを教えてくれる。


 おぼろげな意識のまま、アオの温かなお腹に頭を押しつけてポニョポニョとした感触を味わう。


 朝のまどろみの中で、ぼんやりとアオのしっぽと後ろ脚が視界に映り込んだ。


 わたしはアオのお腹の上にぐてっと寄りかかり、首筋をわしゃわしゃとなでた。


「おはよう、アオ。ありがとうね」


 寝ぼけまなこをこすりながら、またアオの上でごろんと横になった。


 アオが頭を起こしてこちらを覗き込んだような気がしたけど、わたしはまたアオの温もりに包まれて眠りに落ちていった。

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