【11-4】
11-4
月夜風花-つや ふうか-と別れた逸賀灼-いちか あらた-と麻希-まき-は移動を開始した。タクシーを拾って機関ミズカルズの人員名簿にあった住所へと向かう。場所は東京都の港区である。
腕を強く組んだまま黙り込む逸賀灼の横で麻希は、そんな彼女の姿を不安な面持ちで横目でじっと見ていた。逸賀灼と今までずっと行動を共にしてきた麻希には、逸賀灼の事を誰よりも理解しているという自負がある。
だから麻希は、今回の逸賀灼の行動は異常だと思っていた。僅かな証拠から立てた仮定で強気な行動に出ている。全ては状況証拠と仮定でしか無いにも関わらず、稲墨-いなずみ-の指示を無視して、月夜風花という不可解な存在に情報を明かした上に拘束すらしなかった。今この状況は一個人で判断できる程度の物ではないのだ。
だが逸賀灼は強硬手段に出た。機関ミズカルズへと単身命令無視で乗り込む事を決意し、浮瀬南陸斗-うきせな りくと-を殺害した所属不明の魔法少女の捕獲を月夜風花に一任した。
有り得ないのだ、いつもの逸賀灼なら、と麻希は眉をひそめる。
「なんでこんな判断をしたのですか。明らかにこれは」
「非常に混乱した状態です。どう判断すべきかも分からない。ですが僕は自分の信念に基づいた判断をします。ようやっと尻尾を、いえ喉元を掴んだんです」
「信念?」
「今までの自分を否定しない方です」
逸賀灼は充分分かっていた。自身が今何をしようとしていて、それがどれだけ重大な事態を招くかも。けれども、その衝動は止められそうに無かった。
「此処から先は僕の独断専行です。だから麻希さんは付いてこなくても」
「なら、灼さんに付いていくのが私の信念ですわ」
麻希がそう言って、逸賀灼は顔を背けた。彼女の横顔で耳が赤く染まっているのが見えて麻希は小さく笑う。
逸賀灼は浮瀬南陸斗から受け取った携帯電話を開く。初歩的な事に目が向いていなかった事を気付く。浮瀬南陸斗の携帯電話の電話番号を確認する。芦ヶ場-あしがじょう-が連絡を取っていた相手「ロキ」の番号と一致した。
芦ヶ場がヘイムスクリングラの書を渡そうとしていた人物はやはり浮瀬南陸斗であった。彼らが機関ミズカルズを裏切ったという推測が俄に真実味が出てきた。
「どう考えますか」
「それを確かめるために今から行くんです」
浮瀬南陸斗が最後に遺した言葉は真実の公表を求めるものであった。彼女は何故、それを選んだのだろうか。何故、そうであることを選んだのだろうか。
逸賀灼を突き動かす物に、きっと浮瀬南陸斗の存在もあった。彼女が仕掛けてきたゲームに勝ちたいとも思った。浮瀬南陸斗は今まで、この一手の為にありとあらゆる策を張り、そしてその裏切りの為に行動してきた。
カフトワンダーの極秘譲渡のリークから始まった一連の事件は全て浮瀬南陸斗が仕掛けた一手でしかなかった。
そして全ての真相を知るためのキーが今手元にある。それを開けずにいられる程、逸賀灼は冷静な人間ではなかった。そしてそれを自覚していた。
「負けた気がするんですよ、このままじゃ」
車で30分程で目的地に到着した。入り口前に降り立つ。国道から二本ほど入り込んだ、港区の一画にあるシームノビル。白塗りの、何の変哲も無い中層ビルである。正面のドアはスモークガラスになっており、その端には制服姿の警備員が立っている。
逸賀灼は麻希にカフトワンダーを召還させると、それを手にして真正面からビルに入ろうとした。その行く手を警備員が食い止めた。
「警察です。通して下さい」
「アポは御座いますか」
「無いですよ」
「警察の方でもいきなり通せと言われましても、関係者以外は原則立ち入り禁止ですので裏口の方で受付を」
「コード・オット」
逸賀灼が弓矢の引き金を引いた。警備員の足下から突如鎖が出現しその身体を拘束する。コード・オット、「悪魔」のカード、意味は宿命。効果は相手を拘束する鎖を出現させるという物である。
警備員の全身に鎖が巻き付きその身動きを封じると逸賀灼は警備員が首から提げているIDカードを引き抜いた。声を上げようとした警備員の口を猿ぐつわを噛ませるように鎖が後方から巻き付いた。
それを後にして進んでいく逸賀灼の背中に追い付いて麻希が言う。
「灼さん、こんなやり方では」
「麻希さん」
「はい?」
「これ以上進めば、もう戻れなくなりますよ」
逸賀灼の言葉は、引き留めて欲しいというよりも麻希を押しとどめる為の言葉であるように思えた。麻希はそれを聞いて優しく微笑む。
「灼さんとなら。喜んで」
【11枚目・背中合わせの虚空と空虚と 完】




